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67 美人の苦悩。

目指せ100話!






 エンプレオスの街を出て、二日目の朝。

 馬車に揺られながら、ルアンは窓の外を眺める。鮮やかな赤の座席も、深紅と黒のカーテンレースも、隅々まで見飽きた。


「はぁ……なんで、ドレスを着てなきゃいけないの。邪魔だし重いんだけれど」


 そう言って、ルアンは向かいに座るクアロの膝に、ブーツの足を置く。眠っていたクアロは、びくりと震えて起きた。


「いけません、ルアン様。いかなる時も女らしくしなくては!」


 ルアンの隣にいるメイドウが、その足を引っ込めさせてドレスを整える。

 出発の日から、メイドウはルアンに女の子らしい格好をさせた。

 誕生日以来の女の子らしい姿。オフホワイトのドレスは、ライトグリーンのフリル。ブーツはホワイトのレースアップ。ウィッグは緩いカールで左右の頭に赤いリボンをつけている。誰もが見惚れる愛らしい少女。

 しかし、表情は不機嫌。


「いいですか、ルアン様。これから王都に行くのです。何人たりとも油断してはいけません!」

「なんで」

「王都の貴族に見初められるかもしれません!」

「されたくないし、城が見えてからでいいじゃん」

「いけません! 男の子の格好をしていると仕草まで男の子! 見ていられませんわ!」


 胡座をかこうとするルアンを、メイドウは叱りながらも直す。


「城にいる間は、完璧に猫被るもの。四六時中馬車の中なのにドレスとウィッグなんて、ストレスなんだけれど」

「女性たるもの、それぐらい耐えねばなりません!」

「あはは、女性は大変ですね」


 ウィッグを外そうとするルアンを止めて諭すメイドウを見ながら、クアロの隣に座るピアースが笑う。


「メイドウも大変ね。旅の間もルアンの世話をして」

「え? ルアン様にドレスを着せるくらい、苦ではありません。寧ろ生き甲斐です」

「アンタはそういう人だったわね」


 欠伸を一つ漏らしてクアロが同情したが、メイドウはケロッとしている。

 ダーレオク家に仕えるメイドのメイドウは、ルアン至上主義。ルアンにドレスを着せることが出来て、満足げ。


「……まぁ、大変なのは大変なのです。旅の間、ルアン様の我が儘に応えられるかどうか……それが問題です」

「我が儘?」


 すぐにメイドウは笑みをひきつらせて、ルアンを横目で見る。クアロは首を傾げた。

 退屈を顔に書いたような表情をしたルアンは、ぺったりと窓に頬をつける。

 そこでドアが開く。馬車に乗り込んだのは、赤黒い髪の持ち主であるシヤンだ。


「ルアン! 三つ編みしてくれ! 鏡なくて上手く出来ねぇ!」


 いつもは右耳の前に三つ編みをしているシヤンは、ルアンに泣き付く。

「はいはい」とルアンはゴムを受け取ると、座り込んだシヤンの髪を手に取る。

 メイドウがやると言うが、ルアンが引き受けた。


「毎日やってるくせに、鏡がないくらいで出来ないの? 不器用にも程がある」

「難しいだろ、三つ編み!」


 赤い髪を三つに分けて編み始めながらルアンは、シヤンを見下ろす。

 シヤンが反論した。


「お前はメイドがいるから、そう簡単に言えるんだよ」

「あたしは鏡を見ずに自分で出来る」

「まじかすげーな!」


 シヤンは単純である。


「俺はかあーちゃんがずっとやってくれたんだ。だから三つ編みしないと、なんか、しっくりしねーんだよ。こーう、パワーが湧かねーって言うか」

「単純か」


 シヤンは単純である。

 三つ編みはシヤンの力の源。母親と力の源で、ルアンはあることを思い出す。


「そう言えば、シヤンの母親は強盗に殺されたって前に聞いたけれど。ガリアンに入って、ソイツを捕まえるのが目標?」


 躊躇なく訊ねるため、その場にいるクアロ達は息を飲む。


「あー、見付かればいいんだけれど、顔見てねーからなぁ。何年も前だし……」


 走行中の馬車から出す足をユラユラと揺らしながら、シヤンは諦めていると答えた。


「ガリアンに入って、かあーちゃんみたいな被害者が出ないように、守りたいってーのが最初の目標だった。でも精鋭部隊に憧れちまってさー。精鋭部隊に入ることを目指したんだけれど、ラアンがいるじゃん。アイツ、息子ってだけで幹部やっててムカつくから、打倒ラアンが目標だった」

