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63 城からの招待状。




 まだ夏が残る9月1日。気温は20度。アルブスカストロ国の最果ての住人からすると、暑いと漏らす気温。水色の空には、まだ夏を思わせる大きな雲が地平線沿いを漂う。

 ルアン・ダーレオクは、自警組織ガリアンの所有する監獄前の階段からそれを眺めた。それから、呆れた眼差しを階段下へ向ける。


「いつまで泣いてるの」

「す、すびまぜんっ」


 本日誕生日を迎えて、19歳となったピアース・ロステット。大きな丸眼鏡はをブロンド頭の上にかけて、次から次へと溢れる涙をYシャツの長袖で拭う。


「誕生日の主役が、何故泣いているんですか? ピアースさん」


 琥珀の瞳で覗き込みながら、クアロはハンカチを差し出して問う。

 それを受け取って涙を拭うと、ピアースは涙の訳を話し始めた。


「あ……朝、起きたら……ルアンさんが訪ねてきてくれて……ぼ、僕のベッドに、朝食を届けてくれたんです!!」


 感極まり、またピアースは涙を溢れ出させる。そして両手で顔を押さえた。

 監獄を囲む植木の下で、腕捲りをしていたスペンサー・フランニスは勢いよく振り返る。しかし、ピアースがルアンの住んでいる豪邸に居候していることを思い出して、肩の力を抜く。


「それもルアンさんの手作り!」


 またもやスペンサーは、目の色を変えて振り返った。


「フレンチトーストとフルーツの盛り合わせを微笑んで食べさせてくれてっ、まるでっ、まるでっ、天使に誕生日を祝われているみたいでしたっ!」

「ああ……それね。私も誕生日に作ってもらいましたよ」


 ボロボロと泣くピアースと違い、クアロは落ち着いて言う。

「あ、オレもランチにもらったなぁ」と監獄の扉の前に座り込んだシヤン・フレッチャタも思い出して漏らす。

 誕生日を迎えて16歳になったクアロとシヤンも、ルアンから手作り料理でもてなされた。


「でも、天使って……」


 クアロは顔をひきつらせて、階段に腰を下ろしたルアンに目をやる。

 頬杖をついたルアンは、女の子らしい格好をすれば誰もが天使のように愛らしいと思うだろう。現在は男の子のように髪は短く、弟の服を着ている。そして冷めた目で、見下ろしていた。


「ずるいっ!! ずるいッス! オレ、一度もされたことないッス!! みんなさんずるいッス!!」


 スペンサーは、まるでお菓子を買い与えてもらえず喚く子どものよう。


「アンタも誕生日がくればもらえるわよ。てか、いつよ」

「1月の23日ッス!」

「遠いじゃない」

「イチニサンで覚えやすいッスよ!」


 クアロは呆れるが、スペンサーはルアンに詰め寄る。


「オレにも作ってくれますよね? ねっ?」

「えー……」


 ルアンは明らかに面倒臭そうな声を伸ばす。


「やめなさいよ、天の邪鬼なんだから。黙ってれば作ってくれるわよ」


 ルアンの性格をよく知るクアロが止めるが、スペンサーは自分の方が理解していると言わんばかりの笑みを浮かべて胸を張る。


「わかってませんね、クアロさん! ルアーさんは人を喜ばせることが好きなんですよ! だからこうして面倒臭そうな反応しても、必ず手作りをあーんしてくれます!」


 ルアンに食べさせてもらう想像をしただけで、幸せそうな笑みを溢すスペンサー。

 それをルアンが鼻で笑った。


「そうやって期待されると、裏切ってぺちゃんこに踏み潰したくなる。期待を裏切られて傷付いた顔を見たくなった」


 七歳とは到底思えない冷笑と発言。

「ひっ、鬼!!」とスペンサーは、ショックを受ける。


「だから言ったじゃない! ピアースさん! 天使じゃないですよ! 悪魔ですよ!」


 天使なものか。ピアースにルアンの冷笑を見せ付けて、クアロは分からせようとした。

 しかし涙で視界の悪いピアースは、視認できない。


「そうだ、ピアースさん」

「は、はい?」

「話したいことがあるのですが」


 戯れを切り上げて、ルアンは立ち上がる。その声音は冷静沈着で、仕事の用件だと聞く者には理解できた。

 ピアースも慌てて眼鏡をかけ直して、大きな瞳でルアンを見る。

 しかし、ルアンは用件を言わなかった。首を傾げて、こちらに歩み寄る男を翡翠の瞳に捉えている。

 組織の幹部の一人、ゼアスチャン・コルテット。表向きはルアンと肩を並べて監獄の管理をしていることになっているが、実際はルアンの雑用係。

 だからゼアスチャンが歩み寄ってくるのは、珍しいことではない。ルアンが首を傾げた理由は、ゼアスチャンがルアンの双子の弟を抱えていることだ。


「おはようございます、ルアン様。レアン様がお呼びです」

「……そう」


 ガリアンのボスであり、ルアンの父であるレアンの呼び出し。

 ルアンは頷くと、ピアース達に目配せした。監獄前を任せて、クアロとともにレアンの元へと向かった。

 ルアンの弟ロアンは、兄であるラアンが面倒を見ることになっている。人質にされ交渉材料にされかねないルアンとロアンは、一人にしない決まりだ。

 ゼアスチャンがロアンを預かっているなら、レアンの元にはラアンがいるだろう。

 ルアンの方は、クアロがそばについている。一年前から子守りをタダ働きさせられていたクアロは、今年の夏に護衛の仕事として正式に任された。だから自信満々にルアンと共に歩いていく。

 ルアンの推測は当たり、レアンの部屋に入れば、ラアンはいた。彫刻が施されたチェアに座り、レアンと向き合うように座っている。もう一つ、用意されたチェアにルアンは腰を下ろした。

