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二面の秘密  作者:
4/8

《11》-《14》

《11》



 何もない日々は、サディアスが言うほど短くはなかった。

 次の三ヶ月がもう巡ろうかという頃合いになって、四軍団長を中心に緊急招集が掛かった。

 招集自体は予測の通りだ。だが、伝令を受けたスノウは意外の声をあげて目を見張った。


『現在勇者一行が魔王城正面にて魔王に面会を求めている。至急登城されたし』


 そう、あったからである。



 空の玉座を中央に据え、左右に二座ずつ広がる豪華な椅子は一段低いところにある。その端の一脚にて悠々と足を組むのがスノウだ。右隣の席にはエイベル、更に玉座を挟んだ向こう側にサディアス、テオドリクと続く。

 そして段下にて立姿勢のまま此方を見上げる人影が四つ。その中央で一歩前に出て立つ金髪の男こそ、勇者であると言う。


 勇者、戦士、魔法使い、神官。

 装いから判断するにおよそ定番の布陣で、前二職が男性、後二職が女性だ。


「私達は魔王に面会を申し入れたはずですが。貴方がたは?」

「我等は魔王軍を構成する四軍の長。陛下への要件は、まずは我々が聞きましょう」


 問うたのが勇者。返したのはサディアスだ。

 サディアスの声は常よりもなお冴え冴えとしていたが、表情は一見分からないほど僅かに硬い。情報統括をその中心とする二軍を統べる長として、城門を叩かれるまで勇者一行を探知できなかったことは存在の意義を揺るがすほどの事態だ。


「私達を何者だと心得るのですか? 控えなさい」


 宝珠を先端に頂く杖を持つ紅茶色の髪の魔法使いが言った。

 他に命じることに慣れた物言いに、眉を吊り上げたのは案の定最も短気な燃える男である。


「あァん? 勇者サマご一行だろうォ? あ、それとも、勇者サマ+金魚のフンご一行サマかぁア?」

「なんですって! この無礼者!」

「マリー」

「テオドリク」


 それぞれ勇者とサディアスがたしなめたが、互いに睨み合う二人はさほどたしなめられた顔もしていない。


「騒がしいこと。わたくし、人間の常識には疎いのだけれど、手続きも踏まず招かれもしないのに一国の王を訪ね、武器を預けることもしないまま王に会わせよと叫ぶのが、貴方がた人間の常識なの? そしてそれを受け入れることが?」


 ひざ掛けに預けた左腕で頬杖をつき、尋ねたのはスノウだ。


「いいえ。――寛大なご譲歩、痛み入ります」


 勇者が答えた。

 魔法使いは目を見張った後、視線を落とした。悔しさや不満を耐えたというより、恥を得たような硬い動きは、スノウを僅かに安堵させた。まるで話が通らぬ相手でもないらしい。

 それでひとまず空気は治まった。


「失礼をいたしました。改めて自己紹介から。私の名は、ルーシャン・ファース。後ろに控えますのが、シオドア・アイザックス、マリー・プリムローズ、ラモーナ・ラングリッジと申します。

 まず、最初に申し上げておきたいのは、私達に魔界侵攻の意思はない、ということです」


 「ほう」と、応じたのはサディアスである。テオドリクはむっつりと黙り込んでおり、まだ一度も口をきいていないエイベルは多分本当に興味がない。スノウも先程は一時口を挟んだだけで、基本的には渉外役はサディアスというのが順当な分担だ。


