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73 通せんぼうの街。




  ルアンの特別訓練は、長いこと行われた。

 ギアの紋様を描いて戦うことを禁止されたクアロとシヤンは、他の方法でゼアスとスペンサーに挑んだ。

 馬車が進む最中も、屋根に座るルアンのギアの攻撃を、後ろからついていくクアロ達は対処する。メイドウは止めたが聞くわけがなかった。


「クアロ。銃を使いこなせって」

「わかってる! てか、移動しながら訓練って、鬼畜すぎ!」


 クアロの苦情を無視して、ルアンは光の砲弾を放つ。クアロは咄嗟に避けた。


「口動かしてないで使いこなせって。その銃には、防の紋様が彫ってあるんだから、それに光を注いで受け止めなさい」


 馬車の屋根にふんぞり返っているルアンは数回目の指示をする。メイドウに着せられたドレスや被せられたウィッグが靡いて鬱陶しく、不機嫌であった。

 クアロの誕生日プレゼントに贈った銃は、監獄で使っているギア封じの手錠と同じだ。彫った紋様に光を注げば、ギアが発動する。ギアを相殺する防の紋様だ。


「だから、移動しながらアンタのギアを受け止めるのは、鬼畜すぎだって言っているのよ!」


 クアロはめげずに苦情を投げる。

 新しい武器に不慣れな上に移動していて不安定。さらには、強力すぎるルアンのギアを受けるのはハードルが高すぎる。

 最強のレアン譲りの強力なギア使いだ。


「クアロの長所は、器用で繊細な防のギアを使えるところ。これぐらいのことで使えないって言うなら……本当に弱すぎ」


 ルアンは心底呆れたように見下して告げた。


「今に使いこなすわよ、ふざけんなぁああ!!!」


 頭にきてクアロは意地になる。どんどん放てと注文し、今度こそ光を注いで紋様を完成させた防の銃でルアンのギアを受け止めようとした。しかし、受け止めたはいいが、不安は的中してクアロは転倒する。

 道端で倒れたクアロから遠退く馬車の上で、ルアンは腹を抱えて笑った。


「この鬼畜ー!!!」


 クアロが叫び、ようやく馬車は一度停まった。

 ただでさえ予定より遅れてしまっているため、レアンの命により、デイモンの部下が二人見張りにつくことになった。これ以上、馬車を止まらせないように。

 下っ端などがルアンの意思を変えられるわけがないと、クアロ達は無駄だと思った。同じく見張りに回された本人達もわかっていたが、レアンの決定こそ覆せないため、なにも言えずにいたのだった。ちなみに本日馬車を一時停止させたクアロは、レアンの鉄槌を一発受けた。

