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アルバーナの軌跡  作者: シェイフォン
第一章 国の基本は人集めから
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アルバーナの商才

 アルバーナ達が暮らす国の名はラクシャイン王国と呼ばれ、イースペリア大陸の中で最も他国と国境を接している貿易国家である。

 古今東西様々な文化や人が行き来しているラクシャイン王国は大陸の中で一番他人に寛容な国であると同時に他国とのイザコザが絶えない物騒な国でもあった。

「~♪」

 夕暮れ時。

 中央通りを歩くメイリスの機嫌はすこぶる良い。

「ずっと探していたんだ」

 そう呟くメイリスの手に持つは辞書を連想させるほどの分厚い本である。

 これはイースペリア大陸に大ブームを巻き起こしている異世界ファンタジー系の物語の最新刊。

 ストーリーは、うだつの上がらない魔法使いが魔法の代わりに科学が席巻している異世界に飛ばされ、自分しか使えない魔法を用いてその世界の人々から崇められていくお話である。

 この物語は自分が当たり前に使えているのに他人は使えないという優越感が読者の隠れた願望に火を付けてヒットを飛ばしていた。

 メイリスも人の子である。

 他人より優れているという感覚は嫌いじゃないので、この物語のファンの一人であった。

 しかし、アルバーナはこの物語を鼻で笑いながら。

「他人が出来ないことを出来ることの何が偉いんだ? 魔法を一般に広め、出来なかったことを出来るようにすることが本当の偉い人だ」

 真顔でそう返され、しかも正論のため反論しようも無かった。

「――待ち合わせにはまだ時間がある」

 己の浅ましさを振り払うかのようにメイリスは時刻を確認する。

 昼前に王都に着いたアルバーナとメイリスは持ってきたパンと肉で昼食を済ませ、そこから時間まで別行動を取っていた。

「アポを取っておかないとな」

 突然会いに行っても門前払いを食らうことは確実だったので、アルバーナは予約を入れに行った。

 メイリスもアルバーナに付いていこうとしたがアルバーナ曰く、アポを取るのに二人で行く必要はないとのこと。

 なのでフレリアの勤務が終わる夕暮れ時に噴水の前で待ち合わせということになった。

「どうしようかな」

 メイリスはこの後の行動について迷う。

 もう用件は済ませたので直行しても構わないが、そうすると時間が大幅に余ってしまう。

 かといって何かをしようにも短すぎる時間。

 いわゆる中途半端な時間であった。

「うーん……」

 思考に没頭するためにメイリスは足を止める。

 場所も端よりのため通行人の邪魔にならず、存分に考えることが出来るのだが。

「ねえ、君。こんな所で迷子?」

「……」

 変な人から声をかけられてしまい、うざったいことこの上ない。

 なのでメイリスは手を振って拒絶の意志を示すが。

「そんなつれない態度を取らないでさ。おじさんと一緒に行こうよ、お菓子も買ってあげるよ」

 男は全くめげず、あまつさえそんな甘言を弄してきた。

 一応メイプルは成人年齢を越えている。

 しかし、成長を途中で置き去りにしたかのような容姿は他人からだと十代に満たない子どもと見られていた。

「……鬱陶しい」

 これ以上言葉を重ねても労力の無駄だと感じたメイリスは背中に刺してある杖を取り出して一振りする。

 すると樫の杖の先から光が溢れ、辺り一帯に閃光が走った。

「おわっ!」

 さすが男もこれには予想外だったのだろう。

 眼を抑えて辺りを転げ回っている。

「さてと、行こう」

 騎士が駆け付けて来ると面倒なことになるのでメイリスはその場を足早に去る。

 魔法使いでなくとも人通りの激しい往来で騒動を起こすことは望ましくない。

 そのことは冷静なメイリスも理解しているはずだが。

「誰が幼児、誰が子供……」

 子供扱いされると我を忘れ、目くじらを立てるメイリスであった。


「あれ……なに?」

 噴水台の前に着いたメイリスは目の前で起こっている出来事に唖然とする。

 時刻はまだ一時間前のこの時。

 アルバーナが先にいるのは想定内。

 だが、彼が灰色の髪の毛をしたメイリスと同年代らしき少女と共に露天商をやっているのは予想もしなかった。

「さあさあ! そこの美しいお嬢さん! 貴方をもっと引き立てる品がここにありますよ!」

「ウフフ、さあどうしましょうか?」

「そんなこといわないでねえ!? 今なら少しまけて二十Gではどうでしょうか?」

「うーん、もう一声」

「分かったよお嬢さん、特別価格! 由緒ある場所から採れた鉱物で作られたこのネックレス、十五Gだあ!」

「良いわね、買った」

「ありがとうございますお嬢さん。貴方のこれからの人生に幸あれ! さあ、マーガレット、お客様にその品を!」

「はいい……」

 マーガレットと呼ばれた少女はアルバーナの指示に目を回しながらも的確に商品を包んで貴婦人へ渡す。

 その間アルバーナはまた別の人を得意の話術で引っ掛けていた。

 ……等々普段の偉そうな口調など跡形もなく、商売口調で物を売っているアルバーナの姿にメイリスは混乱する。

 あれがあのユラス=アルバーナ?

