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46 未来男。


自称未来男、登場。






 青年は軽々と階段を飛び下りると、ルアンの元まで駆け寄った。


「ルアンさんっ!! やっと会えた!!」


 クアロは慌てて青年を捕まえようとしたが、先にルアンのそばにいたトラバーが壁になるように割って入る。

 しかし、青年はトラバーなど眼中にない。その目に映すのは、ルアンだけ。

 躊躇なく地面に座り込むと、ルアンと視線を合わせて凝視した。


「うわー! うわーっ! ちっちぇー!! 本当に男装してたんですね!! でも可愛い!! 可愛いッス、ルアーさんっ!!」


 感動で興奮した様子で、青年はバンバンと地面を叩く。

 それを見て、ドン引きしたトラバーは身を引いた。

 遅れてルアンの元に駆け付けたクアロは、ルアンの後ろに立つ。いつでもルアンを庇えるように。


「アンタ、誰」


 青年をただ見つめるルアンは、ツンとした言葉を返す。

 気安く呼ぶ青年を、ルアンもクアロも知らない。


「声も可愛いッスね、ルアーさんっ!!」


 青年が更に興奮した様子で、声を上げた。ルアンは、冷めた目を向けるだけ。


「コイツ、誰?」


 答えようとしない青年の代わりに、ルアンは一緒に監獄から出てきたゼアスチャンに問う。


「十ヶ月前に、窃盗で捕まった者です。ルアン様」


 ゼアスチャンは、間を空けずに答えた。

 釈放されたばかりの元囚人だということは、布の袋を握っていることからわかる。窃盗の罪で十ヶ月の間、監獄にいた者。


「何回かあたしを呼んでいたのは、アンタね」

「あ、はいっ! ベアルスを捕まえたあととか、改装中にルアーさんがいるってわかったので、会いたくて呼んでしまいました!」

「なんであたしを知ってるの。あたしはアンタを知らない」


 笑顔な青年と、無表情のルアン。

 青年の方は奥の監獄にいて、脱獄もしなかったらしく、ルアンは見てもいない。

 親しそうに呼ばれる筋合いはない。


「そりゃそうですよね!」


 ルアンの冷たい態度に微塵もめげず、青年は笑顔を輝かせたまま漸く名乗った。


「オレはスペンサーです! 10年後の未来から来ました!」


 途端、その場は沈黙する。

 春の空を、小鳥が飛び去った。羽ばたきさえ、ハッキリと聞こえた。


「コイツ、監獄に戻した方がいいんじゃないかなー? ゼアスさん」


 トラバーが沈黙を破って、階段上のゼアスチャンに笑いかける。

 勿論、犯罪を侵していないなら、監獄に戻すことは出来ない。

 ルアンは異常者を見るような眼差しを向け、クアロはルアンの肩を引いて離した。


「あっ、信じられないのは、当然ですよね! でも本当なんです! 10年後のルアーさんが、ギアでオレをこの時代に送ったんですよ!」


 まだまだめげず、スペンサーは笑いかける。

 ぴくり、とルアンの眉が上がった。


「アンタ、バカじゃないの。ギアは魔法じゃないわよ」


 クアロは頭がおかしいと睨みながら、言ってやる。


「魔法じゃないですよ、ギアですよ。時間を止めるギアを改良して、ルアンさんが過去に飛べるギアに仕上げたんです。まぁ、まだ完成じゃなくて、オレが実験として過去に送られたんです。実験は成功! さすがルアーさんです! 時空を越えるギアを作るなんて!」

