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42 殺人鬼の訪問。




 夕暮れ時。レンティウ村の中心にある村長の家のポーチに立ち、ルアンは集まった約120人の村人に向かって話した。


「私はガリアンのボス、レアン・ダーレオクの娘です。未熟ながらも、ガリアンの一員として働いております。ご存知の通り、二組の夫婦が殺されました。先ずはお悔やみを申し上げます。この中には親しくしていた方もいるでしょう」


 ルアンは一度顔を伏せて間を空けてから、顔を上げて続ける。


「犯人はまだここにいる可能性が高いです。そして、今晩も誰かを殺そうと狙っているかもしれません」


 ザワッ、と村人達に動揺が走った。次は自分かもしれないという恐怖を感じている。


「ですが!」


 ルアンは自分の声を届けようと、少し張り上げた。


「皆様が警戒すれば、大丈夫です。この犯人は、家に招かれることを待っています。どうか、今夜だけは家族以外を中に入れないようにしてください。殺された夫婦達は、恐らく怪我をした猫を手当てしてほしいと頼まれ、家の中に入れたのです。この犯人はとても嘘つきで、人を騙すのが上手いのです。外見は人を殺すとは思えないほど普通そうに見えても、絶対に家には入れないでください。彼には良心はありません。人を苦しませて楽しむ異常な人です。どんなに頼まれても、家には入れてはいけません。彼は、どんな相手でも、刃物を突き刺す人です。どうか、自分と自分の家族のために、しっかり戸締まりをして、朝まで開けないでください」


 猫被りをして伝えながらも、ルアンは村人を見回して観察をする。


「大変申し訳ありませんが、まだ我々はこうして注意を呼び掛けることしかできません。しかし、全力でこの犯人を捕まえるために努力します。不審者や、無理矢理家に入ろうとしたものを見付けた場合、大きな音を立てて知らせてください。我々ガリアンはすぐに駆け付けます。この隣の宿に泊まりますので、助けます。今夜は全員が無事に乗り切りましょう」


 祈るように胸の上で両手を握り、ルアンは微笑みを向けた。

 子どもの呼び掛けに、村人は微笑みを返す。レアン・ダーレオクの名前が効果的だった。

 隣の村は、レアン・ダーレオクの噂をよく知っている。守ってもらえると、信じた。

 深く頭を下げたあと、ルアンはゼアスチャンの手を借りて、ポーチから下りる。それから、隣の宿に入った。

 あとからクアロ、シヤン、ピアースが入る。ルアンの自室ほどの広さのロビーは、それほど華やかではない。


「どうだった?」

「残念ながら……」

「見付からなかった」

「同じく」

「僕もです……」


 ロビーに用意されたソファーにそれぞれが座りながら、報告をする。


「ま、仕方ない。怒りに震える男をあの120人の中から見付けるのは、難しい。姿を現しているとも限らないけれど、大々的に呼び掛けたから、近くで聞いていたはず」


 ルアンが村人に告げている間に、ゼアスチャン達は犯人を探した。

 怒りを露にする者が、犯人の可能性が高い。しかし、犯人はただでさえ、一見普通の男。短い間で見抜けるほどの洞察力を、クアロ達は持ち合わせていないため、その場で見付けられるとは期待していなかった。

