58 意気消沈。
クアロはまたルアンを一人には出来ず、今夜も泊まることに決めた。
ダーレオク家の部屋に戻っても、ルアンは意気消沈とした様子で黙り込んだ。
椅子の上で膝を抱えて俯いている。
――ボスも、もっと優しくしてくれればいいのに……。
――頭を撫でて、行ってほしくないって言うとか。
ルアンを見つめながら、クアロはレアンについて考えた。
横暴で不器用でも、レアンには愛があるとわかっている。それでも決闘で負かせなくともいいではないかと、言いたくなってしまう。
そう思ってもルアンとは違い、噛み付くことができないクアロには言えない。
「……父親って、なんだろう」
唐突にルアンが呟いたため、クアロはビクリと震えた。
「父親なんていないも同然だったから……正しい接し方なんて、わからない……」
膝に顎を乗せたルアンの掠れた呟きに、どんな反応をすべきかわからず、クアロは瞬く。
――あ。また前世の話ね。
「……えっと、たぶん……ルー」
今のルアンに必要な言葉をクアロは探したが、先にルアンが口を開いた。
「前に、前世の記憶を持ちたいなんて、自己愛の塊だって言ったけれど……」
生まれ変わったら前世の記憶があってほしいと願うことは、自己愛の表れ。
自分への執着。生きたい願望。
「知りたかった。生まれ変わったら、いい人生があるって。幸せな人生はあるんだって、知りたかったんだ。心から寄り添うことのできる家族がいるって……」
ルアンの前世は、酷く孤独だった。現世と同じく母親に捨てられ、家族の絆を感じることが出来なかった。
それでも、願ったのだ。
来世で、幸せになることを願った。あたたかい愛のある家庭を望んだ。
望み通りとは言い難くとも、それでもルアンは前世よりも幸せだと思っている。家族愛を感じた。
普通じゃなくとも、不器用でも、ルアンにとって――……。
「大切な……家族なんだ……」
「……ルー」
ぎゅっと、自分の膝を抱き締める。小さな小さな子どもにしか見えない。
言葉よりも、朝までそばにいた方がいいと思った。抱き締めてあげるべきだと思った。
クアロは、ルアンにそうしたいと思った。
腰掛けたベッドから立ち上がり、ルアンの元に歩み寄る。すると、扉がノックされた。
「ルアン。これ、ありがとう」
ロアンだ。のこのこと、畳んだコートを抱えてルアンへ差し出した。
「いいの。ラアンはなんだって?」
ルアンはコロッと表情を変えて、笑顔になる。
その豹変に、クアロはずっこけそうになった。
「かっこいいって! ……ぼくもガリアンにはいれるかなぁ」
「光を出せるようになれば、ロアンも入れるようになる。紋様は覚えられた?」
「ほのおのもんようはおぼえたよ!」
「じゃあ今度テストするからね」
「うんっ!」
ルアンは微笑みながらロアンの髪を撫でていく。照れた笑みのままロアンは、元気よく頷いた。
その様子を見て、慰めの言葉は必要ないと思い、クアロは立ち上がる。
「ロアン。私はお風呂入るから、ルアンといてあげて」
「あ、うんっ!」
ルアンとロアンの頭を一緒に撫で付ける。瓜二つの双子をほのぼのと眺めたが、ルアンはガリアンのコートを着た。はっきり違いが出来てしまう。
コートを着て椅子に座っているのは、ルアン。べったりとくっつくのは、ロアン。
クアロが子守りを始めた頃は素直になれず、ルアンと話せなかったロアンが、今ではデレデレ。
ルアンの多忙を気にして自分から近付こうとはしないが、今は時間があると知っている故に喜んでそばにいる。
ロアンといた方がルアンのためにもなる。クアロは任せて、先にバスルームに入った。
出てみると、椅子に座るルアンは、膝に本を置いて読んでいる。読み聞かせていたのか、ロアンは床に座り込んでルアンを見上げていた。
「じゃあ、ぼく、お部屋に帰るね!」
「あー、ん、じゃあね」
「ばいばーい」
もう少しルアンといてほしいと言いたかったクアロだったが、ルアンは眠たそうな表情をしているため、見送ることにする
手をブンブンと振って、ロアンは笑顔で部屋を出ていった。ルアンは眠たそうな表情のまま黙って手を振り返し、本に目を落とす。
