「怖かったっス!」
『この先に!』
『ネーロたちがいるはず……!』
私たちは廃旅館の中を走っていた。
ネーロたちの匂いがする以上、この先にいるのは間違いないはずだ。
「ネーロ!」
「お、お嬢様! ほ、本物のお嬢様っス! うわーん会いたかったっス!」
私たちを見るやいなや、窓辺にいたネーロが飛びついてきた!
あ、危ないな!
……だけど。
『生きてたー! よかったー!』
『凄い、嬉しい……!』
本当に嬉しい。
ああ、良かった。
生きていた……!
生きていてくれた……!
「アコお嬢様!」
「スミレお嬢様!」
「レモンお嬢様!」
「ローゼお嬢様!」
ネーロ以外のメイドたちや料理長が駆け寄ってくる。
「皆……無事のようだな」
「はい……! 全員、無事です……!」
みんな……ケガも無さそうし、消耗しているわけでも無さそうだ。
廃旅館に監禁されていたとはいえ、そこまで扱いが悪かったわけではない……?
『みたいだね』
まぁ無事だったのは本当に良かった。
「だ、だけどメイド長は……」
ネーロの顔が曇る。
黒猫の魔族であるネーロの耳がペタンとしている……
「なにがあったんだ?」
「わからないっス、ある日突然豹変して……気づいたときにはこの旅館に……」
……サテュの豹変、か。
あの乱暴な口調のことなんだろうが……
『ねぇ、二人とも、本当にサテュがお父さんを殺したのかな』
『……その、はず……あの蛇の情報が確かなら、それに……本人も認めていた』
『でも、お姉ちゃんだよ!? 私たちの……! お姉ちゃんなんだよ!?』
レモン!
『あ、ごめん……』
例え、「お姉ちゃん」であろうとも。
父上を殺したんだ。
信じたくないのはわかる。
だがな……
『……なにか、理由があったのかもしれないけど』
『お父さんを殺したことを許すわけにはいかないよね……うん、わかった、ごめんね二人共』
……行くぞ。
この廃旅館から早く脱出しなければ。
「皆、この廃旅館から脱出するぞ」
「え、でもアコお嬢様……なんだか出ようと思っても出れないし、お嬢様が来るまで誰もこの旅館に近づけなかったんっスよ?」
「それはもう大丈夫だ……ただ、あの熊は危険だ」
窓、といっても窓ガラスは跡形も無いが――を指差す。
外にいる熊はのんびりと歩いている。
だが、いつこちらを攻撃してくるかわからない。
「ここは危険だ、皆、着いてきてくれ」
ネーロたちを連れ出した私たち。
外では……『赤角』が熊のモンスターと戦っていた!
『うわ、凄い……上手いことプロテクトの壁を使って進路を妨害してる!』
『……それだけじゃない……! 壁をモンスターの下に滑り込ませてる……! ひっくり返すつもりなんだ!』
ローゼの予想通り……『赤角』が気合を入れると!
「ぬぅぅぅん!」
「ゲヒャヒャ……グル!?」
巨大な魔力の壁……プロテクトが起き上がり、上に乗っていた熊のモンスターをひっくり返した!
あんな巨大なものをいつの間に……
やはり、腐っても元チャンピオン、ということか。
『確かに、魔力に無駄のない動きをさせれば出来るだろうけど……』
『……私たちには無理だね、無理無理、あんな超人芸出来るわけないじゃん』
むしろ出来たら大変だろう。
あのヒトの強さは……熟練者であるがゆえの圧倒的な経験値の多さからくるものだろうからな。
「潰れろっ!」
『赤角』がプロテクトを操作し、熊のモンスターを押しつぶす!
ひっくり返ったエクスプロージョンベアは……壁と地面に押されて身動きが取れないようだった。
「流石ですね」
「デカイだけの怪物に押されるほど、私は弱くなってはいないさ」
『赤角』に近づく。
遠くの方では燃えていて冷たそうな熊がひっくり返ったまま壁と地面にサンドイッチされている。
「グルル! グルッ!」
立ち上がろうと抵抗しているが……壁に押しつぶされたままだ。
「暴れても無駄だ……それはカウンタープロテクト、強い力で押せば押すほど力が跳ね返ってくるぞ、と言ってもモンスターに言葉を理解するほどの知性はないか」
「凄いっス! 流石は『赤角』っス! ファ、ファンでした! サインを……!」
おい、ネーロ。
『あはは……でも元気そうで良かったよ』
『あんなこと言える余裕があるってことは……そこまで酷い扱いじゃなかったのかな……?』
「グルギャ……ウウ…………」
おや?
熊の動きが止まった。
と、言うことは。
『レンがサテュを捕まえたんだ!』
だろうな。
……これで最悪の事態は避けられた、か?




