90 回復中に呼び出し。
パチ、と目を開くルアン。
ベッドの上に横たわっていた。
「ルアン!」
「ルアン様!」
「ルアンさん! よかった……!」
ルアンの看病で付きっきりだったクアロ、メイドウ、手当て済みの傷だらけのピアースは、涙目でホッとした。
ルアンは、一日と半日ほど意識がなかったという。
ここは、通行許可を出さなかったあのグリームの街。
領主の息子アーガスの計らいで、屋敷の客室で寝かされていたルアン。
ピアースと同じく、包帯まみれのスペンサーも飛び込み、涙ぐみながら、ガリアンのボス・レアンへ報告に行った。
すぐに、レアンとゼアスチャンが、部屋を来た。
「大丈夫か?」
ベッドに腰かけて、ルアンの頭を撫でるレアン。だいぶ下がったが、まだ熱がある。
「悪いが、オレ達だけでも戻らないと……先に行くぞ。今回の盗賊どもは連行する」
「はい。わかりました。大丈夫です。遅れて帰ります」
体調が悪い娘を置いていくことに申し訳なさそうにするから、平然とした態度でルアンは送り出す。
ガリアンの最強のボスが長いこと不在では、犯罪の抑止力にならない。それを理解してのこと。
「……お前はよくやった。ゆっくり休みながら来い」
大きな手で、頭の輪郭をなぞるように頭を撫でたレアン。
城まで行き、国王へ光封じの手錠を献上した。初めての長旅の疲れと、プレッシャーもあっただろう。それから解放されての体調不良だと聞いているため、労わる。
本当に、ルアンはよくやった。そう思っている。
だから、そっとルアンの額に、口付けを落とした。
それを見たクアロが、絶句。
「ボス……! 私にもっ!」
と、ほざくため、普通に、レアンにグーで頭をぶん殴られて、床の上に撃沈。
呆れ果てるしかないメイドウとルアンだった。
レアンは、さっさと部屋をあとにしていく。
「ふっ……しょうがないわね。ルアンに無茶させたんだから、これくらい」
カッコつけて笑うクアロは、ベッドそばに戻る。
「殴られた理由は、それじゃないでしょ」
ツッコむルアンだった。
レアンらぶなクアロは何度突っぱねられてもアプローチをするのだから、本当に懲りない。
レアンは、巨乳美女好き。クアロがタイプじゃないそれ以前に、男は対象外。完全なる一方通行の恋でも、めげないクアロだった。
「ルアン様。戻ることが遅れてしまい、大変申し訳ございません」
そこで頭を深々と下げるのは、ゼアスチャン。
「ゼアスさんにはどうしようもなかった。謝罪は結構。とりあえず、残るメンバーは決まっているの?」
「はい。人数を考えて、ルアン様の腹心の部下一同と、こちらで山賊と戦ったガリアンメンバーをつけた顔ぶれとなりました。レアン様が、今回の件で、懸念していましたので、ルアン様がもっと人手を残してほしいと仰るなら、今から言えば、人を裂いてくれるかと」
「いや、いい。人数は十分だろう。私も万全になったら、同じ過ちは起こさせない」
まだ回復しきれていなくとも、ルアンの目は強い。
この残りの旅で、また何かのアクシデントが起こっても、大丈夫だろうと判断出来る。
「承知しました。……あと、こちらの部屋を提供してくださった領主の息子、アーガスがルアン様がお目覚めになったらお話がしたいとのことです。回復してからにいたしますか?」
「彼か。今いいなら、今話す」
「かしこまりました。伝えてきます」
一礼するとゼアスチャンは呼びに向かった。
クアロは、それにいい顔をしない。
「ルアン……休んだ方が」
「メイドウ。お腹空いた」
「あ! 僕が!」
「ピアース、あなたも休む。他にも医者がついているんだから。休みなさい」
「ううっ」
胃にいいお粥を持ってこようとしたピアースは、厳しい口調でルアンに”休め”と言われてしまい、情けなく呻く。
頭では休んだ方がいいと自分でも診断出来るが、ルアンに付き添いたい気持ちが、それと衝突中。
結局、お粥を取ってくるついでに、メイドウに背を押しやられて退室していった。