「あー……そう言えば、あたしの兄が嫌いなんだっけ」

「でもルアンと会ってから、ルアンの精鋭部隊になることが目標になった!」


 シヤンは拳を固める。その目は輝いていた。とにかくシヤンの目標は、精鋭部隊になること。

 ルアンは適当に相槌を打つと、三つ編みを結び終えた。

 シヤンは嬉しそうにニカッと笑い、礼を言う。


「シヤン。ラアン様は七光りなんかで幹部になったわけではありませんよ?」


 メイドウは一応伝えた。シヤンが見上げて、言い返す。


「でも、ガリアンメンバーは皆七光りって言ってるぜ。デイモンさんが特に」

「レアンと比べすぎて勝手に周りが失望しているだけ。それにデイモンはラアンが嫌いなだけだし。幹部の中じゃあ、ゼアスチャンと並んで仕事が出来る」


 ルアンは淡々と兄の誤解を取り消した。他の幹部は問題を起こしすぎている。


「言われてみれば、デイモンさんはラアン様に冷たいですわね」


 ラアンがデイモンに嫌われていると、メイドウもぼんやりと思い出す。


「それを言うなら、ルアンにも冷たかったわね」

「ルアン様に冷たい!? 理解できませんわ! 問い詰めてきます!」


 クアロが言い出せば、メイドウはギラリと目を鋭くさせる。幹部のデイモンを殴りそうな勢いに、クアロは焦った。

 しかし、ルアンが容易く止める。


「デイモンはリリアンナにこっぴどくフラれたから、子どもであるあたし達が嫌いなだけよ」

「リリアンナって、ルアンの母親!?」

「昔、お茶会で自慢してた」


 さらりと明かされたデイモンの秘密に、クアロもメイドウも驚愕した。


「ま、まさか……デイモンさんが、あんな人を……」

「いい男なのに、バカよね。ダメな女に引っ掛かってダメになる」


 ルアンは冷たく貶す。

 妙な話になり、居心地が悪くなったシヤンは馬車から降りてドアを閉じた。シヤンは母親が好きだが、ルアンは嫌っている。

 この手からは逃げることを、ルアンは理解しているため、気に留めなかった。


「ダメな女に惚れれば、男はダメになる。ダメな男に惚れる女は元々ダメな女。いい女に惚れるなら、いい男になるもんよ」

「アンタ、歳いくつ!?」

「七歳プラスアルファ」

「久々ね、それ!!」


 男と女を語る七歳の少女に、クアロもメイドウも戦慄を覚える。


「あんな女から吹っ切れていれば、いい男なのに。外見しか取り柄のない女なんかに、惚れるなんてバカね……」


 ルアンは窓を眺めて呟く。

 視界に入れるのは、馬に乗っているスペンサー。視線に気付いたスペンサーと目が合う前に、ルアンは隣のメイドウを振り返った。


「メイドウ」

「はいっ!?」


 呼ぶとメイドウはビクリと震え上がる。

「桃食べたい」とルアンは、一言告げる。

 メイドウの笑みが引きつる。


「つ、次の街まで……一時間ほどかかります。少々お待ちを」

「今。桃。食べたい」

「し、しかし、街に行かないと売っていませんし……」


 ルアンは要求を突き付けた。

 メイドウの笑みは、ヒクヒクと引きつる。ルアンは無言のまま要求を押し付け続けた。


「ボ、ボスがいる! 小さなボスがいる!!」


 クアロは驚愕する。

 無言の要求をするルアンは、暴君のレアンを連想させた。


「ルアン様は退屈だと果物や菓子を求めるのです! ご所望のものが用意ができないと……一日中不機嫌になるのです! 悪いと暴れます!」

「暴君親子ね!!」


 誰がなんと言おうが、ルアンはレアンの娘だ。


