66 光封じの実験。
スペンサーの逃亡を気にせず、ルアンは後ろを振り向く。椅子を二つ並べて、シヤンはくーすかと眠っていた。
「あれ? スペンサーがいない?」
顔を洗って戻ってきたクアロは、タオルで拭いながら首を傾げる。
「時間まだあるし、ピアースさんみたいにクアロも一回帰って着替えてきたら? みっともないよ」
「そうね。帰るわ。あれ、でもアンタ、来るの早いわね?」
「やることあるから」
「そう……じゃあシフトまでには帰りますー」
その場にいるゼアスチャンにもクアロは伝えて、一度帰宅した。
「さてと……行きましょうか。実験をしに」
「はい。ルアン様」
シヤンは置き去りにして、ルアンはゼアスチャンを引き連れて廊下を歩く。飲んだくれ男が多いガリアンに、朝早くからいるメンバーは少ないため、静まり返っていた。
ルアンは立ち止まった部屋の主が来ていることを知っている。ルアンは彼と来たのだから。
「父上」
ノックをしてから中に入ったルアンは、手錠を見せた。
「実験、手伝ってください」
「……さっさとしろ」
予め、許可は貰っている。
チェアに座ったレアンの元まで歩んでいく。
「光封じの手錠は、ディフェシオという名の防の紋様を刻んだもの。光を流し込むだけで、発動は可能。通常の光ならば、一日は持続します。光を出さないギア。手錠をかけた者のギアを発動させません」
言いながらルアンは、父親の手首に手錠を嵌めた。レアンはただ、黙って見ている。
「光が多い体質である私が試したところ、びくともしませんでした。しかし、父親は更に光を多く持つ体質。これは父上にもこの手錠が効くかどうかを確かめるための実験です。当然、国王陛下も疑問に思うはずですからね。レアン・ダーレオクには使えるのか、とね」
プレゼンの準備中に、備えておかなければならない答えを見付けた。ルアンも前々から疑問に抱いていたもの。だが、流石に父親であり、ボスであるレアンに、そう容易く手錠をかけられなかった。今回は立派な理由が出来たため、ルアンは躊躇なく手錠が刻まれた模様に光を注ぐ。
「問題は、光封じが抑えきれない光の量の場合……どうなるかはわからないということです。爆発して腕が傷付く可能性もありますよ」
そう言って、ルアンはにこりと笑う。爆発もあり得る。それを知ったレアンがどんな反応をするのかと、翡翠の瞳を細めて見上げた。
「……おい。ゼアス」
レアンは顔色一つ変えず、ゼアスチャンに顎で指示する。爆発が起きて怪我をしないように、ルアンを下がらせた。
ゼアスチャンが間に立って、ルアンの壁になる。
それを見て、レアンは手錠を目にやった。次の瞬間、光が瞬いて手錠は粉々に弾け飛んだ。
光が膨大すぎる光の持ち主だからこそ、模様を描かずとも光を自由に操れる。さながら、念動力。故にレアン・ダーレオクは最強。
光封じを打ち破り、手錠を吹き飛ばした。同時に光で包み守ったらしく、腕は無傷だ。
「王に言っておけ。オレの力は封じられないとな」
言い放って、レアンはふんぞり返った。
「はい、父上。我が父は最強のギア使いだとお伝えします。ご協力をどうもありがとうございました」
ルアンは笑って、部屋を出ようとする。だが、レアンが引き留める。
「王の前では、猫被っておけ」
レアンがそんなことを言うとは珍しい。
「滞在中は猫を被っておきますが、それがなにか?」
「……お前、何故王がガリアンの存在を認めているか、知っているか?」
ルアンは、首を傾げた。
「ガリアンが城を崩壊させられるギア使いの集団だから、ですよね」
「ああ。だから監獄を所有していても認めている。敵に回したくねぇから」
手練れのギア使い揃いの自警組織ガリアンは、一斉攻撃を仕掛ければ城を崩壊させられることも出来る。
だからこそ、国王は存在を認めた。
「こっちには微塵もそんな気はねーが、今も警戒してやがる」
「……街の治安を守るための組織だというのに、無駄な考えをする国王陛下だこと。つまり、無駄に警戒させないために、私はいかにも無害だと示せばいいんですね」
肩を竦めつつルアンは、レアンが言いたいことを理解した。
「……努力しまぁす」
少し企んだ微笑を浮かべながらも、頷いて見せて、レアンの自室を出る。
「ルアン!」
廊下を歩いていけば、ラアンが自分の自室から飛び出した。
「おい、クアロ達は……いねーな」
