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アルバーナの軌跡  作者: シェイフォン
第三章 国の強弱は王で決まる
19/24

作戦会議

「と、いうことが起こったんだ」

 アルバーナは夕食の献立を説明するかの様な気楽気な様子で戦争が起こることを伝える。

 ただ、ここで問題なのは、アルバーナはその内容をまるでとっておきの秘密の様に隠していたことである。

「「「「……」」」」

 当然集められた面々――メイリスやフレリア、クークそしてアメリアは驚きのあまり声が出ない。

「だから戦争が行われるので皆はこれまでの業務を一旦中止、臨戦態勢に入ってもらいたい」

 そんな周りの空気など読まずにスイスイと先へ進むアルバーナ。

「ちょ、ちょっと待て」

 辛うじてフレリアが立ち上がってアルバーナの言を制止する。

「正直な話、お前が何を言っているのか全然分からない。メイヤー宰相との内密? 戦争? 一体何が起きているんだ?」

 フレリアの疑問も最もだろう。

 何せ普段は彼女達全員仕事に忙殺されており、情報を入手する機会はアルバーナとの雑談という手段しかない。

 ここ最近仕事量が安定してきたなあと思っていた矢先に呼び出され、アルバーナの口から戦争が起こったと伝えられた。

「俺は同じことを繰り返したくないのだがまあ良い……って、俺はその台詞を相当な頻度で繰り返していることに気付いたのだがどうしようか?」

「そんなもんはどうでも良いわ!」

 アルバーナの一人コントにフレリアが突っ込む。

 思わず口調が乱れるほどどうでも良いことらしい。

「それは私から説明する」

 ここでメイリスが挙手をする。

 どうやら彼女も動揺から立ち直ったらしい。

「話は至って簡単。これまで国が何の警戒もなく資金や人員を補充してくれたのは偏にメイヤー宰相が裏で手を回していたから」

 マルグレット三世や政府も馬鹿ではない。

 外国からやってきた若者に全てを委ねるなど、下手すれば売国になってしまう所業をそう簡単に行うはずがない。

 しかし、それを可能としたのがメイヤー宰相の存在。

 彼は先代が築いた王国をマルグレット三世がすり減らす行為に心を痛めていたことに加え、何とメイヤー宰相はヨーゼフ=バレンタインと既知の仲であった。

 過去、メイリスは仕事中にその秘密を知り、国創りがどうしてここまで上手くいったのかその理由が分かって安堵したのを覚え、同時にアルバーナの暗躍に呆れた。

「そしてその成果が実って私達は力を蓄えることが出来、そして近衛兵率いるマルグレット三世の首を取れば独立が可能になった」

「うん、さすがメイリスだ。俺の言ったことを分かりやすく纏めてくれた」

 メイリスの要約にアルバーナは満足気味なのか大きく頷く。

「さて、俺の出番はここまでだ。後はメイリスをまとめ役として今後の方針を決めてくれ」

「え?」

「『え?』じゃないメイリス。今はともかく今後、火急の事態に俺が参加しているとは限らない。ゆえに俺が不在でも問題を処理できるようになっておかなければ駄目だろう?」

 アルバーナは最悪の未来を一片の迷いなくそう言い切る。

 まだ独立前だがこの国をどうやって建国したのかを調べると、必ずアルバーナが多いに関わっていたことが分かる。

 ゆえにもし他国がこの国の侵攻を企てる際、謀略の一環としてアルバーナに何らかの害を及ぼそうとすることは容易に予想できた。

 まあ、どれだけ気を付けていてもやられる時はやられてしまうので、彼は自分抜きでも国を運営できる体制を整えておきたい思惑もある。

「さあ、サンシャインの筆頭政治家であるメイリスの手際を見せてもらおうか」

 アルバーナはどこから面白気な口調でメイリスに振った。


「ったく……」

 メイリスは頭を掻きながらも頭の中で論点を高速整理する。

 幼い頃から本を読んでいたメイリスは元々頭の回転が早かったのだが、一年間政治家をやって来たメイリスの頭脳はますます冴えを見せていた。

「勝利条件はマルグレット三世の首を取り、敗北条件はユラス=アルバーナの死亡」

 勝利条件と敗北条件は大体皆が予想した通り。

 実際の戦争の勝利や敗北条件はもっと複雑なのだが、アルバーナの暗躍――もとい策略によってここまで単純化することが出来た。

「ゆえに私達は二つの選択肢がある。それは“勝利”かそれとも“不敗”か」

 勝利を求めるのであれば単純にマルグレット三世の首を取れば良い。

 どれだけ犠牲を出そうとも王の首を取った時点で向こうの大義が無くなり、勝利が確定する。

 だが、戦争が速やかに終わる利点がある半面、賭けに負けたらそのまま敗北へと繋がるため、ギャンブル性の高い戦法だと言える。

 一方、負けないのであれば領土に何十もの防衛網を敷き、徹底的なゲリラ戦を展開すれば良い。

 一回の戦闘で雌雄が決さない上、防御側に利点がある戦法なのだが確実に長期戦へもつれこみ、国力や民を疲弊してしまうゆえに戦争後のことを考えると躊躇してしまう。

 一長一短。

 どちらにも利点があり、欠点があった。

「どちらが最適なのか決めるために、これから判断材料を出していって欲しい……ユラス、近衛兵の総数は分かる?」

「細かな数は分からないが、大体二千程度といったところか」

「二千……」

 その数字に息を呑んだのは軍事担当のフレリア。

 彼女がこの中で兵力を含めた軍事知識に精通しているゆえ目を見張ったのだろう。

「発言良いか?」

 腕組みをしていたフレリアが挙手して立ち上がる。

