68 お嬢様至上主義。
ダーレオク家のメイドのメイドウは、ルアン至上主義だ。
宿の部屋のベッドで眠るルアンは、まさに天使のような寝顔。愛らしいそれを、恍惚の表情で見つめた。
赤子の頃から見てきた。成長するにつれて、可愛らしさが増す。その度に喜びを感じた。
幼い頃から、ルアンは大人しく冷静沈着な子だ。頭がいい子なりに考えて、周りと接していた。
弟ロアンにせがまれれば遊び相手となり、兄ラアンには本を読み聞かせてくれと本を抱えて追いかけ、父レアンが暇そうに酒を飲んでいれば膝に乗ってココアを飲みそこで眠る。
母リリアンナに対しては、一番困っていた。なにか言いたげにじっと見るだけ。母親に甘えるということが、出来ないでいた。逆に、母親が娘に愛情を示すこともなかったのだ。
だから、メイドウは与えられる愛情を注いだつもりだ。母親には、なれない。
リリアンナが家を出て以来、ルアンから家族に接することはなくなった。冷めた目で眺めるだけで、寄り添うことはない。
ルアンだけが、家族の中で孤立した。不満を解消するように、時折暴飲暴食に走る。ところ構わず眠ってしまう。
メイドウは着飾れば、気分は変わると考えた。仕立て屋である恋人とともに、ルアンにドレスを着せた。しかし、どんなに可愛らしいドレスを着せても、ルアンは笑わない。
冷めた目をしたルアンは、どんなに人形のような脱け殻にも見えた。
人前で悲しみに泣くこともない。痛々しかった。
精一杯支えてきたつもりだが、それでも笑わせることは出来ない。
そんなルアンを笑うようにしたのも、泣けるようにしたのも、クアロだった。
初めこそは、喧嘩ばかりをしていたが、ルアンは心を開いた。
クアロに続いて、シヤンもそばにきた。柄が悪いと少しばかり心配もしたが、無邪気に笑いかける様子からしてルアンを慕っているとわかる。
ルアンがガリアンに入ることは、心配もしたが、なにより驚いた。父親と兄に歩み寄るようで、それはいいことなのかもしれないと思う。
なにより、ルアンは機嫌がいい。忙しいほど充実した日々を過ごしているからだろう。
国王に献上を求められるほどのものを作り上げたことには、メイドウは自分のことのように鼻を高くしたい気分だ。
ルアンは素晴らしいのだ。
だからこそ、育ちのいい貴族の紳士から結婚相手を見付けたい。
「……はぁ」
ルアンの寝顔を見つめながら、メイドウは息をついて肩を竦めた。
「疲れているなら、もう休んだら?」
ルアンの隣で眠ろうとするクアロが、メイドウに言う。
同性愛者だからこそ、ルアンと同じベッドで眠ることを許されている。メイドウはもうすっかり見慣れた。
「いえ。……ただ、ルアン様の結婚相手探しをどうしましょうと考えていただけで」
「まだ早いでしょ、結婚なんて」
「早くありません! 貴族は許嫁や婚約者を決めるのです。年頃のいい紳士が取られてしまいますわ!」
メイドウ達は、声を潜めて話した。
ルアンは一度眠るとちょっとやそっとでは起きない爆睡型。しかし、内容が不味いため、声を潜める。
「ルーが嫌がるでしょ。勧めた途端、ルーは悪魔な言動を見せかねないわよ」
メイドウが狙いを定めた相手に、ルアンは恐ろしいことをしそうだ。安易に想像できた。
「いいえ。いい男ならば、ルアン様だって結婚するはずです!」
ルアンには、男を見る目だってある。メイドウは相手さえよければいいのだと、胸を張った。
「ルアンが結婚したいいい男のタイプ……知ってるの?」
「相手次第ですわ!」
「まぁ……そうね」
クアロは一度は頷き、横で眠るルアンに目をやる。幼い少女。
「でも今の時点では、やっぱり無理なんじゃない? ロリコンが釣れても嫌だし」
「将来を思えば、幼い今でも求婚してもおかしくありませんわ」
将来に目を向ければ、ルアンはいい結婚相手と思われる。今すぐと言う話ではない。
「……あ、将来と言えば……スペンサーが言ってたわね」
「なにをです?」
「ルアンには内緒よ。未来では婚約者がたくさんいるみたい」
「なんですって!?」
メイドウが声を上げたため、クアロは口に指を立てた。ルアンは微動だにしない。
「そんな話聞いておりませんわっ! 未来のルアン様の美しさなら、散々聞きましたがっ」
自称未来から来た男スペンサーとは、仲が良い。ルアンの話に盛り上がれるからだ。それは恋人が嫉妬して機嫌が悪くなってしまうほど。
スペンサーいわく、十六歳のルアンは美しく長い髪をよく二つに束ね、常に女性らしい格好でいる。十年後が楽しみでならない。
「聞いてきますわっ! 今、いずこ!?」
「部屋じゃない? 仲良いわね……」
「ルアン様を好いている者同士ですからね!」
「好いているって……同じじゃないでしょ」