周りを睨むように確認してから、ラアンは握っていた封筒を突き付ける。
「こ……これ……」
「……なに、これ?」
「読むなよ!」
手紙らしい。読むなと釘をさされ、ルアンはなにかと兄を見上げた。
「そ、それをな……その……城の女騎士、ロニエルに渡してくれ」
絞り出すように言い終えたあと、ラアンの顔がじわりと赤く染まる。
ルアンが見上げると、ラアンはわなわなと震えた。
「やっぱり聞かなかったことにしてくれっ!!」
手紙を取り返そうとしたが、ルアンはひょいっと避ける。
「お兄さんの好きな人なの?」
問うと、湯気が出そうなほどラアンの顔の赤みが増した。
「そ、そそ、そう言うわけではないぞ!! 返せ! 返せ!!」
また取り返そうとしたが、ルアンは後退りをしてラアンの手を避ける。
「お兄さんに想いを寄せる人がいたなんて……全然知らなかった」
俯いて、悲しげな表情をした。ラアンはピタリと手を止める。
「私に……教えてくれないの?」
うるり、と翡翠の瞳を潤ませる。
ビクリと震え上がったラアンは、たちまち青ざめた。
「いや、教えるぞ! 教えてやるから! ルアンから、ちゃんと渡してくれ!」
「どんな人? 美人? 手紙読んでいい?」
「読むのは止めてくれ!」
ケロッとして質問をすれば、ラアンはまた真っ赤になる。
「び、美人だな……外見もそうだが……心も美しい女性だ」
「……」
「……」
「……」
「……っ」
ルアンが黙れば、ラアンは恥ずかしさでわなわなと震えた。
「お兄さんは、本当に父上の息子?」
「なんで疑う!? どう見ても血が繋がっているだろ!」
「父上なら、口が裂けても"心の美しい女性だ"とは言わない」
「確かに言いそうにもねぇが!」
冗談は置いておく。
「この国に女騎士がいるんだ? 興味あるな。剣術が優れた王の騎士だから、強いんでしょ」
「……ああ、かなり強い」
ニッ、とラアンが誇らしげに笑みを浮かべた。それを見て、ルアンの興味はまた膨れる。
「ちゃんと渡しておく」
「おう、頼んだぞ。……あ、近衛騎士の隊長の前では渡すなよ? 見せるなよ? 絶対!」
「隊長に? ……ドロドロの三角関係?」
「犬猿の仲だからだ! ドロドロ違う!」
「わかりましたぁ」
笑ってルアンは、自分の部屋に向かって歩き出した。
「ラアンに春ねぇ……。やっぱり巨乳美女かな?」
レアンは巨乳美女好き。
ラアンの好きなタイプが、同じかどうかも気になるところだ。
「ロニさんのことッスか? 彼女は美人さんですよ。巨乳かどうかはわかりませんが」
答えたのは、階段に立つスペンサーだった。
6本の薔薇の花束と、様々な花の豪華な花束を抱えている。
「今のルアンさんは、まだ会ってないんスね」
「……」
未来男が未来で会ったことがあるという口振り。冷めた視線を送ると、ルアンは発言を無視して花束を指差した。
「なに、それ」
「あ、これ、さっき寝惚けたお詫びを含めたものです……」
スペンサーは片膝をつくと、薔薇の花束を差し出す。
「う、受け取ってください」
薔薇並みに頬を赤らめた。
ルアンは平然と受け取ると、もう一つの花束に目をやる。
「そっちは?」
「こ、こっちは……花屋さんからです。王様の招待のことを話したら、お祝いに貰いました。……オレより豪華……」
「アンタなぁ……言い触らすなよ」
「世間話でつい……」
花屋からの花束は、ゼアスチャンに持ってもらう。スペンサーが引け目を感じるように、その花束はルアンが抱えられないほど大きい。
向日葵を囲うように、紫色の様々な花が差し込まれていた。その周りには白やピンクといった明るい色の花が飾ってある。ルアンは、紫色の花を見つめた。
「……こんなの、貰ってくるなよな。めんどうなんだから」
「せっかくのご厚意なのに」
「情報漏洩は止めろ。犯罪者どもに、ボスの留守を公表するな」
「ごっ、ごめんなさい! 以後気を付けますっ」
叱られてしょんぼりと肩を竦めるスペンサーを、ルアンはじっと見上げる。
「ん? なんスか?」
「二日酔いは治ったの?」
スペンサーは、嬉しげな笑みを浮かべた。
「心配してくれたんですね、嬉しいッス!」
そんなスペンサーに合わせるように、ルアンは優しい微笑みを返す。スペンサーがそれに赤らめたが、お構いなしに言い放つ。
「酒に呑まれる男なんてみっともない」
「!?」
有頂天にして突き落とす。それを済ませたルアンは、ご機嫌な足取りで自室に戻る。花を飾ったその部屋で、実験の成果を書き留めた。