「この中で最も軍事に詳しく、そして軍の内情を知っているのは私だ。我が軍の常時動員数はおよそ百、常在軍全てを動員しても五百前後だろう」

 五百対二千。

 数の差に加え、向こうはトルトン国のエリート集団であることも鑑みると敗北確定である。

「しかし、その劣勢を“勝つ”のではなく、“負けない”に特化させれば挽回出来る手段がある」

 が、フレリアは絶望の色を全く見せず、それどころか期待に満ちた表情をクークに向けて。

「魔法使いだ。あれを実戦に投入出来れば戦力が大幅に増強される」

 子供魔法使いたちは学習を終え、軍との連携行動などの実践練習に入っていた。

 個々の力量は大人達に遠く及ばないものの、彼らは柔軟な子供という利点を十二分に生かしている。

 変な先入観やプライドが無い子供達はフレリアの言うことをよく聞いてくれるので、アルバーナとクークはよくフレリアの酒に付き合わされていた。

「魔法使い部隊の一撃離脱戦法よって敵を間断なく攻め、疲弊させれば勝利の目が見え――」

「その戦略には反対です」

 クークはフレリアの意見を中断させる。

「どういう意味だ?」

 知らずフレリアの瞳に剣呑な光が宿り、クークを見据えるが、彼女はその視線を跳ね返す。

「子供達はまだ精神的に未熟です。言うなれば力に精神が追い付いていません。そんな状態で人殺しをさせてしまえば、子供達の精神に多大な影響を及ぼすでしょう」

 アルバーナと共に来るまではフレリアの後ろに隠れていたクークが、毅然とした態度を見せている。

 人は変わるもの。

 子供達と一年間過ごした経験は確実にクークを成長させていた。

「その可能性は否定できんな。だが、その後に適切なケアを行えば私の経験上後遺症が発症する可能性は限りなく低くなる。それに、私は子供達を使い捨てにするつもりなど毛頭ない。悲惨な現場を見せないよう上手く配置を考えるに決まっているだろう」

 が、それでフレリアが感嘆するかと言えば大間違いである。

 今、彼女の役割は総司令官であり、勝つためなら悪魔に魂を売る覚悟もあった。

「クーク、私に意見をしてきたのは立派だ。しかしな、子供達を育てた前提条件を考えろ。魔法使いとして国に貢献するためなんだぞ。もし使わなければ今まで金と時間をかけてきた意味が無くなってしまうぞ?」

「……」

 フレリアの言葉は正論であるがゆえに反論できない。

 悔しそうに唇を噛むクークは二、三秒沈黙した後顔を上げて。

「“勝つ”ための正面決戦は駄目なのでしょうか?」

 方針の転換を具申する。

「何度もでなく、一度だけ出撃する。そうならば子供達も苦しまなくて済みます」

 敵を弱らせるための縦深防御で無く、一度で全てが決まる正面決戦。

 確かにそうなれば短期間で戦闘が終わり、子供達が負う心の傷も最小限で済む。

「メイリスさんそしてアメリアさん。もしフレリアさんの具申する“負けない”戦に持ち込んだ場合、兵站や国力の低下はどうなるでしょうか?」

 クークは味方を増やすためアメリアとメイリスに振る。

 メイリスは小動物のクークらしい手だなと思いつつも聞かれたから答えねばなるまい。

「この戦争が一ヶ月以上膠着したら私達の負け」

 領民たちは決してアルバーナの理想に惹かれたわけでなく、度重なる戦争によって家族や住居を失い、どうしようもなくなってここに越してきた者ばかり。

 それゆえに戦いには人一倍敏感で、もし長く続くようであればあちこちで暴動が起きることは容易に想像できる。

「兵站や来訪者の観点から見てもメイリスさんと同意見です」

 アメリアもメイリスと同じ見解を示す。

 収支がプラスになったと言ってもつい最近であり、貯蓄などする時間が無かった。

 一ヶ月以上続くとなると、前線の兵達に満足な食料を供給できる保証など無くなってしまう。

 一対三、棄権一。

 端目にはクークが提案する正面決戦に分があると見えるが。

「負けてしまっては何も残らん」

 フレリアは断固とした表情で反対する。

「敗北すれば何もかも失う。子供達はもっと酷い主に使い捨てられるだろう。領民たちも難民に逆戻り、今まで融資してくれた人や商会も多大な被害を被る」

 敗者は全てを奪われる。

 それこそが社会の掟であり、自然界の鉄則ともいえる。

「敗北を避けるために私は、全てを利用するのだ」

「しかし、だからと言って子供を犠牲にして良いわけではありません!」

 クークは涙目で反論する。

「子供達を血で汚してまで何を守るんですか! あの難民キャンプを大量に生み出してまで何を残そうというのですか! しかも確実に勝てる保証がなく、それどころか敗戦必死の戦争に――」

「今のは聞かなかったことにしておいてやろう!」

 四人が来てからまだ一年しか経っていないにも関わらずここまで対立するほど争うのは、それだけ自分達の行いに誇りを持っているからである。

 堂々と、人前で恥じないがゆえに例え親友であろうとも、言うべきことは言うのである。

「やれやれ、やはり俺がやるべきか」

 と、ここで四人を今の状況まで持ってきた元凶が口を開く。

「よくよく考えれば俺が始めたこの戦。最後まで責任を持たなければならないな……俺に一つの策がある。この方法なら勝算が高く、子供達を犠牲にする必要が無くなる」

 そしてアルバーナはその策の説明を始める。

 一同が驚愕に身を固めたのは言うまでも無い。

「言っておくが異論は認めんからな?」

 アルバーナの素敵な笑顔が全員を射抜き、身動き一つすら取らせなかった。

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