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75 泡沫の初恋。




 少女は睨んでいた。

 花壇に埋められた花を睨んでいた。

 紅色の花は、ただ風に揺れる。

 窓辺の少女は、ひらすら睨む。

 少女は、苛立っていたのだ。全てのことに、何もかもに。

 澄み渡る空の色も、花の美しさにも、この広々とした屋敷にも、苛立っていた。

 頬杖をついて、少女はただただ睨んでいた。


「花が可哀想だろ」


 そこで声をかけられる。

 少女が青い瞳を向けると、そこには茶髪の短い髪に翡翠の瞳をした子どもが立っていた。少女と同じくらいの年齢だろう。

 黒いコートを着ていて、そのポケットに手を入れ、ズボンにブーツを履いている。

 その子どもを、少女は見知らぬ少年と認識した。

 頬には怪我でもしたのか、僅かに赤く腫れている。


「そんなに睨んで、可愛い顔が台無しだぜ」


 感情を表していない表情のまま、見知らぬ少年は告げる。

 可愛い、とさらりと褒められた少女の胸の中で心臓が、ドクンと跳ねた。


「ルー!! 勝手にほっつき歩かないでって言ってるでしょ!?」


 そこで青黒い髪の十六歳前後の少年が駆け込む。同じコートを切れている。

 見知らぬ少年のことを、ルーと呼んだ。


「だって、ここの庭園綺麗なんだもん」

「だったら一緒に回って見ればいいでしょうが!」


 少年は言い返すと、窓辺の少女に今更気が付いた。


「あら、ルーと同じぐらいの……もしかして、このお屋敷の貴族令嬢!? こ、これは失礼いたしました! ほらルーも頭下げる!」

「やめろよ」


 ハッとした顔になるなり、少年は頭を下げる。ルーと呼ばれる少年も頭を下げるように、手で掴まれた。

 少女の苛立ちが、舞い戻る。


「ジャンヌ。お客さんだ。こっちに来て挨拶をしたまえ」


 扉がノックされ、少女の父親の声がした。


 ーーどうせ、そうだと思っていたわ。


 少女は窓を閉めて、自分の部屋から出てきた。


「自警組織ガリアンだ」

「ガリアンって、あの?」


 客の正体を聞かされた少女は、目を丸くして驚く。

 ギア使いの集団。最強の自警組織だと、少女も知っていた。


 ーー私の父とはまた違う、支配者。


 白髪混じりの黒髪の父親に背中を押されて、少女は玄関の方へと廊下を歩く。

 玄関ホールの中には、もうガリアンがいた。

 黒いコートに身を包んだ集団。その中で一際威圧感のある男を、見付ける。

 黒い髪をオールバックにしていて、翡翠の瞳が鋭い男。


「彼がレアン・ダーレオク。こちら、私の娘のジャンヌだ」


 最強のギアの使い手。そして最強の自警組織の頭である男の名前。

 少女・ジャンヌは息を飲んだ。


「初めまして。ジャンヌ嬢」


 低い声が降ってくる。威圧的で息がしづらく感じてしまう。

 ジャンヌは強張っていたが、貴族令嬢らしい会釈をした。


「ジャンヌ・ギデオンと申します。初めまして、ダーレオク様」


 ジャンヌは内心、苛立つ。苛立ちの原因。

 こういうことが嫌いなのだ。


 ーー支配者の娘であることが嫌。


 ジャンヌの父親は、都の外れの支配者とも囁かれる貴族だ。

 子爵のジュゼ・ギデオン。

 ジャンヌは自分の生い立ちが、嫌でしょうがない。

 顔を上げると、ちょうど玄関の扉を潜って歩み寄る少年ルーが目に入る。

 トクン、とジャンヌの心臓がまた跳ねた。

 その高揚に内心戸惑うジャンヌ。

 少年ルーを見ていると、落ち着かない。

 真っ直ぐに向けられる翡翠の瞳。


 ーーこれってもしかして。

 ーー恋なの?


