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79 西の自警組織。


2話連続更新!






 ルアンの足取りは、軽かった。

 ついていくクアロとゼアスチャンは、大股で廊下を歩いた。


「ルアン。図書室に入る許可を得た途端に、図書室に入り浸るつもりでしょ」

「王都の本屋も楽しみだけれど、古い本を漁ることも楽しみ」

「城に来てるって忘れてないでしょうね」


 無邪気なのはいいが、ボロが出ないかを心配する。

 ルアンは猫を被っているのだ。レアンにも城の滞在中は、猫を被るように言った。

 ルアンがいかにも無害な娘だということを示す。レアンの血を濃く継いだ悪魔で鬼畜だということは、隠し通す。ガリアンのメンバーも、ルアンが最有力候補の後継者だとは喋らない。


「にゃーん」


 ご機嫌なルアンは猫被りを忘れていないと、猫の鳴き真似で示した。

 どこで誰が聞いているかもわからない。迂闊な言葉を口に出来ないのだ。

 クアロも、言葉を選んでいた。


「ついてくんじゃねぇよ!」

「貴様が私の行こうとしている方についていっているのだろうが」


 前方の廊下から歩いてくる青年二人が、口論していたものだからルアン達は当然気が付く。


「例の、西の自警組織です。ルアン様」


 ゼアスチャンは耳打ちして、ルアンに教えた。

 出発前に兄ラアンから聞いていた組織だ。


「見付けた! ガリアン!!」


 口論の途中で気が付いた橙寄りの赤毛の青年が、唸るように声を上げた。

 そしてズカズカと乱暴な早足で歩み寄る。

 ルアンとその青年の足が止まったのは、ほぼ同時だ。


「幹部のゼアスチャン・コルテット……一緒にいるのは、つまりレアン・ダーレオクの娘だな!?」


 短い髪はツンケンとはねているが、長い髪を三つ編みに束ねて肩から垂らしていた。左耳には銀のイヤーカフと、三つの石のピアスがつけている。肩には黒い上着を羽織っていた。