「……完成しているかもわからないギアを、受けたってこと? バカじゃないの」


 スペンサーは笑いながらガッツポーズを向けるが、ルアンは冷たい言葉を放つ。


「ルアーさんのためなら、例え火の中、ギアの中です!」


 またもやめげずに、スペンサーは笑顔で言い放つ。

 呆れてポカンとしたあと、ルアンは訊いてみた。


「で、アンタ、どうやって未来に帰るの?」

「それがぁ……」


 苦笑を溢すと自分の頭を掻いて、答える。


「帰れないんっス! 多分、一生!」


 未来には、帰れない。


「初めに、ルアーさんに言われました。命の保証も出来ないし、帰れない可能性が高いって」

「アンタ、本当にバカじゃないの」

「いやぁ、ルアーさんのためなら、例え火の中、ギアの中ッス!」


 ルアンのために、不確かなギアを受けた。

 帰れないとわかっていても、スペンサーは笑顔のままだ。


「過去にもルアーさんがいるし、おそばに置いてもらえるなら、まぁいっかなーってノリで」

「バカか。シヤン以上のバカか」

「おい待てよルアン! オレとソイツを比べんなよ!!」


 ルアンに名前を出されたシヤンは立ち上がると、スペンサーを指差して怒鳴る。


「あっ! シヤンさん!?」


 振り向いてシヤンを見上げたスペンサーに呼ばれ、シヤンはビクリと震えて身構える。


「うっわー! 若いッスね! まだ未成年なんスか? あどけないッスね。未来ではこうキリッとしてて、勇ましかったのに、こんな時代もあったんですねー」

「お、おう、そうなのか……」

「はい! ガリアンの中でも、指折りの戦闘員で一目置かれているお人です!」

「そ、そうなのか!」


 地面の上に座ったまま、スペンサーは未来のシヤンを褒める。

 シヤンはたちまち、ぱぁーと目を輝かせた。

「だからバカなんだよ」とルアンはボソリと言う。シヤンには届かない。

 スペンサーの目が、シヤンから唖然としながらも見守っていたピアースに移る。


「おお! ピアースさんだ!!」

「は、はい!?」

「あはは、ピアースさんもあどけなさが……まぁ、未来のピアースさん、童顔だから、あんま変わらないッス!」

「えっ……」

「入りたてですか? じゃあギアの特訓中ですか? ならオレと一緒ですね、オレもギアは見習い中です。未来のピアースさんは、ギアも使える凄腕のお医者さんですから。頑張ってくださいね!」

「!! ……はっ、はい!!」


 ピアースも褒められ、眼鏡の奥で目を輝かせた。

 10年後、凄腕の医者になっている。ただそれだけに、嬉しさを感じて噛み締めた。


「このバカ、すげー世渡り上手だな」


 ルアンはほだされたピアース達に呆れた眼差しを向けたあと、ゼアスチャンにも目を向ける。

 ゼアスチャンもまた、似たようなことを聞き、ルアンの接近を許したのだろうと推測できた。


「ゼアスさんには、なに言ったの?」

「未来ではゼアスさんは幹部じゃないって言いました」


 ルアンに向き直って、スペンサーは答える。


「未来では、ルアーさんが幹部です。そしてシヤンさん、ピアースさん、ゼアスさんとオレが、ルアーさんの直属の部下なんです!」


 そして胸を張って言った。それを聞くと、シヤンが雄叫びに似た叫び声を上げて喜ぶ。ゼアスチャンも拳を固めて、静かに喜びに浸る。

 二人にとって、喜ばしい未来だからだ。

 ピアースだけは、我に返り「なんで10年後もいるんだろ……」と首を傾げた。


「これで確信した。お前はイカレ野郎」


 ルアンだけは、スペンサーの話す未来を否定。スペンサーもイカれていると断定した。


「な、なんでですか!?」

「あたしが幹部になってるはずない。10年後はもう悠々自適な引退生活を送る予定だ」

「16歳という若さで!?」


 スペンサーが漸くショックを受けたことで、ひねくれたルアンは畳み掛ける。


「部屋から一歩も出ずに読書を貪って、本に埋もれて死ぬのが理想だ」

「早すぎますよ!! そんな未来じゃないです!」


 涙目でスペンサーは、ルアンに抱きつこうとした。

 しかし、クアロがルアンを引っ張り避けさせたことで、スペンサーは地面にベタリと突っ伏する。すぐに起き上がった。


「10年後のルアーさんは、最果ての女王様と恐れられているお人です!!」


 それを聞いたルアン以外が、吹き出す。

 ルアンの父親であるレアンは、犯罪者達に"最果ての支配者"あるいは"最果ての王"と呼ばれている。

 スペンサーいわく、10年後ルアンは"最果ての女王"と呼ばれているのだ。

 クアロ達は、戦慄を覚えて震えた。


「オレとルアーさんの出逢いは、こことは真逆の北部の街。オレが通い慣れたバーでした」

「え、勝手に出会いを語り出しちゃったよ」


 ツッコミを入れるトラバーを無視し、スペンサーは遠くを見つめながら語る。


「そこにはガリアンのメンバーが十人ほどいました。当時、北部ではガリアンの噂は届いていたのですが、まさか彼らが城より奥にある街に来るとは夢にも思わなかったので、黒いコートに身を包んだ彼らは柄悪くて不審に思いました。もう今から強盗でもするのかと思えるくらい怪しくて。身構えながら、テーブルに座ったんです。でも、カウンターに集まっていた黒コートの彼らの真ん中に、一人だけ女の子がいたんです。バーなのにお酒も飲まず、ただ窓際のカウンター席で、静かに本を読んでいる彼女は、もう麗しい少女でした。小さな窓から射し込む陽射しで、ダークブラウンの長い髪は橙色に艶めいてました。エメラルド色のリボンで、その髪は二つに束ねられていました。肌は色白で、ほんのりと頬は赤みを帯びていて、唇はふっくらしていてチェリー色。長い指先が捲るページを見つめる瞳は、宝石みたいに美しかったです。もうこの世のものとは思えないほど美しすぎて、天使なのかと思いました。柄の悪い野郎共なんて霞んで見えなくなりました。オレが見るのはただ1人。ルアーさんでした。目を奪われたのです。見惚れたんです。一輪の薔薇のように棘さえもあると感じても、どうしても触れたいと思ったんです。永遠とも思える長い間、見惚れていたら、彼女が俺に気付いて目を向けてきたんです。天使みたいに麗しい容姿の彼女は、艶かしく唇をつり上げて微笑んで言ったんです」


