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「――以上が先事件の経緯です。人界の関係者は四名。まず……」
厳格な気配と流れの滞った重苦しい空気が支配する空間に、良く通る男の声が響く。
照明を落とした広い会議室。ロの字型に並べられた長机に十数人の老人が等間隔に座っていた。互いの距離は、暗がりの中、目を凝らさなければ隣に座る者の表情も判別できない程に空いている。
室内奥に一人直立している、眼鏡をかけた金髪の青年が資料から顔を上げると同時に、彼の背後――室内正面に設置された巨大なモニターの表示が切り替わった。
映し出されたのは、銀髪の青年だ。
精密に造られた人形のように整った顔立ち。挑戦的な切れ長の青瞳。
僅かに室内がどよめいた。
モニターの脇に立つ金髪の青年に顔が酷似していたからだ。
「――リチウム・フォルツェンド。私の管轄下に住む人間です」
次に映し出されたのは、蒼髪の少女。
細面にルビーを思わせる赤い瞳が印象的だ。
「グレープ・コンセプト。彼女はアイオン教会の学園のシスターですね」
切り替わった画像は、精悍な顔付きの青年だった。
黒い短髪に意思の強そうな黒瞳。
「トラン・クイロ。彼は国際警視庁に所属しています。そして、最後に――」
モニターは利発そうな顔をした、碧眼の幼い少女を映し出す。
「リタル・ヤード。グレープ・コンセプトの所属しているアイオン学園に通う小学生です。以上が先の事件に関わった――禁術封石を所持する人間達です。特に、この男」
モニターが切り替わり、最初に映し出された長い銀髪の青年――リチウムの顔が表示された。
「蜘蛛型の魔族の狙っていた『死球』を所持しています」
「馬鹿な」
『死球』の言葉に、入口付近の席に腰をかけていた老人のしわがれた声が上がる。
「『死球』だと? そんなものを人間が」
暗がりでその表情まではわからない。老人はひどく興奮した様子だった。
席を立ち直立したまま場を動かぬ影へ、静かな視線を送る青年。
「ええ。いつから所持しているのか、どのようにして手に入れたのか、経緯はまだ判明していませんが……ここ数年、私が見てきただけでももう幾度も『死球』を発動させています。使いこなしている、という域ではありませんね。もはや身体の一部のように」
「信じられん……」
「『死球』が身体の一部だと……?」
「…………」
口々に声を上げる老人達。
「また――こちらの黒髪の人間ですが。天石『炎帝』を所持し、使いこなします」
モニターが切り替わりトランが映し出されると、室内はさらにどよめいた。
「『炎帝』……だと!?」
「何故人間風情が?」
「しかも国際警視庁勤務か……。所持しているのは魔石ではないが……これは」
「確かに天石は総て保管室に」
「出入り禁止のはずでは――」
「確認急げ!」
「……さらに、この少女は『転位』、それから『魔眼』を使いこなします」
騒ぎが治まらぬ内に、モニターは既にリタルの顔に切り替わっていた。
「『死球』に『炎帝』を使いこなす人間だと……? おまけに『転位』と『魔眼』……こいつらは一体どういう人間だ」
「ストーンハントを生業とした人間の集まりです。人界ではフォルツェンド一味と名乗っています。一味自体は寄せ集めと言ってもいいでしょう」
「しかし、所持している石はどれも禁術封石。それらを収集し使いこなすなど……もはや異常の域ではないか。こんな人間達がどうして今まで野放しにされていたんだ」
「ファーレン。一味の本拠地はおまえの管轄だろう。今まで何をしていた?」
「申し訳ありません。暴走の気配もなく、所詮は人間の操る魔力。わざわざ上官の手を煩わせることもないと判断し、独自で調査、監視を続けておりました。まさか魔族が人界に出没するなどという事態になるとは予測していませんでしたから」
上がる憤慨の声に、ファーレンと呼ばれた金髪の眼鏡の青年が深く頭を下げた。
「……まぁ。ファーレンの監視のおかげで『死球』が魔族の手に渡らずに済んだのだ。今回はよしとしようではないか」
ファーレンの目前――最前列の席に腰を下ろす老人の厳かな声がざわめきの中鎮座する。
と、水面に波紋が広がるように、老人達の騒ぎが静まっていった。
立ち上がっていた入口付近の老人も着席し、室内が完全に静寂に満たされた事を確認すると、
「――ありがとうございます、オーライオス警視監。始末書は後ほど報告書と一緒に提出します」
ファーレンが体ごとそちらを振り返って、もう一度深く頭を下げる。そのままの体勢で数秒静止。僅かに顔を上げ、最前列の老人――オーライオスが頷くのを見届けると、
「……では、改めて事件を整理します」
室内に向き直ってから、再び資料を目にしたファーレンは淡々と読み上げた。
「時期は不明ですが、太古より言い伝わる三神の一つ『魔族の巨石』が目覚めました。皆さんも知っての通り、魔界に在るとされる『魔族の巨石』は、失命した存在の魔力の結晶である『石』にもう一度生命を与える事が出来る……かつて我々が滅ぼしてきた魔族の復活を可能とする、非常に厄介な代物です。先日、蜘蛛型の魔族を透心した所、既に数十体の魔族が人界に降り魔石収集に動いている事が判明しました。魔族が同盟を破り他界に侵入している以上、天界がこれを黙認する訳にはいきません。我々WSPで魔族の目論見を阻止することが先決と思われます。そこでみなさんには魔族に手を出されぬよう管轄下の魔石収集を急いでいただきたい。万一、現場で魔族と接触した場合、ただちに魔族を魔界へ送還するように、との命をお上よりいただいています。具体的な対策が練られていない今、出来る限り魔族との戦闘は避けるように、との事です。なお――」
そこまで言い終えるとファーレンは僅かに顔を上げ、眼鏡をクイっと上に押し上げる。
「――先の事件に関わったこの四名の人間については、引き続き私が監視、調査します」
再びざわめきが生じる室内。
老人達の様子をただ静かに映す、暗がりに光る眼鏡の奥の表情はわからない。無言のまま抗議、反論を受け流すファーレンに、先程場を鎮めた最前席の老人――オーライオスが静かに太声を上げた。
「……それも、お上の命令か」
ファーレンはオーライオスと目を合わせると、何も答えずに、ただにこりと笑みを返すのであった。
数分後。
重役達は解散し、会議室はがらんどうになっていた。
無機質な照明の点った明るい室内に一人、ファーレンは腰掛け、自らが拵えた報告書に目を通している。
と、流し読みしていた金の瞳の動きが止まった。
「……確かに。ご老体が騒ぎ立てるのも尤もな事なのですが。一番不可解な存在は……やはり彼女なんですよねぇ」
長い足を組み、背に折りたたんでいた白翼をゆっくりと動かして室内に風を生む。
深い金の不思議な色彩を持つ瞳は、会議では話題に上がらなかった――もとい、上げなかった、蒼髪の少女の顔を映していた。