エピローグ
「俺は国を創ったぞ」
夕暮れ。
森林が広がる中、一箇所をくり抜いたような場所の中には主がいない家と荒れ果てた畑、そして草が繁茂しきった広場がある。
草の生命力は凄まじく、そのほとんどが人の身長程度まで伸びていたので、アルバーナは墓参りの前にまず草刈りから始めなければならなかった。
朝から始めてようやく今終わり、綺麗になったヨーゼフ翁の墓標の前にアルバーナは改めて向き直る。
「報告が遅れて悪かった」
いみじくも師に対して使う口調ではないのだが、ヨーゼフ翁は生前から彼に対して素のままで話すよう忠告していたので問題ない。
「……何から言えば良いのかな?」
アルバーナは珍しく困り果てた様子で頬を掻く。
「ここに来るまでは一晩中かけても語り尽くせないほど言いたいことがあったのに、今は何も言えない」
道中、羊皮紙に書いてまで伝えることを整理していたアルバーナだったが、実際墓標の前に立つと、そういった言葉は酷く無粋に思われてしまい、結局懐の中にしまったままである。
「まあとにかく……爺さんが好きだったウイスキーだ」
アルバーナは持参した酒瓶の栓を抜き、逆手に持ち中身を黒ずんだ十字架にかける。
強い香りを発するのその液体はたちまちその墓標と周辺の地面を濡らし、アルバーナは最後の一滴が出るまでその姿勢を貫いていた。
墓標は木製のため多少痛んでいることを懸念していたが、嬉しいことに十字架の腐食は全然進んでいない。
だが、かといって安心するわけにはいかず、出来るだけ早いうちにヨーゼフ翁の亡骸をサンシャインに移し、未来永劫残る様な立派な墓標を作るべきだとアルバーナは考えるが。
「おお!」
途端に十字架の一部が崩れ落ちてしまった。
「……そんな派手なことをするなということか」
今思えばヨーゼフ翁は大衆の目に晒されることをひどく嫌っていた。
アルバーナが表に出ることさえ己が死んでからという徹底ぶりである。
「……仕方ない。爺さんの墓の処遇についてはメイリス達を交えて決めるとするか」
ヨーゼフ翁は恐らくこのままひっそりと忘れ去られたいのだろうが、そんなことはアルバーナ自身が許せない。
そうであるがゆえに、折衷案として皆で話し合って決めることにした。
「さてと、行くか」
そう結論付けたアルバーナは踵を返す。
振り返ることはしない。
何故ならアルバーナの目の前にはやらなければならないことが山積しており、過去を懐かしむ暇などないからだ。
「師匠、お疲れ様です」
遠くから見守っていたアメリアがヒョコッと顔を出す。
普段から騒がしい奴だが、さすが商人の端くれだけあって空気を読む力はある。
「ああ、手伝わせて済まんな」
ヨーゼフ翁の墓標周りの草刈はアルバーナ一人で行うと、今日中に終わらなかったのでアメリアにも手伝わせていた。
大の大人でさえ音を上げる重労働を、まだ少女であるアメリアにやらせたことに対してアルバーナは謝罪するが、アメリアは笑って首を振る。
「いえいえ、私は師匠の従者です。師匠の都合に合わせるのが当然です」
後ろ暗い感情など微塵にも感じない彼女の快活な返事にアルバーナは思わず唇を綻ばせる。
「ハハハ、そうかそうか」
そして大笑いした彼はアメリアの頭にポンと手を置いて。
「さてと、今日はもう遅いから俺の家に招待しよう」
本来なら昼前には終わらせて、近くの都市で一泊する予定だったが、もう陽が沈みかけている。
夜に入ってから村を出るのは夜盗や猛獣に襲われる危険性が出てくるので、アルバーナの実家で夜を明かすことにした。
「驚くだろうな」
一国の王を打ち取り、国を建国したアルバーナ。
その武勇伝はラクシャイン王国内にも轟いている。
加えて彼は今日村に帰っていることも両親に伝えていない。
二重の意味で驚くのは確定だった。
「あ、師匠。何か悪だくみを考えていますね?」
アルバーナの表情を見たアメリアはニヒヒと笑う。
「もしかして両親に何も伝えていなかったとか?」
アメリアの言葉通りである。
そしてそれを肯定するのは癪に障ったため、アルバーナはアメリアを抱きよせて耳に口を近づけて。
「ああ、お前を俺の婚約者として紹介しようと思ってな」
と、そんな戯言を囁いた。
「なあ!?」
……アメリアが仰天し、同様の極みに達してしまったのは当然の帰結だろう。
そんなアメリアにアルバーナは高笑いしながら。
「ハハハ、冗談だ冗談。さあ、陽が暮れないうちに行くぞ」
そう言い残して去っていく。
「もう! 師匠! 酷すぎます!」
そんなアルバーナをアメリアは顔を真っ赤にしながら追いかけて行った。
これで終わりです。
無事に完結出来て何よりです。




