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アルバーナの軌跡  作者: シェイフォン
第一章 国の基本は人集めから
8/24

気迫

「よく眠れたかメイリス?」

 翌朝。

 コンコンとメイリスの部屋のドアのノック音で目を覚ます彼女。

「うん、大分」

 寝ぼけ眼のメイリスは瞼をこすりながらドアを開けて挨拶をする。

「それは良かった」

 メイリスの答えに機嫌良く頷くアルバーナ。

「ユラス、何かあったの?」

 今回のアルバーナはいやに優しい。

 何か裏があるのかと勘ぐるメイリスだが。

「……メイリス、俺はお前をどう見てるんだ」

 アルバーナが本気で呆れている様子からその態度に裏があるわけではないらしい。

「いや、だってユラスに優しくされたことってあんまりないし」

 これまでの記憶を振り返ってみてもアルバーナが自分を慮ってくれたことなど皆無に等しい。

 ゆえにメイリスの疑問は仕方のないことだが。

「それならメイリスの希望通りに接してやろうか?」

「ごめんなさい、それは止めて」

 アルバーナのこめかみがピクピクと動き出したことからメイリスは引き下がった。

 下手に藪をつついて蛇を出すことなど愚の骨頂である。

「まあ良い……イズルードが来るまでに朝食を済ませておくか」

 コホンと咳払いしたアルバーナは銅貨を数枚メイリスに渡す。

 これで好きな物を買えということなのだろう。

「何時にどこ集合?」

 時間と場所さえ決めておけば後は如何様にもなる。

 昨日はロクにものが食べられなかったので、メイリスは早い所何かを胃に入れたかった。

 メイリスの質問にアルバーナは手を顎に当てて。

「そうだな……一時間後に停留場に集合といこうか」

「え? もう出るの?」

 メイリスが驚いたのは、もう王都を出る事実である。

「ああ、王都に寄ったのは単にイズルードが欲しかっただけだからな。目的を果たしたのだから長居する必要はないだろう」

「それはそうだけど……」

 メイリスとしてはもっと王都にいたいのだが、もちろんアルバーナはそんな意志など汲み取らない。

「イズルードにはすでに伝えているが、俺達は馬車で南の国境線まで向かう予定だ」

 あっけらかんとそう言い切るアルバーナだが、僅か一時間足らずの間に準備など出来るであろうか。

 寝袋や食料などどう考えても丸一日必要だ。

「……一応付け足しておくが、野宿の用意など旅先に必要なものは国境線近くの街で揃えるぞ。あそこの方が南部に適した道具を売っているからな」

「なるほど」

 こんな簡単なことに気付かないとは。

 寝起きに加え、空腹で頭の回転が悪くなっていたらしい。

 早い所何かを買いに行こう。

 そう決意したメイリスだったが。

「――あなたがアルバーナ様とカナザール様でございますね?」

 後ろから物腰の低い精悍な青年が丁寧にそう尋ねて来られたので、出鼻を崩されてしまう。

 背はアルバーナより高いが、ヒョロっとしており力強さは感じられない。柔和な笑みと丁寧な対応と相対する、灼熱を連想させる見事な赤髪のコントラストが彼の存在を際立たせていた。

(一体誰?)

 メイリスの中で様々な憶測が浮かんでは消える。

 アルバーナもメイリスも突然現れた青年と接点を繋いだ記憶が無い。

 ならば挙げられる可能性は先日の酒場での出来事。

 フレリアを勧誘する際の演説が王国関係者の耳に入り、その言葉の真意を問いただそうとしていると考えるのが妥当か。

(これはかなり不味い)

