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62 花屋の青年。




 スペンサーは、口元を緩めたまま。


「大丈夫ですか? ピアースさん」


 馬に揺れながらも、まだ涙ぐむピアースに声をかける。

 また泣いた姿を見せてしまったピアースは、ただ力なく笑い返した。


「やっぱり、ルアーさんは幹部になる人です。人の上に立つべき人だと、今回は本当に思いました」

「……そうだね。多くを感じ取れるから、遺族も僕達も気遣えて、そして責任もとろうとしてくれる……優れたお人ですよね」


 スペンサーもピアースも、前を行くルアン達を見る。今回、ルアンの卓抜を改めて認識することが出来た。


「……だから、未来のルアンさんの元には、たくさんの部下がいたんだなぁ……」


 クアロ一緒にいるルアンの姿は見えないが、スペンサーは笑みを深める。

 エンプレオスの街に入ると、スペンサーは近付いてルアンに声をかけた。


「すみません。ルアーさん。オレ、ちょっと寄るところがあるので、いいですか?」

「別にいいよ」

「はいっ!」


 スペンサーがにこにこしているため、ルアンは怪訝な目を向けたが、すぐに興味をなくしたようにそっぽを向く。

 スペンサーは馬から降りると、手綱を別の馬に乗るゼアスチャンに渡そうとした。しかし、ルアンが小さな手を伸ばす。


「え? 一人で乗れるんすか?」

「五歳から乗ってる」


 驚いているスペンサーを尻目に、ルアンは馬を移った。華麗に乗りこなしていく。

 ルアン達から離れて、スペンサーが一人で向かったのは、噴水公園前の花屋だ。


「あの! めんどくさいとは思いますが、赤い薔薇を二本、三本、四本、分けたものを1つに赤いリボンでまとめてください!」


 ややこしい注文だが、スペンサーは両手を合わせて頼む。


「わかりました、少々お待ちください」


 花屋の店員は、微笑んで快く引き受けた。

 襟元が首を隠す白銀の髪の青年。白いYシャツと、限りなく黒に近い緑色のエプロン姿。その店員は、抱えている白い百合のように、儚く弱々しい印象を持つ。


「やった! ありがとッス! 新しい人ですか? 前来た時は見かけなかったと思うッスけど」

「はい。この街に移り住んで、雇ってもらったばっかりなんです」


 百合を置いてから、二本の薔薇をまとめながら、店員は穏やかに答える。


「あなたは、ガリアンの方ですよね。昨夜ガリアンのご令嬢さんが襲われたと噂を聞きましたが……大丈夫でしたか?」

「うわ、早っ! 全然、大丈夫ですよ! 無事です!」


 エンプレオスの街の支配者、ガリアンのボスであるレアンの娘。レアンの制裁は、忽ち街中に知り渡った。

 笑顔で無事を答えたあと、スペンサーは他所を向いて頬を掻く。

 噂が半日で広まった理由は、レアンがそう仕向けたからだ。レアンの子に手を出せば、どんな目に遭うのか。見せしめだ。


「……そう。無事なら、よかった……」


 店員は囁くようにそっと漏らすと、赤いリボンを鋏で切った。

 赤い薔薇を二本、三本、四本。それをまとめた花束を、店員はスペンサーに渡した。

 受け取るとスペンサーもお金を支払い、薔薇を見つめて綻んだ。


「ありがとうッス!」

「こちらこそ、ありがとうございます。またのお越しをお待ちしております」


 店員は微笑み返して、スキップしていまいそうな楽し気なスペンサーを見送る。そして、リボンや鋏を片付け始めた。

 しかし、クルッとスペンサーが振り返る。店員は片付けの手を止めて、少し離れたスペンサーと向き合った。


「あの……どっかで会いました?」


 首を傾げて店員を見るスペンサーは問う。

 店員は微笑みを崩さない。エプロンの紐を直すフリをして、後ろ手に鋏を持った。


「今日、初めて会ったと思いますが……?」

「なーんか……見覚えがあるというか……知っているような……」

「……」


 じっと、スペンサーは店員を見る。見覚えがある理由を探るため。

 店員は微笑みを浮かべたまま。花屋の優しい店員にしか見えない彼の背中では、音もなく鋏が開かれる。鋭利な白銀の刃が剥き出しになった。


「……んー、やっぱり気のせいか!」


 スペンサーは、背中に隠れた殺気に気づきもせず、笑って考えることを諦める。


「じゃあまた、お願いしますね!」

「はい、またいらっしゃってください」


 今度こそ、スペンサーは薔薇の花束を抱えて帰った。

 スペンサーの姿が小さな見えなくなると、店員はクイッと一振りして鋏を閉じた。




