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40 依頼人。




 ガリアンの監獄が改装をして、七ヶ月後。

 ルアン・ダーレオクは、正直言って、退屈していた。

 だから、囚人の(トップ)であるベアルス・ペリウスと、監獄前でギアの対決をした。

 ルアンに勝てば脱獄のチャンスを与えると、条件を提案したが、ベアルスはそれよりもルアンの髪をとかす許可を求めた。

 ベアルスの趣向は相変わらずだが、囚人達の手綱はしっかりと握っていて、脱獄はほぼない。故に退屈していたのだ。

 ベアルスが巻き起こすギアの風で、ルアンの長い栗色の髪と深紅のドレスが激しく揺れた。風は2つの小さな竜巻を作り出して、ルアンに向かう。

 ルアンは同じ紋様を両手で素早く書くと、同じ小さな竜巻をぶつけて粉砕させた。


「っ! なんてっ、素晴らしいんだ! お嬢さん! 今のはとっておきのギアだったのに……一回見ただけで書いて、僕のギアを粉砕するなんて……!」


 弾けた風によろめいたベアルスは、興奮を隠しきれない様子で、笑みを浮かべる。真っ直ぐに目を向けるのは、ドレスを整えるルアン。

 ルアンが知らないであろうタイプの風のギアを使って、不意をつくつもりだったが、ルアンは動じず瞬時に覚えて使ったのだ。

 天才的な美しい少女。ベアルスは熱い眼差しで見つめた。


「か、髪は僕が整えてあげよう!」

「負けたんだから、触るな」

「まだ負けてないよ!?」

「初めて使うギアで粉砕されたのなら、負け。認めなさい」


 ルアンは鼻息を荒くするベアルスが近付く前に、一蹴して後退りした。そして、自分で髪を整える。

 そこでサッと割って入るのは、シヤン・フレッチャタ。ベアルスの腕を掴むと手錠をかけた。光を手錠の紋様に流し込み、ギアを使えないようにする。

 駄々をこねるベアルスを引き摺るように、シヤンは監獄へ連れ戻した。

 それを確認しないまま、ルアンはいつもの植木に腰を下ろす。万が一のために身構えていたクアロも、ルアンの隣に座った。


「休みなのに、なんでここに来ちゃうわけ?」


 頬杖をついて、クアロはルアンに文句を言う。ルアン、クアロ、シヤンは非番。

 門番には別のメンバーが立っていて、ルアンのギアに呆気にとられたという顔をしている。


「他に行きたいところでもあるの?」

「別にないけれど……」


 休みと言っても、やりたいことはない。それにクアロは、ルアンの子守り役。ルアンが行く場所に、クアロは行かなくてはいけない。


「仕事から離れて休みを過ごしたらどうでしょうか。ルアン様はガリアンに入って七ヶ月……ほぼ毎日仕事をしているも同然です。たまには、この街を離れてみるのもいいかと」


 ルアンのために、日傘を開いて陽射しを遮るゼアスチャン・コルテットが控え目に提案する。

 監獄の改装中、ルアンは毎日ここに来た。監獄の入り口のそばにある二つの檻の鉄格子を外し、石の壁とドアを取り付けて、面会部屋にしたのだ。

 面会者は数えるほどしか来ていないが、非番でもルアンは警備に立ち会って囚人と面会者の観察をした。

 監獄を見て、面会を見て、改良を考えているのだ。実質、ルアンは休んでいない。


「ゼアスさんの言う通り! ちょっと街を出て、ピクニックでもしましょうよ!」


 クアロは名案だと喜んで手を叩く。

 そんなクアロに反応をせず、ルアンは監獄から出てきたシヤンに目を向けた。


「これではっきりした。ベアルスは、監獄の外を危険だと認識している」

「? どういう意味?」


 ルアンが言い出すと、クアロは首を傾げ、シヤンは何事かと瞬きをしてルアンの前でしゃがんだ。


「今まで何度も脱獄のチャンスを与えてきたけれど、ベアルスはわざとらしくあたしの髪をとかすことや、ドレス選びを選択した」

「変態だからだろ?」

「それもあるけど。ベアルスの性格上、真っ先に部下を脱獄を優先させるはず。彼はそういう男。確かにベアルスはあたしのためにいるが、それだけの理由で部下を付き合わせない。最初はタイミングを見計らっていると思っていたけれど、違う。部下は不自由な檻にいた方がいいと、考えている。つまり、ベアルスの部下にとって、監獄の外は危険な状況下にあるということだ」