クアロに言われ、メイドウはそうだと頷く。メイドウとスペンサーは、根本的に違う。
「私は恋愛対象じゃないからこうして添い寝が許されるけど、スペンサーは近付けたくない男じゃないの?」
スペンサーは、ルアンに好意を寄せている男だ。
「悪い人ではありませんし……ルアン様がそばに置くのですから、いい人でしょう?」
「いや、勝手にルーに付きまとっているだけよ」
決してルアンが望んで置いているわけではないと、クアロは教えておく。
「まぁ、先程のストーカーとは違いますから。……付きまとうくらいが、ちょうどいいのです」
メイドウは、ルアンの寝顔を見つめて口元を緩めた。
愛を勘違いして執拗な求婚をするストーカーとは、全く別物。
ルアンのそばに誰かがいれば、それでいいのだ。ルアンを慕う者達が、笑いかけて笑わせているのだから。
「ルアン様から離れないでくださいね」
「もう寝るわ、おやすみ」
クアロにルアンを任せて、スペンサーから聞き出すために、メイドウは弾むような足取りで部屋を出た。
そこそこ広い宿の廊下を歩いていれば、デイモンの部下であるガリアンメンバーの男達が向かいから来る。
「……この先はルアン様の部屋ですが?」
メイドウは立ち塞がり、見据えた。
「挨拶するだけだ」
「もうお休みになられました」
「……退けよ、メイドの分際で」
メイドウを押し退けて、ルアンの部屋に行こうとする。
その肩を掴む男の首に、袖に隠したナイフを突き付けた。
「ルアン様の部屋には近付かないでくださいませ。……切り落としますわよ」
冷ややかな眼差しとともに、メイドウは微笑みを向ける。
幼い頃からルアンに好かれようとする輩を、蹴散らしてきた。特に幹部の連中だ。下心丸出しのドミニクやサミアン達には、これだけで効果があった。
自分の身の守り方は、多少身に付いている。
仮にも自警組織の幹部。女性相手に返り討ちをすることなく、潔く白旗を上げる。
目の前の男にも、効果はあった。青ざめて身を引き、廊下を引き返す。
それを見送るのは、メイドウだけじゃない。
廊下の途中の部屋から出てきたスペンサーだ。
「スペンサー! ルアン様の婚約者様の話を詳しく!!」
「げっ……クアロさんめ」
直ぐ様何事もなく詰め寄れば、スペンサーは露骨に嫌な表情をする。
「嫌ッスよ。メイドウさん、話したら積極的にくっつける気でしょう」
「最良物件ならば!」
「嫌ッス!」
「ケチ!」
恋のライバルが増えることを、スペンサーが断固拒否した。
気持ちはわかる。ルアンを奪うかもしれない相手の応援をされたくないのだ。
「……そう言えば」
スペンサーの外見は悪くはない。性格は寧ろよく、前科者にしては周りから好かれやすい。
「北部出身と聞きましたが、どんな家で育ったのです?」
育ちも良さそうだ。家が良ければ、応援も考える。
メイドウは、スペンサーを吟味するように見ながら訪ねた。
途端にスペンサーは身を引く。顔をひきつらせて、視線を泳がせた。
「な、なんスか……藪から棒に……関係ないでしょう?」
「家柄が気になっただけですわ」
「別に、普通ッスよ……」
それは残念、とメイドウは肩を竦めた。
「なんスか、家柄が悪い奴はそばに来るなって言いたいんスか? 前科云々なら、日頃ルアーさんに罵られているので間に合っています」
不安げな顔をしてから、スペンサーは青ざめる。
「……ルアン様は楽しそうですね」
「はい、まぁ、楽しんでますね、間違いなく」
ルアンの罵りの話ではない。きっとそれもルアンの楽しみだろうが。
「仲間に囲まれていて、ルアン様は楽しそうだと言ったのです。今日、初めてルアン様のお仕事をしているお姿を見ましたわ。優しく笑いかけて、守ってあげていて……素敵でしたわ」
「……でしょ。将来はもっと素敵ッスよ」
自分のように誇らしげに笑い合うから、スペンサーとは仲良くやれる。
「ルアン様がこれから成長していく姿を見られると思うと、幸せです」
「同じッス。そばにいられることが、至極幸せッス!」
ルアンのことで、こんなにも幸せになれる。
二人して綻んだあと、メイドウはクルッと踵を返す。
「だからこそ、ルアン様にいい男を見付けるのです!」
「ええっ?! 止めてくださいよ!」
「それはルアン様の心を射止められてから言ってくださいませ!」
「うぐっ」
メイドウは、意思を変えない。
「今回のお城の滞在中に、めぼしい方を見つけてみせますわ!」
それがメイドウの目標。またルアンに釘を刺されないように、控えめにしよう。
ルアンの幸せのために。
弾んだ足取りで部屋に戻る。すやすやと眠っているルアンとクアロを見て、またメイドウは綻んだ。
20151003