 コイツが犯人だと、確信を得るのは、刃物を持って現れたその時だ。


「でも、さっきのはルアンにしては、全然挑発的ではなかったわよね」

「敵に罠だとわからせちゃったら、意味がないでしょ。そこそこ頭はいいはずだから、これぐらいでいいの。あとはあたしを殺しに来るのを待てばいい」


 クアロに言いながら、ルアンはガリアンの上着を脱いで、シヤンに返した。

 ルアンの真横に立つゼアスチャンが口を開く。


「では、手筈通りに、私とクアロ、シヤンと順番に見回りをしに行きますね」

「残るのは、一人で。見回りをする時は二人一緒で。いくら手練れのギア使いでも、紋様が書けなかったら丸腰も同然。油断しないように」

「それぐらい、わかってるわよ」


 淡々と言うルアンに、クアロは肩を竦める。


「あ、あの……本当に、僕も、ここに泊まっていいのでしょうか?」


 自信なく手を上げ、ピアースは弱々しく、ルアンに確認した。


「構わないわ。この宿は貸し切っているし、あたしが使うあの部屋以外は使っていい」


 犯人を誘きだす餌場に、この宿を貸りたのだ。ロビーの周りには四つのドアがあり、それが部屋。ルアンが指差すのは、左奥のドア。


「ガリアンのメンバーが一人、このソファーで待機する。いてもいいけれど、寝たフリでもしておいて。ギア、使える?」

「あ、はい……身を守るために、炎の紋様を覚えました」

「なんのタイプ?」

「タ、タイプ? えっと、なんだっけ……タイプA?」


 弱々しくピアースは答える。一応は使えるが、ルアン達とは違い、使いこなせていない。


「そう、なるべく使わないようにして。混乱を招くかましれないから」

「はっ、はいっ!」

「でも、自分が殺されそうになったら、どうぞ使って」


 あまり不馴れな者に使われては困る。一応は釘をさした。


「殺人鬼が来る村で一番危険な場所ではあるが、同時に一番安全な場所でもある。どうせ友人の家に泊まるなら、守られるところに泊まればいい」

「は、はぁ……何から何まで……ありがとうございます」


 おず、とピアースは申し訳なさそうに頭を下げる。


「任しとけ!!」


 シヤンが一喝するように、ピアースの曲がった背中を叩いた。


「ルー。犯人がもう殺す相手を決めてたら、その家に乗り込むかもよ? 人手は少ないし、毒でやられたら知らせることもできないでしょ。ボスの名前まで出して、大丈夫なの?」

「奴は直前で獲物を決めるるんだ。予め決めているなら家族構成を把握するはず。いつ帰ってくるかもわからないピアースがいるのに、ブラーイア夫婦の家に入るわけがない。今夜の獲物は、あたしに決めたはず。奴は自分に自惚れているから、怒りも殺意も抱いた。快適な狩り場を封鎖したこのあたしをね」


