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80 その男、王子。




 その男は、王子。

 銀色の髪と瞳を持つ好青年。首には大きな青いサファイアの首飾りをつけている。光沢のある羽織りの下には、Vの字に開いた黒いシャツを着ていた。着心地は良さそうだ。


「アルジェンルド殿下」


 名前をアルジェンルド・ホーレオリー。


「なんだ? アメティスタ」


 側近は帽子を深く被った青年、アメティスタ。彼を連れて城の中を歩いていた。


「帰国したばかりなのですから、少しは休まれてはいかかがですか?」

「昨日十分休んだ。どうしても読み返したい本があるんだ」


 誰ともすれ違うことなく、到着したのは図書室だ。

 アメティスタが開いて、アルジェンルドがそこをくぐる。


「……?」


 入ってすぐに、アルジェンルドはアーモンド型の目を大きく丸めることになる。

 テーブルの手前に、少女が倒れていたからだ。茶色の髪に、深緑のドレスを着た幼い少女。歳は、十歳にも満たないだろう。

 まさか図書室でそんな光景を目撃することになるとは思わなかったアルジェンルドは、一時停止をした。しかし、すぐに慌てて駆け寄る。


「お嬢さん」

「んっ……」


 焦りはなくなった。揺さぶれば、眠気たっぷりの声が漏れる。


「ただ眠っているみたいですね」


 アメティスタも覗き込んで、少女の生存を確かめた。

 本を抱えて、眠っているだけ。


「何故、図書室に眠っているんだ……」

「眠くなるほどつまらなかったんじゃないですか?」

「……まぁ子どもが読んで理解出来る物語ではないが」


 おどけて見せるアメティスタに、一度目を向けたがアルジェンルドはまた少女の肩を揺さぶった。


「お嬢さん」

「んぅ……」


 桜色の唇から、甘えた声が溢れる。黒い睫毛が長く伸びた瞼が開かれた。

 そこにあったのは、エメラルドの瞳。ぼんやりとアルジェンルドを見上げる瞳。

 アルジェンルドは、銀の瞳で見つめ返した。

 やがて覚醒したように、その瞳は大きく見開く。

 そして。


「失礼します!」


 少女は飛び起きて、逃げたのだった。

 すれ違いに、白金の髪の若い女性が中に入る。歳はアルジェンルド達とそう変わらない。軽く会釈をするだけで、少女は行ってしまう。

 アルジェンルドは、唖然とした。


「何故……こうもオレは逃げられてしまうのだろうか」

「ぷっ!!」


 アルジェンルドが漏らせば、アメティスタは遠慮なく吹き出して笑う。


「殿下は都の娘にも逃げられてしまいましたよねー」


 白金髪の女性は、にっこにこと柔和な笑みを浮かべて、悪気なさそうに言った。


「ロニエル……オレはそんなに怖いのか?」


 白金髪の女性の名前は、ロニエル。女騎士のロニエルだ。


「殿下は容姿端麗だと思います」

「ぷふふ……怖いっと言うより、神々しいのではないのですか? 王子の風格とやらが出ていて、あの幼い少女にも伝わってしまったのでは、くはは」

「お前は笑いすぎだ」


 答えたのは、お腹を抱えて笑い続けるアメティスタ。

 アルジェンルドは落ち込む。


「あの少女は……間違いではなければ、ガリアンのボス、レアン・ダーレオクの娘ではないのか? 滞在しているはず」

「そうですね。容姿が一致しています」


 笑い済んだアメティスタは、頷いて見せる。

 幼い少女の名前は、ルアン・ダーレオク。かの有名な最強の自警組織ガリアンのボスの娘。


「ラアンくんの妹さんってことです?」

「そ、妹さん」

「わー! 挨拶したいです!」


 ルアンの兄ラアンの名前を出すと、ロニエルは目を輝かせた。

 追い掛ける前に、アメティスタは首根を掴んだ。


