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64 格闘対決。




 既にゼアスチャンから国王の招待状を聞かされたシヤン達は、様々な反応だがこれがまともだと、クアロはしみじみ思う。


「すげー! すげー! すげーじゃん! 流石ルアンだぜ!!」


 シヤンは、それを繰り返す。

 ピアースは口をあんぐりと開いて、呆然としている。まだ脳が処理しきれていないが、喜び事だとわかっていて綻んでいた。


「おしろにいくことはすごいことなんでしょ? ルアン、すっごいんでしょ?」


 ロアンも目を輝かせて喜ぶ。そのロアンの頭を、シヤンがグリグリと撫でて頷いた。


「光封じの手錠を献上するから、当然私が説明をするために行く。ボスから好きに連れてきていいって言われてる。行くのはゼアスチャン、そしてシヤン、ピアース、クアロだ」


 階段下から、ルアンは告げる。

 名を挙げられたシヤンは、空に向かってガッツポーズをした。


「ぼ、ぼぼ、僕も!? 僕なんかが行ってもいいんですか!? 烏滸がましいですっ!」

「命令だ」

「っ!? は、はいっ……」


 ルアンに強制されて、階段上でピアースはお腹を抱えて踞る。この時点でプレッシャーに負けていた。

 クアロは慌てて背中を擦る。

 それを見て深く溜め息を吐くルアンの右腕を、隣に座るスペンサーが掴んだ。


「……ルアーさん、オレは?」

「前科者を城に連れていけるわけないだろ」


 当然だろ、とルアンは冷たく言い放つ。

 スペンサーは、盗みの罪で監獄に入っていた前科持ち。


「黙ってればバレないことですよね!?」

「ど阿呆。自警組織のガリアン様の中に前科者がいるとパーティーの話題にされてたまるか。前科がつくったってことは、こういう汚点になるってことなんだよ。せいぜい罪を侵して捕まったことを悔いるんだな」


 嘲笑ってルアンは手を振り払うが、スペンサーはまた掴み食い下がる。


「どうか、どうか! ルアーさん、オレも連れてってください! あなたと離れ離れになるのは嫌です!」

「喧しい」


 ルアンは、非情に蹴り飛ばした。


「お願いします! ルアンさんんんっ!」


 スペンサーはめげない。そういう男なのだ。

 ルアンはうんざりしながらも、スペンサーの左腕を背中に回して捻り上げた。

 痛みで声を上げつつも、スペンサーはまだ頼み込んだ。


「なに必死になってるのよ。長くて一ヶ月会えなくなるだけでしょ」


 ピアースの背中を擦りつつ、クアロは呆れてスペンサーに言う。


「オレ、死んじゃいますよ!?」


 真顔で言い放つスペンサーの背中に、ルアンは片足を乗せて、腕を更に捻り上げる。


「死なねーよ」

「いてて! 今パキって、パキって、言った!」


 肩が外れる前に、解放された。自分の腕を腕を押さえながら、スペンサーは呟く。


「城には……王子がいるじゃないすか……」


 その呟きは、クアロまで届いた。


「王子? 確かピアースさんくらいよね、殿下は。……なにアンタ、ルアンが惚れちゃうとでも心配してるの!? あははは! バカね、城に住む王子に恋するような夢見る少女じゃないでしょ! ぷははは!」


