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はじまり-08

 すっかり和やかな雰囲気で酒を酌み交わしていたジュールの耳に、聞き慣れない響きが聞こえてきた。


「なんだ?」

「――どうかしました?」


 向かいで杯を傾けているヘンドリックは気が付いていないようだった。


「……いや」


 不穏な物音は間断なく続いている。じっくりとこちらに近づいているようでもあった。窓の外では相変わらず女たちが甲高い笑い声をあげていて、平穏そのもの日常である。

 背中を羽根でくすぐられたような居心地の悪さを感じて、ジュールは腰をあげた。特に意味のない動作だったが、気になるものは気になるのだ。


「ジュール様!」


 どすん、と大きな音とともにジュリナが部屋に飛び込んできた。すわなにごとか、とヘンドリックも立ちあがってジュリナに迫っている。


「どうした、なにごとだ!?」


 興奮が抑えられるのか、ヘンドリックの腕をくぐりぬけてジュリナがジュールに詰め寄った。白く穏やかな顔が上気し、若草色の目が爛々と輝いている。

 普段おとなしく、夫のそばへ寄りそうたおやかな婦人だとしか見ていなかったジュールにとって、それは新鮮な驚きであった。


「奥方よ、いったいこれはなんの騒ぎだ」


 差し迫った危機ではないと判断して、ジュールはあわや胸元に飛び込んで来る勢いのジュリナをわずかに制した。どこから走って来たのか、後ろでひとつにまとめた髪が乱れている。金色の後光を背負ったみたいに見えるジュリナのほっそりした姿を目の当たりにして、ジュールは目を細めた。


「ローンレーヌの生きた宝珠とはまさに、あなたにふさわしい称号だな」

「ジュール様!」


 いささか非難の響きがジュリナの口調にはあった。ジュールはおどけて目を見開き、茫然と立つヘンドリックとジュリナを交互に見た。


「はて、褒めて責められるのは初めてですな」

「責めているのでは――いいえ、そんなことが言いたかったのではありません」


 あわやというところでジュリナは足を止め、己の胸元に手を置いた。大きく息を吐いて呼吸を整えている。


「礼儀をわきまえず、急に押し入ったりして――」

「いえ、美しい人に追われるのは男にとって誉れでもありましょう」

「まあっ」


 ぱっと上気した顔をいっそう赤くして、ジュリナは頬を押さえた。

 貴婦人とは走ることをしない。

 およそ体に負担のかかることを一切せず、ふわふわと動き、甘いものを主食に一日の大半をソファの上で過ごすものだ、とジュールは偏見に凝り固まった考えを持っていた。

 貴婦人の中の貴婦人ともいえる美貌とふるまいをするジュリアがまさか、夫の目の前で違う男性に挑みかかるはずもないと、ジュールは警戒を解いて大げさに笑顔を作った。


「ジュール様、私……わたくしはジュール様を本物の騎士と存じております。夫が――ヘンドリックから聞かされる英雄譚に私も胸を熱くしておりました。……いいえ、はしたないとお笑いになってもよろしいのです。沈黙の騎士……なにも語らず、ただ沈黙を持って礼節と慈愛、そして無私の勇気を示すそのお姿を感じては涙にかきくれたことも一度ではありません」


 ローンレーヌの宝珠と呼ばれる所以の若草色の瞳が妖しく揺れた。


「ジュリナ、お前は一体なにを言っているのだ」


 感情をもてあまし震えるジュリナを見かねてか、ヘンドリックがその肩に手を置いた。ジュリナはそれを強い瞳で見上げ、唇を噛んだ。そして再びジュールに向き直って、口を開いた。


「いいえ、言わせて頂きます。ジュール様……あなたのなされようは、騎士の風上にも置けません。どうして、どうしてあのような――あんなにまだ小さな子供に、山に慣れた騎士と同じ働きをさせるなんて!……なにを笑っていらっしゃるの?私、怒っておりますのよ!」

「いや、奥方――失礼」


 あまりの剣幕に押され、唖然としていたジュールがくつくつと笑っている。いまのジュリアは毛を逆立てた小動物みたいに見えた。

手を伸ばして話を進める仕草をすると、ジュリナはつんとあごをあげて淑女の礼をする。


「あんなにやせ果てて、体中真っ黒に汚れていて傷だらけで……ひと目見た時に、泣いてしまわないようにするのが大変でした。ずっとついていたら、涙がこらえられなくて――いま、アンナとミリアに支度をお願いしています。どうしてもっと早く、連れてきてくださいませんでしたの?」

「……奥方」

「いいえ、それよりも急がなくてはいけないことが――ジュール様、三年を過ごしたということは寝間も同じだったということです。私は、アルトゥース辺境伯の名においてあなたを騎士の審問にかける用意があります。ヘンドリック、急がないといけません。さあ、」

「奥方、奥方」


きりり、とまなじりを強くジュールを見るジュリナの姿は壮絶に美しく見えた。若草色の瞳は燃え上がり、金色の髪はぱちぱちと暖炉の炎を受けて輝いている。いきり立つ麗人をなだめるために、ジュールは穏やかに一礼した。


「大変に申し訳ありません。けして、奥方を笑ったのではないのですよ。私はいまこの地についたばかりで、奥方をそこまで激昂させる理由が分からないのです。……私を哀れとおぼしめすならば、どうか心を平静にしていただき、その理由をお話し下さいませんか」


ヘンドリックが驚くほどジュールは丁寧にジュリナに声をかけた。騎士にとって貴婦人への崇拝は呼吸よりも大切なものだ。頭を下げ、ジュリナに願うジュールの姿をみてヘンドリックは目を丸く見開いた。


「なにをおっしゃっているの。知らないとは言わせません。……あなたが連れてきた、あなたの弟子は――女性なのです!」

「……なんだって?」


背を伸ばし威厳を保つように立ち、けれど、こみ上げる激情を隠しきれないジュリアの叫びが部屋に轟いた。ヘンドリックは息を飲み、向かいあうジュールとジュリアを見つめている。

思わぬ事実に立ちすくんで、ジュールは思わずくぐもったうなり声をもらした。


やったー!主人公が次は戻ってくるよ!(たぶん)

誤字脱字、なんかココおかしい、などあれば教えて下さればありがたいです。

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