77 黒獅子と白獅子。
明けましておめでとうございます!
今年も他の作品共々よろしくお願いいたします!
目指せ100話です!!!
アルブスカストロ国の都に聳え立つ城レオリー。
ホワイトライオンと宝石のエンブレムの旗が、掲げられているその城壁に囲まれた巨大な城は、白っぽい灰色の煉瓦で造られている。
しかし中はそれを忘れさせるように、壁は白に塗装されていた。
廊下には長い長い赤い絨毯が敷かれていて、ルアン・ダーレオク一行はそれを踏み締めながら城の中を進んだ。天井は届かないほど高く、燭台の蝋燭では照らせていないため黒く見える。
ルアン達は一先ず、客室に通された。ルアンの部屋は、先日泊まらせてもらった子爵家の客室とは比べものにならない広さだ。キングサイズのベッドには天蓋がついている。飾り棚は、チョコレートブラウン色。鏡台は白。
青黒髪の少年、クアロはそれを見て、唖然とした。
淡い茶色の髪の男性、ゼアスチャン・コルテットは、特にその冷静沈着な仮面を崩すことなく部屋を一瞥するとルアンの荷物を、運んでくれた侍女達から受け取る。
もれなく侍女もつけてくれるという話だったが、ルアンは断った。ルアンというより、ルアンの世話係として遥々ついてきたメイドウが断ったのだ。ルアンの世話係は自分だけで十分。そう息巻いていた。
「……黙ってそこにいると、ルアン。お姫様みたいね」
ルアンが黙ったまま、ベッドに座っていたため、クアロは見たままを言う。
頭の左右に赤いリボンをつけて、チョコレートブラウンの長い髪を肩から垂らすルアンは、橙色のドレスに身を包んでいた。コルセット調で、スカートの中にはフリル。
クアロの目には、この部屋にぴったり似合うお嬢様かお姫様に見えた。そもそもお嬢様である。
狭いアパート暮らしのクアロにとって、自身の場違い感は半端ない。
「ここにいるのは王子様でしょ」
翡翠の瞳を細めて、ルアンは子どもらしかぬ声音で返す。
「それが……殿下は不在のようです」
「不在? 遊びにでもほっつき歩いているの?」
ゼアスチャンが口を開き、ルアンと言葉を交わす。
ルアンは王族が遊び呆けているという誤った認識をしている。
「いえ、海の向こうの隣の国に視察に向かったそうです。帰ってくる予定が遅れているようです」
「へぇー……ちゃんと仕事をしている王子なのね」
ルアンは感心する。
クアロもボンとベッドに腰を置けば、ルアンの身体が跳ねた。
「当たり前でしょ。少しは見直した?」
「少しどころじゃないわ。海の向こうということは、危険な船旅をしているということ。危険を承知で行ったのなら、勇敢でしょう。それに海の向こうには、魔物もいるらしいしね。白馬に乗って現れたら、恋に落ちるかもしれないわ」
出発前に白馬の王子に惚れる惚れないの話をしていたため、ルアンはニヤリと子どもらしかぬ不敵な笑みをクアロに見せる。
それに食い付いたのは、クローゼットにドレスを移す作業をしていたメイドウだった。
「ルアン様が王子様に恋をするのですか!?」
「冗談よ」
ルアンは、真顔で一蹴する。
「しかし、ルアン様。王子様は誰でも好きな人と結婚出来るそうですよ。チャンスはあります!」
「王子と結婚なんてしない。そもそも、王子はピアースさんと同じくらいの歳なのでしょう。七歳児に惚れたら、問題よ」
「いいえ! ルアン様! 恋に歳など問題にはなりません!!」
「大問題だ」
熱弁しようとしたメイドウだったが、ルアンの一蹴は強い。
「前にも話したと思いますが、ルアン様の将来を考えれば結婚も視野に入れることも」
「あなたは黙っていなさい」
「……」
