53 匿名の贈り物。
故郷のエンプレオスの街に戻ると、ルアンは真っ直ぐガリアンの監獄の中に入った。
「なるほど……小児性犯罪者のことは、小児性犯罪者に聞くってことかい」
大きな強盗組織の頭。ベアルス・ペリウス。
長いブロンドを肩に垂らし、ライトグリーンの瞳を持つ容姿端麗の青年。
くすんだ白の長袖のシャツとズボンを着て、光封じの手錠をつけて椅子に座って、訪ねてきたルアンを見据えた。
「ルアンお嬢」
にっこりと笑うと、ベアルスは。
「僕は、そんな変態ではないと何度言ったらわかってくれるんだい!? 僕はっ! 純粋にっ! 子どもを愛しているだけだ!!」
真顔になり、全力で否定をする。
「小児性愛者は皆そういう言うと思うよ」
ルアンはにっこりと笑い返した。
「違うんだ! 僕は子ども達の純真さを心から愛している! 子ども達から、なにかを奪っていくようなゲスどもと一緒にしないでくれ!!」
「どうだか」
クアロに用意させた椅子に座って、ルアンは始めることにした。
「情報は少ないけれど、六歳の男の子を氷浸けにして、地下に展示して楽しむ変態野郎。恐らく、子ども達の身近にいる」
「子ども殺しは死に値するね。年齢で選んでいるなら、年齢を知る立場にいる者だ。六歳は学校には通っていないから、学校関係者ではなさそうだね」
「あるいは兄や姉が学校に通っていて、六歳の弟の存在を知ったか」
「可能性はあるね。六歳と言うと、会話も豊かになって、友だちと秘密を共有したがる年頃だろう。親密になれる立場だということに間違いないはず」
ルアンも、ベアルスも、間を入れずに推測を並べる。
「命を奪うということも、理解しがたいが、手口もまた理解できない。氷の中に閉じ込める心理はなんだ? 我が物だと示すため?」
「まるで作品のように並べていた。鑑賞のためでもあるはず」
「遺体の鑑賞など、虫酸が走る。よほど狂った人生を歩んできた人間か、初めから欠落していた人間か。どちらにせよ、死刑にするのだろう?」
「死刑執行はしない。やむ終えない場合だけ」
「君達がやらなければ、誰かが罪を侵してしまうよ? それでいいのかい?」
子ども殺しは死に値する。
誰もがそう思うことだ。誰もが死刑にするべきだと思う。
ガリアンが手を下さなければ、街の住人が手を下す。罪人を増やしたくはないが、ガリアンが手を下すのは、命を守る場合、罪から逃亡する場合のみ。
「手を下すべきだよ。遅かれ早かれ、君は経験することになるんだ。君が処刑することを薦めるよ」
ベアルスは、ライトグリーンの瞳を細めて、ルアンを観察した。
「囚人に罪を下せと言われる筋合いはない。調子に乗るなよ、ベアルス」
ルアンは嘲笑って一蹴する。
「ふふ。なら、君の有望な側近が手を下すのかな?」
ベアルスの瞳は、ルアンの後ろに立つクアロに向けられた。
クアロはしかめたが、ベアルスとは会話する気はなく、目を背ける。
「まぁ、安心したまえ。捕まえてこの監獄に入れたところで、一日も持つことはない」
ルアン達が生きたまま監獄に入れても、ここの中にも犯人を許さない者がいる。
ベアルスは死を持って償うべきと考えているが、彼だけではない。
監獄の中は、不気味なほど静まり返る。囚人達が耳をすませているのだ。
この囚人達を束ねるベアルスの命令で、犯人は殺される。ベアルスが命令するまでもなく、殺されるだろう。
囚人の大半が、感情に身を任せて行動をする。野蛮人であるが、同じく子ども殺しに嫌悪感を抱く。
子ども殺しを許す者がいる場所は、どこにもないのだ。捕まれば、死、あるのみ。
「情報が集まったら、また話しましょう。ベア」
「ああ。いつでも大歓迎だよ、ルアンお嬢」
ルアンは椅子から下りる。
にっこりと微笑んで見送くろうとしたが、ベアルスは呼び止めた。
「もう一つだけ。仮に、仮の話だけれど、もしも僕が犯人なら……君を狙うよ。囮作戦、上手くいくはずだから、今からやればどうだい?」
「調子に乗るなって」
囮作戦はしない。それを決定事項。また一蹴して、ルアンは離れた。
「……今回の犯人、最後は処刑されるのね」
「あたしは息絶えるまで牢獄の奥で孤独に苦しませる方がいいと思うけれどね。憎悪に任せて殺すなんて、足りないと思わないのかな」
「……拷問してから殺しそうだけどね」
「ま。生き地獄を味あわせるって、説得してみるわ」
監獄を出て、ルアンとクアロは話しながら歩く。
「人身売買は誰の管轄だっけ?」
「えっと……ドミニクさんだったと思う。殺人事件に変わったから、ゼアスさんにパスしたんじゃない?」
「本当に役に立たない幹部。彼の部下は返してあげなきゃ。さっきの決闘申し込んだ奴らの中に、使えそうな奴を代わりに行かせる」
「ルアンが声をかければ、張り切るわね」
ルアンが殺人事件を担当すると思い、ゼアスチャンはこの件を引き受けた。
管轄はわかれているが、大雑把だ。結局のところ、先に解決した者勝ち。
殺人鬼関連は、デイモン・ウェスの管轄。だが、犯人の顔もわかっていないような事件は、手を出さない。
だから、デイモンは口出しはしないだろう。
「シヤン達のシフトを埋めるのは、あたしとクアロで問題ないでしょ?」
「アンタ、それじゃあ倒れるわよ。門番は他の暇人に割り当てましょう」
「館にいるんだから、門番ぐらいいいじゃん」
「頭使うことに専念したら?」
クアロが言うも、シヤン達の門番の仕事は、ルアン達がやることに決定した。
ボス・レアンに、ゼアスチャンが隣街の殺人事件を担当することになったと報告もした。
ウォッカを飲んでいたレアンは「わかった」と言うだけで、他にはなにも言わない。
手配を済ませたルアンは、クアロとダーレオク家に帰った。
子どもの殺人事件を目の当たりにして、ルアンから一時も離れたくないクアロは泊まることにした。
「ルアン様ぁ」
その夜。メイドウがご機嫌な様子で、ルアンの部屋に入った。
「贈り物ですよ」
胸には、色とりどりのチューリップの花束。
笑顔でメイドウは、ルアンに渡した。
「……誰から?」
「玄関に置かれてましたわ。宛先は書いてありませんが、ルアン様宛です」
匿名からの贈り物。
チューリップの中にメッセージカードがあり、ルアンはそれをとって確認する。
小さなガリアンメンバー様へ。
ルアン宛だと予想するメッセージ。
「ガリアンとしてのルアン様のファンですね! 隅に置けませんわね! きっと素敵な殿方ですわ!」
「匿名の贈り物で、夢見すぎ」
はしゃいでくるくると回ってエプロンドレスを舞い上がらせるメイドウを、ルアンは呆れた眼差しを向ける。
「でも、ありえるでしょ。ガリアン内でも、ルーのお気に入りになろうと躍起にしてるもの。そのアプローチじゃないの。モテモテね」
ベッドに寝転がって、クアロはニヤニヤとしながらもルアンを見上げた。
ルアンはクアロを見下ろしたあと、チューリップを見つめる。
「適当に飾っておいて」とメイドウに渡して任せた。
20150527