85 賞品。
本屋を見付けて、かれこれ二時間。
「ルアン。いつまで入り浸っているつもり?」
クアロは退屈していたが、ルアンは真逆で楽しんでいた。
いつまでも本の背表紙を眺めて居られる。
山積みにされた新刊を見て居られるのだ。
「もう少し」
「それ何度目。お金は少ししか持ってきてないわよ。全部は買えないわ」
「わかってる」
ルアンが本を目を輝かせて見ている。
クアロはため息を吐きつつも、付き合った。
やがて一冊の本を選び、購入。
ルアンはウキウキしながら、その本を抱えて城に戻った。
そして、まだ居たピアースを見て、不機嫌な顔に早変わり。
ピアースは、びくりと肩を震え上がらせた。それでも言う。
「お願いします。ルアンさん達の元に居させてください」
チェアから立ち上がって、深々と頭を下げて頼み込んだ。
「ルアンさんの元で働きたいんです。これからもずっと! 十年後だって居させてほしいんです!」
「……」
腕を組んでルアンは、ピアースを見つめた。
「医者の資格は自分で貯めて必ず取ります。必ず医者になって、それからもガリアンで働いていたいのです。お願いします」
「わかりました」
「えっ?」
「あなたの意思はわかりましたと言ったのです」
素っ頓狂な声を出したピアースは顔を上げる。
ルアンはただそれだけを告げた。
「それから、さっきは怒鳴ってすみませんでした」
「い、いえっ! 謝らないでください……」
ブンブン、とピアースは顔を左右に振る。
「ルアン様。稽古の時間だそうです」
先に帰っていたゼアスチャンが、ルアンに耳打ちして知らせた。
「騎士達の稽古です。ピアースさんも行きましょう」
「え、あ、はいっ!」
「今日は手合わせをお願いするから。クアロ、シヤンに言っておいて」
「ついに手合わせね!」
クアロは喜んで飛び出して、別の部屋を借りているシヤンの元に向かう。
「あ、あの、僕も行くとなると……僕も手合わせするのですか?」
「いいえ。ただ見ているだけでいいです」
「はい、わかりました」
コクン、とピアースは頷いて見せた。
そんなピアースの手を引いて、騎士達の稽古場に向かう。
「る、ルアンさん? なんで、手を……?」
ピアースは赤面する。
「繋いでいてください」
「は、はい」
ルアンに断ることが出来ず、ピアースはそのまま手を引かれた。
もう片方の手は、クアロの手を掴んでいる。
黒いコートを着ている二人の手を引く少女は、稽古場で注目を浴びた。
王子を守り抜いた少女として、知り渡っているのだ。
そのまま、用意されていたチェアに座る。
「こんにちは、ルアンお嬢様」
「こんにちは、フレデリック様。今日は手合わせをお願いしたいのですが、ご都合はよろしいでしょうか?」
「! ええ、もちろんです。用意いたします」
近衛騎士隊長のフレデリックが話しかけてきた。
ルアンは猫を被って、にこやかに対応をする。
「フレデリック様。私、あの方が欲しいです」
「えっ?」
ルアンが扇子で指すのは、先日に目を付けた藍色の髪の兵士の少年。
「欲しい、とは……?」
フレデリックは、口元を引きつらせつつ問う。
その場は、静まり返った。
扇子で指される少年は、ポカンと立ち尽くす。
「剣術に長ける人材をガリアンに引き抜きたいのです。だめですか?」
「剣術に長ける者……ですか」
フレデリックが、少年を横目で見る。
ルアンの言う剣術に長ける者だとは思えないという反応だ。
「代わりに、そちらが勝ったらこちらのギア使いをどうでしょうか。ピアースさん」
「は、はい!」
そこでルアンが、ピアースを呼んだ。
反射的に返事をするピアース。
「彼は医者を志しています。しかし、器用なギアを使いますよ」
「!?」
ピアースは動揺する。
