47 死ぬ未来。
ルアンは、顎に手を添えて推測する。
「私の直属の部下でありながらクアロを知らないとなると……クアロはガリアンに働いていないということ。理由は、他の男に惚れてその尻を追いかけていったか。だが、父上以上の男に惚れるとは考えにくい……」
クアロがガリアンを去る理由として考えられるのは、ルアンの父であるレアン以外の男に惚れた可能性。
レアンに惚れたから、クアロはガリアンに入った。
レアン以上の男がいるとは、思えない。彼ほど最強の男はいないだろう。
「いや、でも、案外……全然違うタイプにコロッといく場合もあるんじゃない?」
トラバーは言いながら、クアロからじりじりと離れていく。同性愛者のクアロを警戒して青ざめた反応だ。
「うえ!? そっち系なんですかこの人!? うわっ!」
飛び上がってスペンサーも、クアロに身構えた。
二人の反応に、クアロは眉を潜める。クアロにとって、そんな態度は慣れっこだが、不快になるのはいつまでも変わらない。
すると、ルアンがスペンサーの足を蹴り上げて転ばした。
何事もなかったかのように、ルアンはまた顎に手を添える。
「まぁ、それもあるな。冷たくされ過ぎて、他の男に優しくされてコロッといくかも。もう一つあるとしたら……」
ルアンはクアロを見上げて、言う。
「死んでるかもな」
あっさりと放たれたそれに、クアロが息を飲む。
そのクアロの手に触れて、哀れみの眼差しを向けたルアンは一言。
「安らかに……」
「確定するな! 信じないって言ったくせに!」
すぐにその手を振り払い、クアロはスペンサーを指差した。
スペンサーの未来から来た話を、信じないと言ったばかりだ。
「そう言えば……一度だけ、ルアーさんが大事な部下を一人、亡くしたって言っていた……」
「信憑性を増すようなことを言うなお黙り!!」
起き上がったスペンサーが真顔で余計なことを言うため、クアロは全力で叫んだ。
すると、スペンサーはむっすりと膨れっ面をした。
「この人の話より! オレの話をしましょ!」
「未来の話はどうでもいいんだけど」
「今の話です!」
ルアンはもう付き合いきれないと手を振るが、スペンサーがそれを掴む。クアロは出遅れた。
「オレをガリアンに入れてください!」
自称未来から来た男は、行く宛がない。現在のガリアンに居させてほしいと頼む。
「断る。釈放されたばかりで、入れるとわけないだろ」
「わかってますが、どうかおそばに置いてください!」
ルアンは腕を振り回して、スペンサーの手を剥がした。
「無理だな。ただでさえ犯罪すれすれの自警組織に、元盗人を入れるわけにはいかない」
「いや、ルアンちゃん。犯罪すれすれの自警組織って言っちゃだめだよ」
トラバーが口を挟むが、ルアン達は無視をする。
「どうかお願いします! 未来はルアーさんの部下なんですよ!」
「未来のあたしであろうと、責任とるつもりはない。知らんものは知らん」
「自己中!! それでもおそばにいたい!」
ルアンに言い切られても、スペンサーは食い下がる。
ルアンは心底嫌がった。
「オレも反対だなぁ。恋のライバルは増えてほしくないから」
「ハッ! アンタの許可は、求めてませんが」
トラバーが反対だと意見を言うと、スペンサーは鼻で笑い飛ばす。
途端に、トラバーとスペンサーの空気が張り詰めた。バチバチと火花が散りそうな険悪ムードになる。
「オレは幹部なんだけれどー?」
「未来も今も、オレのボスはルアーさんただ1人ですけどー?」
「ルアンちゃんは、オレの花嫁になるんだよ」
「ハッ! 妄想も大概にしてくださいよ」
「君の妄想は酷すぎるだろ」
「事実ですよーだ!」
そんな二人に、ルアンは冷めた眼差しを向ける。
そこで、トラバーを呼ぶ声が響いた。馬をもう一頭連れて、馬で駆け寄るのは、見回りのメンバーだ。
「なに?」
「隣町で強盗していた三人組が逃走中です! リーダーは兎人で、ギアを使うそうで、奴らは崖に向かっているそうです! 今行けば間に合うはずです!」
「は? オレ、非番だよ。サミアン達は?」
「泥酔して寝込んでます!」
「またぁ!?」
勤務中のはずのサミアンとドミニクは、昨夜から飲んだくれている。
ルアンは「……消すか」と独り言を呟く。
他の幹部の所在は不明。レアンならば館の中にいるだろうが、当然誰も彼に声をかけない。酒瓶で殴られるのが落ちだ。
頼るなら、トラバーだと呼びに来た。
「しょうがないなぁ」とトラバーはしぶしぶ、馬に手を伸ばす。しかし先に、ルアンが手綱を掴んでよじ登ろうとする。
「ルアンちゃんと一緒なら悪くないなぁ」
にやけながら手伝おうとしたトラバーを、スペンサーが押し退けて、ルアンと一緒に馬に跨がった。
「おい!」
「ちょっと!」
「ルアーさん。この強盗捕まえたら、ガリアンに入れてくださいね」
「はぁ?」
スペンサーはルアンの返答すら聞かず、馬を走らせる。ルアンを連れ去った。
呼びに来たメンバーは慌てふためきながらも、ルアンを案内するために追いかける。
「おい待てよ!」
トラバーは声を上げて、馬小屋に駆け込んだ。
「ちょっと追いかけないの!?」
「えー、大丈夫じゃね? ルアンを納得させるためにスペンサーに捕まえさせてやろうぜ」
「なんでアイツを信じちゃってるのよ!! バカ!」
スペンサーを警戒していないシヤンを怒鳴り、クアロもルアンを追いかけて馬小屋に駆け込む。
「なによっ……! 私がいない未来なんてっ……」
馬を全力で走らせ、崖に向かう。
エンプレオスの街を抜けて、荒れ地を突きっ切った二キロ先には崖がある。その崖を越えるには、エンプレオスの街とレンティウ村を繋げる道が近道。
ガリアンを避けるためにエンプレオスの街を通り過ぎても、こちらは待ち構えることができる。
ルアンを連れたスペンサーの背中を見張りながら、クアロが距離を詰めていくと、前方から強盗の姿が確認できた。
「チッ! 待ち伏せかチクショウ!」
ドスの利いた声を出すリーダーの兎人は、顔に影が出来るほどの強面。片手に手綱を握り、もう片方でリボルバーを向けた。