表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

71/94

70 嵐の中の殺人。




 出発から4日目。

 ドレスは着ないと一蹴して、ルアンはズボンを履いて、Yシャツとベストを着た。もちろん、ウィッグも却下。

 馬車には乗らず、クアロとともに後ろを歩いた。代わりに馬車の中に、シヤンが寛いでいる。


「あーつまらない。旅をするなら、賊の襲撃の一回や二回あると思っていたのに」


 スカイブルーの空を見上げて、ルアンは背伸びをしながらぼやく。


「いや、ガリアンを好んで襲う賊なんていないわよ」


 クアロは呆れて返す。

 御者をしているゼアスチャンも、馬車の横を馬で進むスペンサーも、そしてクアロも黒のコートを着ている。

 ギア使い最強の自警組織に、好んで襲いかかるわけがない。


「あ、そうか。コートを脱がせて、前の馬車から距離を取れば……金持ちの旅行だと襲いかかってくるじゃん。盗賊ホイホイ」


 名案だと、ルアンは目を輝かせた。


「やらせないわよ!? 目的は賊の殲滅じゃなくて王様に会いに行くことなんだから!」


 即座にクアロが止める。


「旅の間じゃあ、ひょいひょいと犯罪者を捕まえていられないわよ」

「まぁ、連行は面倒だけれど、通った道でゴミを一掃するのも旅の楽しみって奴だろ?」

「ゴミは人のことでしょ!? そんな旅の楽しみ方は鬼畜よ!」


 ルアンが笑顔を見せたが、もう一度クアロは止める。はぁやれやれ、と溜め息をついた。


「別の楽しみ方しなさいよ。ルーは仕事しすぎなの。もっと別のことに目を向けなさい。ほら、同年代の子と友だちになったり!」


 これこそ名案だとクアロは、パッと笑みを向ける。

 ルアンは冷めきった眼差しを送った。


「同年代なんかと話が合うわけないだろ。知能が低すぎて解読不可能で会話せずに蹴り飛ばしたくなる」

「同い年の弟がいるでしょ!?」

「弟だから」


 年相応の弟ロアンは、会話が成り立たなくとも、ルアンは気にしない。だが、他の子どもでは、相手にもしたくない。


「アンタには及ばなくとも、頭のいい子どもと出逢えるわ、きっと。今回の旅で友だちを作ることを目標にしましょう!」


 グッ、と拳を固めるクアロを見上げながら、ルアンは鼻で笑い退ける。


「友だちっていうのはね、対等な関係を言うの。私と対等になれる同い年がいると思うの?」

「……いるわよ、きっと!」

「フン、見てみたいものだ」


 悪魔で鬼畜な嘲る転生少女と対等になれる七歳児がいる。思いたいような、思いたくないような、複雑なクアロ。


「あーあ、退屈だなぁ。……悲鳴が聞きたい」

「アンタ、他人を叩き潰したいだけなんじゃないの!? もう止めましょうよ、旅をしているんだから、もっと他の話をしましょ。旅だからこそ、出来るような話とか」


 ルアンが何かやらかす前にと、クアロは提案する。


「話すようなことって……クアロと改めて話すことなんてないでしょ?」

「あー……まぁ、そうよね」


 出逢ってから四六時中いるようなものだ。話すネタは尽きたと言っても、過言ではない。

 それでもクアロは空を見上げて、ネタを探す。

 馬車は森の中に入った。ルアン達も、遅れて足を踏み入れる。唸るクアロから目を逸らして、ルアンは森を眺めた。鳥の囀りがする。

 ポケーとしている間に、時間が過ぎていく。それでもクアロは唸り続ける。


「じゃあ、突っ込んだ会話をするか」

「なに?」


 ルアンから思い付いて、口を開く。

 クアロは顔を向けた。


「クアロの性処理について」

「……」


 表情を変えないままルアンが告げれば、クアロの足は止まる。ルアンも止まり、そのまま見上げた。

 やがてクアロは両手で耳を塞ぎ、スタスタと歩き出す。聞かなかったことにした。


「クーアーローおーにーいーちゃーん。どうしているのー?」

「答えるわけないでしょ! アンタ、そんなのどこで覚えたのよ! バカん!」

「クアロが言い出したんじゃん」

「そんな話をするとは言ってない!!」

「いや、ぶっちゃけこの手の話しか残ってないし」

「しなくていい話よ、寧ろするべきじゃない話!!」

「いいじゃん、あたしとクアロとの仲でしょ」

「しないったらしない!!」

「クーアーロー」

「いやああ!!」


 クアロは道から逸れて、獣道に逃げ込んだ。

 ルアンはスキップするような足取りで追いかけた。退屈しのぎのからかいだ。

 逃げようとするクアロを、ルアンは笑顔で際どい質問を続けた。それから森の中で鬼ごっこ。


「あ、雨の匂い」


 少しして、ルアンは匂いを吸い込んだ。


「雨って、晴れてるで……あれ?」


 足を止めたクアロが、空を見上げる。

 さっきまで晴れていたが、垂れ落ちそうな雨雲が覆っていた。


「降る前に戻らないと」


 クアロはルアンの手を掴んだ。

 途端に、大粒の雨が降り注ぎ、忽ちずぶ濡れとなった。


「馬車どこ!?」

「知らん」

「迷子!?」

「クアロが適当に逃げるから」

「ルアンが変なこと言うから!」


 雨の中、森を進む。

 しかし、馬車も道も見付からない。クアロはコートを脱いで、ルアンに被せた。