丁重に差し出されたのだ。
「もちろん、本人の意思を尊重しましょう。勝ったら、試しに一ヶ月過ごすのはどうでしょう。それから残るか戻るかは本人次第。どうですか?」
ルアンは愛らしい笑顔で小首を傾げた。
「どう……と問われましても……」
「だめ、ですか?」
「……」
上目遣いをするルアン。
ルアンを異質と感じているフレデリックの顔色は悪くなる。
「本人に確認して参ります」
一礼をして、藍色の髪の少年の元に行く。
「る、ルアンさんっ」
「あら、私達を信じられませんか?」
パッと扇子を開いたルアンは口元を隠して、泣きつくような声を出すピアースを横目で見上げた。
ルアンは勝利を確信している目をしている。
ピアースにとって、負けたとしてもギアを教えながら医者の資格を取れるだろう。しかし負けるつもりは、さらさらないのだ。
「し、信じます」
「よろしい。シヤンさん、行けますか?」
「うっ、うっし! 任せろ!」
ルアンにさん付けされて身震いするが、シヤンはやる気十分。
ニッと勝気な笑みをピアースに向けた。
「ルアン、短剣持って来ていいよな」
「当然です」
「じゃあ、ぜってぇ負けねえ」
「なくても勝ちなさい」
また無理難題を言うルアン。クアロ達は苦笑を溢す。
そこで、フレデリックが藍色の少年を連れて戻ってきた。
ルアンは、パンと扇子を閉じる。
「こんにちは、サム・ネッガさん」
名前はゼアスチャンが、すでに調べていた。
サムは目を見開いたが、頭を下げて一礼する。
「こんにちは、ダーレオク家のお嬢様」
「ルアンでいいですよ。申し訳ないのですが、勝負の賞品になってください。あなたが欲しいのです」
柔和な笑みでルアンは、はっきりと告げた。
直球すぎる告白に、聞こえていた周囲はどよめく。
欲しがられているサムは、困惑で一杯の表情になる。
「僭越ながら、自分などをどうして欲しがるのでしょうか?」
「あなたの剣術が欲しいのです、ぜひガリアンに」
「はぁ……自分ごときの剣術ですか……」
サムは納得いかない顔をした。
「承諾してくださいませんか?」
「……」
ルアンの問いかけにサムは一度、近衛騎士隊長のフレデリックに目をやる。
フレデリックは軽く頷いて見せた。
「わかりました。承諾いたします」
「嬉しいです、ありがとうございます」
パッと花が咲くような笑みになるルアン。
扇子をまた開いて、ほくそ笑みを隠した。
ようやく武器を持って戻ってきたシヤンと、フレデリックが選んだ騎士が対峙する。
「そちらの武器は……短剣で構わないのですか?」
「ええ、あの短剣で戦わせていただきます。問題ありますか?」
フレデリックの問いに、ルアンは無邪気に首を傾げて見せた。
剣とリーチがある。そのことを言おうとしたが、フレデリックは口を閉じた。
シヤンが負けた時の理由にとっておいてやろうと思ったのだ。
もちろん紋様を描く暇を与えることもない。
手慣れたシヤンは、クルリと短剣を回した。
闘争心に燃えたブラウンの瞳で、相手の騎士を睨む。
シヤンより一つか二つ歳上の若者。名をホージ。こちらも静かではあるが、闘志を燃やしていた。
ペロリ、とシヤンは自分の唇を舐める。
「始め!!」
フレデリックが、開始を告げた。
先に動いたのは、シヤン。ホージの間合いに詰めようとした。
そんなことを許すつもりはない。ホージは切ろうとした。
光が放たれる。短剣の紋様に光を注ぎ、ギアを発動させた。
「!?」
ホージは放たれた光を咄嗟の判断で切る。
しかし、光の斬撃と相殺。ホージは反動で倒れた。
「おいおい、これくらいで倒れるなよ。シラける。かかってこいよ、エリートさん」
周囲の動揺と驚きなど気に留めず、シヤンは短剣をクイクイッと上げて見せ付ける。挑発だ。
