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アルバーナの軌跡  作者: シェイフォン
第三章 国の強弱は王で決まる
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戦争 後編

 同時刻。

 戦場の近くにある小高い丘の上に二つの人影があった。

 一方は華奢な少女の陰でもう一方はすらりと長い影。

「うわあ……」

「アメリアの驚きも分かりますよ」

 そう、アメリアとアンサーティーンである。

 つい先程までは霧が立ち込めて下界の様子など確認できなかったのに、激しい勝鬨が響き渡ったと思うと、サアーっと視界が晴れていった。

 そして眼前に現れたのは敵陣をたった一人で駆け抜けているアルバーナと、追いすがろうとするフレリアとメイリス。

 そして彼女から大分離れた所で歩兵同士が戦闘を繰り広げていた。

 装備も人数も経験さえもはるかに及ばないアルバーナ軍が近衛兵を押しているのは何故か。

 それは先頭を走るアルバーナにあった。

 彼が旗を掲げて進むからこそフレリアはそこへ辿り付こうとする。

 その際にメイリスが魔法によって指揮系統をズタズタに切り裂いているがゆえに近衛兵の能力は半分如何に落ち、その状態で経験も技も関係ないアルバーナ軍が突進を仕掛けている。

 片や棒立ち、片や攻撃。

 どちらが勝つかなど火を見るより明らかである。

「ボス、何故敵はユラスさんを討ち取ろうとしないのでしょう」

 アメリアは当然の疑問を呈す。

「この陣形の要はユラスさんです。例え混乱していようとも敵はそれぐらい気付くはずですが」

「アメリアの疑問はもっともです」

 アンサーティーンはアメリアに微笑みかける。

「敵の司令官または起爆剤を討ち取る……常道ですが、そんな正論が言えるのは遠くで俯瞰している私達だからです。戦場に入れば冷静に考える余裕なんてありませんよ」

 そしてアンサーティーンはアルバーナを指差して。

「彼の進行方向にいる兵の表情を見てみなさい」

「はい」

 アンサーティーンの言葉に従い、目を細めるアメリア。

「……例外なく恐怖を浮かべています。中には馬を斬り付けようとする兵もいますが、ユラスさんが一睨みすると硬直しま――あ、その者が今跳ねられました」

 空中高く舞い上がったその兵の唯一の救いといえば一瞬で死んだことだろう。

 しかも兵が竦み上がる現象は一回だけでなく、アルバーナの進むところに起きている。

 つまり敵もアルバーナを何とかしようとするものの、彼の目の前に立つとそんな気力も勇気も消え失せてしまい、ただ路上の石ころと化してしまっていた。

「その通りです。狂気が支配する戦場にあってもアルバーナ様はその存在感を発揮しています。ゆえにあの場所はもはや戦場ではありません、王の御前です」

 王とは不可能を可能にし、妄想を現実へと変え、大衆に希望を与える。

 また、敵を傍観者へ、傍観者を味方へ、そして味方を精強な兵へと変える無茶苦茶な存在。

「あれが……王たる人物」

 アメリアがポツリと漏らす。

「お伽噺の中でしか登場しないと思っていませんでした」

「フフフ、アメリアは若いですからね。それも仕方ありません」

 アンサーティーンはアメリアの頭をポンポンと叩く。

「しかし、アメリアは非常に運が良い。何故ならこの若さで王を知ることが出来たのですから」

 例え天寿を全うしたとしても、王の器を持つ人物と出会うのは一度か二度。

 それぐらい希少な出会いに加え、アメリアはこれから大幅に伸びる時期へ入る。

 アルバーナの存在がアメリアの成長にとって大きな要因となることは間違いなかった。

「アメリア。これから先、アルバーナから離れてはなりません。彼の言葉、行動、仕草、全てを知り己の血肉へと変えるのです」

 さらにアメリアはアルバーナの気質とよく似ている。

 同じ特攻型ゆえにアメリアが学ぶべき点は多いだろう。

「はい! 分かりました!」

 その事実を知っているか否か。

 アメリアはそこまで考えたのかは分からないが、威勢良く返事をしたことは分かる。

「フフフ、良い子です」

 そんなアメリアをアンサーティーンは生徒を褒める教師の様な微笑みを浮かべた。


「第五防衛陣突破されました! 残るは最終のみです!」

「そんなことは言われなくとも分かっておるわい!」

 返事の代わりに伝令兵を蹴り飛ばすマルグレット三世。

 今、彼のイライラは頂点に達していた。

