71 嵐の中の殺人犯。
他の宿泊客も支配人も、駆け付けてきた。
「ああ、なんてことだ! ここには賊なんていないと思っていたのに!」
支配人は頭を抱えて、部屋の中に入ろうとしたが、先に入っているルアンが止める。
「入らないでください。荒らされては困ります」
「な、なにを言っているんだ、子どもが……」
子どもに言われて従うわけがない。
すぐにクアロとスペンサーが、入らないように部屋を塞いだ。
「ただの子どもじゃないッスよー。この方はガリアンのルアン・ダーレオク様です」
「この事件はガリアンに任せてください」
スペンサーとクアロに言われても、支配人達は半信半疑。どうやら、彼らはルアンの噂を聞いていないらしい。
大きめの街に挟まれた森の中の宿屋。通過点にすぎない。治安がいい方らしく、聞いていないのも無理はないだろう。
「今屋敷にいるのは、そこにいる全員ですか?」
ルアンは構うことなく、質問をする。
「は、はい。今日は6名の宿泊客と、従業員が6名います……」
支配人が戸惑いつつ、ルアンに答えた。
「お、追わないのですか? 遠くに逃げてしまいますよ」
「犯人は逃げていません。ここにいます」
「はっ?」
ルアンは窓を指差した。
「窓は開いていますが、足跡も泥もありません。外から侵入した証拠がないです。外も地面に足跡らしきものは一つもありません。だから、窓は外から侵入したと見せかけるために開かれたものでしょう」
淡々と説明を続けて、次に死体を指差す。
「彼は椅子に座ったまま、争った形跡がありません。膝の上に読んでいた本が開いたまま置かれています。身体は入り口に向いているので、知らない人物が入ればすぐにでも立ち上がるでしょう。そんな形跡がないのなら、この入り口から入ってきたのは、知り合いまたは宿の従業員」
つまり、と指先を支配人達に向けた。
「犯人は、この中にいます」
犯人は逃げていない。ここにまだいるはずだと推理する。
「さぁ、自己紹介してください。彼と知り合いかどうかも、正直に答えてくださいね」
にっこりと、微笑んだ。
そんなルアンに支配人も宿泊客も、困惑の色を隠せないでいた。
クアロは慣れたもので、容疑者を見張る。スペンサーは「かっくいー」と口元を緩ませた。
被害者は、西の街の商人だという。
宿泊客の親子3人は、東の街から西の街に行く途中。家族で経営している店の商品の買い出しのためだ。被害者とは仕事の関係で面識があり。
宿泊客の男は、西の街から北の街に行く途中。家族に会いに行くためだ。被害者とは顔見知りだという。
宿泊客の女は、西の街から北の街に帰る途中。親友の誕生日プレゼントのために買い物を済ませた。被害者とは西の街で少し話をした程度。
宿泊客の老人は、北の街から東の街に向かう途中。商売の仕事のため。被害者とは面識あり、ついでに女たらしで下品な男だと悪口と情報をくれた。
従業員の方は、女性が2人。支配人を含めて男性が4人。被害者がよく利用していたため、面識はある。
全員が被害者と面識あり。
「……どうするの、ルアン。全員が動機を持って怪しいけれど」
クアロは歩み寄り、そっとルアンに問う。
「簡単には犯人があぶり出せなかったのは、残念。念入りに調べるのは面倒なので――――拷問をする」
宙に雷の紋様を描いた。それを掌に貼り付けたあと、バチバチッと電流を走らせる。
タイミングよく、雷鳴が宿を揺らすほど轟き、容疑者達は恐怖を覚えて震え上がった。
雷が恐怖を煽り、笑みを浮かべて歩み寄るルアンに怯える。
ルアンの掌には、バチバチと鳴る光の球体が出来上がった。
次の雷鳴で、犯人は真っ先に逃げ出す。自分が雷に打たれると思ったからだ。
逃げ出したのは、宿泊客の男だった。
雷のボールを放ってもよかったが、スペンサーが追いかけて、廊下に捩じ伏せて確保する。
「ただの脅しなのに、嵐のおかげで効果覿面!」
無邪気な笑顔でルアンはただの脅しだと、一同に伝える。拷問されるかと焦った一同は胸を撫で下ろす。
クアロだけは「悪魔……」と呟いた。