「もう眠たそうね、ルアン。スペンサーが戻るまで起きてるつもりだったでしょ」
「……」
ベッドに腰を落として声をかけるも、ルアンは無言で頷くだけ。
「また本に夢中になって、話聞いてないでしょ。まぁいいけど。私も起きてるわ」
ルアンが本に夢中になり、まともに話をしないのはよくあること。膨れながら、クアロは自分の濡れた髪をタオルで拭き取った。
あまり意味はないが、今回の殺人鬼の資料に目を通してみる。
「今日中に決着するわよね。デイモンさんも行ったし、ルアンが容疑者を絞りこんだし、男の子も見付かるわよね」
返事は期待しなかったが、やはりルアンから返事はない。
「あ。わかった。アンタ、今日ロアンを誘ったのは、ロアンがこの犯人のタイプだったからね。違う街にいても、心配したんでしょ」
ルアンがロアンをそばにおいた理由を今更知り、クアロは笑ってルアンを見た。
すると、ルアンが眠っていたことに気付く。本を開いたまま椅子に座って眠ってしまっている。
ルアンが本を読んでいる最中に眠ってしまうのは珍しく、クアロは目を丸めた。しかし、どこでも眠れてしまうルアンらしいとも思う。
目の前にベッドがあるのだ。そこに移動させようと手を伸ばしたが、止めた。
馬車に揺れていても滅多に起きないルアンだが、起こされれば不機嫌になるとクアロは知っている。泣いたあとだ。疲れているに違いないと思い、そっとしておくことにした。
すると、コンコン。
部屋がノックされた。
ルアンが起きないように、クアロは扉まで行き開く。
「またお前は泊まるのか……」
クアロを見るなり、そこに立つラアンは露骨に嫌がる表情をした。クアロは気に留めない。
「ロアンは一緒か?」
ラアンも早々に用件を告げる。ロアンを捜しているのだ。
「さっき部屋戻ったわよ」
「は? オレはロアンの部屋から来たんだ。いなかったぞ」
「え? でも、部屋を戻るって……いないの?」
ロアンが部屋に戻っていないと知り、クアロは一抹の不安を抱く。
――そんな、まさか。
――殺人鬼は隣街にいるのよ。
「……なんだ、いるじゃないか。くだらない嘘を言いやがって」
部屋の中を覗いたラアンは、クアロを押し退けて中に入った。
「えっ、なに言ってるのよ? ルアンよ」
「ベッドが目の前にあるのに、本を開いたままルアンは座りながら寝たりしない。ロアンはルアンが読む本を見てるだけで寝ちまうんだよ。前にルアンの本を開いてソファーで爆睡してた。起きろ、ロアン」
ポン、とラアンは軽く肩を揺する。頭を揺らして目を開くと、ラアンは見上げた。
「おにいちゃん?」
とろんとした目で見上げる表情は、ロアンのもの。その口調はロアンのもの。
「っロアン!?」
「っ!?」
クアロが怒鳴るように声を上げれば、ロアンはビクリと震え上がった。
間違いなく、ロアンだと思い知る。
「ち、ちがうよっ、ぼく、ルアンだもんっ!」
おろおろしながら、ロアンはルアンのフリをしようとしたが、動揺が隠せていない。
ラアンはバスルームを覗いてルアンがいないことを知ると、クアロに詰め寄った。
「ルアンはどこだ!?」
「ロアンのフリして出たのよ!」
クアロはラアンを押し退けて、ロアンの肩を掴んだ。
「なんで入れ換わったの!? ルアンはどこ言ったの!?」
「ひぃっ!」
クアロに怒鳴られ、ロアンは涙を込み上がらせた。
レアンに睨み下ろされても微動だにしないルアンと違い、ロアンはすぐに怯えて泣き出す。
だからクアロはロアンが泣きじゃくる前に、グッと堪えた。笑顔で静かに問う。
「教えて? ロアン」
「……る、ルアンが……おねがいって。おしごと、するから……ほんひらいて、だんまりしててって」
うるうるとしながらロアンは、頼まれたと白状する。
ルアンの指示。
「仕事? 仕事って……なによっ」
仕事をするために、クアロを欺いて、1人でどこかに行ってしまった。
「どこ行ったの!? ルアン! まさか、隣街!?」
ルアンが夜に1人で出歩いている。クアロは青ざめた。
20150614