 クアロの問いに、ルアンは言い切る。この犯人の獲物は、自分に決まったと断言。

 殺人鬼の狩り場を、ルアンが封鎖したことにより、殺人鬼の視線が向けられる。そして、村人の代わりにルアンを狙う。


「自分を狩人だと思い込んでいる野郎が、罠に嵌まる。クククッ、見物だな」


 ルアンは頬杖をついて、子どもに不釣り合いな不敵な笑みを浮かべた。


「アンタ、本当にドSよね」


 クアロはドン引きする。


「えー? あたしはただ、自分をSだと思っている奴の頭を踏み潰したいだけ」

「Sを上回るドSでしょ、それ」

「ドSは誰に対してもいじめるんじゃない? あたしは、ゼアスチャンみたいにいじめられたがるマゾなんて、いじめても楽しくないもん。喜ばれると萎える」

「いや、ゼアスさんはマゾじゃないでしょ」

「洞察力を鍛えろよ」

「いや、ゼアスさんに関しては間違ってるからね、絶対!」


 ルアンとクアロはSの定義を話していたが、ゼアスチャンがMかどうかにすり変わった。

 そして、人数分の紅茶をそそぐゼアスチャンを、一同が見上げる。

 ゼアスチャンは視線に気付かないフリをした。

 そこで、玄関の扉からノック音。いち早く、反応したルアンがソファーを飛び下り、駆け付けた。

「ルアン様!」とゼアスチャンは慌てた様子で追いかける。クアロ達も犯人を警戒して身構えた。


「お嬢さん、これ夕食にどうぞ!」

「これも食べて!」


 扉を開くと、豊満な体型の女性と、対称的に痩せた女性がいて、鍋とパンをルアンに差し出す。差し入れだ。


「わぁ、ありがとうございます! 嬉しいです、美味しそう!」


 ゼアスチャンがそれを受け取り、ルアンは子どもらしい天真爛漫な笑みを向けて、明るい声を弾ませて対応する。


「……ルアンさんは……なんだか、こう……その八方美人さんですね」


 ピアースがクアロ達に、かなり選んだ言葉を、そっと言う。

 犯人ではないとわかり、腰を下ろしたクアロとシヤンは笑みをひきつらせる。


「はっきり言っていいですよ、腹黒いと」

「ルアンの奴……ピアース以外の村人には猫被りする気なのか」


 八方美人というには、あまりにも控えめだ。

 愛想をよくしても、腹が黒い。子どもらしい天真爛漫な笑顔を作っても、他人の頭を踏み潰して不敵に笑う。


「……ルアン、サイコパスじゃね?」

「あの子に人、殺させちゃだめよ……サイコキラーになる」


 サイコパスの特徴に当てはまるルアンを深刻に心配し、クアロとシヤンは顔を曇らせた。


「そ、そんなこと、ありませんよっ! ルアンさんには良心がありますよ!」

「逆に言えば……それがなければ、サイコキラーに……」

「!?」


 悪い方にしか考えられないクアロ達に、ピアースはギョッとしてしまう。


「まぁ、前世では自棄になってサイコキラーになりそうにはなってたけど、安心しなさい。今は仮にも自警組織の一員、あくまで犯罪者を狩る側だから」


 村人の対応を追えたルアンは、軽く笑って否定した。

「ぜ、ぜんせ?」とピアースが、ぱちくりと瞬く。

「気にしないで」とクアロは、考えさせないようにした。

 コーヒーテーブルに差し入れが並べられたが、悲惨な現場を見たあとでは、誰も手をつけようとはしない。特にクアロ達は、遺体を見たあとだ。


「ピアースはどうするの?」

「え?」

「これからのこと。都心で勉強したくとも、お金が貯まってないんでしょ?」

「あ、あ、はい」

「世話してくれた人もいなくなって、あなたはどうするつもりなの?」


 パンを一つだけ手にとったルアンは、暇潰しといった風にピアースの今後を問う。


「……お、落ち着いたら……考えます……」


 ピアースは自分の膝の上に拳を置いて、俯いた。世話をしてもらうほど、生活はきつかったのだ。今後は勉強をしながら働くことは難しくなる。


「……犯人が捕まるまではっ……考えられませんっ!」


 自分の将来や生活よりも、ブラーイア夫婦を殺めた犯人のことだ。それまで、自分のことなど二の次だ。


「ふぅん……。どうでもいいけど、なんで医者になりたいの?」


 ルアンのその問いに、クアロが肩を震え上がらせる。

 シヤンは空腹に負けて、パンを手に取るとかぶりついた。


「えっ、それは勿論……人を救いたいからです。……?」


 ピアースが答える。クアロが身ぶり手振りで止めろと伝えたが遅かった。クアロは自分の顔を覆う。


「……でも……彼らを救えなかった僕が……こんなことを言う資格、ありませんよね……」


 シュン、とピアースは落ち込む。人が救いたくて医者になろうと勉強に励んだが、一番身近にいた人間を殺され、救うことができなかった。自信までもが、奪われた。


「そんなことはない。医者には医者なりの救い方がある。殺人鬼から人を救うのは、あたし達。全ての人は救えない、悪党が人を殺すその瞬間に必ずいられないからね。あなたは病気や怪我から、人を救えばいいの。あなたはあなたの力で、救える者を救えばいい」


 ルアンはパンをちぎりながら、真っ直ぐにピアースを見つめて告げる。


「医者として人を救いたいあなたを、ブラーイア夫婦は支えていたはずでしょ?」

「……ぁ……」


 ピアースは言葉を失ってしまい、なにも答えられなくなった。大きな眼鏡の奥の瞳は、涙が浮かぶ。

 ルアンは気付かぬフリをして、パンを食べる。


「……意外ね、ルー。医者嫌いでしょ」


 医者の話をした時、ルアンが理不尽な怒りをピアースに向けるとばかり思ったクアロは、唖然とした。


「あたしが嫌いなのは、金の亡者の医者だ。あの野郎が主治医なんてヘドが出る」


 ルアンは街一番の医者を嫌っているのだ。

 パクリとルアンがパンを食べ始めると、ゼアスチャンは鍋に入ったシチューをよそい、それぞれに配った。

 見回りの確認をしながら、夕食をすませると、ルアンが立ち上がる。


「あたしは寝る」

「着替え、手伝おうか?」

「いつ来るかもわからないんだから、このまま寝る。なにか起こるまで、起こさないでよね」


 クアロに断りを入れて、ルアンは一人部屋に向かう。


「おやすみなさいませ、ルアン様」

「おやすみー」

「お、おやすみなさい、ルアンさん」


 ゼアスチャン、シヤン、ピアースにおやすみを返して、ルアンは部屋のドアを閉じた。

 大きめのベッドが一つだけ置いてある部屋には、棚やクローゼット、そしてテーブルが一つ。それぐらいしかなく、人が隠れるペースはほぼない。

 だが、死角が一つだけある。

 ドアの後ろだ。

 ドアを閉めた途端に、ルアンはそこに人がいると気付いた。

 次の瞬間、口を布で押さえ付けられる。花をすり潰したような濃厚な香りが、目眩を招く。

 もがく暇もなく、身体の力が抜けると、ルアンは静かに床に倒された。


「――――やぁ」


 そのルアンを見下ろして、青年は微笑む。陽が落ちて暗くなった部屋でも、綺麗な白銀の髪をしているとわかった。

 誰かに危害を加えるとは、到底思えない優しげな笑みだ。その儚い容姿で、弱々しい印象を抱く。

 だが、ルアンは知っている。彼の瞳に狂気に満ちているということを。

 彼こそが、イカれた殺人鬼だ。

 思惑通り、ルアンを狙ってきた。そして殺人鬼は、静寂を壊さずに、ルアンを捕まえた。




20150406

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