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72 虎視の殺人鬼。




 ルアンの道草の遅れを取り戻すため、宿泊を予定していた街を過ぎて、陽が落ちるまで進んだ。そして、森の中で野宿した。

 男の子の姿のままのルアンは、馬車の入り口に腰を掛けて不機嫌そうな顔つきで、クアロとシヤンの手合わせを眺める。

 そばに炊いた焚き火に照らされながら、二人の手合わせを見ていたゼアスチャンとスペンサーは、ルアンの様子に注目した。


「はぁ……。弱い」


 溜め息をついたルアンは、告げる。

 自分達のことだとすぐにわかり、クアロとシヤンは「はぁ!?」と声を上げた。


「聞き捨てならねぇ!! こいつはともかく! なんで俺を弱いとか言うんだ!? あん!?」


 シヤンが真っ先にクアロを指差して、一緒にするなと叫ぶ。

 カチンときたクアロは、その指を叩き落とす。


「ちょっ! 私だって弱いなんて言われたくないわよ! ルー、なにがいけないのよ!?」

「ギアの決闘だって、挑んできたやつは全員返り討ちにしたぞ!? どこが弱いんだゴラァ!!」


 ルアンの直属の部下になりたがるガリアンメンバーを、決闘で負かして諦めさせてきたのはクアロとシヤンだ。

 ガリアンの中では、そこそこ強いギア使いだと自負している。故にルアンの発言に納得いかないと詰め寄った。


「ギアの決闘は、よーいドンで始める。だが、実際は合図なんてない。一対一とも限らない」

「ギアを発動できりゃいいだろうが!」

「紋様を書き終わる前に飛び付かれたら」

「対処できるわよ!」


 反論するシヤンとクアロを、ルアンは足を組み直すと冷めた眼差しを向けた。


「ふーん。試す?」

「る、ルアンがやんのか、コラッ!」


 ルアンと手合わせだと思うと、二人は引き腰になる。ルアンの戦闘能力は、二人を上回っていることは周知。


「ゼアスさん」


 クイッ、とルアンは顎を上げて指示。

 ゼアスチャンは表情を変えないまま立ち上がって「御意」と返事をした。

 幹部が相手だと、また違う緊張が合わさり、クアロとシヤンは息を飲む。


「どんな手を使ってもいい。ゼアスさんに捩じ伏せられなかったら、そっちの勝ち。クアロから」


 ルールは簡単。ゼアスチャンに捩じ伏せられたら、負け。ギアや武器は使用可。

 ルアンは中指と親指を合わせた右手を伸ばす。それが合図だ。

 ゼアスチャンとクアロが向き合うと、パチンッと指を鳴らした。

 クアロは、瞬時に紋様を描く。

 だが、距離を詰めたゼアスチャンの手が突き破って、紋様を壊す。クアロが反撃する間もなく、ゼアスチャンは地面にクアロを捩じ伏せた。


「次、シヤン」


 間もなく、シヤンの番に入る。

 パチンッとルアンの合図で、開始。

 シヤンが光を出すよりも前に向かってきたゼアスチャンに、シヤンは蹴りを繰り出す。

 その足を掴んだゼアスチャンは捻り上げるように持ち上げたあと、地面に叩き付けた。

 クアロ、シヤン、ともに瞬殺。


「弱い!」


 トドメのルアンの一言。

 クアロもシヤンも、返す言葉が浮かばず、悔しがって悶えた。