ゼアスチャンも会話に入ろうとしたが、ルアンは黙らせた。言葉を封じられたゼアスチャンは、一礼をしてルアンの部屋から出ていく。
メイドウもこの話を続けなかったが、ご機嫌な様子で作業に戻る。
ルアンはその様子を怪しむように見ていたが、やがて興味をなくしたようにベッドに倒れ込む。
「それにしても、ルアン。本気なの?」
そんなルアンを振り返って、クアロは聞きたかったことを尋ねた。
「何が?」
ルアンはとぼけた声を返す。
「ピアースさんのことよ。本気でこの都に置いて行くつもりなの?」
先程馬車の中で、ルアンがピアース・ロステットに王都に残ることを考えるように言ったのだ。
医者志望で勉強に励みつつ、ガリアンで働いている青年。
「彼にとっては最高の好機よ。ガリアンの護衛付きで王都に来られた上に、上手くすれば城にいさせてもらえるかもしれない。ギアを学んでいるから、それを教える代わりにここにいられるかも。ガリアンでギアを学んだ者を受け入れてくれる可能性は高い。私の交渉次第かしら。滞在中に誰に話を通せばいいか見定めるわ」
ルアンは目を閉じたまま、そう淡々と答えた。
「そうじゃなくて……ピアースさん、動揺してたわよ。まだ心の準備が出来ないんじゃないの?」
「言ったでしょ。これは彼にとって、最高の好機。夢を叶えるために心の準備をしなくちゃいけない。逃す後悔の方がつらいものよ」
ルアンはもう一度言った。最高の好機だと。
子どものくせに、とクアロは思ったが言わない。
好機を逃す後悔の方がつらい。
そこで、バーンッと大きな音を立てて扉が開いた。
入ってきたのは、赤黒髪の少年、シヤン・フレッチャタ。
「見たかよ客室超広い……ってルアンの部屋の方がひれぇええ!!」
騒がしいのがきた、とクアロは呆れ顔になる。
ほげーと口をあんぐり開けたまま、広々とした部屋を見回す。
「城もでっけぇし、すげーなおい」
「あまり騒がないでちょうだい、シヤン。大人しくしてなさいよ」
「うるせぇ。大人しいと言えば、ピアースさんがしょんぼりしてたんだけど、何かあったのか?」
「ああー……」
聞いていないシヤンからピアースの様子を聞いて、クアロは言葉を止めてルアンを見る。
ルアンはただ目を閉じて横たわっていた。
絶好の好機と天秤にかけているもので、悩んでいるに違いない。
「ピアースさんのように大人しくしていなさい。シヤン」
「わあってるよ。それで? 光封じの手錠の献上? は、いつやるんだ?」
「明日。家臣達の前でプレゼンして、王様に献上する」
「緊張するわね……ルアン、頑張って」
「クアロが緊張することないでしょ。出席するのは、ゼアスチャンと私と父上とデイモンよ」
献上の話になってルアンは、僅かに身体を起こして頬杖をついた。
そして、ベッド脇にしゃがんで覗くシヤンと顔を合わせる。
「献上よりも、私は城で鍛えられた騎士達が気になるわ」
「なんでだ?」
「ガリアンはいわばギアに優れた集団。ここにいるのは剣術に優れた集団。剣術に優れた者を引き抜くのも楽しそう」
「引き抜くのかよ」
ルアンの不敵な笑みを見て、シヤンは苦笑を溢す。
緊張を感じているクアロも、そんなことを考えていると知ると苦笑いをしてしまった。
ルアンは、いつも別のことを考えている。別のことを見据えているのだ。
どんな手段で引き抜くか、心配もある。興味もだ。
◇◆◆◆◇
翌日、会議室として設けられた一室は、アーチ型の窓から陽射しが差し込み明るかった。長く広い円卓につくのは、灰色の髭の国王を始め家臣達だ。
そして自警組織・ガリアンの頭であるレアン・ダーレオク。幹部のデイモン・ウェスとゼアスチャン。