「暫くは滞在するそうだから、挨拶する機会はあとで来るはずだよ」


 そう言って腰に手を置くと、アルジェンルドを振り返った。


「それにしても、愛らしい少女でしたね。あの獅子の如くのレアン・ダーレオクの娘とは、思えない子でしたね」

「七歳なのだろう? しかも五歳の時に既にギアが使えたそうだ。レアン・ダーレオクの血を濃く受け継いだらしい。光の量も相当ありそうだ」

「その上、つけると光が出せなくなる手錠を作った張本人だそうですね。しかも連続殺人を止めた功績もあるんだとか」

「……すごい娘さんだ」

「そんな娘さんに逃げられた殿下もすごいです、ぷくくく」

「アメティスタっ」


 笑いが舞い戻ってきて、アメティスタはお腹を抱えて笑う。

 とんでもない功績の少女に、一目散に逃げられてしまった事実がのし掛かって、アルジェンルドは肩を竦めた。

 はぁ、とため息を零してしまう。

 それから置き去りにされた本を拾った。


「ん?」


 ポトン、と落ちたものを拾う。それは押し花のしおりだ。


「……しまった。本をちゃんと読んでいたようだ」


 挟まれていたであろうページがわからない。

 困ったとアルジェンルドは、頭を摩った。


「次会った時に謝らないとな」

「次は逃げられないといいですねー」


 ロニエルは悪気なく笑いかける。アルジェンルドが苦笑を浮かべる意味がわからず、ロニエルは柔和な笑みを浮かべたまま首を傾げた。




 次にルアン・ダーレオクを見付けたのは、その日の夜に行われたパーティーの中だ。王子であるアルジェンルドの帰国祝いに開かれたパーティーは、あわよくば結婚相手を見付けさせるためのものだった。

 アルジェンルドも身を固めてもいい年頃。見付けたいのは山々だが、近寄る令嬢は、欲に目を眩んでいる者ばかり。そうでない令嬢は自分に自信がなかったり、怖気付いて遠巻きに見ている者ばかりだった。

 ルアン・ダーレオクは、それのどちらでもない。

 壁際の絵を見ているルアンも、遠巻きに見られていた。

 パーティーの出席者は、ルアンが何者かを知っていたのだ。

 最果ての支配者と囁かれているレアン・ダーレオクのその娘。


 ーーまるで。

 ーー自分を見ているようだ。


 幼い頃からパーティーに出席していたアルジェンルドは、遠巻きにされていることには慣れていた。

 波打つチョコレートブラウンの髪に、赤いリボンを左右につけているルアン。ドレスも同じ赤色で、着飾っていた。

 少し離れた場所に、護衛なのか、ガリアンの黒いコートに身を包んだ少年が立ってルアンの背中を見つめている。

 アルジェンルドが笑みを向ければ、少年は深々と頭を下げた。


「こんばんは。ルアン嬢」

「! ……こんばんは、アルジェンルド殿下」


 絵画を眺めていたルアンは、驚いた表情をしてから罰の悪そうな表情で会釈をする。


「その、先程は申し訳ありませんでした……殿下を見て逃げてしまい」

「ああ。気にしなくていい」

「その、えっと……お恥ずかしいところを見られてしまったので……本当に申し訳ありません」


 ルアンが恥じらい、俯いた。

 アルジェンルドは、そういうことだったのかと納得する。

 本を読んで眠ってしまっていたことを、目撃されてしまったから逃げたのだ。

 同時に怖がられていたわけではないと知り、安堵した。


「私こそ謝らせてほしい。君が読んでいた本から、これを落としてしまったんだ」

「……ああ、大丈夫です。ありがとうございます」


 押し花のしおりを差し出せば、ルアンは小さな手で受け取る。


「難しくなかったかい?」

「……私は、本の虫だと言われています。父上の書斎の本を物心ついた頃から読んでいますので、それほど難しいとは思いませんでした。ただ、長い時間読んでいたので、目を休ませようと眠ってしまったのです」