「その言葉で、我々に安堵しろと?」

「同時に誤解しないで頂きたいのは、剣を抜く覚悟もある、ということです」


 身動ぐテオドリクを視線で黙らせ、サディアスはルーシャンを見下ろす。


「つまり、状況次第だということですか」

「その通りです。私達はひとつの目的を持って魔界を訪れました。それは決して戦を望むようなものではありません。しかし、障害を取り除くことを厭うものでもありません」

「では、目的を聞くことから始めましょう」

「はい。私達は――」


 一拍の間が空いた。

 ルーシャンの視線が四人の魔族の上を巡り、最後にサディアスの元に戻る。


「三年前より行方不明の聖獣を探しております」



『我のことか』


 ただ一人を除いて、誰にも聞こえない声がした。



《12》



「《分 離(セパレィション)》」


 ころりと床に転がったぬいぐるみの腹の上に、セツは足の裏を置いた。


「む、どうしたユキコ。いかん、全然力が入っておらんぞ」

「踏んで欲しかったら喋りなさい」


 言動のおかしさを省みられないくらいには、セツはパニックに陥っていた。


「どうしたらいいのよ!!?」

「ふむ、質問が不明瞭だが、正直に名乗り出ればよいのではないか?」

「できるわけないでしょ、バカ!」


 叫ぶ勢いが踏み込む力に変わったセツの足許で「きゅぅん」と字面だけは子犬じみた渋い裏声があがった。

 そのおぞましさに多少正気を取り戻したセツは、はっとした顔でムルの腹から足をどける。

 物足りなさの溢れる悩ましげな吐息を全く聞かなかったことにしてセツがソファーに倒れ込むと、ややして頭の直ぐ側で軽い音がして、それから気持ち悪さの抜けた声が頭許から聞こえてくる。


「なぜできぬ?」


 セツは重ねた両腕に埋めていた顔を僅かに声のした方に巡らせた。するとセツの右目とムルの両目がぴったりと合う。ぬいぐるみに嵌め込まれた目に感情はないが、少し傾けた頭が声と共に疑問を表していた。


「なんでって! なんでってそんなの……!!!」



 勇者ルーシャンは語った。

 三年前に執り行った神事の最中、自分達がいただく白き聖獣が行方不明になったのだと。

 国を挙げて捜索したが行方は(よう)として知れず、しかし決して諦めずにあらゆる魔法を用いて調べ続けた結果、ついに過去見の魔法のひとつがその顕現の痕跡を突きとめた。痕跡は界を跨いだ向こう側にあった。つまり魔界だ。

 儀式の失敗か、他の要因か。それもわからない。だが、同じ痕跡がその後人間界に現れた形跡がないことを考えれば、聖獣の存在は今も魔界にあるとしか考えられない。

 では、そうだとして。

 今現在に至るまで、聖獣が此方の世界に戻ってこないのはなぜなのか。あるいは、自分達に連絡を取らないのはなぜなのか。万能なる聖獣である。それだけの力が十分にあるはずなのに、だ。

 力を制限されるような特殊な状況下に置かれているというのだろうか。


 ――ああそれならば、一体、誰に。


 空気は明らかに緊張を帯びていた。

 我等を、とサディアスが冴えた声を放つ。


「疑っていると思えばよろしいですか」


 すると、ルーシャンは少し困ったような顔をした。


「正直に申し上げて、何とも言えません。私達に対する言葉や反応は、少なくとも貴方がた四人は()()のだろうと思わせます。ですが、私達よりも遙かに長きを生き、数多を経験とする貴方がたなら、我等人間などたやすく誤魔化せるだろうとも思う」


 だから、と若芽のような柔らかい色をした双眸を細めて勇者は言う。


「歴史を信じたいと思います。人間と魔族の間には絶えて戦がなかったという、真実を」


 沈黙があった。

 サディアスは自分と同じ地位にある三人それぞれに一度視線を渡し、無言の内に()を得て、魔王に次ぐ権限を持つ四人の代表として、四人の人間に告げた。


「無用な火種など何の益にもならないのは、我等とて同様のこと。――人間よ、否、ルーシャン殿よ。この城を拠点とするがよろしいでしょう。我等の世界には我等の規則があります。双方の安全のためにも守って頂かねばならないこともありましょうが、微力ながら我等の手もお貸ししましょう」