「アンタが風邪引いたらまずいわ。いくらピアースさんがいても、旅の間寝込むはめになる」

「……クアロ。あっち」


 ルアンはコートの下から、明かりを見つけて指を差す。そこを目指せば、屋敷があった。森の中の小道にあるそこそこ大きな宿屋。

 クアロはルアンが風邪を引く前に、中に入った。


「いらっしゃいませ。ひどい雨ですね」


 出迎えたのは長身で猫背の男。支配人だ。


「少し雨宿りさせてください」


 クアロが雨宿りだと言えば、笑顔で出迎えた支配人は僅かに表情を歪めた。

 雨宿りではなく、宿泊しろ。心情が丸出しだ。

 ルアンはそれを見逃さない。外に目をやってから、ポケットの硬貨を支配人に放り投げる。


「一泊する。雨は止みそうにないし、迎えが来るまで部屋にいよう」

「かしこまりました。今タオルとお部屋を用意します」


 ルアンが告げれば、支配人は笑顔を作り直して去った。


「なにも一泊することないでしょ!?」

「雷。止まない雨の中探したところで私は風邪引くし、見つかりにくい。今頃あっちの方が捜して迎いに来る。雨宿りしたくば、金払うべき。宿泊しろって支配人の顔に書いてあった」

「……」


 どしゃ降りの雨の中に、雷鳴が轟く。一晩中降り注ぎそうな雨なら、一泊した方がいい。ルアンは淡々と告げる。

 支配人のこともあり、クアロは反論を止めた。

 二人用の部屋に案内されたあと、タオルで髪を拭く。ルアンは窓から外を眺めた。硝子に雨粒が激しくぶつかり、ピカリと光ると雷鳴が響き渡る。


「全く! ルアンのせいでこんな目に」

「クアロが中学生みたいな反応するから」

「学生じゃないわよ!?」

「……」

「髪拭きなさい!」

「自分でやる」


 手を伸ばそうとしたクアロの手を払い、ルアンは自分の髪を念入りに拭く。やがて、ニヤリと笑みを漏らす。

 シャツのボタンを外していたクアロは、窓ガラスに映るルアンの笑顔に気付き、眉を潜めた。


「なに笑ってるの?」

「いや、別に。ただ、ね。こんな森の中に、屋敷に、しかも嵐の中……」


 ルアンは振り返り、そっと静かに言う。


「屋敷に殺人事件が起こり、悲鳴が響く――予感」


 極めて楽しげに笑うルアンを見て、クアロはゴグリと息を飲んだ。


「物騒な予感しないでよっ! ……ほら、風邪引く前に拭いて」


 他のタオルで、ルアンの身体を包んで拭う。

 そんなクアロが何気なく窓に目を向けた瞬間。


 ピカ、ゴオンッ!!!


 光とともに、雷鳴が落ちた。そして、窓にはずぶ濡れの男が貼り付いている。

 ルアンもクアロもビクリと震え上がり。


「ぎゃあ!」


 クアロが悲鳴を上げた。


「ルアーさん見付けた!! よかったぁ!」

「……お前か」

「びっくりさせないでよ!!」


 男の正体は、スペンサーだ。

 窓を開けて、ずぶ濡れのまま中に入る。泥や雨水でその場は汚れた。


「気付いたら後ろにいなくて、何かあったんじゃないかって心配で心配で……無事でよかったぁ」


 その場に座り込んで安堵の笑みを溢すスペンサーの頭に、ルアンはタオルを乗せてやる。


「ルアーさん、もしかして、さっきビビっちゃいました? そんなルアーさんも可愛いッスね」


 デレ、とスペンサーがにまけた。

 ルアンはタオルの端と端を持ち、交差させてスペンサーの首を絞める。


「雷の音に驚いただけだ」

「ぐお、お」

「お前、ズボンが随分泥にまみれているが、まさか自分の足で走ってきたんじゃないよな?」

「あ。走ってきましたよ。馬だと獣道は通りにくいし、シヤンさんとちょうど交換していましたし」

「……ゼアスチャンは」

「あ、オレだけが気付いて先に」


 絞めるのを止めると、ケロッとスペンサーは答えた。

 つまり、スペンサーもはぐれただけ。馬もない。


「……使えない男」

「ぐおおっ?!」


 ルアンはもう一度締め上げた。


「もういいわよ、そんなバカよりもバスローブならあったから、これ着てなさいよ」


 呆れながらもクアロは、ルアンを優先する。

 しかし、クアロのコートのおかげで、ルアンはそれほど濡れていない。


「いいよ、私はそんなに濡れてないし。それよりスペンサーはゼアスチャンを呼んでこいよ」

「えー。雷に打たれちゃいますよ」

「打たれてこいよ」

「酷いっ!」


 ルアンがスペンサーに無茶振りをしている最中。


「キャアアアッ!!!」


 女性の悲鳴が、廊下から響く。

 反応したルアンが直ぐ様飛び出すと、クアロとスペンサーも続く。ルアンが借りた部屋とは全く逆の廊下の先に、メイド服の女性が崩れ落ちていた。目を向けた部屋の中をルアンが覗く。


「ルアンなに……うわ!?」


 クアロも見た。

 中にいたのは、男だ。小太りで黒い髭を生やした男は、チェアで死んでいた。

 窓が開いていてカーテンを揺らしながら、雨が降り注ぐ。

 男の胸には深々と包丁が突き刺さっている。


「――――殺人事件だ」


 ルアンはこの場に不適切な笑みを溢した。




20151104

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