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61 子どもの願い。




 翌日の早朝。ルアンはクアロとともに、隣街に来た。

 キュ、と黒いネクタイを締めて、黒のコートの襟を整える。

 先に戻らせたスペンサーに、遺族達を集めるように指示しておいた。

 場所は、ガリアンメンバーが休息のために借りた一軒家。他のガリアンメンバーは街へ帰って、遺族達はリビングに集められた。

 遺族と向き合うようにルアンは1人でソファーに座り、クアロはそばに立つ。ゼアスチャンとピアースとスペンサー、それから今まで発見した子どもに付きっきりだったシヤンもその場に立ち会った。


「ルアン・ダーレオクです。ガリアンのボス、レアン・ダーレオクの娘です。微力ながらも、男の子の格好でガリアンの仕事をこなしています。……お悔やみを申し上げます。率直に告げます。犯人のアトゥン・テットは……死にました」


 ルアンは背筋を伸ばして、間を空けながらも堂々と告げる。

 遺族達の反応は様々だ。安堵したり、困惑をする。それを遮るように、ルアンは続けた。


「私は一度、二日前に来ました。私がいると皆様を動揺させてしまうと思い、私は帰りました。その時に犯人は私を目にし、エンプレオスの街まで来て狙ったのです。そして昨夜、私も殺されかけました。私の父が、間一髪助けてくれました。犯人は抵抗をしたので、やむ終えず……父が手を下しました」


 レアンが制裁を下したと、告げる。

 すると、遺族の一人がソファーから立ち上がった。ルアンとの間のテーブルの上にあるコーヒーカップを掴むと、ゼアスチャン達に向けて投げ付ける。壁に当たり、カップは砕けた。


「子どもにこんなことを言わせてっ! なんのつもりだ!! オレの、オレのっ、息子は! お前達がいたのにっ、いたのに!!」


 ガリアンが人身売買と疑って子どもの捜索中に、息子を奪われた父親だ。

 ゼアスチャンが口を開くよりも先に、ルアンも立ち上がった。


「私の意思です。二日前から私とゼアスチャンが指揮をして……いいえ、彼らのボスはこの私です!」


 庇うために、ルアンは責任は自分にあると声を上げる。

 ゼアスチャン達は、目を見開いて驚く。ゼアスチャンはルアンに傅き、上に立つ人間になってほしいと願っていた。しかし、ルアンは顎で使いつつも、ゼアスチャンよりも上の立場になることを拒んだ。それをクアロ達は知っていたからこそ、驚いた。

 スペンサーも、高鳴る胸を左手で握るように押さえて、ルアンの横顔を見つめる。ルアンの瞳には、とても強い意志が見えた。


「どんな言い訳をしても、あなたの息子さんを返すことは我々にはできません。しかし、我々は最善を尽くしました。救おうと努力をしたことを、どうかご理解ください」


 男の目を真っ直ぐに見て、ルアンは感情を抑え込むように強く言う。

 ルアンに言い返せるわけもなく、男は悲しみと怒りに震えながらも妻に抱き締められて座り直した。


「子どもの私から言われては、怒りをぶつけられないことはわかっています。私は、どうしても……皆様に伝えたいことがあったので、集まってもらいました」


 ルアンは立ったまま、遺族の顔を一人一人見回すと、その伝えたいことを口にし始める。


「どんな理由があっても子を奪われたことに納得は出来ないでしょう。死してもなお、子を奪われた悲しみと怒りは消えていないでしょう。私は……殺されかけた時、父の顔が浮かびました。このまま私が死んだら、父がどんなに苦しむかと思ったら、泣き叫びたくなりました」