《13》



「言えるわけないじゃない!!」


 一気に人間と魔族双方からのお尋ね者に身を落としたセツは、嘆きを叫ぶ。いかなるシミュレーションも未来が暗い。セツとスノウの関係性に触れずに問題を解決することは不可能だからだ。

 彼女の正体を、およそ(はた)からの視点でまとめれば以下のようになる。

 人間かつ聖女であるにもかかわらず、正体を魔族と偽り、外見までをも偽って、魔王城の中枢にまで入り込み、三年もの月日を悠々と過ごした女。――これで、一体誰に何を信じてもらおうと言うのか。魔族の側から排斥されるのはもちろんのこと、人族の側に受け入れてもらえるとも思えない。疑わしいにも程がある。

 ということを説明すれば、流石に聖獣もセツの懸念を理解したらしく、「ウ、ム……」と言葉に詰まったように唸ったきり、次が続かない。


「ていうか、何よ、万能の聖獣って! できないんでしょ? 界渡り。何話盛っちゃってんの? どうせかっこつけてただけでしょ? 盛った結果がこれだよ!」

「ウ、ム……」

「いっそ無視する……? でも、ムルが見つからなかったらそれはそれで戦争勃発? 何なのあの勇者、典型王子様みたいな見た目して、言葉と表情に圧がありすぎるんだけど!」


 セツは再び腕の間に顔をうずめると足をばたつかせてソファーを叩く。

 少しの間そうしてから、はあ、と溜息をついた。

 そして暴れるのをやめ、わめくのをやめ、しばらくじっと動かなくなる。

 不思議に思ったムルが声をかけようとする頃、「ねえ」とセツが口を開いた。顔をうずめたまま発する声は、少しくぐもっている。


「今更なこと聞いてもいい?」

「なんだ」

「聖女ってさあ、何?」

「……。問いが不明瞭だな」


 ムルの沈黙に対して、セツの反応は早い。まるでムルの答えを予測していたかのように。あるいは、何を言われようとも次の言葉は決まっていたかのように。


「神事の失敗だって、あの勇者言ってたね。それって、私の召喚の儀式のことでしょ?」

「そうだな」

「神事ってさ、幾つかあって、そういうもので国の繁栄を支えてるんだって、勇者言ってたよね」

「そうだな」

「じゃあ、聖女? の召喚ってのも、頻繁にやってるんだ?」

「……いや」

「どれくらい?」

「我が知る限りでは、ユキコが初めてだ」

「なんで喚んだの」

「必要だったからだろう」

「何に」

「それは」


 打てば返るような言葉の応酬だった。セツの応答は常によどみない。顔をあげないまま、ムルを見ないまま、何かを噛み殺した証明である淡泊さで、時にムルの言葉に覆い被さるようにセツの言葉は続く。


「聖女って凄いね。魔法とかほとんどの属性使えちゃって。おまけに浄化の力っていうのは、聖女だけの特別な力なんでしょ?」

「そうだな」

「何を浄化するため?」

「瘴気だ」


 瘴気とは、魔の力の根源だ。

 初めから着地点の見えている会話だった。セツにとっても、ムルにとっても。それでもセツは確認したかったし、ムルには答える義務があった。お互いにお互いの意思を理解していたから、会話は(きた)るべき終着までよどみなく続く。


「瘴気はどこにあるの? 魔はどこにいるの? 界と界は繋がってないんだよね? 魔族は人間界にほとんど興味ないし。それとも魔界は二つ以上あるの?」

「いや、ひとつ。ここだけだ」


 じゃあ、と小さな声。くぐもっているせいか震えて聞こえる。


「もし私が正体を明かしたとして」

「……」

「もし私が聖女として受け入れられたとして」

「……」

「ムルが見つからないことで起こりかねない戦争が回避されたとして」

「……」

「そうしたら、三年前に起こるはずだった戦争が、起こるんだろうね?」


 ここが終着。疑問系をしているだけの、ただの事実の確認だ。



《14》



「だが、そんなものが起こったとして」


 ムルが言った。


「人間が勝てると思うか? たかがひと一人得たくらいで」


 セツが顔を上げた。赤くなった両目を瞬かせて、ムルを見る。


「ムル……?」


 何言ってるの、と言外に尋ねる顔で見つめるが、ぬいぐるみの顔から表情を読み取るのは至難だ。


「ユキコ、確かにお前の力はすさまじい。浄化の炎はいかなる魔をも焼けるだろう。そして、お前はその力を僅かだが他に与えることもできるのだ。魔族しかいないここでは試しようもないことだがな」