「シヤン!! ルアン様のために、この先の街で桃を買ってくださいませ!」

「はぁー? まぁ、いいけど」

「至急お願いします! 急いでください!」


 メイドウは馬車から身を乗り出すと、シヤンに救いを求めた。


「ルアンに桃だな。わかった! うおおおっ!」


 あっさりとシヤンは引き受けると、走り出す。


「シヤンさん!? 馬に乗ればいいのに……」


 自分の足よりも、馬の方が断然早い。スペンサーがギョッとしている間に、前方のレアンが乗る馬車を過ぎて、シヤンは声が届かない距離に行ってしまった。


「単細胞だな、ほんと」

「追いかけましょうか?」

「ほっとけ。走らせていればいい」


 ルアンは呆れて、スペンサーに追わなくていいと伝えた。

 しかし、そのうち、戻ってくるだろうと思っていたが、一時間経ってもシヤンは戻らない。

 ルアンの機嫌は、すこぶる悪くなった。馬車の中は息がしずらいほど重くなり、むっすりしているルアンが暴れだすことを、同乗者は心配する。

 結局、街に着いてしまった。


「スペンサー! あの単細胞を早く見付けて!!」

「誰が単細胞だ!!」


 馬車を止めてからメイドウが飛び出すが、シヤンは近くにいる。

 桃にかじりつきながらもメイドウを睨み付けるシヤンの隣には、紺色のドレスを身に纏う美女がバスケットを抱えて立っていた。中には桃が数個ある。

 少し不機嫌そうにしかめた美女とシヤンを見比べて、ルアンは首を傾げた。


「ルアン、依頼だ」


 バスケットから桃を一つ取り出して、ルアンに渡しながらシヤンは言う。

 自警組織ガリアンに、依頼の仕事。


「何を言っているのですか! この街は通過点に過ぎません。レアン様達が先を行ってしまいます!」

「依頼者は丁重に扱えって、ルアンが前に言った」


 メイドウに怒られるが、シヤンはシレッと言い返す。


「スペンサー。ボスに少し遅れるって伝えてきて」

「はーい!」


 ルアンの指示で、スペンサーはすぐに馬で先を行く馬車を追いかけた。


「お姉さん。話を聞くので。桃、冷やして切ってくれませんか?」


 ルアンは渡された桃を、美女に差し出して微笑んだ。

 すると不機嫌そうにしかめた美女の表情が、ふっと緩む。肩が下がったのをルアンは見逃さなかった。 

 ルアンの決定を覆すことの出来ない一同は大人しく、美女が一人暮らしするアパートまでついていく。

 御者をしていたゼアスチャンとピアースは馬車に残り、メイドウとクアロとシヤンがルアンの指示で中に入った。

 美女の名は、アトリシア。艶やかなダークブラウンの髪が、美しい顔を包んでいる。


「この人にも言いましたが、その……ストーカーに困っているのです。同じ職場の男性で、ただ挨拶をするだけの間柄だったはずなのに……あの男っ!」


 ルアンのギアで軽く冷やした桃を切り分けていたアトリシアは、グサリとナイフを突き刺した。

 ソファーに並んで座っているクアロとメイドウは、ビクリと震える。

 ルアンは気にせず、既に切られた桃を堪能していた。


「ただ社交辞令でニコリとしただけで、わたしが好意を持っていると思い込んで、なんなの!! 一言も話をしたこともなかったじゃない! わたしが自分を愛しているなんて言い出して、身の毛がよだつこの気持ちわかりますか!? 行きも帰りも後ろをついてきて、夜も眠れない! いつになったら結婚してくれるんだって、ここ最近言い続けてきてもうっ! もう限界なんです! だから、ガリアンのコートを着た彼に、相談をっ!」


