88 襲撃。
翌朝は、晴れていた。空は雨を降り注いで、すっきりしたかのように爽快だ。
しかし、ルアンの体調は悪化した。
熱は上がり、息を乱して、ゴホゴホッと重たい咳き込む。
重症だということは、一目でわかった。
ピアースが、必死にギアで水を出しては、濡らしたタオルで額や首周りの汗を拭う。
ルアンの体調が良くなる兆しはない。
「ここで立ち往生している場合じゃないわよね」
クアロは、焦った。
前回の風邪で寝込んだルアンをそばで見ていたが、酷く辛そうだったことを覚えている。
ただの風邪でも、安静にしていても、苦しむ。
どうせならば、一刻も早く、屋根の下、ベッドの上で寝かせたい。
「しかし、馬で移動するとルアン様に負担がかかるだろう……」
ゼアスチャンがクアロを宥めつつ、考え込んだ。
「そうですねっ。動かさない方がいいですっ! でも、このままでも……」
ピアースは、負担になる移動を止めたが、それでも車輪が壊れた馬車の中に留められない。
「やべーよなぁ……車輪を取りに行った新入り、全然帰ってこないじゃねーか」
ガシガシと髪を掻くシヤンは、先にある道を見た。
昨日、先に行かせたサムのことだ。帰ってくる気配がない。
「あの大雨で、道に迷ってんじゃねーの? これだから、城勤めどもは……」
「はぁ? 城勤めは関係ないだろう!」
シヤンの余計な言葉を聞き、アレンはカッとなって声を上げる。
「うっせーよ! ルアンが起きるだろうが!」
「お前がうるせーよ!」
「ああ、もう騒がないでちょうだいよ!!」
クアロも加わり、騒がしくなった。
「全員、黙るんだ」
ゼアスチャンが、制止させる。
「自分が行くから、ルアン様を見守っていろ。ピアース、解熱剤が必要だな?」
「はいっ!」
「わかった。車輪と解熱剤を持ってくる。待っていてくれ」
ピアースに確認して、ゼアスチャンは馬の一頭を引いた。
颯爽と跨り、ぬかるんだ地面の上を走らせる。
泥が跳ねていき、足跡が残った。
それを見送ったクアロ達は、再び馬車の中のルアンに視線を向ける。
変わらず、熱っぽい息を吐いては、ゴホッゴホッと重たい咳を出す。
「水、オレが出すっス!」
不安の目で見つめていたスペンサーは、ギアで模様を描いて、水を出した。
「ああー! 代われるものなら代わりたいっ……」
もどかしいと呟くスペンサー。
「わたしもです……ルアン様、おいたわしい……」
新しい水で濡らしたタオルを絞り、ルアンの額に置いたメイドウも、同じ気持ちだと頷いた。
しばらく、一同は静かにしていたのだが、やがてルアンが目を開く。
「なにしてる……?」
ルアンが問う。ここがどこだかわからないのか、視線を左右に動かして確認する。
ゆっくりと自分のいる場所を把握すると、また目を閉じた。
「まだ、サムは戻らないの? ゲホッ」
「わ、わかりません、戻りませんね……ゼアスチャンさんも薬と車輪を取りに行ってくれましたが……」
「んーっ」
ピアースの口ごもる返答を聞いていたが、ルアンは自分の額に手をやって呻く。
「頭痛もしますか?」
「少し……。もういいから、荷物を置いて進もう」
頭が痛いと言った直後、ルアンは出発することを促した。
「ルアン様っ、安静にして薬を待った方がいいのではっ?」
「薬を飲んでもすぐには効きやしない。さっさと街に向かった方が早い」
止めようとするメイドウに、ルアンはそう返しては、のそっと起き上がる。
「あっ、自分がルアン様を運びます!」
ルアンは一人で歩ける状態ではない。普通に考えると、誰かが背負って運ぶ。
真っ先に、ルアンを運ぶと言い出したのは、アレンだ。
途端に、キッと敵意に満ちた目を、クアロとシヤンが向けた。
「新人が出しゃばらないでよね!?」
「そうだ! 誰がてめーなんかにルアンを任せるかよ!!」
「ああん!?」
忽ち、火花を散らせる睨み合いが始まる。
バチバチッと一色触発。
ルアンは冷めた目で一瞥したあと、自分に手を伸ばすスペンサーを見た。
「オレが運びます。お姫様抱っこで」
そっと声を潜めるスペンサーの手を、ぺしっと叩き落す。
「……ん、デク」
「……はい」
ルアンが手を伸ばしたのは、睨み合いを横で見ていたデクだ。
特に疑問をかけることなく、デクは引き受ける。
「なんでですか!? ルアーさん!」
「背中が広そう」
「そんな理由!?」
ショックを受けるスペンサーの声で、睨み合いは中断になった。
しゃがむデクの背に、スペンサーとピアースはルアンを移動させる。
「大丈夫ですか!? ルアン様!」
メイドウの声に、ルアンは返事をしなかった。
ピアースが覗くと、もうルアンは背中に頬を押し付けて、意識を手放していたのだ。