 己の国民を誑かし。

 メイヤー宰相を裏切らせ。

 果ては勝ち戦を負け戦へ変貌させた。

「おのれ! ユラス=アルバーナ!」

 己の予想を悉く(ことごとく)裏切らせた存在にマルグレット三世は吠える。

「――呼んだか?」

 その咆哮と同時に兵による壁を乗り越え、颯爽と登場したのは漆黒の王。

 いかに覇気が凄くとも武器を持たず特攻したのは相当なダメージがあったらしい。

 彼の衣服は所々擦り切れ、全身を赤模様へ施したアルバーナは大きく肩で息をしていた。

「久しぶりというところか? 王よ――いや、マルグレット三世」

 が、彼は取るに足らない些事とばかりに堂々とした態度を崩さない。

 すでに馬に乗ることすら辛いはずなのに、そんな雰囲気などおくびにも見せなかった。

「ほう、わしを呼び捨てか? アルバーナよ」

 アルバーナの王としての立ち姿に感銘を受けたのかマルグレット三世の声から怒りが消える。

「クカカ、何ともまあ面白い青二才よ」

 マルグレット三世の笑いには嘲笑も侮りも無い。

 ただ、何の武器も持たずここまで乗り込むという己には出来ない所業をやってのけたアルバーナに対する敬意があった。

「しかしな。その快進撃もここまでじゃな」

 マルグレット三世は愛用の武器である戦斧――斧が人間の頭の二周り大きく、支える柄も女性の太ももほどあるそれを構える。

 マルグレット三世の愛馬もそこらの馬では比較にならないほど巨大ゆえに、アルバーナと対峙する姿はまるで大人と子どもに見えた。

「最後の手向けじゃ。引導はトルトン国の王であるわしが行うとしよう」

 血と脂が沁み込んだ戦斧の先端をアルバーナに向けながらそう宣言する。

 マルグレット三世が余裕を取り戻したのは、アルバーナと自身の戦闘力の彼我を見極めたからか。

 片や戦闘向きでない体の上に傷つきながらここまで馬を走らせた満身創痍なアルバーナ。

 片や根っからの戦好きの上、長大な戦斧を片手で構えられるほど力があり待っているマルグレット三世。

 人間というのは現金なものであり、己にとって都合が良い未来を無意識に信じて勝手に機嫌が良くなるものである。

「皆のもの! 手出しは無用じゃ! さあ、掛かってこいアルバーナよ。お前の野望を粉々に打ち砕いてやろう」

 そう声高に宣言する様子から、マルグレット三世も一般人と同様の感性しか持っていなかったのだろう。

「分かってないな、マルグレット三世よ」

 ゆえに間違える。

 他の者ならともかく、アルバーナに対して一般の尺度で測るということがどれだけ危険なのか。

 悲しいことにマルグレット三世はこれまで散々彼に煮え湯を飲まされてきたのにも関わらず、一向に学習していない。

 その場の誰もが――マルグレット三世も含めた全員がアルバーナに気を取られ、彼の後ろからやってくる刺客に気付けなかった。

「魂が剣を持つ必要はない! 敵を打ち払う役割を持つのはその両手だ! 行け! フレリア=イズルードよ!」

「言われなくとも分かっている!」

 アルバーナがそう命令すると同時に、彼が開けた穴から猛スピードで白馬が駆け抜ける。

 そう、フレリア=イズルードである。

「ぬあ!? 卑怯者め!」

 てっきり一対一で打ち合うと予想していたマルグレット三世は驚きで目を見開くが、すぐに防御姿勢を取る。

 出鼻を挫かれ、フレリアに先手を許さなければならなくなったのに口元に笑みを浮かべているのは迎撃できる余裕があるからだろう。

 急所さえ貫かれなければ後に白魔法使いで治療することが出来る。

 むしろ接戦になってくれれば細身のフレリアなど簡単に吹き飛ばすことが出来る。

 そう考えたが故の気の緩み。

「両手を使って勝てないのであれば頭で考えて勝つ……メイリス! 遠慮はいらん! 残りの魔力を全てフレリアの持つミスリルの槍に込めろ!」

「……言われなくても」

 アルバーナが命令するより先にメイリスはすでに魔法を唱え切っており、槍が徐々に冷気に覆われる。

「なあ!? な、何だその槍は!」

 マルグレット三世は魔法を付加させた武器を始めて見たのだろう。

 しかし、トルトン国がある南部地域は魔法使いの存在自体が定着していないのに加え、自身も魔法が使えないことから、知らぬのも無理ないと言える。

 ミスリルという金属自体が高価なのに加え、魔法に関する資源や人材が魔法国家イゼルローンを始めとした西部地域が独占しているため他の地域に出回ることなどそうない。

 アルバーナもギール商会の助けが無ければ子供だけとはいえ魔法使い部隊が使用する杖を手に入れることは叶わなかった。

