65 祝杯と未来話。
ダーレオク家の使用人が腕を振るった料理を堪能したあと、クアロとピアースはガリアンの館に戻った。
大半の部屋は休憩室に使われる。したっぱが自由に使える部屋は、主に一階。ルアンの自室もまた一階にあるため、最近はその付近の部屋は避けられて使われていない。
スペンサーが祝杯の部屋に選んだのは、ルアンの自室の隣だ。4分の1のサイズだが、それで十分。机を三つ並べて、椅子を用意した。
ピアースの誕生日と、ルアンの名誉を祝って、スペンサー、クアロ、シヤン、ゼアスチャンの五人は乾杯をした。
一杯目の酒を飲み干したスペンサーは、息を勢いよく吐く。
「結局ルアーさん、来ないんすかぁ!? ルアーさん、冷たい……」
「仕方ありませんよ、子どものルアンさんにはこういう付き合いは苦でしょうし。クアロくんとシヤンくんも、無理しなくていいですよ?」
ピアースは微笑んでフォローした。
「いえ、私達年下は酒注ぎによくこき使われていたんで、大丈夫ですよ」
「俺は食いモンあればいい」
クアロはジュースを飲み、シヤンはダーレオク家の夕食の残り物である手羽先にかぶり付く。
飲んだくれの男が多い組織。飲み会で相手することには慣れている。
「あれ? ピアースさんは酒飲んでないじゃないですかー! 飲んでくださいよ! 主役の一人でしょ! 飲めー!」
「僕は禁酒中ですので。あ、スペンサーくんとゼアスチャンさんはどうぞ飲んでください」
もうアルコールが回っている様子のスペンサーを、それとなくかわしてピアースはスペンサーとゼアスチャンに酒を注いだ。
「あ、お酒を注ぐ役目は私やりますよ。それにしても、王様に招待されちゃうなんて、本当にルアンはすごいでしよね」
誕生日の主役に注がせられないとクアロは注ぐ役目を奪って、話題を持ち出した。
「本人のルアンは、いつも通りだったよな」とシヤンは、二本目の手羽先に手をつける。
「でも……なんだか不機嫌そうに見えませんでしたか? 溜め息をついて、肩を竦めてました」
自分の顎に人差し指を当てて、ピアースは思い出して言う。
「そうッスね、ちょっとオレに八つ当たりしてましたね」
「いつものことじゃない?」
「今日は攻撃力アップしてましたよ!?」
冷めた目を向けるクアロに、スペンサーは必死に訴えた。
「仕事中、特段不機嫌な様子はなかったがな……」
ゼアスチャンは呟きながらも、なにかを見逃していないかと振り返る。しかし、ゼアスチャンはルアンの不機嫌な素振りを感じなかった。
「ほら」とクアロは、更に冷めた目をスペンサーに突き刺す。
「攻撃力と言えばよ、ただでさえギアがつえーのに、格闘がやばくなったな! ルアンはさ」
シヤンはルアンの格闘について褒める。
「あの子、日に日に殺傷能力増してるわよね。……アンタのせいで」
「オレはルアンに言われた通り、毎日格闘の相手してるだけッスよ。戦いながら学んでるみたいッス」
「やっぱり天才ですよね、ルアンさん」
「そんなルアンが、未だに勝てないコイツはすごいんだかよくわからない」
「オレも褒めてくださいよ!」
褒められないと嘆くスペンサーを、ピアースは肩を撫でて慰めた。
「ルアンの奴さ、前まで銃を持ってたよな? いつからナイフに持ち変えたんだ?」
疑問に思ったことを聞きながら、シヤンは一つの短剣を机の上に置く。
「あ、それ、ルアンからの誕生日プレゼントでしょ。私は銃」
スペンサーに三杯目の酒を注いでから、クアロも銃を机の上に出す。
「ピアースさんは、何貰いました?」
「あ、僕は医学の本を頂きました」
「ずるいですよみなさん!!」
「またそれ?」
スペンサーは涙を堪えて、三杯目を飲み始めた。
「オレもルアーさんから誕生日プレゼント貰いたいぃい!!」と不満の声を上げるが、クアロ達は無視をする。
「あの子、銃の腕前もよかったわよね?」
「前、宙に浮かせた空き缶に三発ぶちこんでたよな……」
「神様からいくつ、才能もらったのかしら。……むしろ、悪魔から貰ったのか」
ルアンの射撃の腕前も天才的だと、シヤンとクアロは遠い目をした。
「銃からナイフに変えたのは、ルアン様の身軽さを活かすためだ」
携える武器を変えた理由を、ゼアスチャンが話した。
「体格や筋力は劣るが、身軽さによるスピートがルアン様の武器となる。ナイフを使った戦闘にも慣れるおつもりなんだろう。そのプレゼントも、守りに強いクアロには中距離攻撃の銃を。攻めに強いシヤンには近距離攻撃のナイフ。効果的な武器を与えたのだろう。流石、ルアン様だ」
