「ここはどこ?」
目が覚めたら、見知らぬ森の中。
周りに人影はなし。
「……ここはどこ? いや、マジで」
……二日酔いで重い頭をどうにかフル回転させて昨日の記憶を思い出そうとする。
昨日は確か久々に飲みに行ってそれから――なんとか家まで帰ってきたのは覚えている。
だがそれから先の記憶がすっかり抜け落ちている。
なんで俺はこんな森の中にいるんだ?
しかもリクルートスーツのまま……いや就活が上手くいってないからそれでかなりやけ酒したのは覚えているが。
周りを再度見渡すと俺のちょうど真後ろに剣のようなものが地面に突き刺さっていた。
なんだ、これは。
大げさな装飾もない無骨な感じの西洋剣のようだが……
「エクスカリバーなのかな? これは」
一般人である俺にこんなものは無用の長物であろう。
引っこ抜いて王様になる予定はないし。
どうしてこんなところにいるのか、どうやってここに来たのかは相変わらず分からないが多分どこかの森林公園かな……?
恐らく人の手が殆ど入っていないところなんだろう。
なんせ人工物が後ろの剣以外何にもない。
舗装されていない目の前の道はどうやら獣道のようだし、街灯など照明の類も見当たらない。
「酔っているうちに変なところに来ちゃったかなー」
全く、酔っていた俺は何をしでかしたんだ。
とりあえず適当に歩いて人里に行こう……
町に辿り着ければ電車かバスあたりで東京に帰れるはずだ。
「…………」
駄目だ。
迷った。
遭難してるんじゃないのか、これは。
ヤバイ……今自分がどこにいるのかさっぱり分からない。
スマートフォンは圏外だ。
GPSもダメ。
地図アプリも使いものにならない。
これ……遭難してるんじゃね?
そうなんです、遭難してるんです!
なんちて!
……バカ言ってないであの剣があったところに戻ろう。
あの剣、結構キレイだった。
多分あれはなにかのモニュメントで定期的に清掃されているのであろう。
ならば清掃に来る人がいると言うことだ。
その人に助けを求めよう。
遭難した時はあまり動きまわらないほうがいい、と聞いたことがあるしな。
そう思い獣道を逆走する。
剣のあった場所へ戻る途中、遠くに青い体毛の熊を見つけた。
く、熊……
ってか! ここはどこだよ!
青毛ってなんだよ!
なんであんなに真っ青なの!?
青とか自然界の色じゃねーだろ!!!
ここはマジでどこなんだよ。
何なんだこの森は。
あれなの? 新種なの? 人類が今だ見つけたことのない新種なの?
それとも絶滅危惧種なの? 青いのにレッドデータブックに記載されちゃってるの?
もしくはカラーひよこならぬ、カラーベアなの? お祭りの屋台で数百円で投げ売りされてるの?
ああ、もうわけが分からねぇ。
二日酔いとは別に頭が痛い。
あの熊はまだこちらに気づいていないようなのでさっさと退散する。
頼むから剣の周りに来ないでくれよな。
って、え……?
青い熊だけじゃない。
黄色い羊のような生き物もいるじゃないか。
なんでか体の一部が凍りついているようだが。
なにがあったんだ?
っていうか熊って羊喰うのか?
お前ら鮭とかはちみつとかが好物じゃねぇの?
「……!」
青い熊は大きく息を吸うと口から白い息を吐き出した。
白い息に晒された黄色い羊はどんどん氷結して行く。
最終的に……羊の氷像が完成した。
「グルォ!」
羊の氷像にネコパンチならぬ熊パンチを決める青熊。
氷像はあっさり砕け散った……
その様子はまるで壺職人がこれではなーい! とか言って粉砕するようであった。
熊が、凍るブレスを……
っていうか、食べるんじゃないのかい。
遠くなのでよく見えないが、氷像の破片から血液の類は吹き出していないように見える。
血も凍ったのだろうか……
ああ、これ夢だわ。
うん、間違いない。
口から他の生き物を凍らせる息を吐く青い熊とかファンタジー世界の生き物だよ。
それにほら、羊の遺体からなんか光が出て熊に吸収されたし。
これは夢。
そうだ夢だ。
熊がこっちに気づいて追ってきたのも夢なんだろう。
フロイト先生に夢分析して貰おう、そうしよう。
夢の中で熊に襲われました! って。
きっと就活で疲れているからそんな非現実的な夢を見るんですよって言われることだろう。
……現実逃避してないでどうするか考えよう。
今は走って逃げてるけど、どうすればいいんだ?
どこへ逃げる? どうすれば助かる?
もう既にお腹が痛くなっている。
だが走るのやめれば待つの死。
クソッ! 革靴じゃ上手く走れねぇ!
死んだふり? あれは駄目だと聞いたことがある。
とかなんとか考えていたら……剣のあった場所に辿り着いた。
謎の剣があった周りには木が生えておらず、ちょっとした広場になっている。
後ろを振り向くと――熊は広場の外でこちらを睨んでいた。
ここには入れないのか?
「た、助かった……」
ペタンと、座り込む俺。
とりあえずの安全は確保された。
だが相変わらず熊はこちらを睨んでいる。
熊はグルグルと広場の周りを歩き出す始末。
これでは外に出ることが出来ない。
どうすればいいんだ。
……おや?
「剣が……光っている……!」
地面に突き刺さった剣のモニュメントが光っている!
腹の痛みが落ち着いた俺は剣に近づいた。
地面に突き刺さった剣は青白い光を放っている。
この光であの熊は入れないのだろうか?
……剣が点滅し始めた。
まるで自分を抜いて戦え、そう促しているようだった。
こんな状況になってようやく俺は理解した。
高校生時代によく読んだ勇者様になって異世界を救う、そんな夢物語。
今、俺は恐らくその真っ只中にいるのだ。
あの日夢見た物語。
剣と魔法の世界。
ドラゴンやら、魔王やら、キレイなお姫様。
そんなことありえないって?
でも俺はこういう状況でイカサマだとかトリックだ! だのと騒ぎたてるほど柔軟さに欠けているわけじゃないし。
夢見がちというか、どちらかと言えばロマンチストだったし。
……現実ではなんの特技もない俺が異世界に行ければヒーローに、英雄になれると信じていたあの日。
こうやって現実世界で燻っているのは俺が生まれる世界を間違えただけで、俺が異世界に行ければ英雄に、勇者様になって大活躍出来る……そんなわけないのにな。
クズはどんな世界に生まれようともどこに行こうとも、クズのままなのだ。
だから俺は異世界から呼ばれない。
そのことに気づいて、気がついて。
俺は夢物語から卒業し、脱却したのさ。
だって、夢は寝て見るもの、そうだろう?
そうやって自分に折り合いつけて、現実世界で生きて行こうと決めたのに。
なんで、大学生になってから。
ちょっと大人になってから。
こうなるんだ。
こういうのって普通高校生か、中学生ぐらいのヤツが対象だろ?
ようやく、諦められたのに。
諦められた、そう思っていたのに。
だけど。
この胸のドキドキは。
「俺はまだまだ子供だった、てことか……」
光る剣に手を伸ばし、掴む。
俺は夢を掴んで、引き抜いた。
驚くほど容易く引き抜けた夢は、剣は、まるで元々そうであったかのように俺の手に馴染んだ。
「来いよ、青熊。 ぶった斬ってやる――」




