宣戦布告
第三章スタートです
「もう一度言ってみろ! 貴様!」
トルトン国国王のマルグレット三世の咆哮が王宮内に響き渡る。
さすが王を長年務めているだけあってその威厳は並のものでなく、長年傍で付き従えた重臣たちでも関わらず身を竦めてしまう恐ろしさがあった。
「私は同じことを繰り返すことが嫌いなんですがねぇ」
が、元凶は至って涼しい顔でそう述べる。
「しかし、まあ良いでしょう。私、ユラス=アルバーナはこれ以上トルトン国から干渉を受けることはありません。これからは私があの地域の全てを仕切ります」
百以上の視線――敵意が自身に集まるのを感じながらもアルバーナは堂々と宣言した。
「「「……」」」
静寂。
いや、その言葉では言い表せないほど、地獄の裁判長前での雰囲気と呼称しても支障ない沈黙が謁見の間に横たわる。
「……ユラス=アルバーナよ、一応問おう。何故我が国に反旗を翻す?」
深く静かな口調でマルグレット三世が詰問する。
「お前には我が領土を割譲してやったばかりか、多大な資金と人員を提供した。その恩を仇で返すつもりか?」
マルグレット三世の言葉に嘘はない。
事実アルバーナはトルトン国から莫大な援助を受けており、ようやく返済できるほどの力を付けた所で一方的に独立を宣言して来たのだ。
どう贔屓目に見てもアルバーナの行為は反逆そのものであり、決して褒められる事柄で無い。
「仇で返そうなんてとんでもない。私はあくまでトルトン国の民のために、断腸の思いで独立を行うのに」
が、アルバーナは全く罪悪感の欠片も無い表情でそう返す。
「マルグレット三世のご恩は重々承知しております。しかし、だからこそ私はこれ以上死の商人を肥え太らせないために独立をするのです」
「どういう意味だ?」
マルグレット三世の目が据わる。
「何故わしに従うことが死の商人を肥え太らせる?」
そんなマルグレット三世の問いかけにアルバーナはケロリとした顔でこう問う。
「マルグレット三世、あなたは何回目の戦争ですか?」
「在位して二十年……十五、六回だ」
「多すぎます」
アルバーナは簡潔に締め括る。
「戦争は破壊の祭典。これほど人格破綻者や商人にとって嬉しく、国家や民にとって絶望するイベントは無いでしょう。まあ、商人ならば戦争の継続は分かりますが、王は国家の守護者であり、民の主である存在。ならば早急に終わらせなければならないにも関わらず、マルグレット三世は戦争に次ぐ戦争を行っております。私はマルグレット三世が持つ王という器に疑問を抱いているのです」
「何だと!」
逆鱗に触れたマルグレット三世は顔を真っ赤にして問い詰める。
「誰が相応しくないだと! もう一度言ってみろ!」
「だから私は同じことを繰り返すことが嫌いだと何度言えば分かるのですか……まあ、王には恩もあることですし大目に見ましょう」
挑発という行為もここまでいくと感心してしまう。
ここに集っている人間は数多なれど、アルバーナの様な物言いが出来る人間など皆無だろう。
「ハッキリ言いましょう。あなたは先祖が積み上げてきた遺産を食い潰すだけで、何も建設していないゆえ王としては不適合です。早急に隠居をするか、それとも一切の権力を臣下に渡して象徴だけの存在になることをお勧めします」
「ふざけるな!」
アルバーナの余りの物言いにマルグレット三世が吠える。
「わし以外にこのトルトン国を導けるものなどおらぬわ!」
「ふむ……ではこういうのは如何でしょう?」
売り言葉に甲斐言葉。
マルグレット三世の言葉にアルバーナはニヤリと唇を歪めた後。
「私にこの国をお任せ下さい。一年もあれば戦争を終わらし、今まで以上の繁栄を約束しま――」
「殺せ!」
堪忍袋の緒が切れたマルグレット三世はアルバーナを指差して命令する。
「この売国奴を捕えろ! 公衆の面前で処刑し、その四肢を北部にばら撒いてやる!」