しっかりと後ろに回した腕でルアンを支えているため、デクのおんぶは安定していた。
「じゃあ、行きましょう」
クアロは声を潜めて、先を歩き出す。
各々、手荷物だけを持って、クアロに続いた。
ぱしゃん、と水溜まりを踏みつけながら、湿った地面を進んでいく。
「ゼアスさんと途中で合流出来ればいいけれど……」
ぼやいたクアロに続いて、シヤンがまた余計な発言をする。
「元はと言えば、新人が早く来ないせいだよな」
「ああん!? また城勤めとかどうとか言い出す気か、お前!」
「ちょっと! やめなさいよ! シヤンも!」
「あ!? クアロ、てめーどっちの味方だ!!」
「声を上げないでちょーだい!!」
「お前も声を上げてるじゃないか!!」
シヤンとアレンとクアロの三人が、ガミガミと言い合いを始めた。
後ろを歩くピアースは、ルアンを覗きながらも、気にする。
「止めた方が……」
「無駄ですよ」
さらに後ろを歩くメイドウは、肩を落とした。
「でも、ルアンさんに響きますし……」
「そうですよね。って、ちょっと!? クアロさん!! 前! 前!!」
スペンサーがルアンのためにと口論を止めようとしたが、あることに気付いて彼も声を上げることになる。
「何よ!? うるさっ……って崖!?」
危うく、崖に足を踏み出そうとしていた三人。
いつの間にか、崖に向かって歩いてしまったらしい。
「え、な、なんでっ……ゼアスさんの馬の足跡を……」
見ながら歩いていたはず。
そう言いかけたクアロだったが、シヤンの発言をきっかけに、アレンと睨み合いをしていて、途中から見ていなかった。
足跡を見失って、進んでいたのだ。
あちゃーっと頭を押さえた。
「底が見えねーな……」
アレンは、覗き込んだ。
底は暗くて、見えない。
あとから、そっと覗き込むのはデク。
「おい、大事なお姫様抱いてるんだから、危険な崖を覗き込むなよ」
そんなデクに、アレンは注意をした。
デクは口を開くことなく、こくりとだけ頷きを見せて、引き返す。
「どこで見失ったのかしら……ちょっと戻るわよ」
「なんでお前が仕切るんだよ」
「先輩だからよ!」
「ふざけんな! オレが仕切る!」
また始まる二人の口論だったが、それも唐突に終わる。
ガッとクアロとアレンは、頭に衝撃を受けて、倒れた。
「えっ!」
何が起きたかわからないまま、スペンサーは身構えた。
そして、目にする。
ルアンよりも大きいが、幼い少年が、飛びかかってきた。
スペンサーの頭の位置まで飛び上がって、足を振り上げる。
間一髪、スペンサーは腕でガードをした。
その少年に続く形で、森からわらわらと人が出てくる。
ーーーー襲撃だ。
スペンサーはすぐさま、ルアンの身を案じた。
不安は、的中する。
ルアンを背を負ったデクに、パイプのような棒が振り上げられた。
ドスッと鈍い音を立てて右肩に直撃したそれの衝撃で、ルアンの身体が投げ出される。
意識のないルアンの身体は、崖の方へと飛んでいきーーーーそして落下した。
「るっ」
スペンサーは、一瞬だけ言葉を詰まらせたが、声を上げずにいられない。
「ルアンさんーっ!!!」
「ルアーさんっ!!!」
慌てて、スペンサーとピアースは崖の方へと向かおうとしたが、行く手を阻まれる。
容赦なく、棒のような武器が叩きつけれて、地面に倒された。
「ルアン様!! 嫌ぁああ!」
メイドウが、悲鳴を上げる。
そんなメイドウも、襲撃者に捕まった。
「てめぇええらっ !」
ギアの模様を描き、発動させたシヤンだったが、少年が飛び蹴り一つで模様もシヤンも飛ばす。
倒れた隙に、他の襲撃者に袋叩きに遭う。
痛みで呻くクアロとアレンは、ロープで縛られた。
「ルアー、さんっ! うがっ!」
崖に落ちたルアンを追いかけようとしたスペンサーは、またもや棒を叩き落されてしまう。
「る、ルアン……」
頭から血を流すクアロも、身動きが出来ないまま、ただ崖の方を見て名前を呼ぶしか出来なかった。
ルアンは、意識がなかったのだ。
意識さえあれば、城で王子を助けた時のように、風のギアで飛んでいたはず。
底が見えないほどの崖に落ちたとならーーーー……。
しかし、確認するまでは、決めつけられない。
もしもの場合がある。
ルアンがこんなところで、あっさり死ぬはずがない。そう願う希望が、諦めさせなかった。
「へへへっ。ほら、金目のものを奪え!」
山賊らしい襲撃者達は、クアロ達の懐をあさり始める。
少年だけは、立っていた。
ルアン並の強さのあの少年以外、まともに戦えれば、こんな目に遭わなかったのだ。
くっ、と唇を噛み締めた。
お久しぶりです。
2年以上ぶりですね、恐ろしい。
再開出来て嬉しいです!
ルアンちゃん大好き!
20210930