 鋭い目付きをしていて、ルアンを見下ろす。


「子どもに向かって、声を荒げるでない」


 あとから追いついた青年も、長髪だった。紫の髪を後ろで緩く束ねていて、物静かな表情をしている。身形は整えてあった。ロングコートをビシッと着て、腕を組んでみせる。


「私は西で自警組織を束ねているアラソンの息子、アメテュス・クアルソです」

「私はレアン・ダーレオクの娘、ルアンです」


 名乗られたから、ルアンはスカートを摘んで頭を下げた。


「あ!? 勝手に名乗ってんじゃねーよ!! オレはアーンバル・アレアシオンだ! 別の西の自警組織の次期ボス候補だ!!」


 キレつつも、三つ編みの青年も名乗る。


「御察しの通りです。私はレアンの娘です」

「光を封じる手錠を作ったって?」

「はい。私が作りました」

「ほーう」


 ギロリ、と睨み下ろしてアーンバルはルアンを観察した。


「ハン! 長男はラアンだっけ? アイツは普通に見えたが、怪物の子は怪物だな!」


 そうルアンを評価する。レアンの娘は怪物。

 貶しているわけではなく、賞賛しているわけでもなく、天才だとただ評価している。ルアンはそう感じた。


「ん!」


 アーンバルが手を差し出す。クアロは身構えたが、手を差し出しただけ。

 何かを求めているその大きな手を、ルアンはきょとんとした顔をする。


「その光封じの手錠を寄越せって言ってんだよ!!」


 わかれよっと言わんばかりの口調で言った。


「それなら用意したものが一つずつあります。お渡ししましょう」

「ゼアスチャンさん。使い方の説明も丁寧にお願いします」

「はい。かしこまりました」


 こうなることは予想出来てきたのだ。用意してある。

 ゼアスチャンに任せてルアンは、廊下の隅に移動して道を開けた。

 ゼアスチャンは来た道を引き返す。アーンバルとアメテュスは、それについていく。


「あ、そうでした。来る途中で、西の大陸から来た賊を退治しましたよ。グリームの街の手前で悪さをしていたので」


 にっこり、とルアンは告げた。

 ぴたりと二人は足を止めて、ルアンに視線をよこす。


「大きな穴があるようですね」

「こっちの状況を知りもしないくせに、口出しするなよ。怪物の子」

「認めたくはないが、こやつと同じ意見です。子どものあなたにはわかるまい」


 責められる謂れはない、といった風に返す。そしてゼアスチャンのあとを追おう。

 ルアンは、ニコニコと笑みで見送った。

 確かに彼らには非はないかもしれない。元々、街を守るだけの自警組織だ。街を避けて国に侵入した賊のことまで責任は取れない。

 彼らの反応で自分の街だけが大事なのだということはよくわかった。


「……なんか、濃いわね」


 キャラが濃い。クアロはそう漏らす。


「いいの? ルアン。西の自警組織を隅まで観察しなくても」

「機会はまた来るでしょう。それより行きましょ、クアロお兄ちゃん」

「げっ。それ久々ね……」


 ルアンは子どもらしく甘えた声を出して、クアロの手を引いて図書室に向かう。

 辿り着いた図書室の扉をクアロが開くと、そこは本の宝庫だった。

 円形の室内の壁にはぎっしりと本棚が並べてあり、それは天井まで届いている。隙間が見当たらないほど本が差し込められていて、数え切れない本がそこにはあった。 圧倒されそうな光景だ。


「はぁ……素敵」


 ルアンは、恍惚のため息を溢す。

 一目見て、恋に落ちた瞬間だ。

 そう思えてならないクアロは、苦笑を零した。

 ルアンは右往左往をする。どこから手をつけるか、迷ったからだ。

 クアロは靡くチョコレートブラウンの髪と赤いドレスを眺めつつ、開いたままの扉を後ろ手で閉めた。

 純粋に子どもらしくはしゃいでいるのは、貴重だ。

 無邪気ぶった悪魔の笑みを浮かべて、はしゃぐわけではないもの。


「あ、ちゃんとタイトルの順で並んでる」


 それに気が付いたルアンは、また右往左往をして、最初の本棚を探す。

 そしてスライド式の梯子を動かして、登り始めた。


「私が取ろうか?」

「自分で選ぶ」

「気を付けてね」

「はーい」


 猫被りではない純粋なルアンの無邪気な声に、クアロは笑みを漏らす。


「クアロお兄ちゃん。受け取って」

「え? あーはいはい」


 二人きりなのにそう呼ばれて目を瞬きつつも、梯子のそばまで歩み寄ってルアンが落とす本を受け取った。

 一冊。二冊。三冊。四冊。五冊。

 次から次へと落ちてくる。


「ちょ、ルアン! 欲張らないの!! これ全部今日中に読めるわけないでしょ!?」

「読む」


 ルアンは梯子の上で意気揚々に目を輝かせていた。


「だめだ、この子。この部屋の本を読み切るまで家に帰らないと言い出しそう……」


 本を抱えつつも、クアロは室内を見回す。

 この量を読み切るには、どれほどの時間がかかるのだろうか。

 それを考えるとゾッとした。

 テクテクと降りてきたルアンは、クアロが抱える一冊の本を抜き取ると、部屋の真ん中に置かれたテーブルにつく。図書室から本を持ち出す許可はもらえなかったため、ここで読むのだ。

 クアロは、それに付き合わなければならない。

 ため息をついて、本をテーブルに置いた。

「ありがとう」ともう読み始めているルアンが礼を言う。

「どういたしまして」と返しながら、クアロも暇潰しに本を読もう本棚を見回した。適当に一冊選んで、ルアンの隣に腰を下ろす。

 そして本の匂いで満ちたその空間で、静かに読書を始めた。

 やがて、ゼアスチャンが図書室に入ってくる。


「ご苦労様です。ゼアスチャンさん」

「……もったいないお言葉です」


 ルアンの労いの言葉に、ゼアスチャンは胸に手を当てて頭を下げた。

 しかし、ルアンはゼアスチャンを一度も見ていない。本の文字を追うことで、忙しいのだ。


「西の自警組織は、受け取るなり帰っていきました。使い方の説明もしました」

「そうですか」


 やはりルアンはゼアスチャンを見ない。

 完全に興味が、今目の前にある本に注がれているのだ。


「それと殿下がお戻りになられたそうです」

「そうですか」


 王子の帰国を知らされても、ルアンは文字を追うことをやめない。

 そのうち何を言っても、応えなくなる。

 ルアンの読書は、いつもそうだ。

 ペラリ、とページを捲る音が響くほど、静まり返った。

 ゼアスチャンは暫くの間、夢中になっているルアンを眺めていたが、クアロと同じように本を読んで時間を過ごすことにする。一冊、本棚から抜き取るとルアンの向かい側の席に座った。






次回、王子様!



20180106

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