 アルバーナの性格上、ヨーゼフ翁の説を堂々と主張するだろう。

 そうなった場合、最悪投獄であり良くても監視が付けられてしまう。

 どちらに転んでもマイナスになってしまう状況に心中で頭を抱えるメイリスだが。

「残念だが人違いだ」

「え?」

「は?」

 アルバーナは無関係とばかりに手を左右に振った。

 予想外な行動にメイリスも青年も戸惑う。

「さて、メイリスよ。俺もそろそろ朝食を取ってくるからな。また一時間に会おう」

 呆気に取られている二人を置いていくように進み始めるアルバーナ。

 もし青年が一般人だったならこのまま大人しくアルバーナを見送っているのだが。

「申し遅れました、私の名はイクサス=アンサーティーンです。大陸中に展開しているギール商会の、ラクシャイン王国を担当している者です」

 アンサーティーンと名乗る青年は相当のプロなのか、表情一つ変えずに横を通り過ぎようとしたアルバーナの肩を掴んだ。

「お前があっても俺に用など無いのだけどな」

 アンサーティーンの指が白いことから相当な握力を込めているはずなのだが、アルバーナはただめんどくさそうに手を払いのけようとするだけ。

 あまり痛くないのか、それとも内心の動揺を悟られないための演技か。

 どちらにせよ二人の間で駆け引きが行われていることをメイリスは感じ取った。

「お二人ともまだ朝食がお済みでないのでしょう」

 アンサーティーンはニコニコと笑みを浮かべながらそう提案する。

「この宿屋において最高級の食事をご用意させました。もちろんお代は頂きませんのでご一緒願います」

「……そうか」

 アンサーティーンの好意にアルバーナは少しの沈黙の後肯定する。

 メイリスの予測によると、アルバーナは十分な譲歩を引き出したから誘いに乗ったのだろう。

 ここまで立場の高い人間が出てきたのなら、遅かれ早かれ席に着かされるのは必然。

 ならば少しでもこちらが得する状況をアルバーナは望んだのだと推測する。

(強かというか、欲深いというか)

 転んでもただで起きないアルバーナにメイリスは呆れの吐息を洩らした。


 冒険者御用達の宿屋ゆえに全ての食事の値段は低価格といえども、それなりの金を払えば相応の料理を出してくれるものらしい。

 焼きたてのライ麦パンにとれたての卵を使ったハムエッグに加えてデザートやドリンクといった朝のフルコースがメイリスの眼前に揃っていた。

「うわあ……」

 田舎村においてここまで料理を並ぶということは皆無であるがゆえにメイリスが感嘆の声を上げるのは仕方のないことだろう。

「中々豪勢だな」

 メイリスから見てもアルバーナは多少興奮している様だった。

「どうぞ、お食べ下さい」

 メイリスの右斜めに座っているアンサーティーンは害のない笑みを浮かべながら二人に料理を勧めた。

「その前に一つ聞きたい」

 が、アルバーナは料理へ手を付ける前に問う。

「あんたは本当にギール商会の者か?」

(そこは気になる所)

 メイリスは心の中でアルバーナに賛同する。

 昨日の酒場での演説が上に報告するほどの出来事だとしても、ラクシャイン王国の総責任者がこんなに早く自分達を訪れるだろうか。

 あまりに早過ぎる。

 商会の名を借りた詐欺師と推測する方がしっくりきていた。

「その理由には三つあります」

 アンサーティーンは表情を変えずにそう告げる。

「一つはこの国におけるギール商会の規模はそう大きくありません。ゆえに下の報告はすぐに私の元へ届きます。二つ目はあなたのことを知ったのは夜でありません、夕方です。そして最後の理由は何よりも……」