 ドレスの下で足を組み、腕を組んだルアンが言ったことを、クアロとシヤンはまだわかっていない。ルアンは続けた。


「つまり。ベアルスの取り引き相手に、口封じをされないためだ。取り引き相手も、犯罪者。ガリアンに売られる前に、警告しようと窺っている可能性はある。ベアルス達にとって、一網打尽で捕まったのは不幸中の幸い。退屈だし、いっそのことベアルスを吐かせて、そいつらを捕まえるか」


 ベアルスは取り引き相手達が、部下に危害を加えることを危惧している。だから、部下だけを逃がすこともせず、監獄に居座ることを選んだ。


「ベアルスの取り引き相手って、強盗や盗賊だったよな!? やるやる!」


 シヤンは目を輝かせて、立ち上がる。シヤンも退屈していて、大きな仕事を待っていたのだ。


「シヤン。ベアルスがすぐに吐くわけないだろ。仕事を待ってないで、自分で見付けてこい。どんな些細な事件でも引き受けていけば、いつかは大きな仕事が回ってくるんだ。考えておくから、お前は他の仕事を探してこい」

「よし、わかった!!」


 ピッと適当に指を振るルアンに従い、シヤンはとってこいを命令された犬のように、館に向かって駆けた。

 単純である。


「だから……休みだって……」


 クアロは、ほとほと呆れる。非番にも関わらず、シヤンは仕事を探しに行ってしまったのだ。

 シヤンもまた、ルアンに同行していて、実質休んでいない。


「さぁーてと。ベアにどう吐かせようかな」


 ルアンは、考え始める。取り引き相手の情報を漏らしたと発覚すれば、報復される。ベアルスは、部下を危険にさらすことはしない。

 捕まえたとしても、命を狙う者がそばにくるとなる。協力はしない。

 するとしたら、取り引き相手の息の根を止めることを絶対条件にするはずだ。


「ルー。一日でいいから、仕事について考えるの、やめなさいよー。いっそ、私とデートしましょ、ね?」


 言っても無駄とわかっているクアロは、ゴロンと木陰に横たわって言ってみる。


「ハニー。わかってちょうだい。大事な仕事なの」


 ルアンは考え込みながら、調子を合わせて返す。


「アンタのせいで、デートもせずに八ヶ月が過ぎてるのよ」

「デートしたい相手に断られているせいであって、あたしのせいじゃないでしょ」

「アンタのせいでもあるわよ! 責任持ってデートしなさいよ!」


 ベシベシとクアロは、植木の土を叩いた。すると、ルアンが振り返り、クアロと目を合わせる。


「どんなデート?」

「えっ……どんなって……」

「計画してから誘いなさいよ、ダメな男ね」


 六歳の少女にダメ出しされ、クアロはカチンときた。


「なによっ! 最近お洒落なんかして、どっかの男にデートを誘われるの待ってるのかしら!? 待ってるだけじゃダメよ! ダメロリ!」


 ルアンのドレス姿を指摘する。最近、休みの日は必ずと言っていいほど、ドレスを着て女の子らしくしていた。


「メイドウが煩いだけ。脱獄もなくて動きやすさを重視する必要ないからって、やたらドレスを着させてウィッグを被らせるの」


 メイドウが煩いため、休みの日だけは譲ってドレスを着るようになったのだ。

 今日は白のフリルがついた深紅のドレス。非番のため、ルアンだけはガリアンのコートを着ていなかった。


「美しいです、ルアン様」


 傘持ちをしているゼアスチャンが、褒め言葉を伝えるが、ルアンは反応しない。


「おーい、ルアーン」


 シヤンが館から出てきて、ルアンに向かって手を振った。後ろにはマントを着た少年がいて、シヤンが彼を引っ張って歩いていく。


「仕事、見っけたぞ」

