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52 冷たい狂気。


サイコキラーパート2編



残酷な描写ありご注意。

子どもの死。




 先日、三人組の強盗犯を追い回したガリアンのメンバーは、別件で街にいた。

 子どもが立て続けに行方不明になる事件を、依頼を受けて探っていたのだ。

 人身売買だと判断し、犯人を探して、子どもを見付け出すためだった。


 その最中に、大量の遺体を発見。


 隣の街、アルゲンテスはそこそこ広い。のどかだ。街の中心は人が多く、賑わっている。

 しかし、遺体が発見された街の隅にある現場に近付けば、誰もがその方向を見てざわめいていた。

 手入れがされていない芝生の前には、人込みが出来ている。ある者は中に入れろと怒鳴り付け、ある者は泣き崩れていた。

 発見したガリアンメンバーが五人、必死に押さえ込み、家の中に入れないように止める。


「ゼアスさん! ルアンさん!」


 その一人が駆け寄った。ゼアスチャンは先に降りてから、ルアンを下ろす。

「死体はっ……地下です」と青い顔をして伝えるメンバーは、吐きそうに口を押さえた。

 あとから馬から降りるクアロ達も、ゼアスチャンとルアンに続いて、メンバーが指差した家に向かう。古びた空き家は、長年住んでいないと感じた。

 ルアンは泣き崩れている子どもの両親を横目で見る。母親は両手で顔を覆い、泣き叫ぶ。父親は彼女を抱き締めて、泣いていた。

 シヤンが足を止めたが、ルアンはズボンを掴み、一緒に中へと入った。


 地下室は、冷蔵庫のように気温が低く、吐く息は白に染まる。

 一見、氷の彫刻が並ぶ芸術の展覧会。

 淡い光を放つ氷は、ギアで生み出した証だ。

 天井まで届きそうなほど、大きな氷の塊の美しさに見とれる。

 ただし、冷たい美しさの中に子どもがいなければの話だ。

 そこは狂気に満たされている。おぞましさに襲われ、全員が言葉を失う。

 発見したガリアンメンバーが、中に残らず、誰も立ち入れないようにした理由を知った。おぞましさに耐えきれず、外に出たのだ。

 ピアースは込み上げた吐き気を押さえるために、口を覆って壁に凭れた。

 クアロ達は一歩目から動けず、立ち尽くす。

 ルアンだけが、通路のように空けられたスペースを歩いて奥に行く。

 コートのポケットに突っ込んだ手を、ギッと握り締めて氷を睨み付けた。

 氷は、ルアンの身長の二倍、いや、三倍はある。その一つ一つの中心に、子どもが閉じ込められていた

 全員が、六歳の男の子。目を閉じている彼らは、展示されているのだ。ルアンが歩くスペースは、犯人が鑑賞するために空けたものだろう。


 ――胸糞悪い殺人鬼だ。


 嫌悪感が増幅して、収まらない。捕まえて、制裁を下したい。だが、そう考えるのは、ルアンだけではないはずだ。

 泣き崩れた子の両親だけではなく、街全員が、犯人を見付け次第血祭りにする。


「この件は、ゼアスさんが現場で指揮してください」


 顎に手を添えて、今得られる情報を集めながら、ルアンはゼアスチャンに言った。


「……ルアン様は、この件を捜査なさらないのですか?」

「見たところ、犯人の狙いは六歳の男の子。髪色も背格好も違うから、容姿ではなく、年齢にこだわっている。調べたのか、或いは年齢を知ることが出来るほど、近い者の可能性が高い。両親達から聞き出していけば、犯人を見付け出せるはず。犯人を見付け出すためには、両親達の協力が必要不可欠。でも私がいると彼らを動揺させるだけだ。だから私は帰る」

「はい。かしこまりました」


 亡くしたばかりの子どもと同じ年齢であるルアンがいては、動揺は収まらず話もできないかもしれない。

 犯人は身近にいる人物。顔馴染みのはずだからこそ、両親達から情報を探り出すべきだ。

 ゼアスチャンは頭を下げ、了承した。


「……意外ね。また、囮をやると言い出すのかと思った」


 もう遺体を見ていられなくなったクアロが、ルアンに目を向けて言う。

 ルアンの格好なら、囮ができる。六歳であり、男の子の姿。


「それで犯人を見付け出せるならやるけれど、今回は成功しないだろう。見ろよ……名前が彫られてある」


 ルアンが一つの氷を指差す。子どものものであろう名前が、下部に彫られてある。作品のタイトルのように。


「誘拐された間隔もかなり空いているらしいし、少しの間狙いをつけた子どもを観察していたんだろう。慎重だから、ガリアンメンバーの一員であるあたしを狙う可能性は低い。今わかるのは、犯人は六歳の男の子を氷の中に閉じ込めて眺めたい変態野郎だ。小児性愛者でサイコキラー。この犯人はこの街の住人を全員を敵に回した。犯人かもしれない者さえ、血祭りに上げかねない。あたしを囮にしたなんて知られたら、あなた達も批判されてリンチされかねないぞ」