 夜になっても、ルアンの特別訓練は行われる。

 宿泊した部屋の窓から見える庭に、同じ条件でシヤンとスペンサーが対決した。


「シヤン、お前のナイフには無の紋様が彫ってある。無のギアと接近戦が得意なお前向きの武器だ。ナイフでスペンサーに勝て」

「おうよ!」


 窓辺に座りながら、ルアンが指示を下す。

 シヤンとスペンサーは、互いに接近戦が得意。双方、張り切った。

 治療担当のピアースが、練習もかねて無のギアで球体の光を宙に灯して、そばで待機する。


「……ゼアスチャンさん。この先、街を避けるように、わざわざ遠回りをするルートになっていますが、何故ですか?」


 国王へのプレゼンに備えていたが、ルアンは地図を確認して共に作業をしていたゼアスチャンに訊ねる。


「そこは数年前から、人を通さないと噂があります。街ぐるみで通過することを拒んでいるそうです」

「……で、何故避けるのですか?」


 ゼアスチャンに鋭い視線をよこして、ルアンは追及した。


「ルアンの母親がいる街も大回りして避けたじゃない。ボスとルアンが嫌がったからでしょ」


 寝支度を始めたクアロが、会話に割り込む。


「ラビから誕生日に薔薇を贈ってもらったお礼を言えば良かったのに」


 ルアンの母は、他の男と結婚をした。ラビはその男の息子。去年に引き続き、赤い薔薇を二十六本と白い薔薇七本をルアンに贈ってきた。

 ルアンは自分を棚に上げて、歳に似合わない頭のいいラビを嫌っている。話題に出てくるなり、ルアンは睨みつけた。クアロはすぐに黙った。

「アルゲンテストの街からも、ルアン様の誕生日を祝うカードや花が届きましたね」とラベンダーのお香を焚くメイドウが上機嫌に言う。

 氷の殺人鬼の件で、隣の街アルゲンテストから感謝を贈られた。

 そんな話は、今は要らないのだ。ルアンはゼアスチャンの返答を待つ。


「……レアン様は城に向かうことを最優先にしたのです。問題が起きて予定が遅れるよりも、遠回りをすることを選んだのでしょう。ガリアンへの依頼もありません。足を取られてしまわないように、遠回りをします」


 そんなルアンを静かに見つめ返して、ゼアスチャンは丁寧に告げた。


「何故通過を拒むのか、興味があるので、私達だけでも真っ直ぐ道を進みましょう」


 きっぱりとルアンは決定する。


「……ですが、ルアン様。レアン様はこのルートで城まで行くと決めております」

「遅れを取り戻すために真っ直ぐ突き抜ける方がいいでしょう。例えなにが阻もうとも、遠回りを譲らない父上と合流すると約束をすると話を通してください」


 ルアンが意思を押し付ければ、ゼアスチャンは黙った。少し考える沈黙を横目で見て、ルアンは言い放つ。


「こんな頼みも聞けないのですか?」

「……レアン様にお伝えします」


 ゼアスは直ちに腰を上げて、ルアンの部屋をあとにした。


「だから、ルアン! ゼアスさんになんでもかんでも無茶を押し付けないの!」


 クアロは、ルアンを叱り付ける。


「無茶ぶりをこなして興奮する変態なんだって」

「んなわけあるか!」


 ルアンはいつものように反省の色を見せない。

「おらそこ! 生温い! 雷降らせるぞ!」と庭で特訓をしているシヤン達に怒号を飛ばす。


「いけません、ルアン様! おら、だなんて言葉いけません! お城に滞在中、そんな言葉遣いになってしまわないように、今からお願い申し上げます!!!」


 必死の剣幕でメイドウは、ルアンに掴みかかる。

 またもや反省することなく「煩い」とルアンは一蹴した。


「まだ貴族に見初められるだなんだと考えているなら、はしゃぐなと言ったはずでしょ。仕事のために滞在中は猫被りをする。でも細部まであなたに言われた通りに直す気はない」


