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78 近衛騎士隊長。



2話連続更新!




 近衛騎士の隊長、フレデリック・グリーニーは、気が付いていた。

 ルアンの兄であるラアン・ダーレオクと敵対しているフレデリックは、ルアンを始めて見たが、ラアンとは違うと勘付いていたのだ。

 近衛騎士の隊長として、先程の会議にも出席していたが、その時は何も感じなかった。

 ルアンのことを、ガリアンのお飾りと認識していたのだ。教育の賜物を披露しただけのこと。天才かもしれないが、そんな子どもは別に珍しくはない。

 しかし、ルアンは異質に目に映った。


 ーーあの娘……。

 ーーお飾りかと思ったが。

 ーーただのガキじゃないな。


 近衛騎士の稽古を見張りながら、ちらちらと伺う。

 広場の隅っこに用意したチェアに礼儀正しく座っているルアンは、広げた扇子で顔の半分を隠していた。しかし、チョコレートブラウンの前髪の下のエメラルドの瞳は見えている。


 ーーあの目。

 ーーまるで父親の目だ。


 ルアンの父親、レアン・ダーレオクを連想するまなこだった。

 獰猛な獅子のような男のその娘。


 ーー観察していやがる。


 ただ見られているのではない。観察されていると感じる。

 見極めるように、見定めるように。

 品定めをするかのようだった。

 フレデリックは、ラアンを思い出す。ルアンと同じ瞳を持ち、髪色の少年。最強の自警組織ガリアンの右腕を務める、フレデリックの好敵手。

 決して好きではないその少年のことは、はっきり言って嫌いだ。

 その感情に似ていて、少し異なるものを感じる。

 確かめるように、フレデリックは一歩また一歩と、ルアンの元に歩み出した。


「ダーレオク家のお嬢様」


 目の前で、深々と頭を下げる。

 赤毛の少年に睨まれたが、フレデリックはそれに関して痛さも痒さも感じていない。


「どうぞ、ルアンと呼んでください」


 扇子を膝の上に置いたルアンが、無邪気な笑みを向ける。

 フレデリックが感じていたあの鋭利な眼差しがない。

 無邪気な輝きの翡翠の瞳に、早変わり。

 フレデリックは内心、拍子抜けした。ここに歩み寄るまで緊張していたことがバカだったと思えたからだ。


「私は近衛騎士隊長のフレデリック・グリーニーです。以後お見知り置きを」

「兄ラアンから聞いております。素晴らしいお方だと」


 胸に手を当てて丁寧に挨拶をしてから聞いた言葉に、笑みを崩さない。


 ーー嘘つけ。

 ーーアイツがオレのことをよく言うわけない。


 ラアンとは、犬猿の仲である。絶対に言いそうにないことだと、フレデリックには自信があった。


「その若さで近衛騎士の隊長を務めるなんて、お噂通りの素晴らしいお方なのですね。えっと……敬服いたします」


 言葉を探す素振りをしてから、ルアンはにこりと笑いかける。

 子どもが背伸びをして言葉を選んでいる。ように見えた。


「光栄です。ルアンお嬢様。退屈はしていませんか? 稽古など見ていて飽きてしまうでしょう」

「いえ、勇ましい騎士様のお姿を拝見できて、退屈なんてしておりません」


 ルアンがフルフルと首を振れば、軽く波打つチョコレートブラウンの髪が揺れる。


「そう言えば、兄から女性の騎士がいるとも話を聞いていたのですが……いらっしゃらないのですか?」


 見当たらない。

 フレデリックは直感した。ラアンが話したのは、自分のことではなく、その女性の騎士だ。自分のことは、ついでだったに違いない。


 ーー今回来なかったのは意外だが。

 ーー手紙か何かを託したのか。

 ーー渡すのを阻止してやる。


 女性の騎士であるロニエルは、フレデリックの想い人だ。

 ラアンも、気があることは知っている。

 だからこそ、犬猿の仲だ。


「名前はロニエルです。彼女は殿下の護衛の一人で、今は不在です」

「ああ……なるほど、そうでしたか」


 フレデリックがそう答えると、ルアンは納得してコクンと頷く。

 ニコニコしているルアンに、ロニエルの話を聞き出すことはやめた。


「どうですか? ルアンお嬢様。手合わせをしてみませんか? ルアンお嬢様の護衛の方と、うちの隊員。ちょっとした一興をしましょう、どうですか?」


 その反応を見て見定めてやると、心の中で狙いを定める。

 しかし、ルアンは考える素振りをすると、申し訳なさそうに首を左右に振った。


「せっかくのお誘いですが、長旅で皆疲れております。また日を改めて、こちらからお願いいたします」


 疲れを理由に断る。

 ラアンなら飛び付いたはず。そして自分の方が優位だと示すかのように勝ちにくる。わかりやすい男なのだ。


「そうですか。わかりました。では日を改めて」


 会釈をして、フレデリックはちらっとチェアの後ろに立つガリアンのメンバーを見た。淡い茶髪の男は、幹部のゼアスチャンだ。彼は冷静な様子でフレデリックを見ている。


 ーー決定権は、このガキにあるのか?


