57 発見と犯人。
薄暗い赤に染まっていくアルゲンテスの街を、黒ずくめの男達が駆け巡る。ルアンが絞った容疑者リストを元に、ゼアスチャンの指示で捜索が行われた。
「シヤンさん!! 暴走しないでください!」
「してねーよ!! ボケ!」
スペンサーが追い掛けるのは、シヤン。ルアンの伝言は伝えたが、シヤンは暴走気味だ。
「ルアーさんが言ったじゃないですか! 誰も疑うな疑わせるなって! 今のシヤンさんは犯人と決め付けてますよ!」
「犯人かもしれねぇし、子どもの命かかってんだぞ! 知るかよそんなの!!」
シヤンの捜索は、強盗のように荒々しい。スペンサーが落ち着かせようとしてきたが、シヤンの暴走は加速していく。
ただでさえ、ガリアンだけで捜索をし、無駄な騒ぎを起こさないようにしている。シヤンの言動は、無罪の者を疑心暗鬼を生んでしまう。
スペンサーは必死に追いかけて、捜索を終えた家の主に謝罪した。
「くっそ! 外れかよ!」
シヤンは、母親一人に育てられた。
捜している子ども、エドン・リコートも同じ。
シヤンはエドンの母親が、取り乱して泣いた姿を見た。もしも自分の母親だったらと思った瞬間、一秒でも早く子どもを見付け出したいと強く思ったのだ。
亡き母親と重ねてしまったシヤンは、例えルアンに呼ばれても止まらなかったかもしれない。
「おいこら! 開けろ!!」
次の家に来たシヤンは、ドアを殴り付ける。既にノックではなくなっていた。
「はぁはぁ、シヤンさん、やめてくださいって!」
街の往復をしたスペンサーはへとへとになり、その家の階段に手をついた。
「てか……はぁはぁ……留守じゃね?」
「ああ!? ざけんなこんな時にどこほっつき歩いてやがる!?」
陽が暮れても家の明かりがついていないということは、留守ということ。
シヤンは玄関前で喚き散らした。
「えーと、この家の主は……あれ、庭師ッス! 40代の独身で、被害者半分の家で仕事しているッスね。名前はぁ、アトン……アトゥン? アトゥン・テット」
「庭師なら仕事終わってんだろ!? なんでいねーんだよ!」
「いや、オレ、庭師の仕事は知らんス」
怒りをぶつけられ、スペンサーは縮こまる。
シヤンはギロリとドアを睨み付けると、右足を上げた。そして、ドアを蹴り開けた。
「うわー!? だめッスよ! 勝手に入っちゃ!」
「うるせぇ!!」
スペンサーの制止も聞かず、シヤンは中に入る。
全ては、隠されているかもしれない子どもを見付けるため。子どもの命を救うため。母親を泣き止ませるため。
「んだよ……ここ」
アトゥン・テットの家は、そう広くない。短い廊下には、リビングと寝室と浴室のドアが並ぶ。リビングはもぬけの殻。
次に寝室を開けたシヤンは、自分の目を疑った。
簡易ベッドの上には、子どもがいる。破いたシーツで縛り付けられているが、ベッドはもがいた形跡がしっかりとあった。口まで縛られ、助けは呼べず、もがくしかなかったのだとシヤンは知る。どんなに怖かっただろう。
シヤンは恐る恐ると目を閉じている子どもに手を伸ばした。頬に触れれば、微かに呼吸を感じる。生きていた。
子どもの顔色が悪いが、シヤンは心から安堵する。
「おい、おい、起きろ。……あ、そうだ、水だ、水」
「えっ!? いたんですか!? 知らせてきます!」
「母親も呼べ!」
エドン・リコートを起こしながら、スペンサーに頼む。母親に真っ先に無事を知らせてほしい。
エドンが目を開く。ぐったりしているエドンに、シヤンは水を与える。
「水を飲め。もう大丈夫だぞ。かあちゃん、すぐ来てくれるからな」
優しく笑いかけて、安心させようとした。喋ることはまだできないが、エドンが水筒から水を飲んだ。
「見付けたぜ……ルアン」
シヤンは、ほっと息をついた。
◇◆◆◆◇
アトゥン・テットは、近所では親切で子どもに優しい庭師と評判だった。被害者の中の数人の家で仕事をしていて、ごく普通に会話をする仲だったという。その数人の被害者と同じ年齢ということで親しくしていた他の被害者達ともまた、自然と話す仲だったのだ。
その後、母親とともに駆け付けたピアースが診察した結果、エドンは二日ほど食事も水も与えられなかったが、命に別状がない。