スペンサーが軽く締め上げるだけで、犯人は白状する。被害者が恋人に手を出し、恋人は高価なものを買い与えてくれる被害者を選んだ。動機はそれ。
よく利用するこの宿で、恋人について話すと見せかけて、殺したのだ。
結局、その夜は嵐が止まなかったため、宿に泊まった。
「ルアーさん、クアロさん、夕食持ってきましたよ。毒味済みです」
スペンサーがカートを押して、部屋に入る。
「!? な、なんて、格好をしてるんすかルアーさん!」
すぐにベッドの上でクアロとトランプで暇を潰していたルアンは、男物のYシャツ一枚だけ。従業員の物から借りた。
「仕方ないでしょ。他にないんだから」
「……や、やらしい」
「邪な目で見るなら部屋出なさいよ!」
少し顔を赤らめたスペンサーを、クアロは追い出そうとした。だがルアンは、微塵も気にすることなく夕食のシチューを受け取る。
3人で夕食をとった。
「そう言えば、スペンサー」
「なんスか?」
「性処理はどうしてるの?」
ルアンの質問に、スペンサーもクアロも、シチューを吹き出す。
「ルアンンン!!」とクアロは声を上げた。
「ふと、疑問に思って。自称未来男は、私のことを好きだと言うけど、現在の私と未来の私、どっちをオカ」
「ルアンンン!!!」
クアロはもう一度声を上げる。
「んだよ。男なんてそんなもんだろ? クアロだってどうせ、私の父親とあんなことやこんな」
「うぎゃあああ!!!」
聞いていられないとクアロが、ルアンの口を手で塞いだ。
スペンサーの方は耳から首まで、茹で蛸のように真っ赤になって固まっている。
「お、おっ……お、お、おっ……オレッ! 別の部屋で食べるッス!!」
やがてダラダラと汗をかいて、この場から逃亡した。
ポカン、と閉じられたドアを見たあと、クアロはルアンと向き直る。
「ルアン……二度とそういうことを訊かないで。異性に訊いちゃだめ」
「クアロが言い出したくせに」
「この手の話じゃない!」
クアロの手を払い、ルアンは気にせずシチューを食べた。
その隣でクアロは唸りながら考える。
「あ、そうだ。前世はどんな友だちがいたの?」
「覚えているわけないでしょ。クアロほど親しい存在なんて、いなかったんだから」
ルアンはペロリとスプーンを舐めては、シチューをすくった。
前世では孤独。心から寄りそってくれたクアロが、一番の友だ。
「……そうね。愚問だったわ、ごめん」
さらりと素直なことを言うルアンに、クアロは顔を赤らめて俯く。
「……じゃあ、どんな友だちがほしいの?」
「別にほしくないけど」
ルアンは友だちなど求めていない。仕事と仲間で十分だ。
そこが問題なのだと、クアロは顔をしかめた。
「仕事ばかりの人生になるわよ」
「楽しいなら、いいじゃない」
ルアンは答えて、パクパク食べていく。クアロはため息をついた。
「絶対に帰るまでに同年代の友だちを見付けてやるわ」
「勝手にすれば」
気に留めないルアンだが、隣ではクアロは目標を達成すると意気込んだ。
窓の外では雨は降り注ぎ続けて、雷も鳴り続いた。
翌朝には嵐は止んで、ゼアスチャン達が馬車で迎えに来た。
北の街パインハースで、レアン達は合流を待っている。
西の街の自警団に犯人を任せることにして、支配人達に縛った犯人を送り届けるように指示をした。
パインハースに着いたのは、夜だ。
ルアンとクアロは、宿泊しているレアンの部屋に呼ばれた。
「はぐれた上に、一日無駄にしたじゃねーか」
チェアにふんぞり返ったレアンは、低い声を降らせた。
「だってクアロが、性しょ」
「のわぁああ!」
ルアンが言い訳をする前に、クアロは飛び付くように口を塞いだ。
「うるせぇ」
レアンは威圧を放つ。予定が一日遅れて、不機嫌になった。
「道草を食うな。真っ直ぐ王都に行く。わかったな?」
「はい、ボス」
すんなり頷いて、ルアンはクアロの手を引いて、部屋をあとにする。
「ちゃんと約束守れるの?」
「え? 約束するなんて言ってない。返事しただけだもん」
クアロが心配した通り、ルアンはケロッと言い退けた。
「寄り道も、旅の楽しみ」
寄り道は、躊躇なくする。ルアンは軽い足取りのまま、肩を竦めたクアロを引っ張った。
20151108