「……」


 シヤンが、仕事と称して連れてき少年を、ルアンは黙って見る。

 少し長めのブロンドを結んだ少年は、大きな目をした童顔だが、シヤンよりは歳上で成人済みだと思えた。十七歳か、十八歳くらいだろう。

 大きな丸眼鏡をかけていて、顔色が悪く、ぎこちなく目を泳がす。気弱な印象を抱く少年だ。

 マントの下は襟つきの緩いシャツと、サスペンダーつきのズボンとブーツ。マントも含めて安物。裕福ではないとわかり、ルアンは首を傾げた。

 依頼人だと言うことはわかるが、ガリアンに仕事を依頼すると金がかかる。この依頼人はわかっているのかと、ルアンは見上げた。

 少年はゼアスチャンとクアロを交互に見て、どちらに話すべきかを迷っている。


「ガリアンに依頼でしょうか?」


 ゼアスチャンが尋ねた。


「あっ、はいっ、その……依頼というか……相談、というか……」


 気弱な印象を抱く震えたか細い声を出す少年は、不安げな目をシヤンに向ける。


「はっきり言えよ! サミアンさんに話したけど、追い返されたんだってよ!」


 苛立ってシヤンは、歳上の少年の背中を叩いた。


「シヤン。依頼者は丁重に扱いなさい」


 ルアンは、シヤンに指摘する。


「ちゃんと見なさい。犯罪者のせいで、不安で顔色が悪くなってるみたいでしょ。依頼人を気遣わないと、悪い噂ばかりが広がって、今後は依頼が減って仕事がなくなるわよ」

「す、すまん……。悪かった」


 反省したシヤンは、ルアンに謝り、少年にも謝った。少年は謝罪を受け入れ、そしてルアンを驚いて見る。


「座ってください、話を聞きます」

「あ、は、はいっ!」


 小さなルアンの指示に従い、少年はゼアスチャンとクアロに戸惑いの視線を向けながらも、その場に座り込んだ。

 こんな扱いはいいのか。シヤンは疑問に思った。


「あ、あの、えっと……僕はその……レンティウという隣の村から来ました。ピアースと申します。平穏な村でした……昨日まで」


 正座したピアースという名の少年は、俯いて拳を握り締める。


「僕は医者になる勉強をして、バイトをして都心で暮らすためにお金を貯めていて……優しい老夫婦の家にお世話になっていました……。でも、彼らが、殺されたんですっ」


 ピアースの声が、震えた。

 ルアンは、じっと見据える。


「ブラーイア夫婦は……とてもっ、とてもっ、優しい人達でしたっ……子どもが、出来なかったから、僕を受け入れてくれて……。き、昨日の朝、ブラーイア夫婦が遺体で発見されたんです。警備官は、猫の死体も家の近くにあったから、獰猛な獣の仕業だと言ったんですがっ……でも、でもっ、僕は殺されたとわかったんです! 僕はっ、僕は友人の家に泊まっていてっ……お酒をなんかを飲んでて……彼らが、殺されていたのにっ……!」


 肩を震わせ、ピアースは涙を溢す。

 世話になっていた夫婦が殺された夜に、お酒を飲んでいた自分を責めている。

 シヤンはオロッと動揺して、そっと背中を撫でてやった。


「警備官って?」

「レンティウ村の村長は、警備の者を雇っているのです」


 ルアンの質問に、ゼアスチャンは答える。

 平穏な村で、喧嘩や盗みを見張る者のことだ。


「殺人事件には慣れていなさそう……。あなたは、何故殺されたとわかったのですか?」

「えっ……? あっ……その……今朝も、死体が見付かったんです。別の夫婦が家で……殺されていたんです」

「二組の夫婦が殺害された、と。でも、あなたは二組の死体が発見される前に、殺されたと確信していたのですよね? 何故、ですか? 人間に殺されたと、わかった理由はなんです?」