この会議の主役のルアンだ。森のように深い緑色のドレスに身を包んでいる。
椅子の上の台を乗せてもらって、ルアンはそこに座っていた。おかげで高い円卓から、ちゃんと顔を出せている。
ルアンは子どもらしく小さな手の人差し指で、宙に光を残す。とろりと蜂蜜のような光が、宙に紋様を描く。
「ギアの発動に必要なのは、掠れないほどの光の質と量です。それで紋様を描ければ、発動します」
子どもらしい甘えたような声で、語るルアンが描いたのは×と円。
「このギアの名前は、ディフェシオ。たまたま偶然私が手に入れたギアの古い本に描かれていたものです。効果は、光封じです。しかしただ宙に描いただけでは、効力がありません。そのタイプのものなのです」
隣に立つゼアスチャンの腕には、手錠がつけられていた。
厚さ五センチ。重さ一キロ。比較的軽い、手錠だ。
そこには×印の円が彫られてあった。
ゼアスチャンとルアンは、それを国王達に見せる。
そしてその彫られた紋様に光を注いだ。
「このように光を注ぎ込めば、発動します。手錠をかけられた者は、光が出せなくなります」
ゼアスチャンが人差し指を出すが、それは宙を切るだけ。光は出なかった。
「効力は溝にぴったり注げれば、約二十四時間持ちます。また光を追加すれば、効力は継続します。これが私ルアン・ダーレオクが考案した光封じの手錠でございます。陛下」
微笑んで会釈をするルアン。
髭を撫で付けながら注目していた国王は、「うむ」と頷いた。
「待ってください。本当に光が出ないのか、私も試させてください」
そう挙手したのは、一人だけではない。他の家臣も疑い、確かめようとした。予め用意していた手錠を、ゼアスチャンは挙手した家臣に配る。そして、体験した。
「本当に君が作ったのかい? いや失礼。作ったのですか? ルアン嬢」
「はい。これも父上の教育の賜物です」
眼鏡をかけた家臣が、確認する。
ルアンは柔和な笑みでそう答えた。
「ちなみに……誰にも有効ですか? その、ダーレオク様にも通じるものかどうかをお尋ねします」
予期していた質問がくる。
「答えはいいえ、です。我が父は最強のギア使い故、封じることは出来ませんでした」
落胆した様子が伺えたが、ルアンは気付いていないふりをした。
「ガリアンから光封じの手錠を、国王陛下に謹んで献上致します」
深々と頭を下げて、改めて伝える。
そのための今回の訪問だった。
「受け取ろう」
優しい眼差しの国王は頷く。それは銀色だった。
ルアンは安心したように無邪気な笑みを溢して見せる。
特異だとは感じるものの誰一人として、ルアンの猫被りを見抜いた者はいなかった。
その日の午後。
ルアンの要望で、稽古を見せてもらうことになった。
稽古場として設けられた広場にいるのは、騎士とその従者、それに兵士だ。空気は張り詰めていた。
そこには黒いコートを着ているガリアンがこの場にいて、傍観しているからだろう。
ホワイトライオンと宝石のエンブレムの白いサーコートを着た騎士達は、明らかにガリアンを意識して木剣を振う。
彼らは純白の獅子。高貴な獅子。
こちらは純黒の獅子。獰猛な獅子。
嫌悪と敵意が蠢いている。そんな現場には似合わないルアンがいた。
用意された大袈裟なほど豪勢なチェアに座って、扇子を片手に眺めている少女。
その後ろにクアロを始め、シヤンとゼアスチャンとピアースが控えていた。何人たりとも近付かせないといった雰囲気を、放って立っている。
ルアンの護衛だと周囲は、思うのは当然だった。実際そうだ。
純黒の獅子と純白の獅子は、一触即発しそうな睨み合いのような空気を醸し出しつつその場にいたのだった。
20180101