 ゼアスチャンが、一言も発しないことに疑問を抱いた。

 それにルアンは誰にも相談することなく、答えを出したのだ。

 ルアンの右に立つ青黒髪の少年は、フレデリックをもう見ていなくて、稽古を続けている騎士を見ていた。

 そのまた右に立っている赤黒髪の少年が、フレデリックを睨んでいる。警戒心と敵意心が剥き出しだった。彼なら煽れば、容易く手を出しそうだ。

 しかし、フレデリックはそのまま離れて、元の位置に戻る。

 すると、ゼアスチャンが身を屈めて、ルアンに顔を近付けていた。

 再び扇子で顔を半分隠したルアンは、何かゼアスチャンに話し掛けているようだった。


 ーーあの目をしてやがる!


 また観察するようなまなこになっている。

 話しかけている間は全く感じさせなかった異質が、そこにあった。


 ーーラアンの妹はおかしい!

 ーー只者じゃねぇ!!


 だからこそ、心底戦慄したのだ。



   ◇◆◆◆◇



「ルアン! なんで戦わせてくれねーんだよ。俺がギャフンと言わせてやるよ、あのエリートどもにな!」


 赤黒髪の少年ことシヤンが鼻息を荒くするが、クアロが宥める。


「ルアンは日を改めるって言ったじゃない。今武器持ってないし」

「うるせえ」


 シヤンは言い返しながら、フレデリックを睨んだ。

 ガリアンは城に入る前に武器を預けた。武装して城を闊歩することを許されなかったのだ。武器がなくともギアがあるが、暫く武器に頼っていたクアロ達は少々心細さのようなものを感じている。


「あれがラアンの言っていた近衛隊長ね。意外と鋭いわ」


 フレデリックが離れた途端、扇子を口元に当てて隠したルアンは、指で招く。

 ゼアスチャンを引き寄せたのだ。


「ゼアスさん。あの少年がいいです。野心がなさそう、才能はあるけれど、向上心も張り合う気もない。引き抜きたいです。覚えておいてください」

「はい、ルアン様」


 ルアンの視線の先にあるのは、稽古に励む一人の兵士。

 ハーフアップに髪を結んでいて、クアロ達とそう変わらない少年。髪は藍色。瞳も同じ色に見える。

 少年は手合わせをする相手を余裕そうに倒していくが、その目はやる気がない。ガリアンを気にした様子もなかった。


 ーーなるほど。

 ーーここで上に上り詰める気のない少年。

 ーーしかし才能がある少年。


 ルアンの鋭い観察に、ゼアスチャンは感心した。

 この広い場で、多くの人間を観察して、選んだ。


 ーー素晴らしい洞察力だ。


 ゼアスチャンが、ルアンを横目で見下ろす。


 ーーああ、なんて美しいんだ。


 着飾ったルアンを見た。チョコレートブラウンの前髪。黒い睫毛の下にある翡翠の瞳。形が良く小さな唇は、桜色。ほんのり赤みがさすふっくらとした頬。小さな耳。


 ーー聡明で冷徹。

 ーーそして美しい。

 ーーこの方の足となり手となる。

 ーーそれこそ最高の喜び。


 ゼアスチャンは肘掛けに手を置いたまま、ルアンを眺めた。

 するとその手に、ルアンの小さな手が重ねられる。

 扇子で隠された顔が向けられた。鋭い翡翠の瞳が見上げる。


「集中しなさい」


 凛とした声。その声すらも、ゼアスチャンが喜びに震わせていることを、ルアンは知っている。知っているのだろう。

 ゼアスチャンのことも、見抜いているのだ。

 どんなに敬服しているのか。どんなに崇拝しているのか。


「はい、ルアン様」


 どんなに敬愛しているのかも、理解してもらっている。

 それが気持ち良くて、堪らなかった。


「クアロもシヤンも、しっかり見ていなさい」

「ええ」

「おう」


 いつかは戦うことになる。

 クアロとシヤンは、頷いた。

 ゼアスチャンが元通りにシャンと背筋を伸ばして立つ。

 しかし、すぐに屈めてルアンに耳打ちした。


「図書室の入室許可をもらいましょうか?」


 今度は扇子で隠すことなく、顔を向ける。

 鋭利さはなく、大きな瞳を見開いた。宝石のような輝きのある瞳。例えるなら、エメラルドだ。

 本好きなルアンは、食い付いたのだ。


 ーーその上、愛らしい!


「そんなこと、尋ねずにもらいなさい」


 ーーそして至福!


 横暴発言にも、心震わせる。

 ゼアスチャンは、最高に喜びに悶えた。




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