 クアロは豪快に大笑いをする。涙まで滲み出た。シヤンも腹を抱えて、ケラケラと笑う。

 バカにされて笑われたルアンは、腰のフォルダーに差し込んだナイフを抜いた。表情を変えないままその刃先を向ければ、クアロとシヤンは笑うことを止めて顔を背ける。


「あたしだって好きよ。白馬の王子様」

「ぼく、はくばにのったことあるよ!」

「そうね」


 的外れな発言をするロアンに、ナイフをしまってルアンは、にこりと笑みを向ける。

 今の発言に食い付きそうなスペンサーは、浮かない顔を俯かせていた。


「ルアン様。おれをおともに連れてってください」


 そこでルアンに近付いたのは、男3人。ガリアンメンバーの一員。

 これを機に、ルアンの側近にしてもらおうという下心が丸見えだ。なにより城に足を踏み入れる機会を逃す他ない。

 こういう輩を追い払うのはクアロとシヤンの役目。相手をしようと立ち上がったが、ルアンは掌を向けて制止させた。


「いいですよ? ただし、格闘で私に勝てたらね」


 右手に左の拳を叩き付けて、にこりと笑って見せる。


「えっ、それは止めた方がっ」

「負けたら、三倍くらいは働いてもらいますからね」


 スペンサーが止めようとしたが、ルアンは遮って告げた。クアロ達が不在の間に、働いてもらう。


「いいですぜ! 負けたらの話ですぜ!」


 男達は自信満々に条件を呑んだ。ルアンとギア対決をするならば、勝ち目はない。だが、格闘対決ならば勝てると思い込んでいる。

 ルアンは120センチほどの細身の女の子。肉付きのよい180センチの大男三人が、負けるわけがない。そう高をくくっている。


「では、スタート」


 にっこり、と年相応に笑ったルアンの行動は速かった。

 真ん中の男の腹目掛けて、飛び蹴りをしたのだ。油断をしていた男は倒れた。ルアンだけは、左右にいた男の腕を掴んで、宙返りをする。その勢いで、二人の男の顔に蹴りを入れた。


「ぶはっ!」


 血や歯を吹き出しながらも、男二人は踏み留まる。

 着地したルアンは、左の男の膝裏を蹴ってバランスを崩し倒した。

 次に右の男のみぞおちに、半回転をして肘を叩き付ける。腹を押さえたところで、頭を鷲掴みにすると全体重をかけて地面に捩じ伏せた。

 そのルアンが浮かべている笑みは、至極楽しげ。大の男を捩じ伏せることが好きなのだ。軽んじる者の鼻をへし折るのは、爽快なのだ。そして恐怖で震える姿は見ていて、愉快なのだ。


「私の勝ちです。不在の間に、クアロ達の穴埋めを頼みますね」

「ひぃっ!!」

「ぎゃああ!!」


 ルアンの笑顔がトドメとなり、敗北した男達は情けない悲鳴を上げて逃げ出す。


「だから止めた方がいいと言ったのに……」


 スペンサーは哀れみの眼差しで見送る。


「悪魔だ……」

「父親の血を濃く継ぎすぎ……」


 シヤンとクアロとピアースは青ざめた。畏怖の念を抱かせるレアン・ダーレオクの娘らしい。小さなルアンが、大男三人を力で捩じ伏せた。恐ろしい光景だ。何よりも、人を捩じ伏せたルアンの笑みが恐ろしいかった。


