毒の言葉
フレリア=イズルードは激怒していた。
まだ二十前半しか生きていないフレリアだが、これ以上己を不愉快にさせる人物など生涯いないと断言出来るほどの怒りを感じた事は始めてだろう。
フレリアをそこまで怒らせたのは目の前にゆったりとくつろいでいるユラス=アルバーナ。
他の地域からやってきたらしく、この地方で珍しい黒目黒髪のアルバーナは事あるごとに癪に障ることをしでかしてきた。
村の決まりごとを守らないのは自分自身の問題だから大目に見よう。
だが、他人を己の目的のために巻き込むとは何事か。
アルバーナは良心が痛まないのか?
フレリアはそんな激情に駆られながらアルバーナの一挙一足を睨みつけていた。
アルバーナは自分とメイリスの飲み物に加えていくつか前菜を頼み終えた後、フレリアに注目する。
「イズルード、聞くが三つの道があるとする。一、単刀直入の勧誘。二、比喩表現を織り交ぜた説明。そして三、俺のトークショーによる説得。の、どれが良い?」
「回りくどい話など必要ない、一だ」
フレリアとしてはアルバーナが話し終えたその瞬間に否を付き付けるつもりである。
そして呆気に取られている間にフレリアは席を立ち、この場を後にする。
そうすればアルバーナの策略に巻き込まれた団員の顔を潰すことはなくなる。
その予定だった。
予定だった、が。
「うん、話は簡単だ。俺は国を創るから手伝ってくれ」
「は?」
アルバーナの口から飛び出した突飛な話にフレリアは思わず目が点になってしまった。
「同じことを繰り返すのは好きじゃないんだけどな。まあ良い。俺はヨーゼフ爺さんが生涯をかけて生み出した教育国家を現実にしたい。そのために国の治安や軍事の総責任者をイズルードに任せるつもりだ」
「ヨーゼフとはあの偏屈なお爺さ――」
「何だと?」
ヨーゼフ翁を批判しかけたフレリアはアルバーナの眼光にによって反射的に口を閉じる。
この時フレリアは竜の尾を踏んでしまったような感覚に襲われていた。
「納得できないか。だったら二へ移ろう」
沈黙をアルバーナは迷いと受け取ったのか強制的に二の比喩表現を織り交ぜた説明へと移動する。
「フレリア、お前は今の仕事に誇りを持っているか?」
「無論だ」
アルバーナの問いに即答するフレリア。
「ラクシャイン王国やゼーシル村達を脅かす他国や盗賊から護るこの務めに誇りを感じないはずがない」
ゼーシル村を襲ってきた盗賊など氷山の一角。
ラクシャイン王国を憂いさせる存在は陰に陽に様々な形で存在している。
「つい先日もある村を襲撃した盗賊のアジトの殲滅の任に付かせて頂いた。ああいった下衆な存在が健気な国民を苦しめていると考えるだけで反吐が出る」
「反吐が出る……ねえ」
フレリアの断言にアルバーナはクツクツと喉を鳴らす。
「その割に国民からはあまり感謝されていないようだな。いや、むしろ『どうしてもっと早く駆け付けてくれなかったんだ』と逆に非難される」
「ぐ、それは……」
アルバーナの言葉にフレリアは詰まる。
何故なら彼の言葉は真実であることを彼女自身が身をもって体験している。
盗賊のアジトを襲撃し、全員捕えて当たり前。だが、一人でも残すと無能者だと謗られる。
ゆえにフレリア達は例え何人か網から逃れても全員捕まえたと報告している。
それが欺瞞だということはフレリア自身も痛感しているが、かといって真実を洗いざらい話すと自分達への弾劾はともかく、下手すれば能力は低いのに要領の良い治安部隊へと代えられて、さらにその地域の治安が悪化してしまう。
「それに比べて外国へ攻めるための部隊は華やかなこと。成功すれば英雄、失敗しても慰められ、挙句の果てに戦場で血を流すのは金で雇われた傭兵であり、自分達は必ず勝つ場所で戦える……至れり尽くせりだな」
「……仕方ないだろう。外を攻める部隊は異国の地で戦っているんだ。それに比べれば安全な場所で戦える自分たちなんて――」
「その考えがおかしい」
アルバーナはフレリアに指を付き付ける。
「冷静に考えれば何故莫大な金を払って外に攻め込まなければならない? 戦争によって避難民が発生し、稼ぎ頭を失った一家が路頭に迷い、治安が悪化する。戦争なんて起こっても市民にとって良いことが一つもないのに何故戦争が推奨されるのか?」
「それは他国の脅威から身を守るため」
「そうならば自国の治安を高めれば良い。民衆の壁という最強の要塞を建設出来れば簡単に侵略されることはなくなる」
「全てを奪う傭兵の前には無意味だ」
戦の常套として、いきなり正規軍を派遣することなどまずない。