「ガリアンはギア使いだと、わかりきっているんだ。ギアを使われる前に、潰しにかかるのは当然。お前達、ギアに頼りすぎてないか?」

「な、なによ! ギアの特訓をさせてきたのは、ルーでしょ!?」

「ギアの腕を鍛えたところで、使えなきゃ意味ない。決闘で勝てたからって、自惚れすぎたのはお前達だろ」


 ルアンがクアロに冷たく返すと、後ろで本を読んでいたピアースが口を開く。


「あ、でも、例のスタンプが戦闘前に出来れば、有利ですよね」


 この旅に出る前に、ルアンが教えたギアの使い方。

 先程宙に描こうとした紋様は触れれば壊されるが、掌に貼り付ければ壊されることはなく、ギア発動は阻止されない。その上、光を注ぎ告げられれば半永久的に使うことも可能。


「戦闘能力が圧倒的に低いピアースさんがわかってるのに、お前達は思い付かないのか」


 ルアンの冷たい声は、弱いピアースにも突き刺さる。ピアースは落ち込み、項垂れた。


「戦闘前にスタンプで準備するのも、一つの手。実践経験が少ないから、賊と遭遇して対決したいところだけど」

「物騒なことを仰らないでくださいませ! ルアン様!」


 座席に寝具を広げていたメイドウが震え上がるが、ルアンは無視をした。


「あらゆる状況の戦闘の実演しよう。先ずは、プレゼントした武器を使いこなせ」

「あぁ、これ?」


 クアロはナイフ、シヤンは銃を取り出した。ルアンからの誕生日プレゼントだ。


「それと、許可するまで紋様を描くギアは使うな」

「な、なにそれ!?」

「さぁ、始めるぞ。スペンサーもゼアスチャンと敵役やれ」


 問答無用で強制。

 呼ばれたスペンサーは、喜んで飛び上がった。

 その夜から、ルアンの新たな訓練が始まった。




 翌朝。目を覚ましたルアンは、朝陽が漏れる森を散歩した。


「こら、ルアン! 一人でほっつき歩かないの! また迷子になったらどうするの」

「なんとかなる」

「ならないわよ!」

「派手なギアを放てば見付かるでしょ」

「なんとかなるわねっ」


 クアロとともに歩いていく。

 短い髪をくしゃくしゃと掻いて、コートのポケットにもう片方の手を深く入れる。そんなルアンが、すぐに足を止めた。

 紫の花を見付けたからだ。

 麻痺を与える毒の花、ベニクロリジン。殺人鬼が、好んで使った毒の花。


「……ピアースさんに見せない方がいいわ。あの人、誕生日の祝いにお酒飲まなかったのよ」


 クアロはすぐに後ろを振り返り、ピアースの姿がないことを確認する。


「当然だろ、まだ一年も経ってない。世話になっていた夫婦が殺されている時に、呑気に酒を飲んでいたことを思い出して、どうしても罪悪感を抱くのは仕方ない」


 ピアースと出会った事件でもある。

 それで禁酒しているのも無理ない。

「味わえないのに飲んでもしょうがない」とルアンは言いながら花をつつく。


「……それにしても、犯人、見付からないわね」


 殺人鬼の手掛かりは、全く得られていない。惨殺死体や毒の花は、発見されていない。


「どこかで殺しをしているはずだが……その手口を大幅に変えた可能性はある。私に追い込まれたから、もっと見付からない方法を考えたかも。一人、また一人と……殺して死体をこんな森の中に隠しているのかも……この足元とか」