 威圧的に言い放つため、メイドウは自然と身を低くして床に膝をつく。


「ご、後生です、ルアン様」

「あと、今話していた街を通過するまでドレスは着ない」

「ルアン様ぁあああ!」

「なにが起きるかわからないのだから、動きやすいズボンでいないと……メイドウ死ぬよ?」

「そんな危険な場所に赴くとは聞いていませんんんん!!!」


 ガクガクとメイドウは震えた。哀れむような眼差しをルアン向けるため、メイドウは致し方なく要求を飲むことになった。

 そこで、レアンの元に行っていたゼアスチャンが戻る。


「……遅れたら、連帯責任を取らせるとのことです」


 淡々と告げられたそれに震え上がるのは、クアロとメイドウだった。

 万が一遅れると、レアンの罰が全員に下る。そういう意味だとすぐ理解した。


「ちょ、ちょっとルー! 考え直して!」

「やだ」

「ぐああ! じゃあ、なにがなんでも遅れないようにしましょう! ね!」


 クアロに掴みかかられても、ルアンは変えようとしない。ならば、遅れないように無理矢理突き進むしかない。クアロは強い決心をしたのだった。


「でもルアン。その街に行く価値あるの? 単に余所者嫌いの街だったら、強行突破をする気なの? 城に行く前に苦情を受けたら大変でしょ」


 栄誉で城に向かう途中に問題を起こしては台無しになりかねないと、クアロは懸念する。


「そうやって道草するから、ボスも見張りをつけたり睨んだりするのよ。ボスの機嫌を損なわないでちょうだい」

「真っ直ぐ進んでるんだからいいじゃん」


 ルアンは地図を片付けさせるために、ゼアスチャンに渡した。


「それに……実戦できるかもしれないでしょ?」


 ルアンがニヤりと笑う。

 クアロは震え上がった。


「それが目的かー!!」


 実戦経験が目的で、問題がありそうな街に向かう。


「ルアン様が何かあると直感したのならば、ガリアンの仕事があるかもしれませんね」


 ゼアスチャンは、実戦経験ができそうだと思っていた。

 聞いていたメイドウもクアロも、危機を覚える。

「メイドウは父上の馬車に移ったら?」とルアンが言うも、メイドウはルアンの世話係。ガクガクと震えつつも、お共を譲らなかった。


「ルアン……まさか、戦闘になってもギア禁止とか言わないわよね?」


 恐る恐るとクアロが問う。現在クアロとシヤンは戦闘能力強化中のために、普段のギアを禁止されている。


「私の許可が出るまで、禁止」


 ルアンは継続すると言い放った。

 恐れた通りで、クアロは顔を両手で覆ってベッドに倒れ込んだ。実戦で、まだ不慣れな武器と体術だけに限られる。

「鬼畜……この鬼畜」とぶつぶつ呟くだけに留めるのは、もう何を言ってもルアンが意思を変えてくれないとわかりきっていたからだ。


「使いこなせばいい」


 ルアンはシヤン達を見下ろした。

 翌朝に部屋にいなかったシヤン達は、ルートの変更を知らされる。そして、ルアンの危険な特訓が行われるとも。

 シヤンは張り切り、ピアースは緊張のあまり腹痛を覚えて摩る。

 ルアンは仕事用の服装で馬車の中にふんぞり返った。同乗するのは、落ち着かないメイドウとピアース。ピリピリと張り詰めたクアロが窓を睨みつけて警戒をする。

「グリームの街はまだ先だぞ」とルアンは、その警戒は無駄だと言っておいた。

 道草を食わないように、デイモンの部下二人も見張りでついてきた。ゼアスチャンと一人が馬車を運転。もう一人はスペンサーと同じく馬で移動。

 シヤンは馬車の上で周囲に気を配って戦闘を楽しみに待った。

 例の街の名前は、グリーム。その街を真っ直ぐ進めば、山を少し登って次の街まで一日ほどで到着する。レアンの指定したルートだと、その山も大回りして避けて二泊はかかる。なにもなければ、先に辿り着く。