「……」


 この事件で、住人達は爆発寸前。

 子どもが何人も殺されたのだ。ガリアンが子どもを囮にしたならば、怒りをぶつけられかねない。

 クアロは理解して、黙り込んだ。


「無実の人もリンチされかねないから、くれぐれも慎重におこなってください。ゼアスさん」

「はい。ルアン様。……しかし、ルアン様のお力を貸していただけませんか? 集めた情報を元に、容疑者を絞り出していただきたいのですが」

「なら、スペンサーに届けさせてください」

「はい」


 ルアンは現場を離れるが、洞察力や推理力で犯人を見付け出す。

 ゼアスチャンはルアンに情報を与えながら、住人が怒りを爆発させないように、捜査の指揮を執る。


「シヤン、外のメンバーにも伝えて。くれぐれもこの中に入れないことと、子どもの両親達と住人を宥めることを、今は優先して。あとはゼアスさんに従って」

「おう、わかった」


 嫌悪でしかめっ面をしたシヤンは、ルアンに頷いて見せると地下を出ようとしたが、ルアンはコートを掴んで止めた。


「ピアース」


 シヤンから手を放すと、しゃがんでしまったピアースの肩に手を置く。

 ピアースはびくりと震え上がった。


「ガリアン内でこの遺体を丁寧に扱えるのは、あなただけ。氷から出して、死因を調べて、両親に返すことをあなたにしてほしいのだけれど。無理ならそう言って。葬儀屋に任せる」


 この場の冷気にすっかり体温を奪われた蒼白の顔のピアースは、ルアンを見つめた。


「いえ……僕、やります……。親御さんに……この子達を返したいです」


 やがて、意を決して、ルアンに伝えた。ピアースも、嘆き悲しんだ両親を見たのだ。大切な人を亡くしたばかりのピアースは、せめて氷の中から取り出して遺体を返したいと強く願った。


「お願い」


 そんなピアースの頭を撫でて、ルアンは任せた。

 それを見つめたスペンサーは、静かに口を開く。


「……ルアーさん。なんで、死因を調べさせるのです? 凍死なのではないですか?」

「殺し方で犯人の行動パターンがわかって、捕まえやすくなる。どう見ても、ギアで氷付けにした。捕まえる際はギア対決にもなりうる。知っておくべき点だろ」

「ああ……なるほど」


 スペンサーは納得して俯く。


「氷のギアは、水の紋様に分類される。水を生み出して、凍らせるもの。溶けかけているから、絶対溶けない氷じゃない。対処も出来る。炎のギアで溶かせるでしょ、ピアースさん」