 ドキドキと胸を高鳴らしていた。

 初めて感じる恋というものに高揚を感じたのだ。


「こちらも紹介する。“娘”のルアンだ」


 少年ルーの頭の上に、レアンの大きな手が乗せられる。


 ーールアン。名前はルアンと言うのね。


 ジャンヌはルアンの名前を覚えた。


 ーー……ん? 今なんて言った?

 ーー娘って言わなかった?

 ーー娘?


 微笑んだまま固まったジャンヌは、やがて驚愕の顔になる。


「む、娘!?」


 そしてその場に素っ頓狂な声を上げてしまったのだった。

 少年ルーもとい少女ルアンは、父親の手が乗ったままの頭を傾ける。

 不思議そうに見たが、対して興味が湧かなくてただ頭を下げた。


「ルアン・ダーレオクです。以後お見知り置きを」


 少女・ジャンヌは、一瞬で初恋をして、一瞬で失恋した。




   ◇◆◆◆◇




 王都の外れに位置する街・ソフィーナの領主であり、子爵のジュゼ・ギデオンの屋敷に滞在することになった。

 協力して犯罪者を倒した過去があり、ジュゼとレアンは協力関係にあるのだ。だから滞在は、予め手紙を送って許可をもらっていた。


「へーあれが城か」


 ギデオン家の屋敷の屋根の上から、遥か遠くにある城と街が見える。

 ルアンは右手を額に当てて、眺めた。


「ルアン様、危ないですよ。顔を冷やしてください」


 メイドウの呼びかけに応じて、ルアンは軽やかに窓の中に飛び込んで戻る。

 王都まで約半日の距離まで来たが、滞在するのはルアンの怪我を癒すためだった。

 ルアンの赤く腫れ上がった頬を見たレアンは、結局連帯責任として全員の頭をギアの光で叩いたのだ。そんな顔で城には入れないとのことで、一日多くの滞在を決めた。


「冷たいの、飽きた」

「飽きたとかの問題ではありません! 冷やして安静にしておいてください!」


 ルアンはうんざりしつつも、メイドウの持つ氷を頬に当てられる。

 氷を包んだタオルだ。


「ルー。やっぱりあの令嬢同い年らしいわ! 友だちになりなさい!」

「貴族令嬢は庶民と友だちにならないと思うけれど」

「アンタだってお嬢様でしょうが。爵位を受け取っていないだけで、ボスも貴族も同然じゃない」


 王から爵位を与えられようとしたが、レアンは拘束を嫌がり一蹴した。

 ルアンの立場は貴族令嬢と同等だと、クアロは判断する。彼からすれば、同じなのだ。

 今回の旅で、ルアンと同い年の子どもの友だちを作らせることが目標。


「しかも同じくらいの子どもが、他にもいるらしいわ!」

「よく調べたね。おめでとう」

「興味を示しなさい!」


 ルアンは興味ないと言った風に、チェアに座って頬を冷やし続けた。


「興味ならある。ギデオン子爵家は、武装した守衛をたくさん雇っているそうだ。都の外れの支配者と囁かれているんだってさ」


 ルアンの興味がそこにあって、クアロはガクリと首を折る。


「どっちが勝つか、試してみたくない?」

「賊と戦ったわけだし、また怪我したら連帯責任で頭殴られるからやめて!」


 ニヤリと笑うルアン。

 まだ痛む後頭部を、クアロは摩って拒んだ。


「今は傷を癒すことに専念してください、ルアン様。……お労しい」

「うるさい」


 ゼアスチャンが床に跪いて、ルアンの頬に触れようとしたが、ルアンは振り払った。


「幸い、青痣にはなりません。よかったです……」


 ピアースが、胸を撫で下ろす。


「女の子に傷が残ったら、大変ですしね」

「本当ですよ! だから女の子の格好にしておけばよかったのですよ!」

「動きにくいってば」


 ピアースに賛同してメイドウは、ルアンに詰め寄る。

 ルアンはそっぽを向く。そしてズボンを履いた足を組んだ。


