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41 毒の花。




 貧困とも感じるこじんまりとした村。小屋のような小さな家が並ぶ間に、木々や石を積み上げた壁がある。静かで、平穏だ。ルアンはそう印象を抱いた。

 今朝遺体が発見された現場に向かった。

 結婚五年目の若い夫婦だったらしい。あまり広くない一階建ての家のリビングは、血に染まっていた。遺体は既に運ばれてしまっていたが、十分に悲惨な現場だ。

 クアロとシヤンは顔を歪めて、リビングの中に入ろうとはしなかったが、ルアンは鋭い眼差しを向けて観察した。


「あ、あの……いいんですか……子どもに、こんな……」

「大丈夫です、ご心配なく。ルアン様は手掛かりを探しているのです」


 クアロ達と廊下に立つピアースは、ルアンを気にする。

 ゼアスチャンが代わりに答えた。


「ピアース。毒の花はこれ?」

「あ、はいっ!」


 ルアンはテーブルの上に置かれた花瓶を指差す。紫色の花が数本入っている。


「ふーん」


 その花こそ、ベニクロリジン。毒の花。

 顎に手を当てて考えると、ルアンはリビングを見回す。血は当然のようにどれも乾いているようだ。

 テーブルとソファー、そして壁にも血が飛んでいる。何度も刃物が身体を切り裂き、振り回されたと予測できた。

 しかし、血の手形はない。被害者が倒れた場所は血溜まりでわかるが、もがいた形跡がないのだ。

 毒の花で動きを封じたという推測は、的中したと確信する。

 廊下から玄関に向かう血の足跡がはっきりとあった。それを見て、殺人事件を扱ったことのない警備官も、殺人と判断できたらしい。あっさりとガリアンに、この件は任せた。


「この家のそばにも、猫の死体はあったの?」

「え? は、はい……玄関前に……。もうなかったので、多分誰かが埋めたかと……」

「そう。じゃあ、あなたが世話になっているという家に行きましょう」

「は、はい」


 最初の現場に行くと、ルアンは急かす。

 ピアースはおろおろしながらも、案内した。

 二件目の現場よりも、ブラーイア夫婦の小さな家。玄関のドアを開けば、すぐにリビングとキッチンがある。二つの寝室のドアを開けて見たが、ベッドだけでスペースを取る狭さだった。

 テーブルの上には、空の皿が二つ。そしてコップの中に入れられた数本の毒の花があった。


「片付けてないの?」

「は、はい……昨日は、放心して……なにも出来なかったんです。また……友人の家に、泊めてもらいました」


 外で距離を置いて立つピアースは、俯く。親しい人の姿を思い出したくなくて、目を逸らした。

 ルアンはそんなピアースを一瞥するだけで、中に入っていく。


「……」


 二件目と同じく、血塗れだ。そして手形などの抵抗した形跡はなく、ただ血が飛び散った跡と、ドアに向かう血の足跡がはっきりとあるのは一つだけ。これなら、不馴れな警備官が獣の仕業と判断してしまうのも無理がない。

 気になるのは、テーブルの上だ。二人分の夕食があったであろう食卓にも、血が飛び散った跡がある。

 しかし、白い皿の上だけはない。パスタのソースがこびりついているだけ。だが、皿越しに不自然に血が飛んでいる。

 それを見つめて、ルアンは顎に指を当てて、考え込んだ。


「食べたのか……とんだサイコ野郎だ」


 ルアンは呟く。


「なにか、わかりましたか? ルアン様」


 聞き取ったゼアスチャンが問う。


「相当イカれた殺人鬼だってことはわかった」

「どう見ても……そうでしょう」


 外から見るクアロは、嫌悪の眼差しで現場を一瞥した。

 イカれた殺人鬼による犯行だと、一目瞭然。

 その現場の真ん中に立つルアンは腕を組むと、ゆるりと首を振った。


「殺したあと、アイツは平然とここで夕食を食べたのよ」

「うえっ……まじかよ!」


 シヤンは吐きそうな声を上げる。


「な、なんで、そう言えるのよ?」

「空の皿が二つ、夫婦の分を平らげたのよ」

「夫婦本人が食べたんじゃないの?」

「テーブルにも血が飛び散っているのに、皿の上だけはない。殺人をやったあとに、犯人が食べたとしか考えられない」


 クアロは背伸びをして、テーブルの上をチラリと確認した。

 そして、青ざめて息を飲む。

 ここで、死体のそばで、食べる殺人鬼のイカれ具合は計り知れない。異常だ。


「で、どうすんだ? いかにもイカれたよそ者を、探してみるか?」


 まだ吐きそうな表情のまま、シヤンは問う。


「逆だ。探すのは、無害そうな男」

「えっ?」

「へっ?」


 ルアンの答えに、シヤンとクアロは素っ頓狂な声を上げた。


「と言うと?」


 ゼアスチャンだけは微動だにせず、理由を問う。


「夫婦が夕食中に、犯人は来た。血の飛び方からして、食事の途中だったが、残りは犯人が食べたとわかる。ドアは壊されていないから、押し入っていない。犯人は普通か、或いは無害な容姿、はたまた魅力的かも……夜に訪ねてきても、警戒されにくい感じの男のはず。口が達者で嘘つき、そして多分若者ね。猫は小道具に使ったのよ。お宅の猫ですか? 手当てさせてください、とか言って、中に招き入れる口実を用意した。その手を使うということは、知り合いじゃない。けれども、この村に居座っていることは確かね。よそ者とは限らない」