 普段から傲岸不遜で自信満々なのが特徴のアルバーナが他人相手に遜っている様子は異常を通り越して奇異に見えた。

「あ、そういえばそうだった」

 メイリスはアルバーナの実家は商人だったことを思い出す。

 彼の両親は今でこそ腰を落ち着けて暮らしているものの、それまでは大陸を転々と渡り歩く行商人だと聞いている。

 アルバーナの今の口調は行商人として生計を立てていた両親から真似ているのだと推測した。

「ユラスにこんな才能があったなんて」

 元気が良く、人を惹き付けるアルバーナの口調は耳当たりが良いのか声をかけた人間の大半が足を止める。

 そして後は流れ作業のように商品を買わせる。

「ユラスって商売人として生きるべきだと思う」

 店の前で山と積んでいた商品がメイリスが見ている間にもどんどん崩されていく様子を眺めながらそんなことを漏らした。


「ありがとうございます! 商品の完売なんて初めてです」

 一時間後。

 アメリア=マーガレットはアルバーナに対してペコペコと頭を下げていた。

 メイリスが近くにいると二人の違いが良く分かる。

 二人とも似た様な幼児体型だが、メイリスが人に懐かないペルシャ猫だとするとアメリアは愛玩動物として可愛がられる猫と言ったところか。

「元から売り上げの二割を貰う契約だったからお礼を言われる筋合いはないのだがな」

 アルバーナからするとギブアンドテイクの関係ゆえに愛想が悪くとも金さえ頂ければ問題無かった。

「むしろこちらが礼を言いたいぐらいだな。この金のおかげでしばらくは宿屋に泊れそうだ」

 アルバーナは渡された千ゴールド分の貨幣に頬が緩んでいる。

 実はアルバーナ。

 家出同然で王都に出てきたためここまで来た馬車代をメイリスの分と一緒に払った時点で無一文同然だった。

 まあ、アルバーナの両親からすると、息子が突然国を創ると言い出せば気が狂ったのではないかと思うのが普通だろう。

 だから両親は息子に対して王都へ往復するだけの額を渡しておけば後は勝手に餓えて戻ってくると踏んでいたが、そこは様々な意味で規格外のアルバーナ。

 ご覧のとおり、何も無い状態から大人一人が一ヶ月ほど食べていけるほどの額を手に入れた。

 これでアルバーナが故郷に戻る可能性は著しく低くなり、両親の気を揉む期間が長くなったことを追記しておく。

「……ユラス、後で話し合おう」

 まあ、所持金がゼロに近いことを告げなかったことでオカンムリ状態であるメイリスからの説教を受けることは確定だったが。

「あの……こんなことを頼むのはおかしいかと思いますが」

 メイリスから発する剣呑な雰囲気にアルバーナの注意が向いていた時、アメリアの覚悟のこもった声で正面に戻る。

「お願いします! アルバーナさんのノウハウを教えて下さい!」

 小さな体を精一杯折り曲げてお願いする様子から必死の念がありありと伝わってくる。

「靴でも何でも舐めます、私に出来ることなら何でもしますのでお願いします!」

「どうする、ユラス?」

「そう言われてもな……」

 アルバーナは頭をバリバリとかく。

 これがおっさんならにべもなく断っていたが、相手は年端のいかない少女。

 断るのは良心が邪魔だった。

「それじゃあ、手短に説明しようか」

 しばらく逡巡したアルバーナは教えることにしておいた。

「良いかマーガレット。働くというのは人が無意識に求めている何かを推察し、商品またはサービスを能動的に提供することだ……例え王だろうがその前提は変わらない」

「え? 王もですか?」

「そう、王であろうとだ」

 アメリアの目が丸くなるがアルバーナは構わず続ける。

 どのような職業だろうが根本は変わらない。

 人が望まなければ如何なる職業であろうとも廃れてしまう。

「王とは数多の国民を統率し、国家を繁栄させる職業」

 不特定多数の国民を宥める他にも国を大きく育てなければならない。

 それをたった一人が行う作業ゆえに責任も報酬も一般人と比べてけた違いに大きい。

「つまり自分の進路は自分で決められるのならば王は要らないな」

 イースペリア大陸内に王がいない国があるのも、人々が王など要らないと決めた結果である。

 己が進むべき方向は己が決め、それに伴う全責任を己が負える者が大多数いる国に王など必要なかった。

「……ユラス、この話題は不味い」

 ここでメイリスがアルバーナの耳に寄せる。

 絶対王政の敷いている国にあって王を否定する発言をする者は下手すれば牢獄行きである。

 それゆえにメイリスはアルバーナに警告した。

「ああ、それは済まなかった。気を付けよう」

 アルバーナとしては捕まっても構わなかったが、それによって建国が遅れては意味も無い。