ちらほらと街の人々達に、笑みが浮かぶ。一人の子どもが救われたことに、喜んだ。
それを見て、スペンサーもほっと一息をつく。しかし、犯人は依然と野放しのままだ。
殺気だっている者が大半。これから犯人を見付けるために、街が総出で探し始める予感がする。
「……あの」
スペンサーはルアンに報告するために戻ると、立ち尽くすセバスチャンに話そうとした。
しかし、ゼアスチャンの顔を見て、スペンサーは首を傾げる。深刻そうに眉を寄せて、アトゥン・テットの家を見据えた。
「どうしたんスか? まだご自分を責めている? 無事見付かったのですから、ここは喜びましょうよ」
「……いや、私が被害者の数と、遺体の数を照らし合わせなかったことが原因で救出が遅れた。責めるべきだ」
行方不明となった子どもの数の把握はしていたが、発見された遺体の数とは照らし合わせなかった。
無意識に、遺体の数を数えることを避けたのだ。
冷静沈着のゼアスチャンもまた、子どもの遺体から目を背けてしまった。
「人間なんですし……仕方ないッスよ。それにゼアスさんは、他にも膨大な情報を集めていたのですし」
「私のミスで、エドン・リコートは死ぬところだった。仕方ないでは済ませられない」
「……」
スペンサーはフォローしようとしたが、ゼアスチャンには届かない。表情は固いまま。
しゅん、とスペンサーは顔を伏せた。
「……水を持参するように指示をしたのは、ルアン様なんだな?」
「え? あ、はい」
「……生きている、前提で」
「はい、生きている前提で捜せと」
スペンサーの答えを聞き、ゼアスチャンは更に考え込むように眉間のシワを深める。
「どうしたんスか? ゼアスさん」
「……ルアン様の推理によれば、犯人は欲求を抑えられなくなっている。犯行が加速している。だから、ガリアンが街を捜索している間でも、二人も誘拐した」
「あ、はい。そう書いてありましたね」
容疑者リストの他に、ルアンの推理が書かれた紙も持ってきた。スペンサーは慌てながらも、その紙を取り出す。
「しかし、最後の子どもは誕生日を迎えて七歳となった。狙ったものではなくなったからこそ、殺さなかった。……いや、運悪くガリアンに空き家を見付けられてしまったこともあり、殺したところで隠す場所が他になかった。または殺す暇さえなくなってしまった。それがエドン・リコートの不幸中の幸い」
「え? ああ、はい。……犯人なら顔を見られたりしたら殺しかねませんよね」
「ルアン様は、それを見抜いて水を持参するように言ったのだろう。家に監禁している可能性が高いと。そして……」
一度言葉を止めると、ゼアスチャンは顔を上げた。
夜の顔になった暗い空の下の家を見上げて、口にする。
「犯人は既に……ここにはいないということを……」
ルアンは推測していた。
「……状況が状況だったので、犯人のことはなんも言ってませんでした」
スペンサーは先程の出来事を思い出しながら、独り言のように言う。
レアンに決闘で負けて動揺もしていたが、ルアンは子どもの救出を優先した。そのせいで言い忘れただけだろうと、スペンサーは思う。
「…………」
ゼアスチャンはまだ考え込む。
しかし、悠長にしている場合ではない。
「ゼアスさん。さっさと犯人捜しをしねーと、住人が暴れるぜ」
歩み寄ってきたデイモンが急かす。
スペンサーが、デイモンが率いてきた部下達を見てみれば、今朝ルアンに叱られたドミニクの部下までいることに気付いた。失態を取り返しにきたのだろう。挽回するため。
「相手はギア使い……更には追い込まれている。欲求を抑えられなくなってエドン・リコートを誘拐したが、目当ての六歳の子ではなくなり、更には己のコレクションが発見された。追い詰められた時、なにをしでかすかわからない。街の人々が相手するには危険すぎる。我々が対応すると話す。そして、捜そう」
ゼアスチャンは危険だということを街の人々に説明をしてから、犯人の捜索をすることを決めた。
あくまでこの事件の指揮はゼアスチャン。デイモンは、従うと頷いた。
「スペンサー。報告をしに行ってくれ。ルアン様から新たな指示をいただけたら、すぐに戻るんだ」
「あっ、はい!」
またもや往復する羽目となるが、スペンサーはルアンにいい報告ができると喜び、直ぐ様馬に乗った。