 二組目の死体が出たと聞いても動じず、ルアンはピアースを見下ろして問い詰める。

 それに戸惑うピアースは、キョロキョロと頭を振りながらも、必死に答えようとした。


「家は……血塗れだったのに……獣の足跡が一つもなくって……」

「ふむ」

「そ、れに……」

「なに?」


 親しい人の悲惨な姿を思い出して、顔色を真っ青にするピアースは、口元を押さえる。


「花が……あったんです」

「花?」


 人に殺されたと思った理由は、花。

 ルアン以外も、それだけではわからず、ピアースの言葉の続きを待った。


「……同じ花が、テーブルの上に飾られていたんです。二つ目の家にも、窓から、見えました……」

「花ぐらい、普通でしょ? たまたま同じ花が飾っていたとか」

「……その、花は……ベニクロリジンと言って……毒の花なんです。食卓のテーブルに飾るような花では……ないんです」

「は? 殺した犯人が、わざわざ毒の花を飾ったってこと?」


 クアロは目を見開き、身を乗り出す。

 ルアンは頬杖をついて、また質問をする。


「それ、どんな毒の花なの?」

「えっ……香りを嗅ぐと、少し痺れるくらいの麻痺してしまうのですが……誤って食べれば、指一本動かせなくなります。動物の麻酔に使うことがある花です」


 麻痺させる毒を持つ花。決して飾るべきではない。特に食卓ならば、なおさらだ。


「……。ねぇ、その麻酔って……意識はあったまま?」


 一度目を他所に向けて考えたルアンは、ピアースにまた質問をする。

 丸めた目で瞬いたあと、ピアースを頷く。


「はい。意識はそのままで、身体だけ動けなくさせる麻酔薬、です」


 それを聞いて、ルアンは翡翠の瞳を細めた。


「依頼は、殺した犯人を捕まえることですね? 引き受けましょう」

「えっ、ほ、本当ですかっ!?」


 ルアンが立ち上がって、引き受けると告げた。ピアースはゼアスチャンとクアロを見て、確認する。

 ゼアスチャンは頷くが、クアロは顔色を変えてルアンを見た。


「名前、なんだっけ?」

「えっ。ぴ、ピアースです。ピアース・ロステットです」

「私はルアン。クアロ、ゼアスチャン、シヤン。隣村なら、近いんでしょう?」


 簡潔に紹介されたクアロ達に、ピアースは深々と頭を下げる。

 質問にはゼアスチャンが答えながら、日傘を閉じた。


「はい。二時間もあれば、馬で着きます」

「なら、すぐに行きましょう。ピアースは先に戻って、警備官に話を通して。ガリアンが、現場と死体を確認したいと、伝えて」

「えっ、あっ……はいっ!!」


 ルアンの指示に戸惑うが、ゼアスチャンにも促されて、転びそうになりながらもピアースは走り出す。


「……ルアン、本気なの? 目撃者もいない殺人鬼を見付けるなんて、大変よ。それに今日は非番だし」

「いいじゃねーか。幹部が蹴った仕事をこなせば、手柄じゃん!」


 幹部のサミアンは、目撃者がいない殺人事件では犯人を捕まえられないと考えたから断ったのだ。

 非番もあってクアロは乗り気じゃないが、シヤンはノリノリ。


「この殺人鬼はまた殺す。下手をすればこの街に来て、人を殺しかねない。だからその前に、捕まえるの」

「え、なんでわかるのよ?」

「殺しを楽しんでいるサイコキラーだからよ」


 馬小屋に向かっていた足を止めると、ルアンはクアロを振り返った。


「現場を見てみなくちゃわからないけれど。恐らく、犯人はいたぶって殺すサディスト。麻酔薬で獲物を動かなくさせて、意識があるまま殺している可能性がある。わざわざ毒の花を飾っているのは、それを示しているはず」

「意識があるままって……うっ」


 ルアンの言葉で想像したクアロとシヤンは、青ざめて口を押さえる。

 そんな反応を面白がり、ルアンは口角を上げた。


「身体の自由を奪われて、その上、命も奪われるところを見せ付けられるんだ。獣の仕業だと思われるなら、刃物で惨殺したのかもね。抵抗できず、ただ刺される。どれほど恐ろしいか、想像してみなさい」


 クアロは固まり、シヤンはガクガクと震える。


「犯人は恐怖を感じる獲物を見て楽しんでいる。だから、意識が残る麻酔薬を選んだはず。捕まえなきゃ、奴は止まらない。殺し続ける。今夜もね」


 捕まえるために、ルアンは行くことを決めたのだ。


「サディストな殺人鬼を、捕まえに行きましょう」


 ルアンはニヤリと笑うと、軽やかな足取りで馬小屋に向かう。そんな後ろ姿を見て、クアロは肩を竦めた。


「あの子、なんであんなに楽しそうなの……」

「……ひでー死体を見に行くから、なのか?」

「サディストめ……」


 嫌々な足取りで、クアロとシヤンも馬小屋に続く。


「あれ、ゼアスさんまで来るんですか?」

「私の仕事は落ち着いている。この件は、私が責任を持つ」


 当然のように馬を用意して、ゼアスチャンはルアンを乗せた。そしてルアンの後ろに跨がる。

 幹部であるゼアスチャンがいるなら、安心だとクアロも馬に跨がった。


「フン、雑用以外活躍できない男ですよね。ゼアスチャンさんは」

「……申し訳ありません」


 ルアンは、静かに嘲笑う。

 ゼアスチャンは、目立つ活躍をしていない。地味な雑用ばかり。


「今回は誠心誠意でお役に立てるよう努力いたします」


 後ろから言うゼアスチャンを、ルアンは鼻で笑うだけで、それ以上は言わなかった。




20150406

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