普通は国境線上の集落に金で雇った傭兵で襲わせ、治安を乱せて人心を荒れさせ、警備に多額のお金を投入させてることから始まる。
「違う、傭兵だからこそ民衆の壁を突破できない。何故なら傭兵は己の命を第一に置いているがゆえに万が一の可能性を恐れる。例え刺し違えようとも祖国を守るという覚悟を持った国民と傭兵は戦おうとは思わんさ。死にはしなくとも四肢の一部が動かなくなった傭兵に待つのは死だけだからな」
「ぐ……」
フレリアは呻き声を上げる。
アルバーナの言は傭兵を実際この眼で見てきたかのように言い当てる。
盗賊もそうだが、傭兵というのは優勢な時は勇敢に戦ってくれるが、少しでも風向きが悪くなればなりふり構わず逃げ出す特性を持っていた。
「ゆえに他国を攻める部隊でなく、民衆の壁を作り出すフレリア達こそが褒められるべきなのだ。だが、何故災いを齎す他国を攻める部隊が称賛されるという逆の現象が起きているのか?」
「……」
先程の威勢はどこへやら。
フレリアは完全に沈黙してアルバーナの言葉に耳を傾ける。
「それは国があえてそう教育しているんだ。他国を攻めることは褒められるべきこと、逆に治安を守ることは当然といった内容を刷り込んでいるがゆえにフレリア達の功績は評価されない」
戦争は一種の権力闘争であり、国民の心を掴むには対外の敵を作り出すのが最も手っ取り早い。
ゆえに各国はこぞって他国の脅威を煽り、そしてそれらを攻め滅ぼす部隊を称賛する手段を取っている。
「現況の国家運営、もとい教育方針だと国民の憂いは取り除くことが出来ないと俺は確信している」
「だからヨーゼフ殿の教育方針を骨格にした国を創ると?」
フレリアの言葉にアルバーナは大きく頷く。
「そう、その通りだ。俺の創る国は治安を守る部隊が称賛される国でもある。『いつも守ってくれてありがとう』や『なあに、逃したと言っても一人や二人だろう? だったら後は俺達で何とかするぜ』と国民から言ってくれる教育方針を取る」
アルバーナの話を要約すると、他国からの侵略から守りかつ国を発展させる最上の方法は自国の民に愛されることである。
国民一人一人が国の成長のために何が出来るだろうと考え、実行することにより国は大きく発展する。
そのための第一条件として挙げられるのが明日への不安が無い未来であり、そのために治安部隊は大きな役割を担っているとアルバーナは説いていた。
「尊敬される対象になりたいだろう? 命懸けで守る市民達から受ける労いの声というのはどんな栄誉な金銭に勝る喜びだ。それが」
そこまで言い切ったアルバーナは喉を潤すためにエールを仰ぐ。
運ばれて来てからだいぶ時間が経ち、泡がすっかり抜けて温くなっているはずなのだがアルバーナは美味しそうに飲んだ。
「さて、フレリア。どうする?」
アルバーナの再度の勧誘にフレリアはどう答えるのであろうか。
残念ながら彼女は顔を俯いているので表情は誰にも分らなかった。
一分、二分と時が過ぎる。
そしてたっぷり五分が過ぎた頃、フレリアが動いた。
「……お前の言葉は毒だ」
そして彼女はゆっくりと立ち上がる。
「客観的に見て何の身分も力も持っていないお前が国を創るなど夢のまた夢だ。なのにお前が口にすると建国が可能の様に思えてくる……これ以上虚言で私を惑わすな」
「虚言とは酷いな、俺はあくまで――」
「くどい!」
フレリアの悲鳴に近い制止によってアルバーナの言葉を止める。
「私は王国騎士団の一員であり、尊敬できる上司も可愛い部下もおり、何より村の皆の期待を一身に背負っている。頼むからもう黙っていてくれ」
消え入るかの様な調子で懇願したフレリアはそそくさと逃げるようにこの場を後にする。
「ふむ……」
そんな様子のフレリアを見たアルバーナは一息吐いた後に立ち上がって。
「メイリス、代金はここに置いておくから好きなだけ食べておけ」
「え?」
蜂蜜リンゴ酒を飲む手前で固まっていたメイリスに数枚の銀貨を握らせた。
「それじゃあ、食べ終わったら噴水台前に来いよ」
そう言い残してアルバーナはフレリアの後を追いかけていく。
「え? ちょっと……」
メイリスは改めて周りの状況を確認する。
あれ程騒がしかった喧騒はどこへやら、皆静まり返っている。
酒場に集った皆もアルバーナの迫力に押され、全員がメイリスと同じ様に飲食を中断して彼を注視していた。
「……お姉さん、お勘定」
さすがのメイリスもこの針の筵の様な状況で平然と居られるほど神経が強くなかったので手早く会計を済ませてコソコソとこの場を退場した。