ゼアスチャンの静かな声に耳を傾けたクアロ達は、納得して頷く。そして武器をしまう。
「ルーはどこまで強くなるつもりかしら……」
「まだまだッスよ。10年後……いや、9年後のルアーさんは更に強いッス。今、負けてられません」
三杯目が進まなくなったスペンサーが、机にへばりついたままへにゃりと笑えみを溢す。
「また未来から来た話? いい加減にしなさいよ、アンタのそれ、信憑性ないから」
「ええ!? ホラ話してると思ってるんすか!?」
自称未来から来た男、スペンサー。ルアンもクアロも、信じてはいない。
「私はスペンサーの言う未来を信じている」
ゼアスチャンは、信じている。
「未来から来たなら、犯人が誰かくらい言い当てろよな。一度もねーじゃん」
「いやいや、10年前の事件なんて、オレは詳しく知らされてませんし」
シヤンは疑って言い放つが、スペンサーは左手を激しく振る。
「あ、ほら、でも、ルアーさんが王様に招待されたことに驚いてませんよ。知ってましたもん」
「あとからならいくらでも言えるでしょ。ピアースさんは?」
「え? 僕は……どうでしょう」
「ピアースさんまで!?」
ピアースは苦笑を溢す。ゼアスチャンにしか信じてもらえていないと知り、スペンサーは突っ伏した。
しかし、立ち直りの早い男。アルコールも回っているため、勢いは強かった。
「ならば、ちょっぴり、未来のことを話しましょう!!」
机をバンッと叩き、立ち上がって高々と言った。
「未来のルアーさんにはっ――――自称、婚約者が多数います!!」
ガクリ、とシヤンとクアロは項垂れる。
「なにをバカなことを言い出すのよ」
「自称ってなんだよ、おい」
「だって、自称なんすもん。一方的にルアンさんの婚約者って名乗ってるんすよ」
「あ、でも、将来は美しい女性になると思いますから、多くから求愛されててもおかしくないかと」
ピアースはおかしな話ではないと考えた。ゼアスチャンも頷く。
「そのとぉおおり!! そして自称婚約者の1人こそは、殿下のことなんですよ!!」
またスペンサーは机を叩く。倒れかけたグラスを、シヤンは間一髪キャッチした。
「あの悪魔っ子に、王子が求婚!? んなわけないでしょ!」
「そうだ! 世の中にはベアルスみたいなロリコン野郎ばかりじゃねーんだぞ!!」
「ちょ、出会い頭に求婚するとは言ってませんよ!」
クアロとシヤンの思わぬブーイングに、スペンサーはビクリと震えつつも誤解をとく。
「今回がファーストコンタクト! 会う度に親しくなって、そして王子が求婚! なんて展開になるんす! だからこそ!! だからこそ親しくなるのは阻止してくださいお願いします!!」
ダンッ! と机に足が置かれた拍子に、ピアースのグラスは落ちた。
「スペンサーくん。足は置いちゃだめですよ」とだけ注意する。
「過去に来たからには、自称婚約者を遠ざけてやります!! でも城には行くなと命令されたんで……どうか……どうかクアロさん達が止めてくださぃいいうえぇえ!」
「泣き付くな!!」
クアロにしがみつき、酔っぱらいのスペンサーは泣き出した。
「城に滞在していても、そう容易く殿下と接触する機会は多くはないだろう」
「ほんどうですかぁあゼアスざんん」
次はゼアスチャンにしがみついたが、クアロが強引に椅子に戻す。
「婚約者排除なんて、器の狭いことするのね」
「未来のルアーさんを知らないからそんなことが言えるんすよ! 今の幹部より、質悪いッスよ!」
「……未来が恐ろしくなったわね」
将来有望なルアンを狙うゲスな幹部が一部いる。ルアンは相手にもしていないが、それよりも質が悪いならば、阻止したい気持ちもわからなくもない。
「未来のルアンって、最果ての女王様なんて呼ばれちゃってんだろ? 今のルアンがまた強なったって感じだとは想像できるけどよぉ。スペンサーはまじで好きなわけ?」
「なーに言っちゃってるんスかぁ。あくまで一面。本当は誕生日を祝ってくれる可愛い娘じゃないスか!」
シヤンの質問に、スペンサーはにやけた顔のまま言った。
「氷の殺人鬼の件の時だって、遺族と向き合ったルアーさん……親想いのいい娘だったじゃないスか。ルアーさんの誕生日だって、隣の街からプレゼントが来るほど感謝されてたじゃないスか」
その時のルアンを思い浮かべるスペンサーの瞳は、輝きを灯す。
「もう、好きですっ……」