クアロに手伝ってもらって、ルアンが怠い身体を動かしながら、着替えをしている間に、メイドウとアーガスを呼んだゼアスチャンが戻ってきた。
「まだまだ旬の梨ジュース、持って来たぜ。ルアンお嬢さん。好きだろ?」
メイドウはお粥だが、アーガスはジュースを持ってきている。以前も飲ませてもらったものだ。
たくさん汗をかいて、喉も渇いていたため、先にジュースをいただくルアン。
その間、この前、捕えた山賊の処遇が決まった話をした。
衣食住は用意して重労働を科すことにしたそうだ。とはいえ、今は放置状態だった道の整備や警備ぐらいで、まだ様子見したいところ。
盗賊達は、大半が頭である筋骨隆々のアッシュに従うし、アッシュも償いを引き受けると、宣言したらしい。衣食住が確保されるなら、構わないとのことだ。
ルアンが戻ってきていると聞き、風邪で寝込んでいることも心配しているらしい。
「私、体調崩すと長いから、しばらくお世話になります」
「それは全然構わないんだが……屋敷の扉の前で、正座している連中はどうしたらいい?」
と、苦笑を見せるアーガス。
なんの話だろうか。ルアンは首を傾げる。
「反省したいと、元兵士組が正座を続けているんです」とゼアスチャン。
「バカなの? 呼んで来い」と呆れ顔。
「じゃあ、アッシュにも大丈夫だって伝えておく。お大事にな、お嬢さん」
呼びに行くゼアスチャンに続き、アーガスも部屋をあとにした。
ぞろぞろと部屋にやってくる元兵士組。
沈痛な顔で俯くサム、アレン、デク。
「大変申し訳ございませんでした」と、床に跪いて頭を下げる。
ベッドの上のままお粥を食べるルアンは、冷めた声を返す。
「何が」
「自分は道に迷って、ルアン様達を危険な目に遭わせてしまいました」
と、暗い表情のサム。
「自分は、不謹慎にも口論をして……しまいました」
と、気まずげな表情のアレン。
「……ルアン様を守り切れず、崖から落ちてしまったのは、自分の責任です」
と、苦しげな表情のデク。
各々が、反省している点を申告。
「それが屋敷の前で陳列している理由なの? バカなの? 私、ギアの練習しろと言ったわよね?」
ルアンは、冷たい。
それには顔を上げたアレンが慌てて言う。
「ちゃ、ちゃんと練習はしています! それ以外は、罰として、反省を示すためにも……」
「その罰って、誰が決めた罰よ? 城ではそうしていたかもしれないけれど、そういう”反省している”パフォーマンスなんて、なんの役にも立たないからやめなさい。自己満足するな。はっきり言って屋敷の持ち主が迷惑しているし、そんな暇があるならちゃんと休め。マジで意味ないから、アレンもデクも怪我しているんだから休め、アホ」
バッサリと切り捨てるように、容赦なく一蹴。
自己満足の”反省している”パフォーマンス。グサリと突き刺さる痛い言葉。
ビクッと震えては、ずおん、と落ち込みつつ「はい……」と弱々しく頷いて、項垂れる三人。
「反省しているなら、仕事で活躍出来るようにギアを学べ。とはいえ、ピアースもスペンサーも怪我したから、先ずは、休ませてあげて。自己練習に励んでなさい。はい、休め」
と、ぺいっと、手を一振り。ルアンから”出て行け”の合図。
ぞろぞろと、肩を落とした三人は、退室していった。
「あ。あの男の子は、どうした?」
ルアンは、思い出して、クアロに尋ねた。
盗賊の中にいた少年のことだ。他に”男の子”と呼ぶ者はいないだろう。
「シヤンが見張ってるわよ。……本当に連れて行く気?」
「呼んで」
続いての呼び出しは、シヤンが連れて来た盗賊にいた少年・ロウ。
少年は、気まずげに視線を彷徨わせる。
「悪いね、放っておいて。今回の襲撃の償いのために、ガリアンで働いてもらうから」
「!」
「何か言いたいことでもある?」
もちろん、反対は認めない姿勢のルアンは、ニコリと微笑む。
「……なんで?」
呆然と理由を尋ねるロウ。
「使えると判断したからだし、他に行く場所もないでしょう? こっちおいで」
当然のように返すルアン。