 ここでアンサーティーンは一息を入れて。

「昼間、アルバーナ様がレクチャーして頂いたマーガレットがあなたを相当な勢いでプッシュしたのです」

「あの人か……」

 マーガレットという名を聞いて思い出すのは昨日の露店街での出来事。

 あの時はアルバーナの奇行に目が行ってしまい、アメリアの詳しい素性を知る機会が無かった。

「……ユラス、もしかしてここまで狙っていた?」

「馬鹿言えメイリス。俺はそこまで計算していない。ただ数ある露天商人の中でマーガレットが目に付いただけだ」

 もしアルバーナが嘘を付いていないなら性質が悪い。

 あの露天商街においてアメリアより幼い少女などいなかった。

 つまりそこから推察される事実は――

「メイリス、断っておくが俺は断じてロリコンではないぞ」

 メイリスの思考を予測したアルバーナは不本意だと言わんばかりにそうくぎを刺しておいた。

「これでアルバーナ様の疑問は解決しましたか?」

 蚊帳の外に置かれていたアンサーティーンが話題を戻す。

「ああ、大体は」

「それは良かったです。さて、本題は食事をとりながらにしましょうか。何せ私も朝食がまだでしてね」

「そうしよう」

 空腹なのはアルバーナもだったらしい。

 近くに置いてあったライ麦パンを千切って口の中に運ぶ。

「やっと食べれる」

 その光景を見たメイリスはようやく食事にあり付けると安堵していた。


「アルバーナ様のご活躍は耳にしております」

 食事中、アンサーティーンがそう口火を切る。

「マーガレットが担当していた商品を全て売りさばいたとか。あのレベルの品物を完売させるのは感服の一言です」

「それ? どういう意味?」

 フォークを置いたメイリスはアンサーティーンを睨み付ける。

「売れないのを見込んでそんな真似をしたの?」

 メイリスはアメリアと少ししか会っていないが、それでも素直な良い子であることは容易に想像できる。

 あんな健気な子を嵌めるような真似をしたアンサーティーンにメイリスは嫌悪を覚える。

「当然です。彼女は私のグループの中でも成績が最下位でしたので。売れない者には売れないなりの罰を与えるべきでしょう?」

 対するアンサーティーンは微笑を崩さない。

「他の商人は平均して七割近くの売り上げを出しているのにマーガレットだけは三割……これで平等に接すれば結果を出している商人が報われないでしょう」

 アンサーティーンの言う通り、頑張った人間もそうでない人間も同じ扱いを受けるのであれば頑張るだけ損だ、適当に手を抜こうという心が芽生えてしまう。

 その心は個人を腐らし組織を死に誘う猛毒。

 その芽を摘み取るための処置を行うアンサーティーンの眼には柔和な笑みと反比例する厳しい覚悟が見て取れた。

「……俺からすれば同じことなんだけどな」

 両手を止めてアルバーナは呟く。

「八割売り上げようが、九割九分売り上げようが、完売をさせなかった時点で全く売り上げ無かったことと同じだ」

 アルバーナの確たる言葉にメイリスは黙り込む。

 オール・オア・ナッシング。

 〇か百かであり、中間など無い。

 出来なかった時点でそれは弾劾されるべきだという極論である。

「酷いことを仰りますね」

 さすがのアンサーティーンもそう酷評する。

「確かにそれは理想論ですが、現実はそうもいきません。様々な要因が絡み合うので思い通りに進まないことがほとんど――」

「世の中は生きるか死ぬかだ!」

 コップをテーブルに叩き付けたアルバーナは吠える。

「“大体”、“少し”、“半分”、それらの言葉こそが毒であり、破滅の元凶だ! 疑わしいのなら商会の社長とやらに聞いてみろ!」

「……」

 アルバーナの言葉に一理あるのかアンサーティーンは鉄壁の表情から一筋の汗を流す。

 頑張った者にはそれ相応の対応をするべきというアンサーティーンと、頑張ろうが結果を出さない者は頑張らない者と等しく平等に扱うというアルバーナ。

「……まさかこの歳になってまでも気付かされるとは」

 アルバーナはまだ二十の前半という若輩者だが、それでもアンサーティーンの心を揺さぶるには十分だった。

「確かに私は知らずふぬけていました。この様な辺境に左遷されたことを根に持っていたようです」

 そしてアンサーティーンは晴れやかな笑みを浮かべて。

「ユラス=アルバーナ、お礼を述べさせて下さい。あなたのおかげで私は私を取り戻すことが出来ました」

 メイリスはアンサーティーンのことをよく知らないが、先程“左遷”という言葉が出てきたことから、ギール商会内において負けてしまったのだろう。

 田舎育ちの魔法使いであるメイリスには想像の出来ない世界だった。

「で、結局何の話だったんだ?」

 場直しとばかりにコーヒーを飲み干したアルバーナは問う。

「ある程度予測が付いているが、一応聞いておきたい」

「ああ、そうだった」

 メイリスは思わずそう漏らす。

 アルバーナの迫力に押されてしまったが、アメリアの話題は雰囲気作りの一環であり本題ではない。

 恐らくアンサーティーンはこれを引き合いにして交渉を有利に進める予定だったが、アルバーナが予想以上に食いつき、気圧されてしまったことは想定外だっただろう。

「本来はアルバーナ様に私どもギール商会の一員となるのを提案する予定でした」

 アンサーティーンは種明かしを始める。

「マーガレットに任せていた品物を完売した手腕をギール商会に役立てて頂くお願いをする予定でしたが、もうありえませんね」

「その通りだな」

 アンサーティーンの諦めが入った言葉にアルバーナは頷く。

「俺は俺の目的がある。ゆえに他の組織に属することはない」

「そうでしょう。その決意も固いようですし、この話題は無しにします……が」

 ここでアンサーティーンの瞳が光ったような錯覚をメイリスは覚える。

「代わりにアメリア=マーガレットをアルバーナ様に随行させて頂きたいのです」

「どういうことだ?」

「そうですね……アルバーナ様の所業のお手伝いのためです」

 アンサーティーンは続ける。

「アルバーナ様の今後を考えると、大量の武器や糧食が必要となるでしょう。その時にマーガレットを通してギール商会に注文して頂きたいのです。もちろん適正な価格で見積もります」

 ギール商会は多数の国に手を伸ばしており、扱う商品も多岐に渡っている。

 人身売買や麻薬、違法武器など陽の光を浴びれない闇の商品もギール商会は扱っていた。

「本来なら俺が国を創ることをネタにして強請るつもりだったとか?」

「さあ、ご想像にお任せします」

(絶対そのつもりだった)

 交渉事において、人の弱みを付いてこないはずがない。

(そう考えるとアルバーナが先手を打って彼を潰したのは正解だったのかも)

 もしアンサーティーンの話を最後まで聞いていればこのような事態にはならなかっただろう。

 人の話は最後まで聞くのが道理だが、それは場合によるものだということをメイリスは学んだ。

 そして、ここでメイリスは彼のことが気になったので尋ねる。

「イクサス=アンサーティーン……あなたって何者?」

 そのような商品の存在を知り、扱えるなど一介の支部責任者にあるはずがない。

 能力や手腕に関しても役不足である。

 メイリスの問いかけにアンサーティーンは微笑みを崩さずに。

「いいえ。私はどこにでもいる左遷された者ですよ」

 と、言い切ってこれ以上答えることはなかった。

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