耳まで真っ赤にした。それはアルコールのせいだけではない。胸を押さえて、また机に突っ伏すると、恋煩いの溜め息を吐いた。
「ああ、好きぃ……ルアーさん……好きだぁ、好きぃ」
ルアンへの気持ちが口からただ漏れになるスペンサーを、見ていられないとクアロもシヤンも目を背ける。
スペンサーの恋が理解できないわけではない。だが、悪魔な面がちらつく上に、七歳のルアンに恋愛感情は抱けない。よく冷めないものだと、思う。
「しかし……スペンサーの言う未来とは違うものになるかもしれない。ルアン様は、未だに幹部になるおつもりはないようだ」
ゼアスチャンが、冷静な口調で告げる。
未来から来た男いわく、ルアンはゼアスチャンの代わりにガリアンの幹部となっているらしい。だが、今現在のルアンは、やる気がない。
スペンサーは起き上がると、後ろに立つゼアスチャンを見上げてニッと笑みを深めた。
「ルアーさんは絶対になりますよ!」
そう確信している。
「でも、ルアンは頑固よ」とクアロは口を挟む。ならないと言い張るルアンが、考えを変えるとは思えない。
「頑固なルアーさんが、幹部になると決意する何かがあるんじゃないッスか? 9年後までに、ルアーさんは幹部になります。それがなにか、知りたくありません? オレ、それを知ることが出来ると思うと、幸せッス!」
「……ルアン様が……幹部となる決意をする瞬間か……」
無責任に幹部を務めるようなルアンではない。強い意志があってこそ、幹部となったはず。そのきっかけがある。
興味深いとゼアスチャンは、顎に手を当てて推測する。
クアロ達も、各々で想像してみた。
「この旅で、ルアーさんのことをもっと知ることが出来ると思うと……過去に来れて本当によかったッス! ルアーさんのことをたくさんたくさん知ることが出来て、もっと好きになるんだと思うと、幸せすぎますー!」
スペンサーは綻んだまま、のろけ始める。それはネタが尽きることがなく、祝杯はスペンサーののろけの会となってしまった。
鈍い痛みを感じる額に、冷たいものが押し付けられた。冷えた水が入ったグラスだと何となくわかり、手に取りグビッと一口飲んだ。眩しい光を感じて、スペンサーは目を開く。そのグリーンの瞳に映ったのは、白い光に包まれたルアンだった。
途端にスペンサーは、口元を緩ませる。
「るあーさんの……ゆめだぁ……」
ポツリと漏らして、見つめた。小さなルアンの顔を包むような短い髪は、白い光で橙色に透ける。大きく丸い翡翠の瞳は、その心を表すかのように純粋な光が見えた。
スペンサーは、小さなルアンに手を伸ばす。ふっくらした頬を、摘まんでしまいたい。通りすぎて、短い髪に触れた。
「うわ……やわらけ……夢なのに……リアル……」
心地のよい髪に、いつまでも触れたくなる。
「ずっと……触っていたいなぁ……」
スペンサーは両手を伸ばすと、机から身を乗り出して、ルアンを抱き締めた。
愛しくて、愛しくて、堪らない。
「夢なら、いいッスよね……?」
柔らかそうな唇の感触が知りたくなり、スペンサーはルアンと顔を合わせる。そして唇を近付けようとした。
しかし、触れることを阻むように何かが止める。目を丸めてスペンサーが見てみれば、横にはゼアスチャンが掌を差し込んでいた。
スペンサーは、ルアンに目を戻す。白い光は窓から差し込む朝日だった。
夢ではない。現実だ。ルアンに、触れてしまった。そして抱き締めてしまった。更には口付けまでしようとしてしまった事実に、赤面したスペンサーは。
「すんませんでしたっ!!」
謝罪をして逃亡をした。
全力で走ったスペンサーは、二日酔いで気分が悪くなり、道端に座り込んだ。
「やべぇえっ! やっちゃったよおいっ! はずかしっ!」
そして、赤面したままのたうち回った。ふと、ピタリと止まる。
「……ルアーさん、超柔らかかった……」
思い出して、耳まで真っ赤にした。
「いい匂いしたっ……触っちゃったっ……うわー! うわー!!」
今度は悶えながらのたうち回る。
「ん? じゃあ水を持ってきてくれたのは……ルアーさん? ……うわぁ、もう、本当に優しいなぁもうっ」
冷たい水を押し付けたのはルアンだと知り、また更に赤くした。
「ああもう、本当に好きだっ」
胸を押さえて、気持ちを溢す。二日酔いは吹き飛んだ。
スペンサーは立ち上がると「よし、花屋でお詫びも込めて薔薇を買っていこう!」と決意した。
明日はルアンちゃんの誕生日です。
Happy Birthday!
20150725