92 殺人鬼か黒獅子か。
「――ッ!!」
「うわっ!?」
ロアンの腕を掴み、ルアンは部屋から引っ張り出す。
「あれは全部、花屋が用意したのか!?」
「!?」
肩を掴まれて、鬼の形相で問い詰められたロアンは、ビクリと震えて固まった。
「あ、あれはっ……毒の花!? なんで!」
「なんでって! 見なかったのか!?」
「っ! 手配だけ頼んで……ロアン一人で、確認したっきり……」
部屋の中を見て愕然とするラアンにも、ルアンは鋭い声を上げる。
「そいつは若い男か!? 白銀髪か!?」
そこで、ドサッと音がした。
見れば、廊下の先でメイドウと荷物を運んでいたピアースが鞄を落としたのだ。
蒼白の顔で、ルアンの部屋の中に飾られた紫の花を見たピアースは、震える声で呟く。
「……殺人鬼が……来たんですか……?」
自分を面倒見てくれたブラーイア夫婦を殺した連続殺人鬼の署名の毒の花。
いつかは来る。そんな気はしていたのに、いざ見ると吐きそうになり、ピアースは口を押えてよろめいた。
「……シヤン、ロウと一緒にピアースのそばにいて離れるな。部屋を確認しろ。絶対に離れるな。メイドウも使用人全員で屋敷を確認しろ! 一人になるな! 花屋の青年を見たら、叫べ! ラアン兄さんはロアンを一人にするな!!」
鋭い指示はやがて、怒号へと変わる。
「花屋の場所は!?」
「こ、公園の脇の」
「チッ!! スペンサーが行った!! ガリアンに行って、ゼアスさんに伝えて! クアロ」
「っええ!」
屋敷に留まるとは、考えられない。ルアンは飛び出して、馬に跨って向かった。
「いると思う!?」
「いないだろうな! 確かめる! スペンサーと合流して、捜索だ! 誰か殺されているかもしれない!」
花屋に戻っている可能性も、ないに等しい。それでも、あえている可能性があるとも考えて向かう。いなければ、スペンサーと一緒に捜索し、合流するゼアスチャン達と被害者がいないか、確認しないといけない。
「スペンス!!」
「っ! ルアーさん!? ど、どうしましたっ?」
怒鳴られるように呼ばれて、肩を跳ねたスペンサーは、目を見開て振り返った。
花屋の前で、花束が出来上がることを待って立っていたスペンサーのそばに降り立ったルアンは、中を確認した。年配の女性が薔薇の花束を作っている。
「ガリアンです! 店員の中に、白銀の青年はいますか!?」
「えっ! そ、それなら……昨日から無断欠勤している子が……」
「昨日から!?」
昨日から逃げる準備をしていた?
あの毒の花を手配している時には、帰還を知られていたからか……!
「えっと……彼が、何か?」
「知ってるの!?」
スペンサーがまさか知っていると思わず、目を見開くルアン。
「まさか、ずっと前からいたのか!? 六本目の薔薇を買った相手!?」
ビクンと、また震え上がったスペンサーは、自分より小さなルアンに気圧された。
「え、いや…………二本目から、ですが……」
「二本目って……アイツっ……! そんな前から、ここにッ!?」
ショックのあまり、後ろにふらつくルアン。
氷の殺人鬼事件から、もうここにいた。サイコキラーが、この街にいたのだ。
額を押さえて、しっかりしろ、と言い聞かせた。
「彼の名前は!? 彼は殺人鬼だ! 住所は!?」
「えっ。この隣の、安アパートで……」
名前と問い詰められた花屋の店長は、スペンサーと声を重ねる。
「「シェマー・ギュブラー」」
驚いた顔を、店長が向けるが、蒼白の顔でスペンサーは呆けていた。
「大量殺人犯……そうだ……あの顔。未来で、チラッと見た……。べアルスの隣の牢に……!」
未来の話にプツンとキレて、ルアンはスペンサーの腹を殴り飛ばした。
倒れたスペンサーは、ケホッと咳き込む。
「ふざけんなよ! てめぇ!!」
「ルアン!」
クアロが止めようと肩を掴むも、すぐに振り払われた。
「あたしが不在になるって、指名手配のサイコキラーに言いやがった!! ロアンにも、近付いた! あたしの部屋は、アイツの毒の花で、いっぱいだぞ!!」
「っ!?」
「何が未来男だ! 使えない野郎だ!」
「す、すみませんっ」
殺人鬼がのうのうと居座り、ルアンの部屋まで入った。
未来でも見たと言うスペンサーは、もちろん、指名手配の特徴も聞いていたのに、気付かなかったのだ。言葉巧みに溶け込むサイコパスでも、それほどの情報を持っていて、気付かなかったスペンサーの落ち度。
「あんのクソイカレ野郎っ! 挑発しやがって……! 宣戦布告のつもりか? ……いつでも寝首を掻けると!」
殺人鬼の挑発行為に、怒り狂うルアン。
「ルアン様!」
ゼアスチャンが部下を引き連れて駆け付けたため、指示を飛ばした。住んでいたらしいアパートに押し入るが、やはり、ものけの空。そもそも、住んでいたとは思えないほど、その形跡がない空っぽ。
エンプレオスの街と、周辺の街に殺人事件、または行方不明者がいないか、探るように指示をしていれば、メイドウが馬で駆け付けた。