「えっ、僕のギアで溶かすのですか?」

「あなたの器用さなら傷付けないで済むでしょ」

「は、はい……」


 ピアースに任せると、ルアンはまたポンポンと肩を叩く。ピアースはまた気を引き締める。


「その……っあの。厚すぎるので、火力の強い炎のギアで五センチ近くまで溶かしてもらいたいのですが……」


 火力の強いギアは使えないと自覚しているピアースが、誰の手を借りるべきかを迷い、ルアンを見上げた。


「あたしがやる」


 ルアンは指先から光を放つ。

 ひし形の中に、一つ上に向かって線を入れて、円で囲う。

 その紋様の前に光が集まり、黄色く色付き、徐々に赤みが増す。炎となり、大蛇のようにクネクネと氷の間を通り、熱で包み込む。

 一同はその熱さからは、目を逸らさなかった。氷はボタボタと水を落とし、床に染み込む。

 氷の中の子ども達は、一時的に見えなくなった。

 床が水浸しになった頃、ルアンは炎を打ち消す。子ども達に、手を伸ばせば触れそうだった。


「現場を、よろしくお願いします」


 ルアンは告げて、一同の返事を聞かずに階段を上がっていく。

 クアロとシヤンが続いた。


「ルアン、シヤンとちょっと待ってて。馬、連れてくる」


 ルアンを目撃されないために、クアロは先に玄関から出る。

 ルアンはドアの壁に寄り掛かると、目の前にしゃがんだシヤンの顔を両手で包んだ。


「シヤン。くれぐれも、暴走をするな」

「えっ、なんだよ……わかってるって」

「お前は元々すぐ行動する奴だ。周りの感情に流されて、暴走するな。子ども達の両親やこの街の住人は、すでに復讐心を燃やしているはずだから」

「わ、わかってるって。信用してねーのかよ」


 執拗に釘を刺され、シヤンはルアンの手を振り払う。

 しかし、ルアンはまたシヤンの頬を両手で包む。潰すように強く。


「母親思いのお前は、泣き崩れる親を見て暴走しかねないだろ。怒り狂うな。誰も疑うな、疑わせるな。両親達と、出歩く子ども達を、気遣え。難しいとは思うが、努力して」

「……」

「出来るな?」

「……おう」

「よし」


 真剣な眼差しで言うルアンと見つめ合ったあと、シヤンは頷いた。

 ルアンはシヤンの頬をペチンッと叩いて放す。


「ルアンが囮をやらなくってよかった。子どもをギアで殺すような野郎に、差し出せねーよ」


 気合いを入れた様子で立ち上がると、シヤンはドアを出た。

 ルアンがちらりと見たシヤンの横顔は、真面目だった。


「任せとけって」


 振り返ってニッと笑って胸を叩いたあと、シヤンは他のガリアンメンバーの元へ向かう。

 パタリ、とドアが閉まったあと、ルアンは地下に繋がる階段に目を向けた。


「なに見てるんだよ、お前は」

「い、いや、別に……」


 地下の階段から覗いていたスペンサーは、ビクンッと震え上がった。


「そ、その、えっと……オレには細かい指示はないのですか?」

「あたしとゼアスさんの連絡役。現場ではゼアスさんに従えばいい」

「……はい」


 返事をしたが、少し不服そうに俯くスペンサーを見て、ルアンは眉間にシワを寄せる。

 しかし、クアロが迎えに来たため、ルアンはその街から離れた。




   ◇◆◆◆◇




「ルアンさんは、本当にすごいですよね……」


 地下室で、ピアースがポツリと漏らす。

 戻ってきたばかりのスペンサーと、ゼアスチャンはピアースを見た。


「あんな一瞬で見抜いて、指示が出来るなんて……本当に優れたお人です」


 ピアースを含めた大人が立ち尽くすような光景を見ても、動じず、やるべきことを告げたルアン。

 前回の殺人事件にも発揮された洞察力と推理力には、称賛を送る。

 しかし、ピアースは眉間に寄せた眉をハの字に下げ、悲しげな表情を曇らせた。


「同時に……すごく、心配になりました。あの一瞬で……ルアンさんは、子を奪われた両親の気持ちも、街の人達の気持ちも読み取って、起きうる過ちの犠牲になってしまう人のことまで考えた。……あんなに……幼いのに。すごく、広い視野で物事を見定めていく彼女が……あの小さな身体で、受け止めきれなくなってしまったら……そう思うと……心配でなりません」


 自分よりも、遥かに多くを感じ取るルアンが、それらを受け止められるかどうか。

 子どもを殺された両親の悲しみと、住人達の怒りを、感じ取ったルアンが、酷く心配になった。

 おぞましい事件だ。

 出来るなら、目を覆ってやりたくなる。それでもルアンは、弱さを微塵も見せなかった。

 クアロからルアンの強がりを聞いたピアースは、ルアンの心情を想像してギュッと自分の手を握り締めた。


「大丈夫ですよ、ピアースさん」


 優しく声をかけたのは、スペンサー。優しい笑みも、浮かべていた。


「ルアーさんには、オレ達がついているじゃないですか。ねっ? ゼアスさん」

「……その通りだ。ルアン様は子ども達をご両親の元へ返すことを望んでおられる。ご両親のためにも、ルアン様のためにも、出来ることを尽くそう」


 ゼアスチャンは頷き、地下室を見渡す。


「……はい」


 唇を噛み締めたあと、ピアースも頷く。今出来る最善を尽くす。


「ルアーさんのためにも、頑張りましょう!」


 深呼吸したあと、スペンサーは力強く言ったのだった。




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