81 王子と踊り。
その男も、王子。
銀色の髪と瞳を持つ好青年。首には大きな青いサファイアの首飾りをつけている。光沢のある白い羽織りの下には、Vの字に開いた藍色のシャツを着ていた。白い腰巻きも、光沢がある。
「アルジェンルド殿下」
名前をアルジェンルド・ホーレオリー。
そんなアルジェンルドは、眩いパーティー会場から外れて、バルコニーにいた。暗い海を眺めていたのだ。
声をかけたのは、幼い少女、ルアン・ダーレオク。
純白のドレスに身を包んだルアンは、愛らしく会釈をした。
ちょうど薔薇の花束をモチーフにした真っ白なドレス。スカートの中には薔薇の形。細い腕には長い手袋をつけて、腰には大きな赤いリボン。同じく白いブーツには、蝶の柄。
カチューシャのように編み込んでいるチョコレートブラウンの髪は、艶やかに後ろの背中に下ろされていた。首には小さなダイヤモンドがついた白い蝶のチョーカーをつけている。
そして、愛らしい笑みを浮かべていた。
「美しいよ。ルアン嬢」
アルジェンルドは、微笑んだ。
本心だ。幼い少女の美しい姿。
優しく微笑んだつもりだったが、ルアンは首を傾げてしまう。
「……どうかなさったのですか? どこかお寂しそうです」
「!」
少女に見抜かれて、アルジェンルドが目を見開く。
「そうかい? そんな風に……見えてしまったのかい。それはすまない」
「大丈夫ですか? アルジェンルド殿下」
「……」
ルアンが心配をする。
アルジェンルドは、苦笑を零してしまう。
ーーなんて情けないだ。
ーーこんな幼い子に心配されてしまうなんて。
「何か心配事でもあるのなら、よかったら私に話してください。微力ながら、お力になれるかもしれません」
「心配しないで、ルアン嬢。オレは大丈夫。踊りましょう」
「……はい、殿下」
アルジェンルドは手を差し出した。
ルアンが、その手に自分の手を重ねる。
ダンスホールの真ん中で、二人は踊った。
側から見れば、子どものルアンを同情して誘ったように思えるだろう。しかし、アルジェンルドからすれば同情心はなかった。
純粋にただルアンとの踊りを楽しんだ。
「あー楽しかった。ルアン嬢もどうだった? 楽しかったかい?」
「はい。緊張もしましたが、アルジェンルド殿下のおかげで楽しめました」
一曲終わるとアルジェンルドとルアンは、バルコニーに戻った。
「ロニエル。飲み物を持ってきてくれ」
「はい。殿下」
ロニエルと呼ばれた女騎士は、弾むような声で返事をすると言われた通り飲み物を取りに行く。
「ルアン様。飲み物は?」
ガリアンのコートに身を包んだ男性が身を屈めて問う。
「私はいいです。ありがとうございます、ゼアスチャンさん」
「はい」
ゼアスチャンと呼ばれたその男は、アルジェンルドにも会釈をすると、バルコニーの外で他のガリアンメンバーと共に控えた。
「あー楽しい……」
手摺りに凭れて呟く。
そんなアルジェンルドを見て、ルアンはまた小首を傾げる。
「そう言いながら、どこか思うことがあるのですか?」
「……なんだか、ルアン嬢には見抜かれてしまうね」
ルアンはそれを聞いて、そっと笑みを零す。
「人のことを見抜くような目付きをするので、周囲の人に不気味がられてしまいます……観察をしているだけなのですが、それが不気味だそうです」
「君に観察されることは、不気味だなんて思わないよ」
そう答えて、アルジェンルドは腰に手を置く。
「君に見つめられることは好きだよ」
「アルジェンルド殿下。気を持たせるような発言はいけませんよ」
「あはは」
歯の浮くような台詞を告げるアルジェンルドを、ルアンは見上げて浮かない顔をする。
「……本当に大丈夫ですか?」
「……本当、大丈夫だ」
アルジェンルドは微笑んだが、ルアンの目にはやはり悲しげに見えた。
ーー何故だろう。
ーーどうして彼女に隠し切れないのか。
ルアンの眼差しを見つめ返して、アルジェンルドはその答えを探す。後ろから潮風が吹いて、髪が靡いた。
しかし、アルジェンルドが何かに気が付き、ルアンから目を離す。
そこで、発砲音が響く。
アルジェンルドの身体が傾くと、手摺りから落ちた。
「殿下!」
「!?」
ルアンが飛び出す。手摺りに飛び乗り、アルジェンルドの手を掴むが、小さなルアンの身体ではどう足掻いても引き上げられなかった。
ルアンも巻き込まれて、バルコニーから落ちる。
ルアンは素早く光を出して、L字に円を描く。風の紋様だ。それを掌に貼り付けた。そして、風のギアを発動して巻き起こす。
何も見えない暗闇の中に落ちた。
◇◆◆◆◇
「ルアンー!!!」
クアロが手摺りから身を乗り出して叫ぶが、ルアンの姿はもう見えない。
それから、すぐにバルコニーを飛び出した。ほぼ同時に、ロニエルも走り出す。
「チキショウ!!」
シヤンが風のギアを描いて、掌にスタンプをする。飛び降りようとしたが、ゼアスチャンに首根を掴まれて止められた。
下はどうなっているのか、わからないほど暗い。
「やめろ。ルアン様は殿下と共に風のギアで着地したはずだ。無闇に風のギアで下りたら、二人に怪我を負わせかねない」
「あ。そっかっ……じゃあ」
無事に着地したと知っても、シヤンは焦っている。
クアロと同じく別ルートで迎えに行くしかない。
振り返れば、無の紋様でギアを発砲した者が捕まっていた。
ガリアンのレアンとデイモンが、捩じ伏せている。
近衛騎士達は、王の避難をさせていた。
この場は十分人が足りていると判断して、ゼアスチャンとシヤンはクアロを追った。
ーー嘘でしょ、早すぎ!
廊下をかけるクアロは、驚いている。
ほぼ同時に走り出したというのに、ロニエルはクアロより何メートルも先を走っていた。動物のように素早く駆けていく。獲物を見付けた捕食者の目をしていた。
ーー本当に狼人なのね!
息を荒くしてしまうが、クアロはロニエルについていこうと走る。
決して引き離されまいと、ひたすら走っていった。
20180119