 惚れちゃったって、カオしてるわね。貴方。


「その瞬間、俺のハートは撃ち抜かれました! いやもう、粉砕されたみたいな衝撃! もうルアーさんの虜になりました!! オレの全てはあなたのもの!! だから、ルアーさんの役に立てるなら、時間を越えるギアの実験体にもなったんです!」


 胸を押さえて、スペンサーは目の前のルアンに向き直る。眼差しは恋をしている熱いもの。

 しかし、ルアンは冷めた眼差しを返し、そしてまた冷たい言葉を返す。


「お前の妄想は細部まで凝ってて、気持ち悪いな」

「妄想じゃないッス! まじッス! これ全部妄想なら怖すぎじゃないですか!」

「どうせベアルスが吹き込んだんだろ」

「あの野郎とは一言も話してませんよ!」


 ベアルスが考えた作り話ならば、ルアンは納得できる。

 しかし、スペンサーは真っ向から否定した。


「未来ではアイツ、自分がルアーさんと同等だって思ってるんスよ! 嫌いッスよ! 監獄を牛耳る様を見てましたけど、オレは一切関わってません! 盗んだ罪を償うためにも、十ヶ月耐えていたんです。時には呼びましたが! 会いたくて会いたくてっ! でも十ヶ月頑張りましたっ!!」


 涙ながらに語り、スペンサーはまたもやルアンに抱きつこうとしたが、クアロは引っ張り避けさせた。


「そう言えば、なに盗んだの。アンタ」


 スペンサーの涙も無視をし、ルアンは窃盗の罪について問う。


「あ、服ッス。過去に飛んだら、この街にすっぽんぽんでいたので……仕方なく。そして捕まりました」

「……ター○ネーターか」

「ター……?」


 首を傾げるスペンサーに、ルアンはうんざりとした様子で首を振る。


「信じられないのも無理ない話ですけど、どうか信じてください。ルアーさんなら、オレの嘘を見抜けるでしょ? ねっ!」

「妄想を強く信じている場合、嘘ついているようには見えないから」

「妄想じゃないッス!!」


 ルアンは妄想と決め付けて、スペンサーの話を信じていない。スペンサーが涙声を上げても、通用はしない。


「じゃあ時空を越える紋様を、書いて」

「へっ? えっと……四角形……いえ、五角形? その中を跳ね回るみたいに……えぇっと……」

「……」

「……うぐっ」


 ルアンに問われた紋様を書けず、スペンサーは顔色を悪くして俯く。


「複雑すぎて……それに、オレ、ガリアンに入ったばかりでギアはあまり……」


 信憑性は更に欠け、ルアンが信じてくれず、スペンサーはしょんぼりとする。


「風変わりのギアがどっかにあるはずだから、ありえるとは思う。でも、あたしが過去に飛べるギアを作るなんて、意味わかんない。未来の人間が過去に飛ぶと、影響が生じて未来が変わる。そんな厄介なものを作ってどーすんだよ」

「えっ……未来のルアーさんは、そんなこと言ってなかった……」

「よっぽど変えたい過去でもあれば、納得できるような気もするけど……。幹部になるのも、あたしらしくない」


 過去に滞在する影響について、スペンサーはなにも聞いていない。忠告をしていないことも、疑わしい。

 ルアンはだからこそ、信じなかった。


「いやでも、ルー。この男を使い捨てる様とか、アンタの鬼畜っぷりそのものじゃない。命も保証せず、挙げ句には帰る方法も用意せずに、送り込むなんて……10年後も鬼畜なんて、私がついていながら!」


 クアロは少し信じ、未来のルアンを想像して嘆く。


「おーい。さすがのあたしも、命を粗末にしないぞ。おーいこらー」


 他人をいたぶることが好きだという性格の悪さを自覚しているルアンは、命までは奪わないと自負している。

 顔を両手で覆ってまで嘆くクアロを蹴っ飛ばそうとした。しかし、スペンサーの発言がそれを止めた。


「貴方は、いませんでしたけど」


 首を傾げて、スペンサーは問う。


「ていうか、貴方は、誰ですか?」


 その質問が意味するのは、未来のガリアンにはクアロがいないということ。

 目を見開いたルアンは、スペンサーを見たあと、クアロに戻す。

 クアロもまた目を見開いて、言葉を失っていた。




20150427

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