 アトリシアは涙を堪えて、打ち明ける。職場の男性に付きまとわれて、婚姻を迫られている悩みを抱えている最中に、シヤンを見付けて相談したのだ。


「話を聞いていると……すごく深刻そうですが……」と、メイドウはちらりとクアロに目を向ける。


「……暴力を振られたとか、家に侵入されたとか……そういう被害がないなら、監獄に入れられませんよ?」


 クアロは事実を話す。

 実際、暴力を受けたならその罪で投獄は出来るが、現状ではただの執拗な求婚にすぎない。

 アトリシアは顔を歪めて、恨めしそうにクアロを睨み付ける。

 そこで甘い甘い果実を堪能していたルアンが、クアロの腹に右の拳を叩き付けた。


「殺人事件になってからじゃあ、遅いのよ」

「ぐうっ、なんで殴るのよ、ルー! 無理でしょ! つきまとうだけで罪にならないでしょうが!」

「本人は命の危機を覚えているのだから、最善を尽くすのが正義でしょ?」


 言いながら、ルアンはまた桃を一切れ、口の中に入れる。

 クアロは少しルアンを見直した。ルアンの口から、正義という言葉が出るとは意外だ。


「ルー……。でも、どう対処するのよ?」

「気色悪いストーカーなんて、葬ればいいでしょ」

「正義じゃない! 限りなく悪だ!!」


 限りなく悪に近い正義。

 ルアンはクアロが正義とはなにかと言い出す前に、「冗談」と片付けた。


「最悪、殺人事件に発展しかねないのは本当。このストーカーは、妄想型。自分に自信がない上に孤独、お姉さんみたいに美人には相手にされないから、ただ高嶺の花を眺めて憧れているだけの男だったはず。でも笑顔を向けられて、自分が好きだと勘違いし始めた。妄想は加速して、会話をしてもいないのに触れることもしていないのに、愛し合っていると思い込む。同居を始めたと言い出して、ここに出入りし始めるかもしれない」


 ルアンが淡々と言えば、アトリシアもクアロもメイドウも想像をして青ざめた。


「気持ち悪いでしょ? でもお姉さんが耐えられず、自己防衛で刺し殺しても、今の法律で罰を受けるのはお姉さんになってしまう。かと言ってお姉さんが耐えながら拒絶していても、あっちが刺し殺しに来てしまうかもしれない」


 それが、最悪な末路。

 吐いてしまいそうなほど、青ざめたアトリシアに、ルアンは優しく笑いかける。


「お姉さんは悪くありません。美人は狙われやすいし、異性から好意を向けられることも多い。一人暮らしをすれば警戒心を高め、だから身を守るためにクールな壁も作る。お姉さんはあまり愛想を振り撒かないようにしているでしょう? 冷たい印象を抱かれても、それで身を守ってきた。つきまとわれても、お姉さんに非はありません。だから、助けます」


 モテたくて愛想を振り撒き、思わせ振りな仕草をするような女性ならば、自業自得。

 しかし、アトリシアは真逆なタイプ。シヤンやルアン達にも、警戒心を剥き出しにしていた。それほど追い込まれているアトリシアに、ルアンは助けると優しく伝えて警戒心を緩めさせる。

 ルアンが笑いかければ、アトリシアは少し安堵を覚えるようで肩を下げた。


「でも、ルアン。投獄すれば、証拠がないって裁判沙汰になるわよ?」


 自分が無実だと言い張る者は、国王に申し立てる。罪の証拠がなければ、国王の命令で釈放しなければならない。逆に証拠があるのならば、無罪だと喚いていても国王は釈放を認めない。それが裁判。

 面倒なそれが起きないように、目撃者の証言や証拠品は確保している。

 今回は、投獄に値するほどの罪の証拠がない。


「簡単よ。相手は、妄想癖で孤独でクズの男。ビシッと言って、圧倒的な力を見せ付けて、近付けばどうなるかを脅迫すればいい」

「限りなく悪の正義じゃない!」


 妄想型のストーカーの対応は、力業で解決するつもりだ。


「シヤン、どう?」

「ん? まだ通りにいるぜ」


 シヤンは窓辺に座って、例のストーカーを見張っている。アトリシアがシヤンに声をかけた時点で、既にストーカーはいた。他の男といることに嫉妬し、苛立った様子だ。しかし乗り込む勇気はなく、アパートの向かいの道端に立っている。気弱な証拠だ。


「シヤン、クアロとゼアスチャンを連れて忠告してきて。聞いた通り、お姉さんはアイツのせいで怯えている。傷付けられるのも時間の問題よ。今すぐ求婚を止めないと、ガリアンが鉄槌を下すと伝えてきて。危害は加えてはだめよ。直接触れなければ、なにしてもいいわ」