「る、ルアン様。申し訳ございませんっ。そのっ、お忙しいところ恐れ入りますが……ロアン様が……すっかり泣きじゃくっております」
「……」
喜ばそうとしたかっただけなのに、怒鳴られてしまったロアン。落ち込んで泣くのも、当然だ。
「ルアン。一度会っておきましょう?」
クアロは、そっと背中を押す。
「調べるだけなら、我々が。ルアン様は旅の疲れもありますし、ロアン様のそばで、お休みした方がいいと思います」
ゼアスチャンも、促した。
「進展すれば、すぐに連絡をしますので」と、強く告げる。
「……わかった。頼んだ」
ルアンは、乗って来た馬に乗り直して、メイドウとクアロは走り去った。
その後ろ姿を、スペンサーは肩を落として見送る。
「挽回しろ」
「……はい」
バシッと、背中を叩かれたスペンサーは、それでも俯いたまま。
だから、もう一度、ゼアスチャンは叩いた。
「はいっ!」と気合いを入れるためにも、腹の底から声を出すスペンサーは、切り替えるために自分の両頬をはたいた。
ロアンは自分の部屋の隅に丸まって泣いていた。グスングスンと、泣きじゃくる。
困ったように話しかけ続けていたラアンを押し退けて、ルアンは目の前まで行き、しゃがんだ。
「ロアン」と優しく呼びかけても、ビクリと震えるロアン。
「ごめんね? ロアンは悪くないのに。ロアンに怒ってないよ?」
「……ほ、ほんと?」
ずびずびと鼻を啜って顔を上げるロアンは、恐る恐るとルアンを見た。
「そうだよ。花をくれた人はね、悪い人だから。ロアンも狙われたかと思って……それに怒ったの。ロアンが無事でよかった」
そのロアンの頭を撫でてた。両手で頭の形を確かめるように、動かして包んだ。
微笑むと、ロアンはうるうるさせて、見つめ返した。
「私の部屋、空気の入れ替えしないといけないから、今日はここで休んでもいいかな?」
「いっしょ? う、うんっ! ルアン、いいよ!」
「クアロとラアン兄さんも一緒」
「うん! うん!!」
ぱぁっと目を輝かせるロアン。
そのまま、ロアンのベッドで並んで休んでいれば、ロアンが寝落ちた。
レアンに呼ばれたため、シヤンとロウとメイドウにロアンを任せて、部屋に行く。
そこで、ゼアスチャンから調査結果を聞く。
「街で未解決の殺人事件も、失踪事件もない……?」
毒の花の殺人鬼、シェマー・ギュブラーの犯行を匂わせる事件がない。
不可解だ。
最初から、そう。
こんなに身近にいたことが、おかしい。
「殺さなずにはいられない殺人鬼じゃなかったのか?」
と、レアン。
「……その読み外れたのでしょうか。あるいは、巧みに隠しているのか……」
口元を手で押さえて、ルアンはしかめっ面で考え込む。
「……では、どう出ると思う?」
「ここまで挑発しておいて、そのままってことはありえません。でしょ?」
ガリアンのボスの家に、自分の署名をしていった。
「彼はいたぶることが好きです。恐怖を味わわせながら、じわじわと殺していくことが好きなイカれたサディスト。部屋にまで入ってきて、いつでも殺せると宣言したようなもの。次に出る行動としては……あえて、焦らすか、仕掛けてくるか。逃げる選択肢を取るとは、思いません。ここまで来て、あたしという標的を諦めるはずがない」
「……そうか」
ルアンの予想に、レアンも否定的な意見は出さない。
「で? お前は、どうする?」
レアンは、ルアンの今後の行動を問う。
「もちろん。売られた喧嘩は買います。今度こそ、捕まえてやる」
腕を組んでふんぞり返ったルアンは、はっきりと告げた。
ギラギラと獲物を見定めるペリドットの瞳を光らせ、苛立ちで好戦的に笑みをつり上げた。
「ああ。許すんじゃねーぞ。オレ達の縄張りに入り込んでおいて、逃げ切れるだなんて、思わせるな」
同じくふんぞり返ったままのレアンは、頬杖をついてハッキリと告げたのだ。
黒獅子の縄張りに入り込んだ殺人鬼に牙を向ける。
舌なめずりしている肉食は、一体どちらが、相手を捕えるだろうか――――。
これにて、5章完結です!
ついに、6章から殺人鬼くんと直接対決……!
にしたい! んです!
内容が、まだ固まってないですね……。
新しい仲間も増えたので、張り切っていきたいです! その点を踏まえて、頑張って考えたいですね!
本日投稿、新作連載。
https://ncode.syosetu.com/n4861ij/
【気付いたら組長の娘に異世界転生していた冷遇お嬢】
略称『冷遇お嬢』です。
天才幼女なお嬢(異世界転生者)×ヤンデレ吸血鬼青年のお世話係の組み合わせです。
なんちゃって現代日本舞台のヤーのつく家のお嬢様だけど、何故か冷遇されている子に、記憶なしで転生しちゃった元オタク女が、下っ端組員の吸血鬼の美青年に助けられながら、冷遇打破しては……な、お話!
健気な純愛タイプなヤンデレです。溺愛あり、ざまぁありです!
2023/08/20