「そうなんだ。それはすごいね」

「光栄です。ありがとうございます」


 ルアンが周囲を気にしながら、礼を言う。

 何かとアルジェンルドは左右を見回す。

 会場中の着飾った人々が、注目していた。

 誰にも声をかけられなかったルアンに、王子のアルジェンルドが話しかけているからだ。


「あの、殿下は私と一緒にいても……大丈夫ですか?」

「どうしてだい?」


 ルアンの問いかけに視線を戻すと、幼い少女の顔は曇っていた。


「私は社交界にデビューするには早すぎました。私はまだ子どもで、女性としての魅力もないことを知っています。殿下とこうして話すことも、烏滸がましいと思っております」


 謙虚な幼い少女だ。あまりにも謙虚だ。

 そんなことはない、とアルジェンルドは思った。

 傅いて、ルアンの左手を取る。


「そんなことはない。ルアン。君は魅力的な女性になるとオレは思うよ」

「アルジェンルド殿下……」


 ルアンは頬を紅潮させて、一度視線を落とした。しかしすぐに恥ずかしそうにしつつも、アルジェンルドと目を合わせる。


「照れてしまいます……」

「ふふ。嬉しい反応だよ。そうだ。次はダンスパーティーだって知っていたかい? よければ私と踊ってくれるかい?」

「私が、殿下と……?」

「そう」

「とても、光栄です」


 キュッと唇を結んで、ルアンは頷く。


「約束……ですよ?」


 ルアンが小指を立てる。

 だからアルジェンルドは、自分の小指を絡めた。


「ああ、約束だ。また今度」

「はい、殿下」


 ルアンの嬉しそうな笑みを見て、アルジェンルドも笑みを零した。


 ーーこの子ともっと話をしたい。

 ーーこの子のことをもっと知りたい。


 アルジェンルドは、そう思ったのだ。


 ーー本当のこの子を。




   ◇◆◆◆◇




 その二日後、ルアンの元にドレスが届く。

 女騎士ロニエルと侍女が、届けに来たのだ。


「初めまして。ラアンくんの友だちのロニエルです。よろしくお願いします、ルアンちゃん!」

「初めまして、ロニエルさん。兄から聞いております。それから手紙も預かっています」

「わぁ! ありがとうです!」


 ルアンはにっこりと笑みを返して、手紙を渡した。

 白金の髪の持ち主で、額を惜しみ隠さず晒した前髪。後ろで長い髪を束ねている。飾りのない質素なドレスだが、前開きのスリットが入っていた。その下にはズボンとロングブーツを履いている。


「いいドレスですね」


 ルアンはその動きやすさを重視した格好を隅々まで見た。女性らしさが残っていてかつ、動きやすい。

 メイドウはそんなルアンとロニエルを交互に見て考え込む。


「ありがとう! ルアンちゃんにはもっといいドレスがあるですよ!」


 侍女が開いた箱の中に入っていたのは、純白のドレスだった。

 メイドウが、慎重に取り出して広げる。腰には、大きなリボン。スカートの中は、薔薇の花束をモチーフにしていた。二の腕まで隠せる長い手袋。それに蝶の柄がある白いブーツ。白い蝶のチョーカーまであった。


「わぁ……」


 ルアンは、声を漏らす。

 ルアンだけではない。一緒にいたクアロも、持っているメイドウも、感動する。


「素敵なドレス……」

「こ、こここれを、アルジェンルド殿下が、ルアン様に!?」

「ロニエルさん。お礼の手紙を書くので、殿下に渡してもらえないでしょうか?」

「はい。待ちますよ」

「ありがとうございます」


 ルアンは早速机について、ペンとレターセットを取り出した。


「ところでルアンちゃん。あとで図書室に一緒に行きませんか? 私も本が好きなんです」

「そうでしたか。いいですね。私の予定は空いていますので、ぜひ。図書室で待ち合わせますか?」

「ううん! 迎えにきます。殿下に手紙を届けてから!」


 ロニエルがにこっとする。


 ーーラアンの想い人か。


 心が美しい女性だとは聞いていた。


 ーーでも、この人……。


 ルアンは横目で見つつも、手紙を書き上げる。

 白金の髪に、ライトブルーの瞳。スンスンと鼻を鳴らす仕草。


「つかぬことをお聞きしますが、ロニエルさんは狼人ではありませんか?」

「おお! すごい! 言い当てられたのは初めて!」

「その容姿と、匂いを確認する姿を見て、なんとなくそう思ったので……」

「うん。私、狼人の生き残りなの! あ、手紙書けた? また話そうね!」


 ロニエルは目を輝かせると、ルアンから手紙を受け取って侍女と共に部屋をあとにした。

 メイドウは上機嫌にくるりと回っては、ドレスをクローゼットの中に大事にしまう。


「え? なに、おおかみびとって」


 クアロがルアンに問う。


「兎人と同じ。狼の特性を受け継いだ種族のこと。一説には、暗殺者として活躍していた種族なんだって。彼女はきっと俊敏で身体能力も兎並みに高いと思う」

「嘘でしょ……そんな種族がいたなんて意外だわ」


 とてもそうには見えなかったとクアロは呆然としてしまった。

 暗殺者など、ロニエルに相応しくない。無垢そうだった。

 兎人は、兎の特性を受け継いだ種族のこと。


「ドレスの下に刃物を持っていたから、きっと元暗殺者よ」


 ルアンは言い当てる。


 ーーラアンもすごい娘に恋したものね。


 クアロが青ざめているが、気を取り直した。


「私に離れて立つように命じた時は何するのかとヒヤヒヤしたけれど……まさか王子にダンスの申し込みをさせるなんてね。で? アルジェンルド殿下とダンスなんて大丈夫なの?」

「ルアン様が王子様とダンス!」

「ただダンスをするだけよ。メイドウ」


 ルアンは頬杖をついて、つまらなそうに言う。

 メイドウはそれでも浮かれて、くるくると回った。


「王子様とダンスをするって言うのに、何つまらなそうにしているのよ」

「……」


 クアロが言うも、ルアンはただ退屈そうに呟く。


「何か起きないかしら」


 事件を求めるルアンに、クアロは「縁起でもない」と返した。



 



あと20話〜!!


20180112

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