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少女は、温かい白光に包まれていた。
一体いつからこの場に居たのか定かではない。気がつけば、波間に漂うように光の中に身を委ねていた。
瞼を閉じているはずなのだが、それでも発光は彼女の視界に広がっていた。
どこまでも暖かく、なんだかそれは、とても懐かしい感じ。
何の不安も無く、ただ、心地よくある。
……と、どこかで自分を呼ぶ声がする。
それは、決して一つではなかった。色々な距離から、上から下から、左右から。様々な声だ。
中でも一際煩く響く男の声があった。
もう少しこのまままどろんでいたい気もしたが、観念して少女は重く閉ざされていた瞼を開ける。
「…………っ」
――眩しい。
完全に開眼する事は叶わず、光を恐れるように一度、目を瞑る。
今度は恐る恐る、ゆっくりと開けてみた。
光が開けた。
乳白色の世界だった。
濃霧が満ち、自身の身体―その掌でさえも霞んで見にくい。しかし温かく、優しく穏やかで、心地よい。
だが、それ以外、何も無い。風も……空気も。
少女は自分が呼吸すらしていなかった事に気づいた。
少し慌てたが、しかし苦しさは無い。
「……どこ…………?」
ゆっくりと身を起こす。
両腕を広げるとすぐに指先が、ふわっとした感触の突き当たりに触れた。
世界は驚く程狭かった。
両腕両足、身体が伸ばせない。
手探りで探ると、どうやら球体をしているようだ。
「…………、ここは……」
自分はどうしてこんな所に居るのだろう。
…………。
……最初から、ここに居たんだったっけ?
頭が重たい。思考までもが霞んでしまっていて、黙考する事が出来ない。
あきらかに平常ではない自身の状態に、しかし何の不安も抱かなかった。……いや、不安を抱く、その機能ですら麻痺しているような感じだ。
だからこそ、じんわりと生じた疑問を考えてみたくなった。
落ち着いて、無理やり頭をフル回転させて、霞みがかった記憶を整理してみる。
最初から、ここに居た……?
いや、違うと思う。だってここには……、無いのだ、何も。何一つさえ。
そこまで考えると、ふと何かが記憶を過ぎった。
緩やかな波を描く、金糸。
「…………クレープ、さん……?」
無意識に、ある少女の名が喉の奥から出た。
その時だ。
白い靄の世界に、突如、少女の姿が現れた。
長い髪をした、赤い瞳の少女だ。
その姿は霧に狭間れ、はっきりと目にする事は出来ない。二人の間には辛うじて表情が判別できる位の距離があった。
ここは、狭い球体の中なのに。なんて遠い。
「…………」
その少女は、口を動かしていた。
何かを、自分に伝えたがっている。
聞き取れなくって、球体の世界の端――柔らかな壁に両手をついた少女は、精一杯耳を澄ませる。
重なる視線。赤い光。
少しだけ、霧が晴れる。
と同時に、少女の声が微かに…………いや、はっきりと、耳にする事が出来た。
クレープの声ではなかった。その少女の髪は紫色で、足元まで真っ直ぐに伸びていた。
射抜くような双赤は自分に、たった一言を繰り返し発し続けていた。――ついには。
直接、少女の脳裏を貫くアルト。
「――解放しろ」