 ルアンの声が震え、クアロは目を強く閉じた。

 自分の子の死を想像した遺族達も、ルアンから目を逸らしてしまう。だが、ルアンの声が、もう一度注目を集めさせた。


「私ならば……親の幸せを願います。例え自分が死んでも、幸せに、笑って生きてほしいと願います」


 まだ声が震えても、ルアンは強く伝える。このために来たのだから。

 遺族の数人が涙を溢す。遺族だけではない。ルアンも、瞬く度に大きな瞳から涙を落としていた。


「愛しているから……っ」


 一度俯いて、言葉を詰まらせる。すぐにルアンは顔を上げた。


「幸せに生きてください。そうすればきっと、神様は来世で巡り逢わせてくれるはずです。私も……生まれ変わっても、父の子どもになりたいと願いますから。どうか、笑って生きてください」


 悲しみだけの人生を送らないための言葉。同じ目に遭ったルアンだからこそ、伝えられる想い。

 来世で会うために、今の人生を大事にしてもらいたい。

 そこにいるのは、子ども。猫被りでも、演技などではない。親を愛する1人の子どもだ。

 ルアンの想いは、彼らに届いた。涙を落としながらも頷く夫婦。泣きながら抱き締め合う夫婦。泣き顔で精一杯の笑みを向ける夫婦。


「悲しみに負けないよ……ありがとう……ありがとう」


 先程の男がルアンの手を取り、強く握り締めた。

 ルアンは唇を強くつぐむと、一つ頷く。俯いたまま、涙を落とした。

 クアロはそのルアンの隣に立つと、そっと頭を撫でる。

 それを見ながら、ピアースも泣いていた。スペンサーも涙ぐみながらも、ルアンだけを見つめる。


「……今日は、これで、失礼します。後日、改めて来ます」


 涙を拭いたルアンは、深く頭を下げると逃げるかのように早足で出口に向かおうとした。

 それをしゃがんで、泣くのを堪えていたシヤンが止める。


「悪い、ルアン。その……オレ、もう少しだけここにいていいか? 見付けた子が元気になるまでいたんだけど」

「……ああ……あの子?」


 シヤンの涙目が向けられた先は、二階に繋がる階段。手摺の間から覗く男の子がいた。

 ルアンは目を合わせると、優しく微笑んだ。同じ被害者として、生存者として、気を遣った挨拶。


「いいよ。門番は他の者に任せるし、戻るつもりだから」

「おう!」


 ルアンから許可をもらい、シヤンは笑みを溢す。そのシヤンの頭に、ルアンは掌を置くと軽く撫でた。


「よくやったな」


 スペンサーから、シヤンが生存者を見付けたことを聞いている。

 ルアンの笑みを見て、褒められて、シヤンは頬を赤らめながら照れて笑った。

 ルアン達を見送ると階段を上がって、男の子であるエドン・リコートの元へ向かう。


「あの子なの……?」

「ああ、お前を見付ける手伝いをしてくれたルアンだ。ちょー頭がいいし、ギアも強い。ルアンがいなきゃ、見付けられなかったんだぜ」


 そう言って、シヤンは隣にしゃがんだ。


「ルアンは、将来ガリアンのボスになるんだ」


 自分のことのように、自慢気にエドンに笑いかける。シヤンの笑みの輝きは、エドンの大きな瞳にも宿った。




 馬小屋に向かう道で、ルアンは振り返る。涙はもう、拭い去っていた。


「ピアースさん。あなたにはいきなり辛い仕事をさせてしまいましたね。でもこなした。ご苦労様。よくやった」


 コートのポケットに両手を入れたまま、ピアースを見上げて労いの言葉をかける。

 ガリアンとしてまだ新人であり、そして子どもの遺体と向き合ったピアースに向けた気遣い。

 漸く泣き止んだピアースだったが、大きな眼鏡の向こうでボロボロと大粒の涙を落としていった。


「も、もったいないっ、おっ、ぼおおぉっ」

「は? なに?」

「うわああっ」


 ピアースはまともに言葉が返せず、泣きじゃくる。

 ルアンは解読することはせず、歩き出す。

 ピアースを宥めたあと、クアロはルアンの隣を歩くと、また頭を撫でた。


「なによ、アンタはさっきから。髪が乱れる」


 ルアンはぺしっと払うと、また逃げるような早足になる。

 おかしそうに笑って、クアロはぴったり寄り添うようにそばを歩いた。




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