76 別れる時。
チョコレート色のウィッグをつける。肩よりも下の長さのそれは、軽く波打っていた。大きなリボンを左右につけて、ウィッグを固定。
髪が長くなったルアンは、橙色のコルセットデザインのドレスを着ていた。
「ルアン、あなた……本当に女の子だったのね」
ジャンヌが、心底驚いた声を出す。
「ルアン様、本当に美しいです。嗚呼美しいです、本当に」
リボンを整えるメイドウは、目を輝かせて鏡の中のルアンを絶賛した。
鏡の中のルアンが、欠伸を一つ漏らす。そして髪を右耳にかけた。
翡翠の瞳は、ボケーと鏡を見つめている。
「ジャンヌは来ないの? 城に」
「行かないというか、行ける歳ではないのよ。社交界デビューにはまだ早い。その歳で城に招待されるあなたが異常なのよ」
「そう?」
ルアンが不敵な笑みで、鏡に映るジャンヌに返す。
ジャンヌは呆れて、首を左右に振った。
メイドウは、上機嫌にルアンの髪を整える。
「きつくないですかー?」とコルセットの調整もした。
「私の準備は済んだわ。じゃあ、スペンサーのことよろしく」
「ええ。わかったわ」
スペンサーを置いていく。
出発前に、ルアンに告げられたスペンサーは膝から崩れ落ちた。
「なんでですか! ルアーさん! オレ邪魔しませんから! どうか連れてってください! ルアーさんのおそばに置いてください!!」
涙ながらに、スペンサーは懇願する。
「元々、城には連れていなかない約束だった。王都の宿じゃあお金かかるし、ここに滞在させてもらいなさい」
「ルアーさんのおそばにいたいのです!!」
「うざい」
「酷い!」
誠意を込めても一蹴され、ショックを受けるスペンサー。
前科持ちのスペンサーは城の中に入れない。予め決めていた。
ジャンヌに話せば、スペンサーを預かってくれるという。
金のかからないならそれがいいのだが、スペンサーはルアンにすがりつく。
ルアンは足蹴にした。
「はぁ……スペンス。ここで大人しく待っていなさい」
「!」
メソメソするスペンサーは、跳ねるように顔を上げる。
「い、今……スペンスって呼びました?」
「愛称。気に入らない?」
「あ、愛称!? ルアーさんに愛称をつけてもらった!!」
大袈裟なほどスペンサーが喜んだ。膝をついたままガッツポーズ。
「餌はやった。これで十分でしょ、スペンス。ここの子ども達を精々鍛え上げておいて」
「はい!! ルアーさん!!」
愛称が相当効いたようで、スペンサーは二つ返事をする。
ルアンが自ら釣った魚ではないが、餌は与えた。
ジャンヌの守衛志望の子ども達は、スペンサーに懐いている。滞在中は子守をやることになるだろう。
「あ、ルアーさん」
「何」
「可愛いッス!」
「……あっそ」
スペンサーが、照れた笑みを溢す。ルアンは無反応に等しかった。
「いってらっしゃいませ!! 待ってます!!」
正式に挨拶をして、ギデオン子爵邸から出発をする。
目指すは、王都フルーゲムメン。
昔は海に繋がる川から宝石が流れてきた都。今では宝石の加工と漁業が盛んだ。
その川の名は、ジューム。今は色取り取りのガラスの石が、数多の川底にある。
この王都の名物。陽射しで、宝石よりも一段に輝く。
石橋を渡る間、メイドウもクアロもピアースまでもが馬車から身を乗り出して、カラフルに輝く川を見た。様々な色が、乱反射してダイヤモンドの輝きを放つ。
それをクアロ達は、口をあんぐりさせて見惚れていた。
「田舎者だって丸出しだね」
頬杖をついて眺めるルアンは、三人の反応を笑う。
「ルアン! おい見てるか!? すげーぞ! 宝石の川だぞ!!」
外で騒ぐシアンが一番、田舎者丸出しだった。
「あれはただのガラス。本物はあんなに輝かない。全部加工されたガラスよ」
「なんだ、偽物かよ」
偽物の宝石でも、輝かしい。
ルアンは、その偽物の輝きを横目で眺めた。
ふと、川岸にいる帽子を深々と被った一人の青年が、煌めく石を投げ込む姿を目にする。
煌めいたのは、青い輝きだった。川底のものよりも、どこか鈍く、本物の宝石のように思える。
しかし、進み続ける馬車が橋を渡り切って、その行方は見えなかった。
気にするようなことでもない。そうルアンは、窓から見える先を見据えた。
「なんだか緊張してきたわね」
「王都……城……王様……」
クアロとメイドウは座り直して、呟く。
城はもうすぐだ。
「そう言えば、話し忘れていたのですが、ピアースさん」
「は、はい?」
座席に座り直したピアースに、ルアンは話し掛ける。
「あなたは医者になるために勉強に励んでいますね」
「はい。そうですね」
今更だと、クアロもメイドウも注目した。
「いい機会です。このまま王都に残ることを考えなさい」
「えっ」
それにはピアースだけではなく、クアロとメイドウも驚いてしまう。
「王都に来れたのも絶好の機会。それにギアを使えるのは、何かと買われるでしょう。上手くすれば、城の医者にもなれるかもしれません。こんな好機は滅多にないでしょう。口添えはするので、ちゃんと心の準備をしておいてください」
ゆくゆくは医師免許を取るつもりだったピアース。
そのためにガリアンで働きながら、勉強に励んだ。
王都に行くにも、住むにも、免許を得るにも大きなお金がかかる。
しかし、運良く今回は王都に来れた。お金もある。
今が好機だと、ルアンは言い聞かせた。
「……は……い……」
ピアースの返事はあまりにも弱々しい。
動揺が走っていることは、ルアンにはわかっていた。
クアロ達にもわかっていたのだらから、当然だ。
しかしルアンは、それ以上は何も言わない。そっぽを向いて都を見た。
ピアースの内心が嫌なほどわかっているから、しかめてしまうが、やがて馬車が動きを止める。城についたのだ。
ルアンは窓から見上げた。高い城壁がある。
ついに、アルブスカストロ国のレオリー城に到着した。
ゼアスチャンとクアロの手を借りて、馬車から降りたルアンは城を見上げる。
限りなく白に近い灰色の煉瓦で出来た城には、ホワイトライオンと宝石のエンブレムの旗がはためいていた。
城へまでの道のり第4章はここまでです!
一話でも更新しようと取り組んだらあっという間に着いちゃいました。やればできる子! 私!←
今年中に、書けてよかったです。
また来年もダメロリをよろしくお願いします!
良いお年を!
20171231