 分岐点でレアン一行と別れて、ルアン一行はグリームも街を目指した。

 その道のりは、穏やかなものだった。治安が悪いと予感させるものは何一つない。


「これならすんなり通れそうね」

「嵐の前って、静かなものよ」


 胸を撫で下ろすクアロに、ルアンは脅しを言う。

 効果があったのはピアース。腹を押さえて俯いた。


「ルアーさん。街が見えましたよ」


 馬でついてくるスペンサーが教える。

 ルアンは頰杖をついて、前方に見える街を見据えた。一見、あばら家が目立つ質素な街。門や壁はない。問題なく、街の中へ馬車が進む。

 しかし、すぐに馬車は停まった。前方が木で作られたバリケードで塞がれている。男達が待ち構えていた。


「その黒い上着は、かの有名なガリアンか?」


 猟銃を肩にかけて問いかけるのは、若い男。赤みがかった明るい髪と長身。歓迎する気のない仏頂面。


「それがどうした!」


 馬車の上のシヤンが声を上げて、ガリアンであることを認めた。


「かの有名なガリアンだろうが、この先は通さねぇ! 女はもてなしてやるが、男はお断りだ。引き返しな!」


 複数の猟銃の先が向けられる。


「ルアーさん。流石にもうギアの使用を許可してくれますよね?」


 弾丸の数から身を守るには、ギアしかない。スペンサーが引きつきながらも確認するが、ルアンは無視をした。

 ルアンが黙って馬車から下りたため、クアロも飛び出す。


「じゃあもてなしてもらいます」

「ちょ、ルアン!」

「メイドウ。行くよ」

「はひっ!」


 発砲されないと判断して、ルアンは歩み寄る。呼ばれてメイドウも慌てて馬車を降りて、ルアンに駆け寄った。

 男は怪訝な目付きでルアンを見ながら、クアロに止まるように銃口を向ける。クアロは止まるしかなかった。


「あら、こんな格好だから疑っていますか? ドレス着ていないなら女とは認めない? 私達は、長旅で疲れてるのです。飲み物がほしいのだけれど」


 ルアンは男の子のような風貌。ニヒルな笑みで、ルアンはもてなすことを促す。

 子どもらしくないルアンを見て、ますます男は怪訝に歪む。


「かの有名なガリアンのボス、レアン・ダーレオクの娘。ルアン・ダーレオクです。こっちは世話係のメイドウ」

「……この街の領主の息子、アーガス・タスーナー。自警組織のリーダーをやっている」


 ルアンを女の子と認めて、アーガスは顎で仲間に指示して、バリケードを退かして道を開けさせる。


「そこのダイナーだ、お嬢さん二人は入っていい。男はこのバリケードを越えることは許さねぇぞ」

「ちょ、ルアン! メイドウと二人で行くつもり!?」

「待て、クアロ」

「なに犬扱い!?」


 止めたくとも動けないクアロを置いて、ルアンは青ざめるメイドウの手を引いてバリケードの中に入っていく。

「ルアン様!」とゼアスチャンが追おうとしたが、ルアンは「待て」と一言で動きを封じた。

 ピアースもルアンの指示がないため、馬車から降りないまま不安げに待つ。見張り二人も同じ。


「入りたければ自力で入りなさいよ」


 ふっと振り返ったルアンが笑いかける。

 そんなルアンを見て、クアロとシヤンは自分達のゴーサインだと思い知った。実戦開始の合図。おまけに、ギア使用の許可はなし。


「ちょっと……ちょっと! 勝負しなさいよ! こっちが勝ったら一緒にもてなしなさい!」

「かかってこい!」


 やるしかないとクアロは勝負を持ちかける。

 馬車の上から飛び降りて、シヤンも戦闘をする気満々で構えた。

 それを見てアーガスは、吹いて笑い出す。


「バリケードをギアで壊すって考えも浮かばねーのか? ギア使いが正々堂々と勝負して勝てるとでも? 自惚れた若造どもめ」


 アーガスの嘲笑に、シヤンは「ああん!?」と怒声を上げる。


「こっちはギアに頼り切っている犯罪者どもと戦い慣れているんだよ。てめぇらなんざ、勝負したことろで恥かくだけだぜ」


 ルアンと同じく弱いとアーガス達に思われていると理解して、シヤンもクアロは意地を見せると決意を固める。万が一に負ければ、一番嫌なルアンの嘲笑があるとわかりきっていたからだ。何日も訓練していたその成果を示す。


「御託並べてないで、さっさと勝負しなさいよ!」

「ぶっ倒してやる!」


 スタスタとダイナーに向かってしまうルアンに追いつくために、急かした。

「オレもっス!」とスペンサーは二人に並ぶ。


「手練れと勝負でもして泣きをみてろ、小僧ども」


 アーガスは仲間に相手をするように指示を下すと、ルアンと共にダイナーの中に入った。

 勝負は始まったが、ルアン達が入ったダイナーの扉は閉じる。


「なに飲む? お嬢さん方」


 ルアンがカウンター席に座ると、アーガスもひと席開けて隣に座って問う。メイドウは周りを気にしながら、ルアンの反対の隣に腰をかける。

 ダイナーの中には、既に十人らしき男達がいた。歓迎した様子は、こちらにもない。


「フルーツのジュースが飲みたいです」

「旬の梨で出せるぜ」

「じゃあ、それで」


 ルアンの要望に応えて、アーガスはカウンターの向こうにいる店員に注文をした。その店員も男だった。

 ルアンは頬杖をついてアーガスを見る。アーガスもルアンを向いて見ていた。


「男性ばかりですね。女性はいます?」

「いるに決まっているだろ」

「ふーん」


 ルアンは笑みを浮かべて、アーガスを観察する。

 アーガスはその視線に疑問を抱きながらも、見つめ返す。


「結束の固い街のようですね。男性のほとんどが体格がいい、鍛えているのですか。身を守るために……女性を守るためでしょうか? 当てずっぽうだけど、余所者が来るなり、女性は家にこもったのでしょう。女性だけを気遣ってもてなすのは、街の女性を守りたい気持ちが強いから。過剰な警戒からして、近くに危険がある。そして余所者を通さないのは、その危険はこの先にあるから」