マルグレット三世に命令された近衛兵は慌てながらも駆け足気味に急いでアルバーナを包囲する。
「ふむ……決裂ですか」
多数の近衛兵から数多の槍を突き付けられながらもアルバーナは他人事のようにそうのたまう。
「まあ、良いでしょう。ならば私とマルグレット三世のどちらが相応しいのか決めましょう」
「何を言って――」
「それでよろしいか? メイヤー宰相」
「……御意」
次の瞬間、信じられないことが起きた。
マルグレット三世の最側近であるメイヤーがアルバーナの言葉に反応し、彼と王の間に立ったのだ。
あまりの事態に近衛兵はおろか、マルグレット三世さえも目を点にする。
「近衛兵! 宰相が命じる……武器を下ろせ!」
本来ならば宰相のメイヤーに近衛兵の指揮権はないのだが、メイヤーの圧力に押されたのだろう。
最初の一人が武器を下ろすと他の者もそれに続き、最終的に全員が武装解除した。
「メイヤー……お前、裏切ったのか?」
先程から一転、蒼白な表情で震える声音を呟くマルグレット三世にメイヤーは冷ややかな眼差しを向ける。
「王よ、私は先代からこの国に仕えて参りました。その好戦的な性分は元来のものゆえ仕方ないにしろ、これ以上先代が血の滲む努力の果てに築き上げた遺産を浪費し、国を衰退させるのであれば僭越ながらご隠居をお勧めします」
メイヤーの、その非情な言葉にマルグレット三世は何も言えず、ただ口をパクパクさせるだけである。
「これが現実です」
近衛兵の囲みから抜け出したアルバーナは微笑む。
「マルグレット三世が王に相応しいかどうか疑問を持っているのは私だけではないのです。ここに揃っている輩も口にはしませんが、ほとんどの者がこの疲弊した状況を招いたあなたに忠誠が誓えません……詰まる所、マルグレット三世は裸の王様だったのですよ」
裸の王様。
それは周囲の換言を受け入れいず、それどころか苦言に対して威圧的な態度を取る権力者のなれの果て。
数多の事例がありながらも多くの権力者は対岸の火事の如く他人事として捉える出来事。
マルグレット三世もまさか自分が陥るとは思ってもみなかったことがその様子から窺い知れた。
「しかし、それでもあなたは大恩ある先代の血を受け継ぐ者」
静かな口調でメイヤーが言葉を紡ぐ。
「ゆえに試練を行いましょう。マルグレット三世、反逆者ユラス=アルバーナを討伐するのであればあなたが近衛兵を率いて下さい。貴族や常備軍といった外部の力を借りず、これまで血を流してこなかった近衛兵を用いて目の前のアルバーナを討ち取って下さい」
メイヤーの冷たい宣告が謁見室に響き渡る。
アルバーナとマルグレット三世の一騎討ち。
勝者がトルトン国の行方を決めることになるこの戦いに反対する者はいない。
つまりほとんどの者がマルグレット三世に対して疑問を抱いていることの何よりの証明であった。
「それでは、私は戻って戦争に備えます」
「うむ」
アルバーナの一礼にメイヤーは重々しく頷く。
踵を返す前、アルバーナは最後にマルグレット三世を見やりながら一言。
「次は死体でお会いしましょう」
お互いが総指揮官のため前線に出ることなど無い。
そのことをわざわざ伝えるアルバーナである。
「……わしの国だ」
彼の背中に執念を感じる声がへばり付く。
「ここはわしの国だ! 絶対にして不可侵なわしの国! 反逆者よ、わしは絶対に貴様を許さんからな!」
その口調に王としての威厳など微塵にも感じられず、ただ子供の喚き声に近い。
しかし、感情を剥き出しにしているからこそ、心を揺り動かす何かが含まれている。
「裸の王様が何を吠えているんだか」
アルバーナの心境はどうなのだろう。
後ろを振り向かず、手をヒラヒラさせるだけの、全く歩みを止めないアルバーナの表情を知る術はなかった。




