39 とある殺人鬼。
アルブスカストロ国の南部に位置するレンティウ村は、平穏だ。他に特徴はない。
一つの小さな家から、夕食の香りが漂う。仲睦まじく微笑みながら、静かにパスタを食べている老夫婦のものだ。
リビングとキッチンと玄関が同じ部屋にある狭い家。決して裕福ではない。だが、幸せに暮らしている。
そんな老夫婦の食事を、中断させる来客が来た。夫は席を立ち、妻の後ろにある玄関へ歩いて行き、ドアを開く。
「こんばんは」
そこに立っていたのは、口元を緩ませる若い青年。襟元が長い白銀の髪と焼けていない色白の肌と、白く緩いYシャツと、黒っぱいベストとズボン姿。
そして、猫を抱えている。
その様子で、病弱そうな弱い青年だと印象を抱く。
「この猫、すぐそこに倒れていたんです……こちらの飼い猫ですか?」
優しげな声で、青年は問う。
「いや、違うよ。怪我しているのかい? じゃあ、手当てしてあげよう。中に入って」
夫は赤い血を見付けて、猫の手当てをしようと青年を招き入れた。道具を探そうと背を向けた瞬間、猫は地面に落とされる。
夫がその音に振り向く前に、布で口を塞がれた。数秒で夫は倒れてしまう。
恐怖で固まった妻が震え上がるように立ったが、悲鳴が上がるその前に、青年は素早く彼女の口元にも布を押し付けた。
恐怖で目を見開く妻の顔を見ながら、青年は笑みを深める。力が抜けて、倒れた妻を見下ろしたあと、青年は夫の上を通って玄関のドアを閉じた。
倒れている老夫婦は目を見開いて、変わらず笑みを浮かべている青年を見る。青年が鋭利に光る短剣を握っていると知ると、死を覚悟した。
けれども、愛する配偶者に最期の別れを伝えることも出来ない。
青年は笑う。楽しげな様子で、何度も何度も血に濡れた短剣を振り下ろした。
恐怖で凍り付く彼らを見下ろしながら、何度も何度も刺す。
幸せだった家が、血に染まる。
笑う青年の色白の顔にも、血が飛び散るが、気に止めなかった。
夫婦が息絶えるその時まで、眺めながら何度も何度も刺していく。
妻の目にも生気が消えた頃、漸く手を止めた。そして、彼女の上に跨がったまま、青年は満足げに深く息を吐く。
その場に充満するのは、濃厚な血の香り。それと、夕食の香り。
天井を見上げていた青年は、テーブルの上のパスタに目を向けた。老夫婦が食べかけたパスタに鼻を近付けると、スンスンと嗅いだ。
笑みを深めると、青年は椅子に座った。血塗れの手のままフォークを握ると、クルリとパスタを巻き付けて、かぶりと頬張る。
足を揺らして、楽しげに死体を眺めた。
平穏だった村の静寂な夜は、保たれたまま日が上る。
老夫婦が惨殺されたと、誰もが朝まで気付かなかった。
20150406