2 月曜日・朝(続)
「…………」
「…………」
「…コスプレなら秋葉原に行ってやってよ、たく。」
「……第一声がそれ?」
お互い、今の間をとても長く感じただろう。だって、この部屋の時間の流れが止まったもの。
「だから、それっていわゆるコスチュームプレイてヤツでしょ?最近流行ってるからやりたくなったんでしょ?でもたくってば、自分がコスプレしたくてやってみたは良いけど、羽をつけてみてちょっと羞恥心と後悔が頭をよぎったのね、うん、分かってる。分かってる。よおっく分かったから、今日はゆっくり寝ときなさいよ、それ外してさ。うん。学校には来なくて良いわ。てか来んな。しっかり頭冷やしてね。得意の瞑想でもしてなさいよ。」
と、私は一気に、けれど静かにそう喋った。目の前にあるのは、ちょっとコスプレしたくなったたくだ。間違いない。けして天使なんかではない。うん。
「じゃあ、私は学校に行ってくるから。」
そう言って私は部屋を出て行こうとした。手を、す、と上に上げてさよならーと横に僅かに振る。そのまま、たくを見たまま後進する。
「大丈夫。絶対誰にも言わないから!」
「ちょっっっっっっっっと、待った!!」
…と、私が振っていた手の、手首をガシリとたくは掴んだ。こいつ、私がこの後全力疾走して逃げ出すのを予知しやがった。
で、捕獲。
「ちょっと待って。確かに。確かにね?目の前の現実を認めたくない気持ちは分かる。でもね、一番認めたくないのは僕だよ!」
遂に、たくは目に涙を浮かべはじめた。やばい。末期だ。自分がコスプレした事がよっぽどコンプレックスになっているんだ。
「そんなに羽を生やした自分にヒいたわけ?!大丈夫よ、結構可愛いから!
泣くほどショック受ける事無いわよ!世界にはそういうあんたを優しく包み込んでくれる素敵な方々が絶対いるわ!」
「そろそろそこから離れろってば!!ちょっと僕の話聞いてよ!」
もう、頼れる人なんてお前意外に思いつかないんだよ。そう言った時に零れ落ちた涙は、私の手の甲に綺麗にぽたりと落ちた。
「つ…つかさ、大体コスプレでショック受けて、さすがにそれで悲鳴は出さないでしょ?!」
半ば叫び気味になり始めたたくを、私は静かになだめた。
「お…おー…そう言えばそうだよね…」
私の脳は、フル回転で今の状況を把握しようとし始めていた。
で。コスプレじゃないって事は ?
私の頭は煮えた鍋のような音で思考を持続していた。やばい、そろそろ煮えすぎて沸騰する。
「…………じゃあ、それは?」
私がたくの背に乗っている綺麗な白いソレを指差すと、たくはくるりとこれまた綺麗に半回転して私に背を向けた。その時、羽が少し散った。そして、私の顔に少し当たる。痛いというよりも、こそばゆい。
何故だか、昔小学校の飼育小屋で鶏と遊んだ時の事を思い出した。
ふわりとした一枚の羽、それは、確かに今たくの背中の翼から落ちたヤツだ。拾うと、優しくて、ちょっと暖かかった。
うん。
……やけに、本物っぽいじゃないのよ。
「あの。」
「…なに、ミエ。」
「わたくし、今全く状況が把握できないんですけど、でも」
「…。でも、なに?」
「そこに翼が生えているっていうのは、紛れも無い真実みたいね……」
そう言った私をみてたくは、やっと信じてくれた、と今日初めての心からの微笑を浮かべた。