 初めて聞く話にセツは目を見張ったが、話の全体像はやはり見えないままだ。


「だが、人間という存在自体は、さほどユキコの世界と変わらない。魔法はあるが、人間全体の総数で言えば扱えない者の方が圧倒的に多く、それを戦いの術にできる者などほんの一握りだ。それが一方、魔族はどうだ」


 魔法を扱えない者の方が圧倒的に少ない。たとえ魔法が不得手でも、それ以外の生き抜く術を持っている。この場合の生き抜く術とは、戦う術と限りなく同義だ。


 人間が勝てると思うか。――問いの答えは悩むまでもない。だがそれを聖獣であるムルが口にする意図がセツにはわからない。


「……じゃあ、ムルは。人間が負け戦をするために私を喚んだの?」

「応じると思うか、戦に」

「え?」

「魔王がだ。応じると思うか、戦に」

「魔王様……?」


 “様”付けも、三年も経てば習慣づいている。セツは、三年経っても数えるほどしか言葉を交わしたことのない最上級の上司のことを思い起こした。

 セツよりも更に上等な魔法を易々と扱う、魔王城において、いや、恐らく魔界において、一等強く、一等美しい、魔の王だ。


「あれほどに魔力があり、また術にも長けているのだ。一人二人界を渡すどころか、扉さえ固定できるだろうよ。――にもかかわらず、それをせん。血気盛んな輩に強い進言を受けてもだ」

「そりゃ、まあ……。でも、火の粉が降りかかってくれば話は別じゃない?」

「火の粉を払うことしかできぬ者に王は勤まらん。火の種を断つのが王の手腕よ」


 うん、まあ、とセツの言葉が澱む。

 先と立場が逆転していた。ムルの言葉に躊躇いはなく、セツの側には戸惑いがある。


「でも戦争ってのは、合意の元に始まるわけじゃないでしょ。一方が攻め込んで、攻め込まれるままじゃあ困るから応戦すれば、それでもう戦争は始まったって言えるんじゃ?」

「応戦しなければならないような状況に陥ればな」

「え、結局、何? どういうこと? ムルの言いたいことが全然わかんないんだけど」


 寝そべり姿勢から、途中で身を起こしていたセツは、ムルを見下ろした。困惑は表情にも言葉の揺らぎにも表れている。戸惑っていた。ムルの言いたいことがわからずに。ようやく理解したと思ったセツの召喚の意味を揺るがすような語りに。何より、その語り方は、それではまるで――


「ムルは、魔王様と知り合いなの?」


 古い知己を語るようだ。言葉の使い方だけではない。声の調子、ふとした言葉尻、遠ざけているようで、認めているような、戸惑いともどかしさを聞いている者に喚起する雰囲気。

 だが、セツが望むような答えは返ってこなかった。その代わり、二足直立のぬいぐるみは真っ直ぐにセツを見上げ、


「すまない、ユキコ」


 と言った。


「お前には全く関係のない、益もない、我等の世界の都合にお前を巻き込んだ。巻き込みだとわかって、巻き込んだ」


 つぶらで、きらきらしているだけのぬいぐるみの目に感情はない。声から読み取るしかない。


「我は、自力では界もまたげぬ聖獣よ。だが、ユキコ、必ず。必ずお前を、お前の世界に戻してやろうぞ」


 必ずだ、とぬいぐるみの形をした聖獣は繰り返した。

 セツに、もしかすると自分に言い聞かせるように。

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