最後の部分は、優しさがこもっているように聞こえる。
居場所のないロウを”おいで”と手招く声。
「…………オレには、ロウって名前しかない。母がくれた名前……母は、死んだ。他に行く場所なんでない…………行く」
涙を堪えて、ロウは声を絞り出して答えた。
シヤンの目が揺れる。自分と同じく母を亡くした少年。
それを見てから、ルアンは。
「決まりね。シヤン、お前が面倒見て。スペンサーは怪我で休まないといけないし、一番元気なお前が教育を担当しなさい。ギアを教えてやって」
と、指示。教育係は、シヤンに決定だ。
「お、おう!」と、シヤンは頷いた。
二人も退室して、メイドウは「……増えましたね」と遠い目。
元兵士を三人も連れて帰る上に、またもや一人、元盗賊の少年を連れ帰ることになった。
何故、人を拾ってきてしまうのだろうか。
「も、もう増えないわよね?」
クアロは、横になったルアンを見たが、もう寝息を立てていた。
病み上がりなのだ。しょうがない。薬も飲んだため、休ませてやろう。
仕方なく、肩を竦めたクアロは、濡れたタオルで額を拭ってやる。
それから胸の上まで、掛け布団をかけ直した。
次の日。
安静のためにベッドの上にいるルアンが暇を持て余したために、滞在している屋敷の書斎にあった本を、適当に持って来たクアロ。
それを大人しく読んでいたかと思えば。
「信じられない……クソ面白くねぇー……!」
げんなりしたルアンは、珍しく読み途中の本を閉じた。
「ルアン様っ! 口が悪すぎます!」と、泣きそうなメイドウ。
ビックリしたピアースも、ルアンの悪態に少し青ざめた。
安静と称して部屋に入り浸るスペンサーも、ポカンとしては、本を気にしたため、ベッド下に放り投げて、ルアンは渡す。
「め、珍しいわね……。つまらなくても、最後まで読むのに」
「あら……確かにそうでしたね」
クアロは、口元を引きらせる。そんなにつまらない本を選んだ自分に、八つ当たりされることを危惧した。
本の虫であるルアンは、なんでも読みふける、例え気に入らなくとも、一応最後まで読んでいる姿しか見たことがないと、メイドウも首を傾げた。
「私だって気に入らなければ最後まで読まないこともある! でもこれマジつまらん! よくこんな内容を書こうと思ったよね。矛盾した犯行、ずさんな推理。魅力のない登場人物。面白みなさすぎ! この作家、本読んだことないんじゃない?」
「も、物凄い暴言出たわね……作家に対して」
チクチクどころじゃなく、グサグサと刺すように貶すルアンは、不満をぶちまける。
作家に対して、本を読んだことないだろ、とは。
とんでもな暴言だ。
「いや、コイツはマジでミステリー小説書く資格ない。なんも知識を学んでいないよ。人伝に聞いたのを、知ったかぶりで書いているようなもんだ。うぜぇー」
「ルアンさん……小説ですら、そんなに分析が出来てしまうのですね!」
「腹を一刺しで死んだって描写があったんだよ? ピアース。そばにあった食器のナイフで! しかも、相手は小太りのオッサン! 即死って、無理あるでしょ!」
「あっ、ああー……とても無理ですねぇ……。そこまで酷いんですね……」
「そう! 殺したいなら、手口をもっと考えろってーの! モヤモヤする!」
作家がどんな知識を持っているか、わかってしまうのかと感動したピアースだったが、単に知識の少なさが明け透けになってしまっている内容だったからだった。本の虫と呼ばれるほど多くの本を読み込んだルアンには、我慢ならない手抜きだ。
「数年前の発行ですね。オレも知らない作家ですから……これが最後の作品でしょうね」
「書くなら知識つけろって文句の手紙送って」
「はーい」
スペンサーは、その命令を引き受けた。
ルアンは口直しと、他の本を手にして読み始める。
元気ね。と、回復したルアンを見て、苦笑するクアロだった。
90話目!
100話まで、あと10話です!
じゃんじゃん拾ってお持ち帰りするルアンちゃん……。
多分……もう……増えない……?
2023/08/03