「お見事です、ルアン様」


 パチパチ、とゼアスチャンだけが拍手して褒める。


「上々かなぁ……」


 ルアンは自己評価を呟いて、腕を回した。


「ルアーさん、ルアーさん。次はオレッスね!」

「えぇ? アンタには勝ててないのに……勝ち目ない勝負持ちかけるなんてサイテー」

「ええ!? ルアーさんだって、さっきは勝ち目ない勝負持ちかけたじゃないすか!」

「あれは体格の差と3対1で、ハンデをやったし。女の子を捩じ伏せるなんて、サイテー」


 ルアンに格闘を教えたのはスペンサーだ。積み重ねて、ルアンは上達し、大の男を倒せるようになった。しかし、スペンサーには未だに勝てない。

 自分を棚に上げてルアンは勝負を拒否して、スペンサーをヘコませることを言い続けた。


「じゃあなにしたら連れてってくれるんですか!?」

「連れてかねーって」

「離れたくありませんんんっ!!」

「ちっ。女々しくでうぜー男だな」

「蔑んだ目で見ても諦めませんっ!!」


 顎を上げて見下したところで、涙目で食い下がる。

 前科者だが自警組織で働くことを許可したのは、このしつこさに負けたからだ。ルアンが格闘を学びたかったことも理由にはあるが、この男はしつこすぎる。


「わかった。旅の同行は許可する。ただし!」


 パッ、と目を輝かせたスペンサーが付け上がる前に、ルアンは人差し指を突き付けた。


「城には一切足を入れるな。都市で宿にでも泊まれ」

「えっ……城に……入っちゃだめ……」


 スペンサーの顔が、忽ちひきつる。


「約束できなければ連れていかない。牢獄にぶちこむ」

「ひでぇえっ! わっ、わかりました! わかりました!! 約束しますので連れてってください!」


 連れてってもらうためには約束を守るしかないと判断し、スペンサーは首を縦に振った。


「じゃあ、あたしはシフトの変更や準備があるから、門番してて。あと、今日学んでもらおうと思っていたギアも練習して」


 クアロ達に向き合うと、ルアンは指先から光を放つ。黄金に艶めく蜂蜜のようにとろりと宙に痕跡を残す。

 風の紋様。ルアンはそれを自分の掌に押し付けた。まるでスタンプのように、風の紋様は掌に貼り付く。


「うお!? なんだそりゃ!?」


 シヤンはギョッとして身を乗り出した。


「クアロとシヤンとゼアスさんは、もう風のギアで浮き上がることは出来るようになった」


 ルアンは風のギアを発動させて、小さな身体を風で浮かせる。風を撒き散らして、移動する手段だ。


「しかし、紋様を壊されては風で移動することは阻止される。それを防ぐことが出来るし、光さえ注ぎ続けられれば半永久的に持続できる」

「すげーすげー、どうやんだ! お? おおっ?」


 シヤンが試しに模様を描いて手をつけたが、金箔を撒き散らすように消えてしまった。


「指先で光を出すような感覚で掌に当てればいい。光同士はくっつきやすいから。器用なクアロとピアースさんなら、今日中には出来るはず。元々、試し書きした模様を消そうとしたら偶然くっついたことが発見だったし。まぁ、不器用なシヤンやスペンサーは都市につく前までにはマスターしておきなさいよ」

「ルアンさんは、やっぱり天才ですね……」


 国王に献上を求められるものを作り出すルアンは、やはり天才なのだ。ピアース達は改めて実感する。

 ちなみに、ゼアスチャンももう使えている。


「門番をよろしく。行こう、ロアン、ゼアスさん」

「あ、あの、ルアンさん。僕にお話があるとさっき言いかけましたよね」


 階段を飛び降りようとしたロアンの脇を抱えて、ピアースはルアンの元に下ろしながら話の続きを問う。


「ああ……あれはもういい、忘れて」

「え? あー、はい」


 ルアンが素っ気なく言う。ピアースは少しキョトンとしたが、気にしないことにした。


「今日祝杯しましょうよ!」


 ロアンの手を引いたルアンを引き留めるように、スペンサーが飛び上がるように提案する。


「ピアースさんの誕生日ですし、ルアンさんが城に呼ばれたのですから、それを盛大に祝いましょ!」

「いや、祝杯と言われても、私とシヤン、ルアンも未成年でお酒飲めないわよ」


 この国の成人は男性が18歳、女性は16歳。シヤンとクアロはまだ満たない。ルアンは言うまでもない。


「いいじゃないですか、飲酒で捕まえたりしませんよね?」

「ぶちこむぞ」

「えっ」


 スペンサーが笑い退けたが、水をさすようにルアンが言い放つ。


「酒を飲んだ未成年も、未成年に飲ませた方も、牢屋にぶちこむ」


 ルアンは本気だ。


「ええ!? お酒は成人からって飲めとは言いますが、法律で禁じられてないじゃないですか!」

「成長に影響を及ぼすから未成年の飲酒はだめだと言われてるの。法律で禁じられてなければなんでもしてもいいとでも? だから前科なんかがつくのよ」

「!?」


 未成年の飲酒を軽んじるスペンサーに、ルアンは蔑んだ。


「じゃ、じゃあ……クアロさん達はジュースで……」


 心が折れかけているスペンサーは、涙目になりつつも提案する。


「好きにしろ。ピアースさんは家の使用人が料理を用意してるから、食べてから参加して」

「あ、はい!」

「あたしは参加しません。くれぐれも二日酔いになるような飲み方をしないように」

「ええ!? ルアーさんも来ればいいのに!」


 スペンサーにまた食いつかれる前に、ルアンはロアンとゼアスチャンを連れて、館の中へ戻る。

 ルアンの自室に入る前に、ラアンと会った。


「る、ルアン。あのな、その……そのだな」

「なに?」


 やけに落ち着きのないラアンを一瞥して、ルアンはゼアスチャンが開けた扉を潜る。


「えっと……だな」

「なに」


 口ごもり一向に用件を言わない兄に、ルアンは苛立ちを込めて放つ。ビクリと震えたラアンは、咳払いを一つする。


「そ、その、恐らくだが、他の自警組織も来るはずだ」

「他の?」


 机について、ルアンは聞き返す。

 ゼアスチャンはルアンのそばに立ち、9月のシフトを出した。

 ロアンはソファーに飛び乗り、姉と兄を見上げる。


「西の最果てに二つの自警組織がある。主に大陸の向こう側から来る犯罪者の相手をしているんだ。街の男達が全員属しているらしい。だが、小さな街なんだ。ガリアンに比べれば弱小だな」