 ルアンは怖い話をするように、クアロの足元に目を向ける。

「怖いわ!」とクアロは後退りした。


「遅かれ早かれ、楽しみを邪魔した私を殺しにくるはずだが……予想以上に遅い。計画を練り上げて、虎視眈々と殺す機会を待っている……」


 殺さずにはいられないサディスト。殺しの邪魔をしたルアンを襲い、殺し損ねた。必ず、殺しにくる。


「ま、この件が終わって帰った頃に、奴を捕まえれるだろう」


 ルアンが瞼を閉じて浮かべるのは、殺人鬼。白銀の髪を持つ儚い容姿の青年だ。

 今もどこかで、刃物を振り下ろして笑っているかもしれない。

 そんな殺人鬼を捕まえるチャンスは、城から帰ってからだ。ルアンは、頭から振り払う。


「出発前に訓練だぞ、クアロ」

「げっ……う、うん。わかってるわよ」


 再び歩き出すルアンの指示に、クアロは身構えつつも頷いてついていった。




   ◇◆◆◆◇




 エンプレオスの街。

 低空飛行をする茜色のトンボを、軽やかな足取りで黒猫のネラは追いかけていく。

 そんなネラを、ルアンと瓜二つの顔を持つ弟のロアンが追いかけた。


「まってよ! ネラ!」


 追い付けず、公園の出口で涙目になる。

 そんなロアンの後ろに、青年が立った。


「こんにちは。ロアン・ダーレオクくんだよね?」


 儚い印象を抱かせる白銀の髪と、薄い笑みを浮かべた青年を見上げて、ロアンはきょとんとする。


「あの、なにか?」


 面倒を見ていた兄のラアンがすぐに追い付き、青年を警戒した目で見た。

 レアン・ダーレオクの子どもは、狙われることもある。その手の者だと警戒した。

 人見知りのロアンは、兄の足の影に隠れる。


「そこの花屋です。いつもルアンさんの花を買うガリアンのメンバーの方から聞きました。今いらっしゃらないそうで……」

「花屋……ああ、スペンサーか」


 公園そばの花屋の店員と理解し、ラアンは警戒を緩める。そのガリアンのメンバーは、スペンサーだとわかり口元を引きつらせる。


「はい。スペンサーさんには、ご贔屓にしただいております」


 にこり、と青年は穏やかに微笑んだ。


「お姉さんがいなくて、さぞお寂しいでしょう」


 しゃがんでロアンと視線を合わせてから、青年はまた笑いかける。


「……とても、似ていらっしゃいますね」


 おず、と顔を出すロアンは、ルアンとよく似ている。

 笑みを保ちながら、青年はその顔を見つめた。


「お花が好きなんですよね、お姉さん。よかったら、お姉さんの部屋を、花で飾ってあげましょう。いつ帰ってもいいように、新しい花に替えながら」

「!」


 青年の提案に、ロアンは目を輝かせて食い付く。


「そしたらきっと、喜んでくれるでしょう」

「っうん! おねえちゃんのへやにおはな!」


 ルアンの喜ぶ顔を見たさに、ロアンはラアンにせがんだ。


「飾るって……ルアンが帰ってくるのは早くても来月だぞ」


 帰ってくる予定は、まだ遠い。ラアンは渋った。

「来月……ですか……」と一瞬、青年の笑みが消える。だが、すぐに微笑みを戻す。


「でもお姉さんのお部屋が、寂しいでしょう。僕からのプレゼントだけでも、飾ってみませんか?」

「うん! かざる!」

「あ、いや」

「かざりたい!」


 断ろうとするが、ロアンがせがむことを止めない。不在のルアンの部屋に花を飾っておきたいのだ。ルアンが好きだからこそ。


「わかった」

「わーい!」

「あ、お代は払います」

「いえ、僕からの厚意なので。次回はぜひ、ここで買っていただけたら幸いです」

「はぁ、ではお言葉に甘えて、いただきます」


 ロアンははしゃいで、青年のあとをついていく。

 真ん中に小さな向日葵。紫の花と白い花で二重に囲む豪華な花束。

 ロアンが持つには重いが、ロアンは自分で持っていくと言って聞かない。

 そんな弟の頭を撫でて「よかったな」と笑いかけると、ラアンは青年に会釈をした。


「バイバイ、ロアンくん。……またね」


 青年は穏やかに笑い掛けて、手を振る。


「うん、またね!」


 にぱっ、とロアンは笑い返して、ラアンと並んで帰っていく。

 その小さな後ろ姿を眺めながら、青年は手にしたハサミをシャキンと閉じて鳴らす。

 もう一度、開いてはシャキンと閉じた。

 ルアンとよく似たロアンを見つめて、シャキンと鳴らす。

 瞼を閉じて浮かべるのは、真っ赤なドレスを着たルアン。チョコレートのように、なめらかな長い髪。強い光の宿った翡翠の瞳。

 シャキン。

 シャキン。

 シャキン。

 瞼を上げた青年は、狂気を秘めた冷たい眼差しで、またロアンの後ろ姿を見る。

 遠くなったロアンに、剥き出しになったハサミの刃を添えた。


「帰ったら……驚くだろうね」


 笑みを深めて、青年はハサミを閉じた。

 シャキン。




20160426

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