 ルアンは観察して推測ものを雄弁に話すと、前方を指差した。

 その推測を聞いたアーガスは、信じられないものを見るように驚愕を浮かべる。周囲の男達も同じだ。


「なにがいるんですか? 山だから山賊?」


 ルアンは微笑んで問う。

 アーガスは少しの沈黙のあと、観念して答えた。


「西の大陸の向こうの国から来やがった賊だ」


 隣の国から侵入した賊が、この先に巣食っている。


「西を言えば、そっちにも自警組織があるはずですが?」

「その西の自警組織を避けて侵入に成功した連中だ、一年前からな」


 西の最果てを守るのは、二つの自警組織がある。己の街を守り抜こうと、住人の男皆が属しているのだ。

 このグリームの街の倍である警戒をしているであろう街を避けて、ここまで侵入した犯罪者。


「ガリアンに依頼すればいいじゃないですか」

「観察力に優れているのなら、わかるだろ。ガリアン様を遥々お呼びして、支払う大金はねぇよ」

「こちらも無償で遥々と来れません」

「賊どももギアを使うが、俺だって戦える。襲撃を返り討ちにしてから大人しいものだが、まだこの先の森にいやがる」


 犯罪者がいるが、ガリアンを呼ばなかったのは二つ理由がある。一つ目は、依頼できるほどの金銭的な余裕がない。二つ目は、自分達で対処できているからだ。


「捕まえた賊を収容する牢があるのなら、半額で引き受けますよ」


 ルアンは提案をした。


「半額?」

「私達はこの先に行きたいので、引き返してガリアンの監獄に移送する暇がないのです。だから、移送する労働を差し引いて、賊の討伐代だけ頂きましょう。賊の貯えの半分で手を打ちますよ」


 しかめたアーガスは、それを聞くと笑った。


「ありがたい申し出だが、断る。お嬢さんの連れがあと三倍いなきゃ、勝てない相手だ。若造どもが死ぬことになる」


 アーガスの言葉に、ルアンも笑う。

 梨のジュースが出て、ルアンは手に取り一口飲んだ。まだ強張っているメイドウも、出されたものを手にする。


「私と一緒なら死ぬこともありません」

「はっ? おいおい、お嬢さんも行く気か!?」

「私の仕事です。メイドウと馬車は置いておきます」


 ルアンの身を案じるアーガスは止めるように、メイドウに鋭い視線をよこす。メイドウには止められないと小刻みに首を振る。

 そこで、外が騒がしくなった。喧騒が増した。

 アーガスは確かめるために、ダイナーの扉を押し開ける。

 バリケードを越えるクアロ達が真っ先に目に入った。勝負した相手は倒れている。クアロ達は、少し殴られた怪我をしていたが勝った。


「勝ったわよ! ルアン!」

「弱いとは言わせねぇ!」


 クアロとシヤンはゼェゼェと息を乱しながらも勝利宣言をする。シヤンは唖然とするアーガスに中指を立てて見せた。

 余裕勝ちしたであろうスペンサーは、ルアンの元に駆け寄り、撫でられることを待つ犬のように褒め言葉を待つ。

 ルアンは目を合わせることなく、そんなスペンサーの足を蹴り崩して転倒させる。


「これでわかってもらえたはずです。敵の情報を教えてください。賊の被害がなくなる上に、報酬を自分の懐から出さずに済むのですから、依頼した方が得ですよ?」


 クアロ達は見た目ほどヤワではない。それを目にしたアーガスに、ルアンは不敵に笑って手を差し出す。

 アーガスは僅かに躊躇する。子どもの無知故の無謀さだと思い込んでいたが、ルアンは只者ではない。臆することのない翡翠の瞳を見て、信じてもいいと思えた。


「……ガリアンに依頼する」

「引き受けます」


 交渉成立の握手をした。


「へ? なに、どいうこと?」


 店の外から見たクアロは状況がわからず、キョロキョロとする。そんなクアロにルアンは歩み寄ると、梨のジュースを手渡した。


「盗賊狩り。本番、行くぞ」


 ルアンは簡潔に告げる。

 先程は練習。これからが、本番の実戦なのだ。


「き、鬼畜〜!!!」


 叫んだあと、クアロはジュースを流し込み、追いかけた。




20160818

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