 ゆえにここはメイリスの判断に従っておくことに決めた。

 幸いにもここは喧騒が激しいのでアルバーナの説に耳を傾ける者はいない。

「ほえ~……」

 唯一の懸念材料であるアメリアは話の大きさに付いていけないらしく、口をポカンと開けているので問題はないだろうな。

「話を戻そうか。確か商人は人が無意識に求めている何かを提供することだったな」

「あっ。はい、その通りです」

 突然話題を戻されて焦るアメリアだったが、そこは商人特有の思考切り替え。

 すぐに平静を取り戻す。

「一般的には物を売るための最低条件としてその国の習慣や風習を知っておくことだ」

「はい、私も支部長からそれを叩きこまれました」

「そう、それが基本だ。ゆえにこのラクシャイン王国は開いている国柄ゆえに目新しい商品が好まれる。しかし、それは他の商人も実践しており、そこから一歩進むには何かが必要だ。さて問題だ、ある国の国民が欲しい物を知るためには何を知るべきだと思う?」

「う~ん……」

 アメリアは首を捻って悩むも良い答えが出てこないのだろう。

 頭から湯気が経ちそうな程必死で考え込んでいる。

「メイリス、何だと思う?」

「え?」

 それまで自分は無関係とばかりに視線をあちらこちらに彷徨わせていたメイリスに問う。

「もう一度言おうか。とある国の国民が無意識に欲しがっている物を知るためにはどうすれば良い?」

「国民が欲しがっている物……」

 メイリスの態度にアルバーナの気配はだんだんと不穏なものになる。

「おい、メイリスよ。お前もしこれで的外れな答えを出してみろ……その瞬間から俺はお前を切るぞ」

「あわわ……」

 アルバーナの危険な雰囲気が伝わっているのだろう。

 泡を食いつつも答えを探しているのが分かる。

「……人々が求めている無意識的な何かをある程度誘導することは可能」

「ほう」

 辛うじて紡ぎ出された言葉にアルバーナは機嫌を直す。

「それは教育。その国で流行っている教育や思想を推察すれば売れるのは何かが分かる。つまりこのラクシャイン王国の教育は南部を下に、そして北部を上に置く様な方針ゆえに北部を連想させるような態度で売るべき」

「その通りだ、メイリス」

 アルバーナは満足そうに頷く。

 例えば身を守る必要性を国民に教えていない国に剣や傭兵といった職業を持ち込んでも絶対に流行るまい。

 その国に住んでいる者は安全というのは空気の様に身近にあるものという考えを持っているがゆえに、わざわざ金を払う意義を見いだせないのだ。

「だからある国で商売をしようと思えばその国の風習や習慣はもちろんのこと、国が国民に何を教えているのか知っておくべきだな……まあ、最も簡単な方法国の教育思想に己が売りたい商品に関連した内容を教科書に植え付けることだ。そうすれば寝ていても売れる」

 最後に黒い笑みを浮かべるアルバーナ。

 彼が言いたいのは上が決めた方針に知らず踊っているという可能性があるということ。

 無意識ほど怖いものはない。

 自分では何気ない動作だったとしてもそれが刷り込みによって行わされていたのならどう思うだろう。

「――怖いですね」

 アメリアはアルバーナの論に身震いする。

「自分でも気付かない内に思考を誘導されているなんて思いもしませんでした」

「そう。だから教育は大切なんだ」

 今度は打って変わって優しい口調でアルバーナは続ける。

「学ぶことによって頭が働き、今まで行ってきた動作に意味を考えることが出来る。そして気付き、上からの見えない糸から断ち切れることが出来るんだ」

「なるほど」

 付き物が落ちたかのような表情で頷くアメリアに対しアルバーナは最後にこう付け加える。

「他人からの教えに従っても得するのはその他人だ、自分じゃない。例えば俺は話術が得意だから声を張り上げて注目を集める手法を使うが、それを同じようにマーガレットが試しても俺と同じような成果が出るわけなど無い。だから教訓を自分なりに消化して実行しなければ駄目なんだ」

 他人は所詮他人。

 他人が成功したノウハウをその通り実践しても意味がないとアルバーナは締め括った。

「はい! 師匠! ありがとうございます!」

 アメリアは感極まった様子でアルバーナに頭を下げる。

「……師匠?」

 いつの間にか趣旨がノウハウの伝授からヨーゼフ翁の説になっていたことや、またしても国から目を付けられそうな話になっていたことなど言いたいことは山ほどあるメイリスだが。

「だからメイリス! 俺が何をした!?」

 とりあえずアルバーナの呼び方が師匠になっていたことにメイリスは反射的に彼の足を踏んでいた。

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