「くそっ、まあ良いわ」

 悪態を付きながらもマルグレット三世は急所である顔面に戦斧を構える。

 胴体部分は頑健な鎧で守られているため頭さえ無事なら問題ないと判断したのだろう。

「こい! 一発ぐらい耐えきってみせる!」

 重ねて言うが、マルグレット三世は魔法使いの存在を重要視していなかった。

 彼はもう少し知るべきだっただろう。

 何故西部地域の国々が必死に魔法に関する事柄を独占・隠蔽しようとするか。

 その答えは今、現れる。

「は……」

 そんな間抜けな声漏れがマルグレット三世の遺言となった。

 冷気を帯びた槍がマルグレット三世の肢体に触れた瞬間、彼から全ての熱を奪い去って凍死させた。

 結局、マルグレット三世が死んだのはアルバーナの存在でも、魔法の存在でもない。

 過去から学ぼうとしないその愚昧さがアルバーナを呼び寄せ、魔法によって命を絶たれてしまった。

 バランスを失ったマルグレット三世の遺体はバランスを崩して落下する。

 凝固した物質は衝撃に弱い。

 その真理通り、マルグレット三世は大小様々なブロックに分かれ、跡形もなくなってしまった。

 ……

 マルグレット三世の崩御が信じられないのか、それとも魔法の威力に唖然としているのか。

 辺りには痛いほどの沈黙が満ちている。

 パチ、パチ、パチ。

 息を呑む音すら聞こえそうなほどの静寂の中、寒々しい拍手が響き渡る。

「素晴らしい働きだった。フレリア、そしてメイリス」

 その根源はアルバーナ。

 彼は不敵な笑顔を浮かべながら。

「二人の活躍によって俺達は勝利した。その事実は何人足りとも覆せない」

 そして彼は傍にいる者など吹き飛ばすとばかりの声量で。

「マルグレット三世は死んだ! この戦! 俺達の勝利だ! 全員武器を下ろせ!」

 その獅子吼によって近衛兵は項垂れ、逆に中陣程まで進行していた味方が歓声を上げた。

「あ~、済まん。フレリア」

 皆が呆然としている中アルバーナはフレリアが乗っている白馬に近づく。

「どうした?」

 フレリアもこの結果に興奮しているらしい。

 その声音は弾んでいるように聞こえる。

「俺の体はもう限界らしい。済まんがクークを呼んできてくれ」

 そんなフレリアにアルバーナは気軽気に頼み込む。

 確かに無茶な突撃を敢行したアルバーナの体はボロボロで、これで地面にうつぶせば死人と間違われてもおかしくなかった。

「大至急頼む。ちょっと気が緩めば死んでしまいそうだ」

 そんな物騒な言葉を笑いながら言うから判断に困る。

 しかし、どう見てもアルバーナの傷は重症だったため、メイリスを下ろしたフレリアは白馬に鞭を打ってクークの元へと向かった。

「……ユラス」

 そして残されるのはいつの間にか馬から降りていたメイリス。

 彼女はチョコチョコとアルバーナの下に移動した。

「ん? どうしたメイリス?」

 そんなメイリスにアルバーナはニカッと笑いかけるがメイリスはニコリともしない。

「いや、まあ俺もやり過ぎたと思っているけど」

 長年の付き合いからメイリスの表情については詳しいアルバーナ。

 この時の無表情というのは相当オカンムリな証拠である。

「無鉄砲すぎ」

「まあ、そうだよな」

 アルバーナは肯定する。

「俺も同じことを出来るなんて思わない。次やったら確実に死ぬな」

 今回は相手に“まさか”と思わせられたから勝った。

 次回からは“やはり”になってしまって驚きが半減してしまい、冷静に対処する余裕が生まれるだろう。

「まあ、俺は大博打に勝った」

 国を創る。

 そのリスクは青天井の如く高かったがその分リターンも大きい。

 アルバーナは晴れて一国の主となったため、堂々とヨーゼフ翁の方針を取ることが出来る。

 物事を進める際には上流に近ければ近いほど良いのである。

「爺さんも喜んでいるだろう」

 アルバーナはヨーゼフ翁が眠っているであろう方向を見やる。

「爺さんの悲願だった教育国家の誕生……ついにそれが現実のものとなるんだ」

「喜んでいないんじゃないかな?」

 しかし、メイリスはアルバーナの感慨を阻害する絶対零度の視線を浴びせながら。

「むしろ『ユラス! お前は何時も無茶ばかりしよって!』と激怒している可能性が高い」

「……否定できないな」

 その光景が想像出来過ぎてしまうためアルバーナは苦笑するしかなかった。

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