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59 水の牢獄。




 ダーレオク家の当主の部屋。

 レアン・ダーレオクは、空になったグラスを睨み付ける。機嫌は悪く、酒が進む。昼に買わせた酒はとうに尽きた。だが、まだ足りない。

 重い腰を上げ、たまには自分で酒を買いに行こうと、部屋から出た。

 玄関に向かって廊下を歩いていくと、我が家には見慣れない男が目に留まる。

 しかし、レアンはその男を知っている。ルアンから入隊する許可を求められ、部下達が話題にしていた男。名前までは覚えていない。周りが使う呼び名だけは記憶に残っている。


「おい、未来男」


 未来男ことスペンサーに、酒を買わせることにして声をかけた。

 窓に貼り付いて外を見ていたスペンサーはビクリと震え上がり、短い悲鳴を上げてレアンを見る。

 怯えた反応など、日常茶飯事だ。レアンは気にも留めない。


「ひっ!? レアン様っ!」

「てめぇ、なにしてる」

「えっ、いやっ、そのっ、ルアンさんにご報告をしに……」

「ルアンが窓の外にいるのか?」

「ひぃっ!? いやっ、そのっ……!」

「あ゛ぁ?」


 慌てふためくスペンサーに苛立ちを覚え、威圧的な声を放つ。

 窓を隠そうとしたスペンサーは、涙目になって白状をした。


「る、ルアンさんが……お一人で、外を走ってました」

「……なんだと?」


 レアンが窓を睨むが、既にルアンらしき姿はない。


「こ、コートを着てなかったんで! ぜ、絶対に隣街に行ったわけじゃないはずです! 多分、オレの報告を待つために、館に行かれたんだと思います!」


 スペンサーは、ルアンを庇って言う。

 決闘をして負けたからには街にはいかない。頑固なルアンも、約束を破ったりはしないはず。


「オレ、連れ戻してきますね!」


 ルアンを追い掛けようとしたスペンサーの襟を、掴んで止めた。


「てめぇは酒買ってこい」

「えぇ!?」

「ダイナーのババァのとこだ」

「で、でも、ルアーさんは」

「何度も言わせんじゃねぇよ」


 買ってこい。その命令を押し潰すように言い放つ。

 スペンサーが逆らえるわけもなく、ルアンが消えた方を心配そうに見たあと、ダイナーへと向かった。

 レアンは、そのスペンサーの見た先に目を向ける。窓の外は、すっかり夜に染まっていた。ルアンはその中を走ったのだ。


「チッ……手間のかかる娘だ」


 舌打ちをして、暗い廊下を歩き出した。




   ◇◆◆◆◇




 前世のルアンは、願っていた。あたたかい愛のある家庭に生まれ変わること。そうすればいい人間に育つと信じた。

 なによりも、幸せになれることを知りたかった。幸せな家庭があると知りたかった。

 心から寄り添える家族といたかった。

 例え、理想的な家庭ではなく、欠点だらけの家庭でも。

 今、ルアンは家族を大切に思っている。自分に似て不器用な家族を守りたい。それは生まれ変わって、初めて心から思えたことだった。

 だから、ルアンは一人で家を飛び出した。

 初め、ルアンは今回の犯人も、周囲に本性を隠すことが上手い慎重な殺人鬼と思ったのだ。だから囮作戦はしなかった。

 しかし犯人は犯行を慎重にする一方で、沸き上がる欲望には勝てないと推測できた。間隔を短くして犯行に及んでいた犯人は、ルアンに目をつけたのだ。己のコレクションを奪われた犯人は、欲求不満が限界まできている。

 ベアルスが言ったように、犯人はルアンに狙いを定めだ。容姿がよく、目を引くからだ。

 ルアンは、犯人を引き寄せてしまった。この街まで、犯人は来た。花束はその犯人からだ。

 犯人がルアンを女の子だと知ったとしても、ロアンがいる。犯人の標的だ。

 ルアンが引き寄せてしまった殺人鬼が、ロアンに手を出す前に捕まえる。自分のせいでロアンが危険な目に遭うなど、耐えられない。

 捕まえなければならない。ロアンを守り抜くために。家族を守るために。

 既に母親が欠けている家庭を、更に欠けさせない。壊させたりしない。

 大切な家族だ。ルアン自身の手で、守り抜く。

 一人になれば、必ず襲い掛かると踏んで飛び出した。思惑通り、絶好のチャンスだと犯人は襲い掛かった。

 ルアンの誤算は、襲撃があまりにも早かったことだ。




 以前、ルアンが拉致されたことのある屋敷。ルアンの救出の際に、そこは燃えて崩壊をし、今では残骸しか残っていない。

 ここで決着をつけるつもりだった。しかし、先に行動したのは犯人の方。

 ルアンの小さな身体は、ギアで生み出された水に囚われた。

 ルアンはどこから仕掛けられたのかもわからない。犯人の顔も見る暇さえなかった。男の子かどうかも確認もしないほど、犯人は我慢できなかったのだ。

 ルアンは犯人が確認するために話し掛けるその時に攻撃を仕掛けるつもりだった。ギアで叩き潰してから、罵って存分にいたぶる計画は実行できない。。

 先にギアを食らったのは、致命的。

 水の球体の中は、渦を巻いていて荒々しい。目を開けることも出来なかった。呼吸も勿論、出来ない。

 念のためにズボンに差し込んだ銃を取り出したくとも、手も動かせない。


「大丈夫だよ、すぐに……すぐに楽になるからね。ずっとずっと……永遠に僕のものになる!」


 ルアンの耳に、犯人の声は届かない。暴れる水の流れが音を遮る。

 息が出来ない。もがいてももがいても、体力は消耗していくだけで、なにも出来なかった。

 意識が遠ざかる中で、ルアンの脳裏に浮かんだのは、レアンの姿。

 初めてルアンが拉致された時、ルアンはなにもなかったかのように戻った。家族に頼らなかった。家族に泣き付かなかった。


 オレを、家族を、愛せないのか?


 そう問いたそうに見ていた父の顔を思い出し、ルアンは叫びたかった。絶叫したかった。

 闇に飲まれかけたその時。水の球体は弾けた。

 水とともにルアンは地面に落ちる。


「ゲホッ! ゴホッ!」


 飲み込んだ水を吐き捨てた。体力の消耗は激しく、ルアンは起き上がれない。

 そんなルアンの目に、男物の黒いブーツが映る。目の前を過ぎていくその男の背中を、倒れたままルアンは見上げた。

 犯人のギアを打ち消して、ルアンを救った男。


「――――オレの娘をどうするって? このゲス野郎」


 黒いコートを肩にかけたレアン・ダーレオクは、翡翠の瞳で鋭く睨み、言い放つ。

 父親の大きな背中を見ていたかったが、ルアンは気を失った。




20150619

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