「おう! わかったぜ! 任せとけ! 行くぞ、クアロ!」


 ルアンの指示を受けて、シヤンはやる気満々で窓辺から降りると、玄関を飛び出した。


「脅迫なら適任だけど、やり過ぎたらどうするのよ……」

「それを止めるのが、クアロとゼアスチャンの役目よ」

「あーもう、はいはい」


 シヤンが暴れ始める前に、クアロは渋々追いかける。

 ルアンは窓辺に行くと、また冷たい桃を口に入れた。そのルアンの後ろに立ち、アトリシアも外を覗く。

 クアロとシヤンは御者台で待っていたゼアスチャンに説明をすると、三人で向かいに立つストーカーの男に歩み寄る。


「身長はそう高くもないし、貧弱そうな体型だし、猫背だし、顔は並みの下だし、いいところなしの外見。なのに、お姉さんに愛されると妄想するなんて烏滸がましいにもほどがありますね」


 三人に怯えて逃げようとしたストーカー男を見て、ルアンは静かに嘲笑う。

 ストーカー男の逃げ場を、戻ってきたスペンサーが馬で塞いだ。空気を読んだらしい。

 ここからでも聞こえてしまうほど、シヤンの怒号が響いた。目付きが悪く声の大きいシヤンの牽制は、効果抜群。


「お姉さんは幸運でしたね。シヤンは目付きが悪くガサツですが、女性を犯罪から守りたいと強く思っているガリアンメンバーです。ああいう男に惚れられた方が、よっぽどいいですよね」


 一口、桃を食べる。

 シヤンは光の紋様を書くと、光の矢を降らせて囲う。ストーカーは心底震え上がっていて、ルアンは笑みを深めて嘲た。


「身の危険を感じたら、ガリアンへ。私の兄ラアンの名を出してください。保護してもらえます。お礼を言うなら、彼に。シヤン・フレッチャタです」

「……はい、ありがとうございます」


 アトリシアは、ルアンに一度頭を下げる。それから部屋を出て、シヤンの元まで行った。


「……なんですか? まるで、シヤンをお勧めするようなことを言って」

「お勧めでしょう? あんなストーカーより」


 メイドウもルアンと同じ窓を覗き込んだ。

 ストーカーは、転倒しながらも逃げていく。

 シヤンの元に、アトリシアが来た。そして、頭を下げる。

 その様子を見て、ルアンはクスクスと笑う。


「シヤンには、いい女過ぎるかな? 面白くなりそう」


 アトリシアの頬が赤く染まっている。恋に落ちたことはわかった。

 シヤンに想いを寄せる美女の登場に楽しいことが起きる予感がするが、残念ながら長居はできない。王都から帰ってきてからのお楽しみだ。

 桃を食べ終えてから、アトリシアにわかれを告げて、街を出た。


「効果はあったみたいだけど、本当に彼女は大丈夫かしら?」


 馬車に揺られながら、クアロはルアンに問う。


「私の署名入りの手紙も渡したし、ラアンの元に行けば保護してもらえる。あの男が懲りずに、彼女の前に現れることはまずないわ」


 シヤンの脅しは、効果覿面。ストーカーは妄想ではなく、悪夢を見るだろう。


「それで、メイドウ。着飾って見初められた結果、あんな男みたいな貴族にストーカーされたらどうするのかしら?」

「うっ……き、貴族が皆、あんな男なわけありませんわ」

「こんな幼女に惚れる男は異常だって言っているのよ。城には仕事で行くの。はしゃがないで」


 ルアンに貴族を射止めさせようと張り切っていたメイドウ。静かに釘を刺されて、しょんぼりと俯いた。


「……中身知ったら、全員尻尾巻いて逃げるわよ」


 クアロは頬杖をついて言い切る。


「……そうね。……普通は」


 ルアンはぼやくように小さな声を漏らしながら、馬車の横を馬で歩くスペンサーを視界に捉えた。

 また視線が合うその前に、ルアンは瞼を閉じる。


「そうだ。メイドウ」

「はい、なんでしょう」

「マンゴー、食べたい」


 また果物の要求に、メイドウはギョッとして顔を上げた。


「さ、さっき桃を食べたばかりではっ」

「今。マンゴー。食べたい」


 ルアンは要求を押し付ける。


「っ! スペンサー!! ルアン様のために街に戻り、マンゴーを買ってくださいまし!!」

「了解しました!!」


 メイドウはドアを開けて、スペンサーに頼んだ。スペンサーは直ちに引き返した。




20151002

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