「……へぇ、初めて聞いた」


 名が売れている自警団なら聞いたことがあるが、西の自警組織は初耳。


「まぁ、俺達からすれば、商売敵でもなんでもないからな。相手にはしてない」


 ラアンは、胸を張った。

 ルアンは、ラアンからゼアスチャンに目を移す。


「ガリアンは最強です。故に彼らからすれば、目指すべき相手でしょう。我々と違い、依頼されて他の街で犯罪者を捕まえに行くことはありません。頑なに街を出ない組織なのですが、西側にもルアン様の光封じの話は、届いているはずです。光封じを得る目的で来るでしょう」


 ゼアスチャンは、淡々と告げる。


「まぁ、当然ね。その街の住人を守るための組織なのに、パーティーに呼び出す国王の神経を疑う。自分だけ安全地帯で玉座にふんぞり返って、パーティーに明け暮れてるんだろ?」


 頑なに街を出ない、という組織にルアンは納得をする。


「い、いや、王様には王様の仕事があるからな? 一国の王様なんだから、遊び呆けていないはずだからな」


 ラアンはフォローしてみようとするが、ルアンは国王を蔑む姿勢を崩さない。


「そんな国王の息子なんて、高が知れてる。白馬に乗っていようが興味もないね」

「ぼく、はくばのれるー!」

「白馬!? なんの話だ!?」

「さっき王子の話をしてたの」


 ソファーで飛び跳ねるロアンの頭を押さえて、ラアンは首を傾げた。


「な、なんだ、お前、王家に嫁ぐ気でもあるのか?」

「ないわよ。城にいる王子に興味あるかどうかって話をしてただけ」

「ま、またバカな話を、アイツらめ……」


 ルアンに悪影響を与えていることを危惧する兄、ラアン。


「しかし、魅力も才能も兼ね備えたルアン様には、殿下のような地位の高い者が相応しいと私は思います。見初められる可能性は十分にあるかと」


 ゼアスチャンはルアンが先程捩じ伏せたメンバーのプロフィールを、ルアンの前に置きながら言った。


「バカなの、ゼアスさん。七歳に魅了されるなんて、ただのロリコン。王子が結婚相手に選んだら、ドン引き」


 作業をしながら、ルアンは冷たく返す。それから、他の自警組織についての話に戻した。


「その西の自警組織の連中は、乱暴だから気を付けろよ。特に一方の次期ボス候補は、シヤンみたいに絡んでくるようなアホなタイプだ。横暴に光封じの情報を渡せと言うはず、城にいても油断するなよ」

「シヤンみたいなアホなタイプなら、お兄さんが心配することないよ」


 忠告のための話だった。

 ラアンはロアンを連れて部屋をあとにしようとして、また一つ、話す。


「ルアン……また変なのを連れて帰るなよ?」

「ん?」


 手を止めてルアンはその意味を聞く。


「ほら、お前、街を出る度に、変なのを連れて帰ってくるじゃないか。最初はベアルス、それから……ピアースさんはまともだが、前科者だの、猫だの」

「ネラ、かわいいよ!」

「あと前は殺人鬼まで連れてきただろ」


 言われてみれば、街を出ると手ぶらで戻った試しはない。

 ルアンは頬杖をついて考えたあと、フッと笑う。


「長旅になるから、たくさん連れて帰るかもね」

「つ、連れて帰るなって……」


 更に妙なものを連れて帰るかもしれない不安を抱きつつも、ラアンはロアンの手を引いて部屋を出た。


「……西の自警組織ね」


 ルアンにとって、城にいる王子よりも興味が引かれる。城に行く楽しみの1つとして、加えられた。


「さて、ゼアスさん。シフトをさっさと変更したあと、国王陛下の前でするプレゼンの準備をしましょう」

「畏まりました、ルアン様」


 ゼアスチャンは敬愛を込めて、胸に手を当てて深く一礼をした。




20150724

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