51 決闘。
ルアン・ダーレオクは、幹部ゼアスチャン・コルテットとともに、ガリアンの監獄の管理を任されている。
実質上、門番をやるクアロとシヤン・フレッチャタ、そしてギアを教えているガリアン見習いのピアースとスペンサーも、ルアンの部下。
周囲には、ゼアスチャンも含めて、ルアンの側近と認識されていた。
現在六歳のルアンは、将来はボスの座につくと、ガリアンメンバー達は信じて疑わない。
大物を捕まえ、ギアを使った光封じの手錠を作り出した。今も監獄の改善をしながら、クアロ達にギアの腕前を磨かせている。
そんなルアンの配下になりたがるメンバーは多い。
今のうちに媚びを売ろうと、ルアンに群がる。
それを追い返す役目は、もっぱらシヤンが買って出た。シヤンが敬意を示すのは上層部ぐらいなもので、他のメンバーには躊躇なく怒鳴り声を上げる。
「オレに勝てもしねーくせに、ほざくなよオッサンども!!」
6月の湿った暑さを纏う太陽の陽射しを浴びながら、シヤンは一人一人と決闘をした。
監獄と館の間にある広間で、ルアンの配下志望のメンバーが十数人が集まり、シヤンとそしてクアロと決闘をする。
決闘騒ぎが始まる前に、スペンサーと格闘をしていたルアンは、怪我をした。スペンサーがひたすら謝るが、ルアンは無視。
木陰でピアースに手当てをされながら、ルアンは決闘を傍観する。
「本当に、本当にっ、すみません! ルアーさん!」
「喧しい。これ以上騒がしくするなら、鼻の骨をへし折る」
「だ、大丈夫ですよ。捻挫ですから、すぐ治ります」
涙目のスペンサーを鬱陶しいと見下すルアンの右手首に、薬草を塗った布を巻き付けてピアースは手当てを終わらせた。
さほど興味がない決闘から目を背けて、ルアンは髪を掻き上げると木の葉の隙間から見える空を見つめながら、考え事をする。しかし、その場は騒がしすぎて集中が出来ない。
男どものヤジ。爆音。考え事をする場には相応しくない。
「うっ……ううっ」
挙げ句には、真横でスペンサーが泣き真似を始めた。
「煩い、未来男」
「だって……だって、ルアンさんが髪を切るから……」
「暑かったんだもん」
ルアンが掻き上げた髪は、1年前と同じほどの短さに戻った。中途半端の長さに耐えきれず、自らルアンが切ったのだ。
おかげでメイドウは泣き喚くは、スペンサーは嘆くはで、全く持って煩い。
「伸ばしてくださいよ! 10年後はツインテールッスよ! ツインテール!」
「知るか」
しがみつくスペンサーを、ルアンは払い退けた。
そこで、シヤンが六人目を返り討ちにしたと高々に声を張り上げる。
視線は彼に、戻った。
「す、すごいですね。クアロくんも、シヤンくんも……僕より若いのに、大人相手に圧勝なんて」
ルアンの髪の話から逸らすため、ピアースは話題を振る。
「ギアは銃や剣よりも破壊力のある武器。それを先に発動した者が勝利する、先手必勝ってこと。ガリアンの決闘は、よーいドンで紋様を書き始めて、先に完成させて発動させたら、それで勝負はつく。クアロとシヤンはスピード重視のギアを選んで、確実に勝利しているの」
「あっ、なるほど……」
新人のピアースのために、ルアンはガリアン流の決闘を説明すると、大欠伸を一つ漏らす。
「そんなこともわからない野郎なんか、コキ使うのもしんどい」
力任せの配下志望者は願い下げのルアンが、そっぽを向く。
「ポジションを賭けたり、仕事を賭けたりするガリアン流の決闘かぁ……。ねー、ルアーさん。ボスの座を取り合って決闘することもあるんスか?」
にこにこ、といつもの調子に戻ったスペンサーは、ルアンを覗き込むように笑いかける。
ルアンは思いっきり顔をしかめ、バカを蔑むような眼差しを向けた。
「誰も、レアン・ダーレオクにギア対決を挑むわけないだろうが。お前、やっぱり頭が異常なんじゃないの?」
「酷すぎる言い様!? で、でも、ギアさえ先に発動させられれば、勝ちなんでしょう!?」
ルアンの本気の罵りにまた涙を浮かべたが、スペンサーは食い下がる。
ルアンは更に顔をしかめた。
「レアンのギアを、見たことないの?」
「へっ? ……ええ、見たことないですね。未来でもボスをお見掛けすることも滅多になかったですし……」
スペンサーの返答に、ルアンはほとほと呆れる。
「レアンの最強の所以も知らないで、ガリアンを名乗るとか、どうかしてる。恥よ。思い知りなさい」
「……ご、ごめんなさい」
本気の軽蔑の眼差しを向けられ、スペンサーは青ざめて俯いた。本当に泣きそうになる。
「ブロンドボーイは知ってるの?」
「えっ!? あ、はいっ!」
ブロンドボーイは、ピアースのことだ。
ルアンの鋭い瞳を向けられ、ピアースは緊張に襲われながらも返事をした。
「う、噂だけですが、存じ上げております。隣の村ですから……。スペンサーさんは、遠い街の出身ですから、知らないのは無理もないかと」