 ルアンが淡々と話す。


「若者とか、口達者って、なんでわかるのよ?」

「殺人現場で食べるという異常さから、サイコパスだ。特徴として、平然と嘘をつき、口達者。良心は欠如し、罪悪感は抱かない。警戒されにくい容姿、そして猫を使って家に招き入れさせる手を使うから、騙すプロ。サイコパスはほとんどが男で、生まれつきが多い。こんな殺人の事件があるなら、ガリアンは動き出す。だから、犯人は殺し始めたばかりだろう。まだ若い……20代かそこらってところね。もっと若いかも。まぁ、年齢は当てずっぽうだから、目安にしておいて」


 異常な人格の持ち主。異常な人殺し、サイコキラーだということは、断言できる。


「奴は殺さずにはいられない。今夜も獲物を探して、殺すつもりのはず。だから、呼びかけましょう。村の人々に犯人の手口と特徴を話せば、阻止できる」

「はい。畏まりました、ルアン様」


 ゼアスチャンはルアンに手を貸して、家から出した。


「す、すごい!」


 ルアンの推理に、唖然としていたピアースは声を上げる。

 クアロとシヤンは振り返り、きょとんとした。


「み、見ただけで、そんなにわかるなんて! が、ガリアンって、こんなにすごい組織だったのですか! 噂以上です!! こ、こんな少女まで……!」


 現場を観察して、手口から外見まで推測したルアンが属すガリアンを称賛する。


「え、こんなの見抜けるのは、ルアンくらいなものですよ」


 すぐにクアロは、きっぱりと言い切る。


「ガリアンは普通、ギアを使う犯罪者を相手するから、こんな風に犯人探すことしないぜ」


 シヤンも、手を振り否定。

 ピアースは、口をあんぐりと開けた。


「ルアン様は、洞察力に優れているのです。見ての通り、推理力にも優れておられている故、犯人を導き出したのです」


 ゼアスチャンも、ピアースに話す。

 ガリアンが優れているのではなく、ルアンが卓抜して優れているのだ。


「ルアン様は、ガリアンのボス、レアン・ダーレオク様の娘。そして近い将来、我々のボスになるお方です」


 ゼアスチャンは頭を下げて、ルアンの正体を明かした。

 すかさず、ルアンはブーツの踵で、ゼアスチャンの足を踏み潰す。それから、後ろに向かって蹴り上げた。

 ブーツの踵が当たった脛を押さえて蹲ったゼアスチャンの髪を、がしりと掴む。そして耳に、囁いた。


「なに平然と抜かしているのよ。ボスにはならないって言ったはず」

「……出過ぎた真似をして、申し訳ありません」

「本当に、反省してるの?」


 殺気立つルアンが、ゼアスチャンをこの場で殺しそうだと感じ、クアロは慌ててルアンを抱えて引き離した。


「も、申し訳ありませんっ!!」


 そこで、ピアースが声を上げる。


「ぼ、ぼく、身の程知らずにも、ガリアンのご令嬢様にっ、い、いいっ、依頼なんかしてっ!!」


 ガチガチと歯を鳴らしながら、震えるピアースはおののいた。


「あらあら、可愛い反応」

「サディストめ……」


 ルアンはその反応を気に入り、呟きを聞いたクアロは苦い顔をする。


「アンタ、この殺人鬼といい勝負するんじゃない?」

「勝ってやるさ」


 クアロに向かってニヤリと笑うと、ルアンは地面に足をつけた。


「依頼は受けました。この村を殺人鬼から守ります」

「は、はぁ……あ、ありがとうございますっ!」


 自分の胸に手を当てて、ルアンは微笑んで約束する。

 圧巻されながらも、ピアースは深々と頭を下げる。


「シヤン。脱いで」

「ええっ!?」

「なに動揺してるの。上着を貸して」

「あ、上着か……いいけど」

「なんだと思ったの、へーんたーい」

「うぐっ」


 赤くなったシヤンに渡された上着を、ルアンはそれを着た。


「ゼアスさん、村の人々を集めるように言ってください。私が発表します」

「なんでルーが言うの? ゼアスさんや村長達がやればいいでしょ」


 当然、袖が余るため、クアロは膝をついてそれを折ってやった。


「毒の花。あれは署名よ。わざわざ自分の犯行だって示している。そして手口もね。自惚れている。一日も空けずに殺ったということは、自信を持っているということ。自信家ね。そして連日殺れば、村人を怖がらせられるから、今晩も殺りたがっているはず。アイツは恐怖を与えて楽しむサイコパスだからね。そこで、村人に大々的に忠告すると、犯人は殺しが出来なくなる。上手くすれば、犯人はキレて忠告した者を狙う」


 その言葉が意味するものに、クアロは目を見開く。


「あ、アンタ! また囮をやる気なの!?」

「えっ、ええぇ!? そ、そんな危険なことをっ!?」


 クアロに続いて、ピアースが声を上げる。


「い、いくらなんでも! そ、そそ、そんなっ!」

「こうでもしないと、村の誰かが殺される。今夜勝負を仕掛けて、捕まえる。心配ないわ。手練れのギア使いと、刃物を振り回す殺人鬼。勝つのはこっち」


 今にも自分の舌を噛んでしまいそうなほど震えるピアースに、ルアンは平然と話す。

 ピアースは、クアロ、シヤン、ゼアスチャンの顔を見た。ルアンの決定に従うと頷いて示し、シヤンは「オレ達は強いぜ!」と自分の胸を叩く。


「さーてと」


 ルアンは胸のリボンを上着から出して、髪を整えると、獲物を狙う獣のように鋭い光を宿す翡翠の瞳を細めて笑った。


「罠を仕掛けて、コイツを捕まえる」




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