それから、クアロ達が門番を務める監獄に足を運んだ。
入り口から廊下を真っ直ぐ歩いた先の一番奥の牢。
ルアンの訪問に気付いたベアルスは、手錠をつけた手を膝に置いて椅子に座り待ち構えていた。
「やぁ、ルアンお嬢。会いに来てくれて、嬉しいよ」
いつもの挨拶は聞き流し、ルアンは留守になることを、その理由を話す。
しかし、ベアルスは微塵も驚かなかった。国王陛下に呼び出されることは、予想できていたと言わんばかり。
「会えない間の分だけ、土産話を持って帰ってくれるのだろう? 寂しいけれど、楽しみに待っているよ」
「ふーん? 大人しく待っているつもりなの? ベア」
「当然だよ。僕がここにいなかったら、君は悲しくなってしまうだろう?」
微笑みを浮かべ合いながら、腹の探り合いをする。
どこまで本気なのか、どこまで疑っているのか。
なにかを企んでいないか。待つことに何のメリットがあるのか。
指先まで見張って、互いに心情を探る。先に動いたのは、ベアルスだ。
「なんなら、僕を連れてってみるかい? 僕の投獄で王都も影響を受けただろうしね」
「ふぅん? あなたの顧客は王都にもいたの」
「ふふ」
犯罪者相手に武器売買をしていたベアルスが、初めて取引相手の情報を口にした。
ルアンは表情を変えず、ベアルスは笑みを深める。
その情報提供の意図は、何か。連れてってもらえるとは思っていないだろう。
ベアルスの頭脳ならば、脱獄は何通りも思い付けるはず。それでもベアルスは取引相手の口止めを恐れ、仲間と共に檻の中に居座っている。
ならば、王都にいる犯罪者を捕まえろと暗に言っているのか。
「名誉を得たなら、次は大人の階段を登らないといけないね。結局、例の殺人鬼に手を下したのは、君ではなくレアン・ダーレオクだった。遅かれ早かれ、君自身手を下す時が来る。この旅で来るかもしれないよ。その時は、自分の手を振り下ろすべきだ」
ベアルスのライトグリーンの瞳は、檻の前で腕を組んで待つゼアスチャンを一瞥した。
以前からそうだ。あわよくば、ルアンを仲間に入れたいと企んでいる。
やむ終えずに手を下すことになったあとのルアンを、誘惑する気なのだ。付け入る隙を虎視眈々と待っている。
ルアンは嘲笑を浮かべた。誘惑できるものならば、してみろ。そんな挑発を返す。
「いってらっしゃい、ルアンお嬢」
「いってきます」
そのやり取りを済ませて、ルアンはあとにした。
ベアルスが脱獄を匂わせないなら、一安心。泥酔常習者の幹部が、ラアンの足を引っ張らなければ安心だ。トラバーなら、まだまともだから、残るなら彼の方がいい。
監獄の次は、トラバーの自室へ足を向かわせた。
中に入ると、机の上に書類が山積みにされていて、酒瓶が転がっている部屋。黒革のソファーに、トラバーは横になっていた。整った顔立ちのトラバーの額は赤く腫れていて、氷を当てて冷やしている。
「ルアンちゃぁんー。看病してくれる?」
甘えた声を出すトラバーに、ルアンは冷めた視線を向けた。
「飲んだくれて転んだのですか?」
「君のお父さんが投げつけたグラスの角にぶつかったんだよ」
「父上を怒らせたのですか?」
「舞踏会で君と踊るの楽しみだって言っただけだよ。もう、過保護だよね」
怪我の原因は、レアンだ。
将来ルアンに手を出そうとするゲスな幹部相手には、過保護にもなる。中でもトラバーは優男に見えて、かなりの女たらし。女性関係トラブルをよく起こす。
「それでオレじゃなくて、デイモンを連れていくって言い出しちゃって! ルアンちゃんから言ってよー。怖い目付きのデイモンより、オレに一緒に来てほしいって」
城に向かうメンバーが、変更された。ルアンはにっこりと優しく微笑むと、赤い腫れに触れる。
トラバーは甘い微笑を返して、ルアンの手を握ろうとした。ルアンは避ける。
「デイモンさんに来てほしいです」
「えっ!?」
「ラアンと一緒にお留守番をよろしくお願いします」
ぺしり、とルアンは腫れを叩く。トラバーが怯んだ姿を嘲笑って、部屋を出た。これで心置きなく、旅に出られる。
ルアンは背伸びをして、窓辺から監獄を見下ろした。
「寂しいですか?」
ずっとそばにいたゼアスチャンは、静かに訊ねる。
「私の監獄ですからね」
それだけを答えた。
翌日。一行は城を目指して、エンプレオスの街を出ていった。
20150728