 お前も来たのか、とラアンに鬱陶しそうな眼差しを送られつつも、クアロはルアンの後ろに立つ。

 レアンはヒュンッと手紙をルアンに投げ渡した。

 膝の上に落ちたそれを確認したルアンは、目を丸める。


「王様から?」


 封が切られた手紙に押された烙印は、ホーレオリー王族のもの。ホワイトライオンと宝石のエンブレム。アルブスカストロ国の国王陛下からの手紙だ。


「王から呼び出しだ」


 内容を簡潔に告げたのは、レアン。

 ルアンは中身を確認して、眉間にシワを寄せた。国王からの手紙の内容に興味津々で、クアロも覗き込む。


「用は、お前の光封じの手錠を献上しに来いだとよ。貴族どものパーティーにもついでに誘われている」


 読み終わることを待たず、レアンは先に教える。


「えっ!? ルアンの話、国王の耳にも入ったってことですか!?」

「うるせ」

「黙ってろ」


 クアロが目を見開くが、レアンもルアンも冷たく一蹴した。

「な、なんて、ドライ……」とクアロは縮こまる。国王から求められていることに、喜びの反応を示さない。自分の反応がおかしいのかと疑う。


「一年が経って、漸くルアンの噂が届いたんだろう。ギア使いの犯罪者に手を焼く王都の者からすれば、光封じの手錠は大いに役に立つからな」


 ラアンだけが、誇らしげだ。クアロは自分がまともだと確認できて安心した。


「つまりは届けに来いってことですよね? ……王から来いよ」

「全くだ」


 正反対のルアンとレアンは、国王に向かって自分から貰いに来いと吐き捨てる。

 何様なんだ、クアロは傲慢な父と娘に戦慄した。


「こ、光栄なことなんだぞ? ルアン。お前の才能を、国王陛下が頼りにしているんだ」

「はぁい、慎んでお受けしますわ」


 ラアンが説明しようとしたが、ルアンはにっこりと上っ面の笑みを向ける。微塵も名誉に感じていないとわかり、ラアンはガクリと頭を垂らす。


「オレとお前、そしてゼアスチャンとトラバーで城に向かう」


 レアンは連れていく者の名を上げた。作者であるルアンは当然。幹部は、ゼアスチャンとトラバー・ホレイション。


「えっ、おれはまた留守番ですか?」


 名前が挙がらなかったラアンは驚きを隠せないでいた。てっきり、家族で向かうと思っていたのだ。


「当然でしょ、お兄さん。父上の留守を守れるのは、お兄さんだけなのだから」


 ルアンは手紙を見つつも、真面目に答える。

 正直言って、ルアンからすると幹部達は信用ができない。大抵は二日酔い。素面ならば、喧嘩三昧しているような連中だ。


「監獄を、この街を、預けられるのは、ラアンお兄さんだけよ」


 ゼアスチャンも任せられるが、彼はルアンについていく。消去法でラアンしかいない。

 ラアンは妹にそこまで言われ、嬉しさのあまり頬を赤らめた。これこそラアンにとって光栄なこと。


「そ、そうか……。ま、まぁ、休日を過ごすつもりで城に滞在するといい」


 鼻を高くするラアンを目に入れることなく、レアンは続けた。


「トラバーに部下を何人か選ばせる。ルアンも選んでおけ。……どうせ、いつもそばにいる連中だろ」

「……はい」


 周囲にはルアンの側近と呼ばれているピアース達のこと。

 ルアンは手紙ではなく、他所を向いたまま上の空で返事する。


「なんだ、そんなに嫌か?」


 怪訝にしかめたレアンは、上の空になった理由を問う。


「……いえ。行きます」


 行く意思はある。まだ頭の隅で考えているようだったが、レアンは追及しなかった。


「フルーゲムメンの街まで、早くて十日はかかるんですよね? 長旅になりますね」


 城が聳え立つ王都の名が、フルーゲムメン。

 最果てのエンプレオスの街から、馬車でも最短十日かかる。


「数日、または数週間は滞在することになる」

「9月はサファイア祭りがある。それに合わせて城ではパーティーが行われる。晩餐会や舞踏会だ。招待された俺達のような自警組織が、情報交換する場も設けられているはず。今回はルアンの光封じがメインだな」

「移動と滞在で、だいたい一ヶ月ですね。門番のシフトを変えておきます。お兄さん、くれぐれもサミアンやドミニクに任せないように」


 信頼できない幹部には任せるなと、釘を刺しておく。


「注意すべき囚人は、知っての通りベアルス・ペリウスです。以前話した通り、取引相手に消されることを恐れてまだ大人しくしていますが、いつ脱獄しても可笑しくはない。父上と私がいないと決行するかもしれないので」


 大物犯罪者であるベアルス・ペリウスは、監獄内を牛耳る囚人だ。


「見くびるな。脱獄なんてさせない」


 ラアンはふんぞり返って言い切った。


「よろしくお願いします」


 椅子から降りるとルアンは、レアンに手紙を返す。ラアンに頭を下げると、クアロを連れてレアンの部屋をあとにした。

 廊下を歩くルアンは、固く腕を組んだ。きつい雰囲気を感じとったクアロは、歩きながらも顔を覗いた。


「……どしたの、ルー。緊張してる?」

「そんなわけないでしょ」


 国王に会うことに、緊張などしていない。


「じゃあ、なに考えてるの?」


 ルアンは、足を止めた。監獄前のピアースを見つめたあと。


「別に」


 と、答えをはぐらかす。

 国王から招待されたことを知らせるために、監獄に向かって歩き出した。





ということで、これからは

城への旅編です。



20150723

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