馬車の中で
明朝。
アルバーナとメイリスは定期的に村へ訪れる馬車の中にいた。
この時代の馬車は馬一頭で四列掛けの二十四席が一般であり、アルバーナ達が乗る馬車も例外では無かった。
「これからどうするの?」
アルバーナの横で腰掛けているメイリスが今後の予定をアルバーナに尋ねる。
「行き先は王都だそうだけど、誰を勧誘するの?」
実はメイリス。
行き先は聞いていたが、そこで何をするのか具体的な内容を聞いていない。
どうしてかというと、メイリスはアルバーナの逆鱗に触れた直後であり、余計なことを聞ける状態で無くただ彼の言う通りに旅の準備をしておいた。
「数年前、俺達が住んでいたバージル村に盗賊の集団が襲って来たことを覚えているか?」
「うん、あの時は私も魔法使いとして盗賊の撃退に当たった」
アルバーナの問いかけにメイリスは頷く。
盗賊や夜盗などならず者の集団には為政者も頭を悩ましている。
それが自発的ならまだ対処が出来ようものの、他国が黒幕となっている場合もあるので下手に派遣すれば全員返り討ちという笑えない事態も起こってしまう。
それゆえ対処に遅れ、村一つが炎に包まれることもあった。
「前回村が襲われた時、その盗賊団の頭を討ち取った者を覚えているか?」
「ええと……確かフレリア=イズルードだっけ? 自警団の隊長の娘の」
「そう、あの暴力娘だ。俺はあいつが欲しい」
最後の言葉を口にしたアルバーナの表情に喜悦が走る。
自警団の性格上、厳格な性格になったフレリアは親不孝の道を地で行っていたアルバーナに辛く当たっていた。
「あの暴力娘はよく力で訴えてきたので、昔は消えてなくなれば良いと思っていた」
「……でもユラスって屁理屈が上手かったから、武力で訴えるのは最も効率が良かったと思う」
口が達者で白を黒だと言い切る度胸のあるアルバーナは同世代はもちろん大人でさえ手に焼いていた。しかもアルバーナはカリスマ性を持っているため性質が悪く、無視しようとも耳に言語が届くだけで心を動かされてしまい、それこそ物理的に黙らせなければ彼のシンパになってしまった。
「話が逸れたな」
流れが不利な方に流れ始めたと悟ったアルバーナは話題を元に戻す。
幼少期のアルバーナだったらメイリスの指摘に断固異議を唱えていたことを鑑みると、やはり少しは成長したのだろう。
「あいつは人並み外れた直感力に加え、槍術に関しての僅かな才能と爺さんが編み出した素晴らしい修行方法を実践していた」
まあ、己が絶対に正しいという信念は全く変わっていなかったが。
しかし、この不遜さこそがアルバーナがアルバーナであるということを証明する重要な要素なのだろう。
「イズルードは槍と身一つで盗賊の集団に特攻し、一突きで頭を葬ったという伝説」
あれは今も村の伝説の一つとして語り継がれている。
バージル村は村民総出で迎撃に当たるも盗賊の侵攻が激しく、あわや防御網を突破されそうになった時、年端のいかない少女が颯爽と一陣の風が盗賊の集団に飛び込んで一瞬で頭を昇天させた。
しかし、実際は盗賊の頭と相対したものの人を殺す覚悟が足りず防戦一方となったのだが、敵の頭を発見したのでメイリスの魔法の餌食となった。
つまり手柄はメイリスのモノなのだが、彼女は目立つのを嫌がったのに加えて自警団の隊長であるフレリアの方が華があったので彼女が倒したことになっていた。
ただ、誇り高いフレリアはそんな手柄など恥と知り、最後まで抵抗していたことを彼女の名誉のため追記しておこう。
「まあ、その武勇伝を聞き付けた王国の者がイズルードを王国騎士団で学ぶことを推奨して彼女が受諾し、二年前に卒業して現在は下級士官としての任に就いているはずだ」
村の皆からの推薦もあったが、一番の理由は己の力不足を許せないからだろう。
憎き敵の頭の元へ辿り着くも力及ばず劣勢へ陥ったのに加え、他人の功を横取りしろという周りからの勧めに抗えなかった己の弱さを憎んでいる。
それゆえフレリアは力を求めた。
そしてその一つの答えがこの国でも最高水準の力を持つ王国騎士団へ入隊することだったのだとメイリスは見ている。
「ユラス、言い難いのだけど彼女が仲間になるなんて想像できない」
メイリスは思ったことをそのまま告げる。
「騎士は騎士の役目を、貴族は貴族の役目を、といった典型的な封建主義者のイズルードはお爺さんが提唱する説と相容れない」
実際フレリアは最後までヨーゼフ翁の説を信じなかった。
槍の修行を付けたことを感謝しているが。それはそれ、これはこれ。と、区別していたのをメイリスは覚えている。
ヨーゼフ翁が憎むべき対象の一つである封建主義を第一に置いているフレリアと、アルバーナは水と油の様な関係だと見ていた。
が。
「おいおい、俺はそこまで狭量な人間ではないぞ」
アルバーナは笑って否定する。
「突然考え方を変えろなんて酷いおしつけだ。爺さんも言っていただろ、そんなことをすれば味方がいなくなる」
「確かに」
メイリスは内心肯定する。
ヨーゼフ翁の教えの中に、人の価値観が合わないからと言って拒絶したり敵対したりしてはならないというのがある。
人は生まれた場所も育った環境も違うのだから、多少の食い違いが出るのは当然。
肝要なことは相手との妥協点を見出し、そこから付き合っていくこと。
でないと物事に囚われ、本当に大切なことを見失ってしまうとヨーゼフ翁は説いていた。
と、そこで疑問がわき上がる。
「どうして私の場合はあんなに怒ったの?」
フレリアは良いのに自分は駄目だというのは差別だと訴えるがアルバーナは笑って。
「お前は特別だ。だから常人より高いレベルを求めるぞ」
そんな風に答えてきた。
特別なのに他人より厳しいというのは多少理不尽に思えるのだが、アルバーナの中で自分は特別な位置にいると言われて良い気がしないでもないメイリスだった。
ちなみにその後アルバーナは続けて。
「それにイズルードについても時間はたっぷりあるのだからゆっくりと説き伏せていけば良い」
つまりフレリアもゆくゆくはメイリスと同じ位置に持っていく算段らしい。
「痛い痛い!どうしたメイリス!?」
「っぷい」
そこまで頭を働かせたメイリスは微妙に不快な気持になり、発散とばかりにアルバーナの脇腹をつねった。
次回も翌日の0時に投稿します。