「そう言えば、貴族令嬢のジャンヌ様は驚いていたみたいよね。すっごく」

「そうね、すっごく驚いていたわね」


 ルアンが適当に相槌を打ちながら、足をプラプラさせる。

 クアロは興味がないということはわかった。


「でも、ルー。アンタ、ジャンヌ様と話していなかった?」

「花を睨んでたから、ちょっと話した。機嫌悪かった」

「花を睨んでた?」

「そう。こんな風に」

「やめてよ」


 眉間に皺を寄せて、睨む顔を向けるルアン。

 そのルアンの顔を、クアロが他所に向けた。

 コンコン、とノック音が響く。メイドウは扉を開いた。


「ルアーさん! 稽古しませんかー?」

「ルアン様は安静にするのです!」

「あ、そっか」


 誘ってからルアンの怪我を思い出して、スペンサーは頭を掻く。


「怪我は大丈夫ッスか? ルアーさん」

「冷やしておけば、治る」

「怪我があってもルアーさんは、可愛いッス!」

「あっそう」

「ドライ!」


 ルアンの元まで来たスペンサーは、あしらわれてショックを受ける。

 それはいつものことだ。


「スペンサー。シヤンと稽古していなさい」

「ラジャーです!」


 指示をすれば、スペンサーは犬が尻尾を振るように部屋を飛び出した。

 頬を冷やしていれば、痛くなったルアンは氷を離す。

 クアロが伺う。まだ僅かに赤みを帯びている。


「容赦なく殴ったわね。あの賊も」

「ギア使って飛びかかられれば、殴りもするよ」

「加減があるでしょう」

「加減した方じゃない? あの筋肉見た?」

「見た見た。いい筋肉してたわね」

「そうね。父上もあれぐらい鍛えているはず」

「ま、じ、で!? はぁはぁ」

「鼻息荒くするなよ」


 想像したクアロは、顔を紅潮させた。相変わらず、レアンにゾッコンだ。

 筋肉の話になってピアースはどんな反応をすべきが、わからずオロオロした。

 ルアンは気にしない。

 夕食はレアンとルアンは、ダイニングルームに招待される。

 そこにはジャンヌの姿もあった。白金の長い髪を下ろしたジャンヌは、愛らしいドレスに身を包んでいた。


「こんな格好で申し訳ありません。兄のギアで髪が燃やされてしまいまして」


 逆にルアンは男の子らしい格好に身を包んでいる。しかし猫を被って、ギデオン子爵に髪が短くなった経緯を笑い話として話した。

 主に話すのは、ルアンとギデオン子爵。妻は他界したのだ。だからテーブルにつくのは四人のみ。

 しかし、他に人もいた。ルアンの側近のクアロとゼアスチャンが、後ろに控えている。ギデオン子爵の後ろにも、銃を懐に忍ばせている守衛が三人いた。


「でもガリアンとして仕事する時には都合がいいだろう」

「はい。しかし、世話係には嘆かれています。もっと女の子らしくしてほしいと。ジャンヌ様のように」


 微笑むギデオン子爵は、優しい父親という印象を受けたが、実は只者ではないと後ろの守衛の存在が物語っている。

 ルアンは翡翠の瞳を、ジャンヌの方に顔を向けた。

 大人しくステーキを食べていたジャンヌは、ピクリと反応して顔を上げる。


「同い年というじゃないか。ジャンヌのことは親しみを込めて呼んであげてくれないだろうか?」


 ギデオン子爵がジャンヌを呼び捨てにするよう提案した。


「ジャンヌ様が許してくれるのならば」


 ルアンは笑みでジャンヌの答えを待つ。

 父親とルアンを交互に見たあと。


「どうぞ、好きに呼んでください」


 そう作り笑いで答えた。


「私のこともルアンと呼んでください」

「ええ、そうします」


 にこ、と笑みの貼り合い。

 ルアンは小首を傾げつつ、思った。


 ーーこの子。私と一緒だな。