   ◇◆◆◆◇



 先にガリアンの館に戻ったルアンは、廊下でゼアスチャンから謝罪を受けていた。


「現場を任された身でありながら、とんでもないミスを犯しました。どうぞ、罰してください」


 片膝をつき深く頭を下げるゼアスチャンを、ルアンは腕を組んで見下ろす。


「……前の毒の花の殺人鬼に続き、また失態。今回も運良く救えただけ。罰として馬で街中を引きずり回してやる」

「……はい、甘んじて受けます」


 ルアンが冷たく言い放つが、瞬時に掌を返す。


「と言いたいところだが、今回はゼアスチャンさん一人に膨大な情報収集を任せすぎた。私も遺族に姿を見せずに街に残っていれば、犯人も早く捕まえられたはず。今後、このような失態をしないようにしましょう」

「……ルアン様!」


 二度目の失態も許しをもらい、そして機会も与えられた。ゼアスチャンは心からルアンに感謝をして、表情を緩める。


「次、失態をしたら、裸にして馬に引きずり回してもらいますから」


 にこり、とルアンは笑って告げた。一変した悪魔のような脅しに、ゼアスチャンの表情が固まる。


「はい……ルアン様」

「また致命的なミスをするくらいなら、まだトラバーの方が使えると思う」

「!」

「見放される前に、挽回の成果を出せるといいですね」


 フン、と嘲笑いをして、ゼアスチャンを横切り、ルアンは自分の部屋に向かった。ゼアスチャンは片膝をついたまま、動かない。


「ちょっ、ルー! なんでそんな言い方するの! ゼアスさん、固まってるじゃん!」


 ルアンの後ろに続くクアロは、ゼアスチャンを振り返る。まだ動かない。


「いいんだよ。ゼアスチャンは、マゾの完璧主義者。完璧に果たせなかった仕事を誉められても、責めてくれって食い下がるだけ。これでいい」


 めんどくさそうに頭を掻いたルアンは、適当にあしらった。


「あーあ。犯人捕まえたら、精神的に殺していく拷問を色々考えてたのに……」

「容疑者絞りをしながらそんなこと考えてたの!?」

「バーロ。もう二度と犯罪が出来ないくらいのトラウマを植え付ける……それが監獄さ」

「違うわよね!? そんな恐ろしすぎるものじゃないわよね!?」

「え? 犯罪を侵そうとする度に、監獄暮らしを思い出して恐怖で卒倒するほどの施設にするって話したじゃん」

「話してないわよ!?」


 とぼけた顔をするルアンは、足を止めた。


「むしゃくしゃするから、ベアルスとギア対決するかな。いい加減、勝ったら取引相手の名を教えてもらう」

「ちょっとは休んだら!? ほら、一回医者に診てもらいなさい」


 監獄に向かおうとしたルアンの襟を、クアロが掴み止める。昨夜からルアンは、死んだように眠っていた。


「どう見ても、元気じゃん。ベアルスと戦って証明する」

「戦うなって! せめてピアースさんに診察してもらいなさい!」


 ルアンの身体を心配して、クアロは馬小屋で馬の世話をしているピアースの元に連れていこうと引き摺る。医者嫌いのルアンは、嫌そうにしかめるが、ピアースには心を許しているため、大人しく引っ張られた。


「ルアーさん!」


 クアロが向かおうとした廊下の先から、花束を抱えたスペンサーが駆け寄る。

 ルアンの前に片膝をつくと、薔薇の花束を差し出した。


「受け取ってください!」


 スペンサーは、はにかんだ。少し照れ臭そうに、しかしルアンを真っ直ぐに見つめた。

 そんなスペンサーの顔を見たあと、ルアンは薔薇に目を向ける。二本、三本、四本、仕切られた花束だ。

 四度目の恋をした証明。

 ルアンにとって、スペンサーが恋をした瞬間はどれかはわからない。聞くつもりもない。ただ黙って受け取った。

 スペンサーは喜色満面を深める。

 片腕で花束を抱えながら歩き出したルアンは、もう片方の手でスペンサーの頭をグイッと撫でた。

 頭を押さえたスペンサーは、耳まで真っ赤にする。恋を重ねた分だけの花束を持って行くルアンの小さな背中を、見送った。





サイコキラーパート2編、完。

サイコキラーは、あなたのすぐそばに!



今後も100話を目指して書いていきたいです。

三人称は時折混乱するほどまだまだ未熟ですが、ルアンとともに成長していけたらなぁ……と願っています。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます!

ブクマ登録も、感謝してます!



20150713

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