「ピアースさんっ!」
おどおどしつつも、ピアースがスペンサーのフォローをする。
その優しさに、スペンサーはうるっと涙を落としかけた。
その時だ。
カッ、と広場に光が瞬いた。次の瞬間に、見えないなにかに押し潰されたかのように、広場に立っていたガリアンメンバーが俯せに倒れる。
立っているのは、ただ一人。
ガリアンの頂点に君臨するレアン・ダーレオク。
ダークブラウンの髪をオールバックにしている彼の鋭い瞳は、ルアンと同じ色。
「……うるせー」
ガリアンのコートを肩にかけて佇むレアンは、倒れた部下を冷たく見下ろすと、娘のルアンにそれを向けた。
「部下を黙らせることもできねーのか?」
「ち、違うんです、ぼっ!?」
クアロが起き上がり説明をしようとしたが、また光が瞬き、クアロは地面に顔をぶつけるはめになる。
「申し訳ありません、ボス。ギア対決をすれば、彼らも自分の未熟さをわかってくれると思ったのですが。お騒がせしてすみません」
にこ、とルアンは笑みを返す。
ピアースもスペンサーも息を飲んだ。二十人近くを一瞬でひれ伏したレアンに、戦慄を覚えて固まる。
そんな光景に、微動だにしないルアンにもだ。
「……くだらねーことで、大騒ぎするんじゃねぇ」
レアンが足元を一瞥して指を鳴らせば、光が放たれたあとに、ねじ伏せられたガリアン一同は地面に頭をぶつけられた。
免れたシヤンとクアロは、気配を消し去るように息を殺して、レアンからそっと離れる。
レアンはすぐ足元にいたメンバーの1人を蹴り上げると「酒買ってこい」と一言。館の方へと戻った。
「な……なにが……起こったんスか?」
その場に呻き声が洩れる中、スペンサーはルアンに問う。
「ボスのギアだよ。あれがね」
「えぇっ!? 紋様書いてないじゃないですか!」
「光を膨大に持っている故に、恐らく光がただ漏れになっているんだ。わかりやすく言うなら、無の紋様なしで発動させたギア」
ルアンは指を鳴らして、まだ唖然としているピアースを我に返らせる。
「無の紋様の特徴は? ブロンドボーイ」
「はいっ! ひ、光を武器に変える紋様です。シヤンくんの得意なギアです」
「おうよ!」
ピアースはシャキッと背を伸ばして、答えた。
名前を出されたシヤンはニカッと笑う。
「正解。無属性の紋様。光だけで攻撃するものだ。紋様で光を具現化して放つものだけれど、ボスは紋様が必要ない。誰よりもギアの発動が早い。だから、決闘で負けるわけがないし、誰もが挑まない。紋様を書いてギアの力比べをしても、彼には勝てない。光の量は桁外れ。ガリアンのボスには、ギアでは勝てない。我らがボスは、故に最強無敵」
奏でるように、またパチンパチンと指を鳴らして言うルアンは、自慢話のように笑みを浮かべる。
そんなルアンの横顔を見て、スペンサーは綻んだ。
「ルアーさんも、光が多い体質を受け継いだから今ギアが使えるんでしょう? なら、ボスのようなことも出来るんですよね?」
「……さぁね。海の向こうの国には、特殊なギア使いがいるらしい。一握りだけが、覚醒して使える最強のギアだ。ボスのギアは、光の多さと特異体質で生み出された別の特殊なギアだと思う。あたしも使えるとは限らない」
解散するメンバーを眺めながら、ルアンはスペンサーに返す。
立ち上がったシヤンは、スペンサーを見た。
「未来のルアンは、使えなかったのかよ?」
「あー……ルアーさんのギアは三、四回しか見たことがないです。オレ、格闘技術を学んでいる最中でしたから。紋様を書いたり、道具を使ったり……」
苦笑を溢して、スペンサーは肩を竦める。
「よし、続きやるぞ。未来男」
「だ、だめです! 悪化してしまいますよ!」
ルアンが立ち上がって、スペンサーとの格闘を再開させようとしたが、ピアースは止めた。
「ルアン様!」
そこで、馬に乗ったゼアスチャンが駆け寄る。
「隣街で大量の遺体が発見されました」
「……奴?」
先日、強盗に遭った街から大量の死体が見付かった。
毒の花の殺人鬼の仕業かと、ルアンは目を鋭く細める。
「わかりません。行きますか?」
「行く」
ゼアスチャンは首を振った。毒の花の殺人鬼の可能性が低いと直感したが、それでもルアンは即答する。
差し伸ばした手を取ろうとしたルアンの手首に湿布が貼ってあることを知ると、ゼアスチャンはすぐに手を引っ込める。ルアンの怪我を悪化させないため。
クアロがルアンの脇を抱えて、馬に乗せた。すぐに馬小屋へ向かって走る。
「オレも行っていいですか!?」
「シヤンもピアースと一緒に来い」
「了解!」
「はっ、はい!」
スペンサーは逸早く同行するために、クアロを追い掛けた。ピアースも転けそうになりながらも、シヤンに続く。
ゼアスチャンはルアンとともに、一足早く隣街に向かって馬を走らせた。
20150517