 ジャンヌの青い瞳を見つめて、微笑む。

 ジャンヌはその微笑みの意味がわからないまま、曖昧に笑い返した。


「ジャンヌ」


 夕食が済んだあと、廊下でルアンは呼び止める。


「本当にそう呼んでもいいのならば」

「……本当にいいですよ」

「それではジャンヌ。友だちになりましょう」

「!」


 ルアンから歩み寄り、手を差し出した。


「お互い似た環境育ち。他の同年代の子どもにも怖がられてしまう支配者の娘って、嫌になることもあるよね」

「……」


 ルアンはそう見抜く。

 ジャンヌが、不機嫌だった理由。


「あなたの場合は、四六時中嫌かしら?」

「……」

「花に八つ当たりしないの」


 おどけて笑って見せる。


「良き相談相手になると自負しているよ。また明日声をかけるから、返事はその時に。じゃあおやすみなさい、ジャンヌ」


 ジャンヌは、声を発しなかった。

 考える時間を与えて、ルアンはクアロ達を連れて客室に戻る。


「意外。アンタから歩み寄って、友だちになろうとするなんて」

「ジャンヌが同じような立場だったからよ」

「同じような立場? 支配者の娘って言ってたわよね」

「ああ、そう。大方、友だちが出来なくて孤独でうんざりしてたんでしょ」

「あー。私に会う前のルアンね」


 言い当てるクアロ。

 実際、そうだ。クアロと出逢う前の孤独だったルアン。

 ルアンは、それには返答しなかった。


「この屋敷に滞在する間の暇潰しにはなる」


 それだけを言うと、ルアンはゼアスチャンにブーツを脱がすようにと、足を突き出す。

 ゼアスチャンは黙ってブーツの紐を緩めて、脱がせた。




 翌日のギデオン子爵邸の庭には、子ども達が集まる。


「ほら! 気合いを入れて声を上げろ!」

「はいっ!」


 喝を飛ばすのは、ルアンだ。

 そして返事をするのは、ルアンとそう歳の変わらない少年達だ。

「せい!」と小さな拳を突く。


「な……何しているの、ルアン」


 昨夜と同じくルアンはギデオン子爵達と食事を済ませた。

 遅れて朝食をとったクアロは、その光景を見て口元を引きつらせる。


「何って……友だち作り? ほら、集中! それでジャンヌを守れるのか!? いいや守れない! もっと力を出せ!」

「はい! ルアン様!!」

「いやいやそれ子分!! どう見ても子分!! 友だちじゃない!!」


 ルアンを様付けしている上に、従順だ。

 どう大目に見ても、子分と親分の関係に見える。対等な友だちには見えなかった。


「こいつら、ジャンヌの守衛になるのが夢だってさ」

「オッス!!」


 ケラケラと笑って指を差すルアン。

 肯定する返事をして、子ども達は宙に拳を突き出して、蹴りを繰り出す。

 対等な友だち関係を築いてほしかったクアロは、頭を抱えた。

 これではガリアンにいる時と変わらない。

 一緒に指導していたスペンサーの頭を掴み、振り回した。


「そう嘆くなよ。クアロ。ジャンヌとは仲良くなった」

「えっ? ジャンヌ様?」


 その名前が出てきて、クアロはその姿を捜す。

 するとルアンの陰で見えなかっただけで、ジャンヌはその場にいた。

 ちょっとむくれた表情で、座り込んでいる。


「仲良くなったなんて言わないでよね。まだ親しくなったわけじゃないわ!」

「ツンデレ令嬢なんだけど、ウケる」


 ツーンとしているジャンヌ。

 ルアンはやっぱりケラケラと笑う。

 ルアンの発言はよくわからないが、ルアンに同い年の友だちが出来たことを喜ぶべきだとクアロは思った。




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