「っ!」
ホージは立ち上がり、すぐに向かった。
「い、今のは!?」
「光封じの手錠と同じです。武器に紋様を刻み、光を注いで発動させているだけですよ。えっと……そう、応用です」
なんでもない風にルアンは、驚愕しているフレデリックに答える。
そんなことが出来るなんて、聞いていない。
フレデリックが睨むようにルアンを見たが、ルアンは気付いていないふりをして、傍観を続けた。
「おりゃあ!!」
光の斬撃が、再び放たれる。
ホージはギリギリで躱した。
そんなホージに、シヤンは短剣を振り落とす。
ホージの剣は、床に落ちた。
丸腰になった彼の身に、短剣の柄を叩き付けて、シヤンは沈めた。
ホージは戦闘不能となる。シヤンの勝ちだ。
「お見事」
そこに響き渡る拍手。ルアンでもフレデリックのものでもない。
ロニエルとアメティスタを引き連れたアルジェンルド殿下だ。
騎士も兵士も、すぐさま身を低くし頭を下げる。
「殿下」
フレデリックも例外ではない。
ガリアンのメンバーもそれに習うように、頭を下げた。
用意されたチェアに座っていたルアンも、立ち上がると会釈をする。
「アルジェンルド殿下……」
動揺をしているように視線を泳がす。
こんな風に再会するとは思っていなかった。と装った。
「顔を上げていい」
にこっとアルジェンルドは、ルアンに笑いかける。
「拝見してもいいだろうか?」
「おっ、えっと、はい。殿下」
次にシヤンへ歩み寄った。
戸惑うシヤンは、ルアンに視線を送る。ルアンの頷きを見て、両手で短剣を差し出した。
アメティスタがそれを手に取ってから、アルジェンルドに見せる。
「まだ、試作段階です。殿下」
「試作、か。これからも革命的なことを起こしてくれるのだろうか? ルアン」
「なんの話でしょうか? 子どもなのでわかりません」
ルアンはにっこりとはぐらかした。
アルジェンルドはおかしそうに「ふふふ」と笑う。
くるり、アメティスタがもう十分と判断し、短剣の刃を持ってシヤンに差し出す。深く帽子を被っていて顔が見えないアメティスタから、シヤンは短剣を受け取る。
「急に邪魔してすまなかったね。これで失礼するよ。またね、ルアン」
「お会いできて嬉しかったです、殿下」
ルアンは猫を被って見せて、お辞儀をした。
猫被りに触れることなく、アルジェンルドは側近の二人を連れて去る。
「……では約束通り、サム・ネッガさんはガリアンがいただきますね」
予想外の人物が割って入ってきたが、ルアンが気を取り直したように微笑んだ。
フレデリックは笑みを引きつらせながら、後退りした。
「これからよろしくお願いします、サム・ネッガさん」
「……はい。お世話になります、ルアン様」
呆気に取られていたサムも、ルアンに笑いかけられて、おずっと頭を下げる。
「始めに言ったように、本人の意思を尊重しましょう。試しに一ヶ月、私達ガリアンの元で働いてもらい、その後は好きなようにしてください。戻るもよし、残るもよし。それでいいですよね? フレデリック様」
「……え、ええ。もちろんですよ。ルアン様」
フレデリックは引きつりを抑えて、笑みで答えた。
そして釘をさすような視線を、サムに向ける。
ガリアンでギアを学んだあと、こちらに戻ることを望んでいるのだ。
ガリアンでギアを鍛えられた者を欲している。その意図を理解して、サムは俯く。
なんとも面倒な立場になってしまった、と。
ルアンは無表情を保つサムの心情を嘲笑うような笑みを、扇子で隠しながら心の中で告げる。
ーー逃がさない。
お久しぶりです!
寒くなると書きたくなる作品……不思議です!
100話まで長いっ……!
次回から帰宅編となります(`^´ゝラジャー
あとタイトル微妙に変えました!
20181214